三部 第十一話
「……っ、速い!」
僕の突進を見たディアナは唇を微かに動かしてそんなことを言いながら迎撃の構えを取る。
「まだ、こんなものじゃないよっ!」
事実だ。夜叉も影走りも使っていないので、今の僕のスピードなど師匠から見れば止まっているように見えるだろう。
だが……月断流以外の相手ならば、僕みたいな半端者でも十分らしい。
「シッ……!」
向こうの剣がギリギリ届かない位置を見計らって急停止し抜刀する。向こうの方が刀身の長さがあるため、当然僕の抜刀は当たらない――はずだった。
「はぁっ!」
しかし忘れてもらっては困る。僕にはクリスタルを生成して射程範囲を伸ばすことができることを。
「っ!」
クリスタルで水増しされた刀身がディアナに襲いかかり、両断する軌道を描く。
ディアナは大きく背中をそらすことでそれを避け、同時に発動した《水の槍》が上下左右ありとあらゆる方向から僕に向かって襲いかかる。
――この程度、血桜に比べれば何でもない。
「せいっ!」
すぐさま波切を納刀し、両手にクリスタルの短刀を作って僕に迫る水を全て斬り払う。そして斬り払った勢いそのままにディアナへと襲いかかる。
「シャアアアアァァァ!!」
ディアナは時間稼ぎのために魔法を発動したのだろうが、僕が予想以上に素早く斬り払ったため、まだ体勢を戻し切れていなかった。
「……はっ!」
意図せず息を吐いた、といった感じでディアナは何とか後ろに転がることで短刀の範囲から逃れる。同時に地面から巨大な《地の槍》が何本も生み出されて僕の視界を塞ぐ。
「このっ!」
クリスタルの短刀を消し、波切を抜刀して視界を塞ぐ巨大な土塊を斬り裂く。しかし、ディアナの姿はすでに消えていた。
「気配を消したか……」
なりふり構ってないな、と思いながら波切を納刀して周囲の異変を見逃さないよう集中を高める。
僕の後ろの空間に妙な歪みを感知。それが炎の熱による空気の膨張だと理解した時には空間が破裂し、爆発していた。
(《爆発》……! あいつ、いくつ適性を持っている!?)
これには咄嗟の対処ができず吹き飛ばされながら、僕はディアナの適性を読み切れずにやや困惑していた。
爆発によるダメージは皆無に等しい。爆発の衝撃波に逆らわないよう跳躍し、熱はクリスタルで遮断した。爆風によって体は空を飛んでいるものの、すでに体勢を立て直していつでも空駆が使える状態だ。
(……仕方ない。周囲を薙ぎ払うか)
殺傷能力の高過ぎる無限刃は使わない。魔法で十分だろう。
「はっ!」
空中で手を胴体と垂直に広げ、風属性魔法の《暴風》を広範囲に放つ。さらに一瞬だけ空駆を使って空中で一回転する。
「うわっ!? 危ねえだろ!」
僕の魔法がガウスたち見学者の方に直撃しそうになるが、そこはみんなの危機察知能力の高さで何とかなった。
……しかしこういった勝負も久しぶりだ。周りへの被害なども考えて戦うのは。師匠やタケルとの勝負ではそんなことを気にする余裕がまったくない。
(あまり広範囲に被害を及ぼす魔法、剣技は使えないな……。そもそも模擬戦だから本気でやるわけにもいかないが……。さて、どうする……?)
こう言うのも何だが、僕の持つ技はどれも攻撃力が高過ぎる。満足に使えるのは魔法ぐらいだが、ディアナとバカみたいに魔法の撃ち合いをしても千日手だ。
(なら……!)
あぶり出す。これが一番手っ取り早い。
未だ空中に留まっていた僕が結論を出し、本格的に頭が回り始めたところで次の追撃が来た。
足元からもやって来る水の槍。これの対処は通常なら骨が折れるところだ。通常なら。
――クリスタルが作れる僕に、魔法の攻撃は不意を突かない限り意味がない。
クリスタルのドームを作り、水の槍を全て弾く。そしてドームを消した僕は視界に光るものを木の中に見つけ、それに飛びつくように空を走った。
「せいっ!」
右手にクリスタルの棍を作り出し、全力で投げる。葉が揺れる音がする中、わずかに人の動く気配がした。
「やっぱり! さっきのあれは指輪か!」
魔法発動体である指輪が光を反射して僕の目に入ったのだ。偶然に等しいものだが、その偶然をチャンスに変えられるかどうかは僕次第だ。
木から出たディアナは僕から距離を取るように《飛翔》を使って逃げる。接近戦で僕に勝ち目がないと判断しての遠距離戦か。切り替えの早い奴。
しかし僕にとって効果のある手でもある。僕は遠距離攻撃に関しては威力の高いものしか持ち合わせがない。もしくは中級程度の魔法。
(だけど中級ぐらいじゃ対処されるのがオチだ。どうする!? どうすれば勝てる!?)
ぶっちゃけこの状況は千日手なのだ。ディアナからの攻撃は魔法ばかりで決定打にならないし、僕の攻撃は……当てようと思えば当てられるけど致命打になってしまうし。
そこまで考えて、僕の頭にまた別のアイデアが浮かぶ。
(これなら……というかこれしかない!)
