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三部 第八話

「……んじゃ、今日ぐらいは飲み明かすか? 付き合うけど」


 ロゼとの会話が途切れ、妙な空気が流れたところでガウスが間に入ってそんなことを言ってきた。


「そうしたいのは山々なんだけどね。今は時間が惜しい」


 今回集まったのだって旧交を温める以外にも別の目的がある。


「時間が惜しいって言ってもな……。お前の考えてることは俺たちだけでどうにかなることじゃないだろ? むしろ賢者の方々に話を通して初めて形になるものだ」


「そう、ガウスの言う通りなんだよ。だから僕が知りたいのは三人の立ち位置。ガウスは……まだ魔法学院生徒だから除外して、ロゼとディアナはどうなの?」


 僕たち四人でできることなんてたかが知れている。言いたくはないが、今までの事件は全て明確な敵が手の届く距離にいた。


 それを殴り飛ばすだけでよかった今までとは違い、今回は異体の内部へ突入する方法を探す必要がある。ある程度目処は立っているものの、可能にするために必要な手間は途方もない。


 どう考えたって魔法陣の追加には人手が必要だし、専門の知識を持った人々が必須となる。僕も魔法陣には少し詳しい自負があるが、専門家とは比べられない。


「わたくしは中央研究棟で風の魔法について研究を行っていますわ。これでも一廉(ひとかど)の研究者として名を轟かせてますのよ?」


 ロゼはさすがとしか言えないくらい出世してる。というか僕がいなくなる前だってまだ魔法学院の生徒だっただろう。どれだけ異例のスピードで卒業して出世したのやら。


「……私は変わらずに魔闘士の衛兵として働いている。ただ、最近は賢者たちの護衛につかされることが増えた」


 ディアナのそれだってすごい話だろう。衛兵は階級差があまりない。強いて言うなら隊長が複数人存在するくらいだ。


 隊長になるにはもちろん能力が他より優れているのが必須条件だが、何よりも重要なのは部隊を纏められる統率力だ。


 悪く言いたくはないのだが、ディアナはあまり協調性が高い方だとは言えない。僕が話しかけなければ友達ができていたかどうかも怪しい。そのため、統率力というか上に立つ人間に必要なものが欠けている。


 その代わり、彼女の魔闘士としての能力は突出していると言ってもいい。この街で最も偉大な役職である賢者の護衛を任されるくらいだ。相当なものだろう。


「ガウスは……聞くまでもないか」


「うん、俺がむしろ当然だと思うけど、この面子だと俺がバカみたいだな」


 相対的に見ればそうなるだろう。しかし、ガウスだって本当にバカではない。むしろ頭の回転は早い方だ。


「そんなことはないよ。もう卒業の目処ぐらいは立ってるんじゃない?」


「……正解。俺も今期が終わる頃には卒業して、晴れて衛兵の仲間入りだ」


「あら、あなたは衛兵志望でしたの? わたくしはてっきり、研究者になるものだとばかり……」


 ガウスが誇らしげに語った言葉にロゼが意外そうな視線を向ける。だが、僕はロゼの言葉にうなずけなかった。


 ……正直、血気盛んなガウスが研究している姿を想像できない。彼の適性はまるで正反対だ。


「ないない。俺もエクセが出て行ってから色々と考えたんだけどさ。やっぱ一番の切っ掛けはあの時、かな。ほら、俺の故郷がモンスターに襲われた時」


「……ああ、なるほど」


 僕たちも参加したあれか。あの時の僕はまだまだ弱くて、兄さんに散々フォローしてもらっていた頃だ。


「お前やヤマトさんの戦いを見てさ、思ったんだよ。戦って誰かを守れる仕事もいいな、って。幸い、俺の魔法適性は戦闘向きの属性だし、体を動かすのだって得意だ。だから街を守れる衛兵を目指したんだ」


