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三部 第十三話

「……エクセ、正気?」


「熱でもあるんじゃないの? だとしたらすぐに連れて帰らないと」


「乱心なさりましたか?」


 僕が名案だと思ってみんなに告げた言葉は、みんなにとって僕の正気を疑うものだったらしい。


「正気だし熱もないし乱心もしてない! 大真面目に言ってるよ僕は!」


『…………』


 そんな可哀想な生き物を見るような目で見るな。僕は至って真面目だ。


「この魔法陣を覆えるような媒体で思いつくのがそれしかないんだよ。エンシェントドラゴンから定期的に血を恵んでもらえば何とかなるかもしれない」


 記憶では十メル以上の大きさを誇る巨体だった。あの体なら、流れている血の量も僕たちとはケタ外れに多いはず。


 それに時間だって決して楽観的には見られないが、それでもまったく少ないわけではない。これなら何とかできる方法を言っただけ――


「……本気で言ってるみたいだから質が悪い」


「そうね。あいつ時々突拍子もないこと言い出すから。しかもやる気満々で」


「マスターは変わっているのですか?」


 ――のはずなのに好き勝手言われている現状。そんなに僕の提案は変わっているのか……?


「他にアイデアあるなら出してよ! ないんなら文句言うな!」


「冗談よ。冗談。あたしはエクセが決めたことなら基本従うわ。……でもシャレ抜きでキツイ話よ? 竜種の強さはあんたもよく知ってるわよね?」


 半泣きになって叫ぶ僕に対し、ニーナが柔らかな笑顔を浮かべて冗談だと言ってくる。結構本気で傷ついていたのだが、ここでさらに怒るのも大人気ない気がした。


 黙り込む僕に向かってニーナが竜種の危険性を聞いてくるが、その点に関しては僕の方が詳しいはずだ。実際に相対して何度か戦いもしている。


「……わかってるよ。でも、エンシェントドラゴンなら理性があるから話し合いに持ち込める。持ち込めなかった場合は……殴って言うこと聞かせるしかないね」


 個人的にそっちの方が面倒が省けてありがたい。


「……本気でやるなら、たぶん私は足手まといだから行かないことになる。……行くというのなら気をつけてとしか言えない」


 ディアナもようやく僕の本気を理解してくれたのか、真面目な顔になって心配してくれる。


「マスターの決定に私は従います。たとえ自害を命じられたとしても」


 ようやく全員の賛同が得られた。あとは――


「ここに簡易転移門(ポータル)を敷きたいね。いくらなんでも毎回往復に二日以上かけるのは効率が悪い」


「……それには同意。でも、この中で転移魔法が使える人間はいる? あれは最近になって確立された魔法だから、エクセも修得していないはず」


 というか転移魔法なんてものがあったこと自体初耳だ。たった三年間の間でも、魔法の技術というのは相当進むらしい。


「戻りは帰還札で何とかなるよ。確かに僕もそれは覚えてないな……ディアナは?」


 ニーナとカルティアはそもそも魔導士でないから論外。そして頼みの綱であるディアナも首を横に振る。


「……でも、ロゼなら可能性がある。それにエクセも魔法の修得は簡単でしょう?」


「うん、まあ」


 術式の暗記も一発でできるし、魔導士の皆さんがやっているような一般的な努力はあまりやったことがない。やったとしても魔力拡散技術の向上や、クリスタル生成能力の向上ぐらいだ。


「……真面目に修行した私に謝れ……!」


 ディアナの言葉に素直にうなずいただけなのに、なぜか殴られた。当然避けたが。


「お、落ち着いて! まずはいったん帰りましょう? ドラゴンに喧嘩売るのも、転移魔法とかを覚えるのもそれからだって!」


 ニーナが慌ててその場をとりなし、何とかディアナの拳が直撃することは避けられた。本当に全力で握ってあったから怖かった……。






「ただいま」


「おう、おかえり」


 帰還札を使い、地上に戻った僕たちを出迎えてくれたのはガウス一人だった。


「ん? ロゼは?」


「わかんね。たぶんまだ会議が続いているんだと思う」


「うわ、丸一日以上って……」


 それが上層部にとって当たり前のことなのだろうか。だとしたら絶対行きたくない場所だ。僕は気ままな旅人生活が向いている。


「何度か休憩は取っているだろうけどな。ロゼ自身、あまり疲れた素振りを見せたがらないから察してやれよ。……それより、魔法陣の方はどうだった?」


 僕が嫌そうな気持ちとロゼを心配する気持ちで半々くらいになっているとガウスがロゼをフォローする言葉をくれ、次に行動の首尾を聞いてきた。


「ん……起動はされてなかったけど、別の媒体を探す必要が出てきた。だからそのためにちょっとドラゴン退治してくる」


「まあ、それならいいけど……。何を狙うんだ? 竜種って一口に言っても結構種類があるぞ。数だって少ないし」


 ガウスの言うことはもっともだが、僕は一体だけ心当たりがある。そしてあいつ以上に媒体に適している存在はこの世にいないと言ってもいい。例外は僕の血だが、一応人間のカテゴリに入る僕の血であれだけの大きさの魔法陣はまかない切れない。


 ちなみにクリスタルも意味を成さない。あれは魔力の塊であり、おまけに他の魔法を弾いてしまうから魔法陣との相性は最悪なのだ。具体例を出すならお湯を沸かす際に火ではなく氷で起こそうとしているようなもの。つまりどうやっても不可能。


「うん、エンシェントドラゴンを狙おうと思う」


「……はぁ!? お前、それがどんだけレアな存在かわかってんのかよ!? 生きる神話なんだぞ!?」


「ごもっとも。だけど当てがあるんだ。僕は昔、野外採集でロゼと一緒にエンシェントドラゴンを見ている」


 あの時は無様に逃げるだけだったが、今ならそこそこの勝負ができるだろう。もともと、魔力だけはこの世の誰にも負けないだけの量があるのだ。あとは体がついていけば問題ない。