頭に浮かんだアイデアを即実行に移す。左手にクリスタルの刀を作り出し、素早く振るう。
「真空波……! でも、このくらい!」
ディアナは迫り来る真空波に驚きつつも、高度を上げて回避しようとする。しかし、それは叶わなかった。
――真空波がディアナに辿り着く前に無数の小さな真空波に分かれたからだ。
「なっ!?」
これにはディアナも本当に驚いたようで、真空波をまともに受けて《飛翔》の魔法が解けてしまう。
「――弐刀改変・断空爆砕。僕が避けられるってわかっている攻撃を意味もなく放つと思う?」
落下地点に先回りして落ちてくるディアナの体を抱えられるようにしながら、僕は口を開く。
「……思わない。エクセは切れる手札がケタ外れに多いことこそが武器だということを忘れていた」
負けて悔しいのかむっつりと頬を膨らませた顔で僕の腕にディアナが収まる。腕にかかる負担に痛みを感じながらも、表情は変えずに笑いかける。
「僕の勝ち、だね」
「……参りました」
よし、ディアナに勝つのは闘技大会以来だから久しぶりだ。非常に嬉しい。
「お疲れ様ですわ、二人とも。ディアナの治癒をしますから、こちらに渡してくださいな」
「……そこまで重傷ではない。ただ、体に力が入らない程度に血が出ているだけ」
「それは非常に危ない状態ですわよ!?」
一つ一つの傷は大したことなさそうだが、その傷全てから血が流れていれば体に力も入らなくなるだろう。傷をつけた僕が言うのも何だが、悪い気がしてきた。
「まったく危なっかしい……。ですが、エクセは本当に強くなりましたのね」
ディアナに文句を垂れつつも治癒を開始したロゼは、こちらを見て目を細める。
「まあ……ね。兄さんが死んで、男は僕だけになったから」
目的を果たすためにも力が必要だったし、何より兄さんの後を継ぎたかった。だからこそ、ニーナとカルティアの命という潰されそうな重さにも歯を食い縛って耐えた。
「……どんな事情があったとしても、力を望んで手にしたのはエクセ。実際、今の私ではほとんど手が出せない」
「あら、そうなんですの? 傍から見ていてもディアナが攻撃できていなかったのはわかりますが……」
「……手加減されていた。それも圧倒的に」
首をかしげたロゼにディアナが怒っているのが丸分かりの顔で僕を指差した。
「あ、あはははは……」
否定できない僕としては苦笑いしながら頬をかくしかできなかった。月断流の技をほとんど使っていないし、魔法にしたって中級以上は使っていない。
「いや、でも不可抗力な面もあったんだよ? 僕の使う剣技、殺傷力が恐ろしく高いからさ……。それに射程範囲も広いからロゼたちを巻き込みかねないし」
「……それでも、エクセが本当に追い詰められたなら何とかして使う環境を作り出すはず。相手の得意分野では決して戦わない、それがエクセの戦い方」
よく見抜いている。まあ、正面から相手を下したい時はあえて相手の土俵で戦ったりもするが。タケルとかタケルとかタケルとか。
「ともあれ、模擬戦はエクセの勝ちってことで。今日はどうする? あれの対策を考えるのか?」
治療に加わっていた僕の肩にガウスが手を置き、空に浮かぶ異体を指差しながらこれからの予定を聞いてくる。
「うーん……。僕としては魔法陣の方を見ておきたいかな。時間があるとはいえ無駄にしていいわけでもないし」
「マスターの意見に賛成です。もしマスターの言うように魔法陣の効果を変えて使うのであれば、多少の手入れは必要になるでしょうし……」
何よりここの魔法陣は私が見ていません、と後半部分でちょっとだけ私情を見せながらカルティアが話に入ってくる。
「……なら、私がエクセの護衛をする」
「あたしもついて行くわ。魔法に関してはまったくわからないし、それならエクセの護衛しかないでしょ」
ニーナとディアナが名乗りでるが、ぶっちゃけ僕とカルティアの二人なら大抵の敵は薙ぎ払える気がする。というかそれくらいできなければあんなバカでかい異体相手には戦えない。
「えっと……」
「んじゃ、俺とロゼは別行動だな。俺は俺で動いてみる。ロゼはどうする?」
僕が何か言って断ろうとする前にガウスが話を纏めようとしてしまう。すでにニーナたちに断れる雰囲気ではなくなってしまった。
「わたくしは……。そうですね……、上の方でも議題になっている異体対策についての会議を少しのぞいてきますわ。わたくしたちの方でも情報が揃っているわけではありませんので」
「……私が皆さまに告げたことは全て真実です」
ロゼの言葉が己の情報を信じていないと捉えたのか、カルティアが不満そうな声を出す。本当に情緒が出てきているな。良い傾向だとは思うけど。
「ですが、それは確認する方法がありませんの。申し訳ありませんが、古代にあったからと言われても証拠にはなりませんわ」
「悪い、カルティア。僕もロゼの意見に賛成」
非の打ち所が無い、というか僕も同じことを思っていたためロゼに追従する。カルティアは非常にショックを受けた顔をしていた。
「……確かに私も記憶領域に存在するだけのものであり、実際にこの目で見たわけではありません。ロゼ様の言うことは不本意ながらも正しいです……」
「エクセ、わたくしひょっとして貶されてます?」
「たぶん違うと思うから落ち着いて」
額に青筋浮かべているロゼをなだめながら、カルティアのストレートな物言いを何とかしようと思った。実行するのは決戦が終わってからになるだろうが。
「それじゃ、朝ご飯を食べてから別行動にしよう。僕たちは魔法陣を見に行く。ロゼとガウスはそれぞれの裁量に任せるということで」
みんなに指示を出してから気付く。ディアナ、今日って休みだったのか?
「……どうしたの?」
「えっと、何でもないよ。行こうか、みんな」
大丈夫だろう。ディアナだって衛兵として働いて三年だ。きっと休みか何か取っているに違いない。……そのはずだと思わなければ怖過ぎる。
僕だけが妙に不安そうな顔をしているのを、みんなが不思議そうに見ながら僕たちはティアマトの中へ戻っていった。