 もっとも、急に道を決めたから時間がかかったけどな、とガウスが照れ臭そうに笑った。


「すごいよ。すごく立派な動機だと思う。……僕なんかよりよっぽど上等だ」


 最後の方は小声でつぶやくだけに留めておく。ここで場の空気を盛り下げる意味がない。


「へへ、ありがとうな」


 僕の絶賛にガウスはもう一度照れ臭そうに鼻をかきながら笑った。


 ……みんな、三年も経てばそれぞれの道を選び始めているんだな。僕やニーナみたいにタケルへの復讐一択の人間はそうそういないってことだろう。


 ティアマト時代の親友三人の道を選んで生き生きしている姿を見ていると、ずいぶん前に首をもたげた疑問がもう一度起き上がってくる。




 ――全てが終わった時、僕は何をして生きる?




 兄さんがタケルに殺された時はタケルへの復讐と、兄さんの代わりにニーナたちを守ることしか考えていなかった。


 どちらも力がなければ行えず、だから僕はがむしゃらに力を身につけた。


 もちろん力をつけることは悪いことじゃないし、実際そのおかげでどうにかなったこともある。


 ただ、余裕が出てきた時にフッと思ってしまったのだ。未来の僕がどうなっているのか、を。


 復讐を終えたら霞のごとく消え去るわけでもなし、ましてや異体との戦いを終えた後だって明日はやってくるし、世界は続いていく。


 脅威の去ったこの地上で、僕はその時生きているのだろうか? 生きているのなら、何をして生きているのだろうか?


(…………まったく想像できないんだよね)


 子供の頃から旅ばかり送ってきた人生だ。一つどころに留まって平和な日常を謳歌する、というのが想像しづらい。


「エクセはどうなんだ? 俺たちのことを聞いたけど、お前のことだって話してもいいんじゃないか?」


 これからをどうするか今まさに考えていたところをガウスに突かれる。


「僕は――」






「それじゃ、今日はここで解散だな。明日もあるし、エクセは忙しいんだろ?」


 宴もたけなわといったところでガウスが解散を切り出してくる。特に僕の状況も察してくれているのがありがたかった。


「うん。残された時間まで僕が忙しくない時はないと思う」


 でも、空に浮かぶあれを一人で倒せるかどうかに疑問を持っていないわけではない。


 いや、方法はあるのだ。ほぼ確実に成功する方法は浮かんでいる。しかしそれを行うことへの踏ん切りがつかない。


 だってそうだろう?




 自分の身を爆散させるレベルで魔力を放出するなんて、自殺行為以外の何ものでもない。




 要するに僕の体を度外視してしまえば、異体を退けることはそこまで難しくはないのだ。この身にはそれだけの魔力量がある。


 僕の体内に宿った膨大な魔力は全てこの時のため。ならば順当に考えて異体とぶつかって命を散らすのが僕の役目なのだろうが……、僕は僕の命がこの時のためだけに存在するなんて認めるつもりはさらさらない。


 戦いが終わったら魔力が全てなくなるのは一向に構わない。だが、僕の命だけは誰にも好き勝手にさせるつもりはない。たとえ星の意思が相手であろうと、だ。


「あ、そうでしたわ。エクセ、この後少し話があるから残りなさいな」


 各々が帰るべく準備を始めたところ、ロゼが唐突にそんなことを言ってきた。


「ん? 別にいいけど」


 別段断る理由もないからうなずいておく。ロゼは妙に安心した感じで胸を撫で下ろしていた。


 ……何かあるのか?