「本当かよ……って疑っても意味ないか。ともかく、お前はそれをやる気でいるんだな?」


「うん。今から出て探してくる。悪いけど、ニーナたちを宿に送って行ってくれない?」


 そう言いながらニーナたちの背中を押す。ディアナは驚きに目を見開き、ニーナたちも顔を驚愕に染める。


「ちょ、ちょっと。エクセ、あたしたちは置いてけぼり!?」


「そういうことになるね。……向こうと一方的ながらも面識があるのは僕だけだし、万一戦闘になった場合に守り切れるかどうかわからない」


「……エクセが弱気になるってことは、それだけ強い相手ってこと?」


「竜種は地上最強の生命体だよ。特にエンシェントドラゴンクラスともなれば、知性だって人間の比じゃない」


 だからこそ話し合える余地があるのだが、それでもリスクは少ないに越したことはない。タケルの時と違って、ニーナには関わる理由がないのだ。なのに意味もなく連れ回して死なせてしまったらそれこそ後悔してもし切れない。


「わかってほしい。これに限ってはニーナが来る理由がないってことぐらいわかるだろ? 僕一人でも十分だよ」


「理由? 理由ならあるわよ! だってそこにはエクセがいるじゃない!」


 ……今、なんと言った?


「…………え?」


 ニーナの言ったことがあまりにも衝撃的で、僕は呆けたように聞き返すことしかできなかった。


「もう嫌なのよ! あたしの見えるところでも見えないところでも大切な人が死ぬのは!」


 両目から滂沱のごとく流れる涙をぬぐいもせず、こちらを見て感情をぶつけてくるニーナ。その姿を見て、僕は彼女がどうしてここまで一緒にいたがるのかをようやく察した。


「ニーナ……」


 何のことはない。兄さんが死んだ時の僕と一緒だったというだけだ。




 つまり――己の無力をこの上なく嘆いている。




 僕とニーナは兄さんのためなら死んでもよかった、と断言できるくらい兄さんを信頼していた。今はただの依存でしかなかったとわかるが、あの時はそれが僕たちの全てだったと言っても過言ではない。


 なのに僕たちは兄さんを守れなかった。僕たちの全ては、あの日失われた。


(僕は兄さんから遺志を継ぐことができたけど……、ニーナは何ももらってないんだ)


 僕の中には兄さんの遺志が存在するが、ニーナにはそれがない。彼女の中身は未だ空洞のままであり、僕がそれに気付けなかった。それだけの話。


「お願い……。あたしを一人にしないで……」


 いつもの様子が微塵も感じられないほど儚げに涙を流すニーナを見て、僕は万に一つ自分が死んだ未来を想像してみた。


(……泣かれるだけで済むなら御の字だな)


 今のニーナには僕の後を追って自害すらしかねない雰囲気がある。というかこんな弱々しい姿を見て何も思わない方がおかしい。


「……はぁ、どうしたらいいと思う?」


 守ると決めていた人を泣かせてしまい、途方に暮れていた僕は藁にもすがる気持ちでディアナたちの方を見る。


「……事情を知らないから当事者たちで頑張れ、としか言えない」


「右に同じ」


 チクショウ、事実だから何も言えない。


「……カルティアは?」


「効率を優先するのであれば私はマスターの意見に賛成です。ですが、ニーナ様の精神状態を鑑みると連れていく選択肢も悪くないと思います」


 予想外に理路整然とした言葉が返ってきたため、顔には出さなかったがかなり驚いた。マスターの意見に従います、と言われるものだとばかり思っていた。


「…………」


 みんなの意見を聞いて、僕は思考に埋没する。考えることはニーナを連れていくか否か。


 理性はニーナを置いて行けと言っている。これから向かう先はかなりの死地なのだ。足手まといになりそうな可能性は少しでも排除したい。


 だが、感情はニーナと一緒に行くべきだと言っている。彼女の心を思いやった結果だろう。


「………………わかったよ。行こう」


「……え?」


 未だぐずっているニーナの頭に手を乗せ、ため息とともにそう告げる。僕の負けだ。


「今のニーナ、すっごい見てて不安になる。置いていったらどこかで逃げ出して僕の後をつけてくるんじゃないかって思うくらい」


 というか置いていったらそれぐらい実行するだろう。


「……一緒に行くの? 本当に?」


「ウソついてどうするのさ」


 情緒不安定で心が弱っているのか、力のない瞳で上目遣いに見つめてくる。その姿にいつもらしくない、と思いながら僕は言葉を続けた。


「ただし、絶対に隠れて姿を出さないこと。戦いになったら即刻安全域まで逃げること。この二つを守ると約束しなくちゃダメ」


「する! 絶対約束守るから!」


 ……本当に弱っているらしい。いつもなら仕方ないとか何とか言ってから引き受けるくせに。


「……それじゃ、行くよ。当てがあるって言っても、そこまで頼りにできるものでもないしね」


 ニーナのことを何とかしよう、と心に決めながら僕はローブを翻して歩き出す。


「うん!」


 ニーナは満面の笑みで僕の腕にしがみついてくる。男としてなら喜ぶべきところなのだろうが、普段の彼女が絶対やらない行為だと思うと薄ら寒い。


「カルティアは残ってみんなの手伝い。……ディアナ、ガウス。少し行ってくるよ」


「了解しました」


「あ、ああ……行ってらっしゃい」


「……頑張って」


 三者三様の見送りを背中に受け、僕はティアマトを出発した。






 こんな状態で竜と出会って大丈夫かな……。

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