 いつも自信満々な彼女がここまで不安そうになる。それだけ重要な話があるということだろう。何が来てもいいように心構えだけはしておくか。


「それじゃ、また明日な。……なんか、こう言えるのもすっげえ久々で嬉しいもんだな」


「……エクセ、また明日。明日は手合わせも願いたい」


 ガウスとディアナの二人が僕に手を振って各々の宿舎へ帰っていく。……ディアナの手合わせに関しては前向きに善処するという方向で。


 残された僕とロゼだが、ロゼの方が杯に目を落とすばかりで一向に話し出す気配がない。


「えっと……」


 ロゼが話があるといったのは僕なのだから、僕が催促するべきなのだろうが、今のロゼを見ていると話を促すなんてできそうになかった。


「……そういえばエクセ、わたくしたちと一緒にはいましたが酒を飲んではいませんでしたわね。強くないのですか?」


 いい加減焦れてきて、何か口を開こうとした瞬間を狙ったかのようにロゼがふと思いついたようにそんなことを聞いてきた。


「まあ、そんなところ。剣の修行をしてた時に師匠の酒盛りに付き合わされてね」


 肝臓の機能を魔法で強化していなかったらすぐに酔い潰れていたところだ。強化なしの僕では酒がダメだということが発覚した日だった。


「ふふっ、エクセの意外な弱点ですのね」


 僕が酒に弱いという事実に、ロゼはさもおかしそうにコロコロと笑う。酒精によって仄かに赤くなっている頬と相まって、産毛が総毛立つほどの色気があった。


「……それで、話っていうのは何?」


 ロゼの緊張が解れていることを察知し、僕は用件を切り出す。


 するとロゼはさっきまでの笑いを引っ込め、視線を左右に揺らした不安そうな表情になった。


「あの……ですわね」


 だが、不安ながらも話を逸らすつもりはないらしく、ロゼはいつも通りには到底見えないおずおずとした調子で口を開いた。


「うん」


 僕まで緊張しそうになる心を何とか抑えながら、努めて平静な顔を装っておく。下手に顔色なんかを変えて彼女の不安を煽るのを恐れたからだ。


「エクセは……さっき自分の将来というのを答えませんでしたわね」


「……うん、そうだね」


 平時の声を出したつもりなのだがロゼに痛い部分を突かれてしまったため、あまり自信がない。


「あれをわたくしなりに考えたのですが、エクセはあの――」


 どんな時でも空に浮かんでいる異体を指差し、言った。




「異体と戦って死ぬつもりなのではありませんか?」




「それはない。自分の人生をあんなグロテスクな場所で終えるつもりだけはない」


 これは確かなことだった。未来を明確に思い浮かべられないのも事実だが、異体と戦っておしまいにするつもりもなかった。


 ……というかむしろ異体には勝つイメージしか浮かばない。ここには僕の頼れるみんながいるし、これで何もできないとかウソだ。


「そうですの。……よかった」


 僕は死ぬつもりはないと伝えただけなのに、ロゼは心の底から安心したかのような声を出す。まるで自分の大切な人の命が助かったような安心ぶりだ。


 ……もしかしてそういうことか?


 何気なく心の中で思っただけの言葉なのだが、それが妙にしっくり来た。


「――エクセ!」


「は、はい!」


 しかし、その疑問はロゼの気合の入った声でかき消され、再び浮上してくることはなかった。




「何もかもが終わったら……わたくしのところに来ませんか?」




 夜の闇の中でもわかるほど顔を紅潮させたロゼが、僕の方を真っ直ぐに見つめてそう告げる。


「……え?」


 ――一瞬、思考が完全に停止した。


 思考回路自体はすぐに復旧したものの、中身がグチャグチャでいつものように回らない。


 ロゼのところに来い、というのはどういう意味を表しているのか。その短い言葉の意味すらも上手く把握できないくらいだ。


 ただ単にロゼの右腕として働くことを意味しているのか、はたまた――


「こ、言葉通りの意味しかありませんわ。わたくしもいつかは実家に戻る身。魔導士として大成しようとそれだけは変えられない事実ですわ」


 空回りする思考で何とか答えを出そうとしたのだが、直火で炙られたかのように赤い顔をしたロゼが先んじて答えを言う。


「ああ、うん、まあ、そうなるんだろうね」


 思い出されるのは同性と結婚させられるのが嫌だと言って、ロゼが僕を実家に連れていったことだった。あの時は大騒ぎになってかなりキツイ戦いも強いられた。


 ……アリアさんとの戦いは大変だったけど、その後でロゼと一緒に見た夕日はすごく綺麗だった記憶がある。


 あの時見たロゼの涙を浮かべている笑みが脳裏によぎり、顔を熱くすると同時にアリアさんとの戦いで手の平を剣で貫かれた痛みを思い出して頭の中が冷水を流し込まれたように冷える。


 ……今回ばかりは感謝しておこう。おかげで頭がいつも通りとはいかなくても回り出してくれた。


 それにしてもロゼも難儀なことだ。ロゼの才能ならおそらくあと三年以内に賢者になることも不可能ではないというのに。


「もちろん、お父様もお母様もまだ息災ですので、それはもっと先の話となるでしょう。――ですが、いつか必ず来ることでもあります」


 暗に賢者になることは諦めていないと言っているロゼ。その負けん気の強さはすごいとぼんやり思う。


「もし、そのいつかが来た時……わたくしと一緒に来てはくれませんか?」


 さっきの言葉とほぼ同じセリフ。だが、ここまで説明されて何もわからないほど僕もバカではない。


「……それはつまり、僕をロゼの婚約者として連れて行くってこと?」


「はい。いつかのような一時的なものではなく、本物の」


 ロゼはそこまで言って、自らの羞恥心に耐え切れないように顔をうつむかせる。


 ……ここまで言わせておいて、返事をしないのは男の矜持に反するということは僕でもわかる。


 だが、どう言えばいい?


 彼女に告白されて嬉しいのも事実。しかし、心のどこかで後ろめたい思いを感じているのも事実。


「……僕は」


「待った、ですわ」


 頭に二つの矛盾した思いが渦巻く中、まとまらない思考を無理やり言葉にしようと口を開いた瞬間、ロゼがそれを塞いだ。


「エクセのことです。わたくしがいきなりこんなことを言ったところで色々な思いがよぎってごちゃごちゃになるに決まってますわ。ですから――返事は異体との決戦前にお願いしますわ」


「……いや、でもそれは」


 僕の内心を的確に見抜いているのはさすがだとしか言えないが、それは待たせることとなるロゼに悪過ぎる。


 ロゼの想いの大きさは推し量れないが、自分の全てをかけているのは何となくわかる。


 その一世一代の質問に答えをすぐもらえないというのは、とてつもなく不安じゃないのだろうか?


 考えていることが顔に出たのか、ロゼが安心させるように微笑みながら言った。


「無理して決めた答えに価値などありませんわ。もうこれしかない、と一途に思えるほどまで考えて決めないと、わたくしの勝ったことになりませんもの」


「何と勝負してるのさ」


 突っ込みを入れると同時に思わず苦笑が漏れてしまう。そしてそのおかげで肩の力が抜けた。


「……約束するよ。答えを出して、ロゼに言うことを」


「それでよろしいですわ」


 僕の返事に満足したロゼが笑顔を見せるが、僕だって彼女の厚意に甘えっぱなしではいけない。


「ただ――返事は明日だ」


「……いいんですの? もちろん、わたくしとしては早ければ早いほどありがたいですけど……」


 待つ側の気持ちを僕なりに推測してみて、とてもではないがあまり長く待たせられない結論に達した。僕だったら不安に押し潰されているだろうから。そんな思いをロゼにずっと味わわせたくない。


「絶対だ。だから一晩だけ考えさせて」


「……本当、エクセは変わりませんのね。どんな時でもわたくしのことを理解してくださるたった一人の人……」


 ストレートな想いをぶつけられて、僕の心は千々に乱れた。だって、ここまでの想いは昨日今日で抱けるものではないと僕でもわかるくらいだ。それこそ三年前から抱いているとしか考えられないくらい。


 ……やっぱり、僕は鈍感なのかもしれないな。


「それでは、わたくしは帰ります。……明日のお返事、楽しみにさせていただきますわ」


 自分が鈍感であることにようやく気付いて落ち込みかけていた僕を楽しそうに見ながら、ロゼが席を立つ。


 それを見送ってから、僕も自分の分の料金を払って宿に戻る道を歩き始めた。




 ――ロゼの告白に、何を言うべきか考えながら。

合宿先までパソコンを持っていったおかげでどうにかメモ帳に書き残すことができたので、そちらを出します。さあ、これから明日の分を書かねば……。

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