三部 第七話
宿屋に戻った時、気配が四つに増えていたことから中に誰がいるのか予想は付いていた。
心の中でためらう気持ちが生まれているのを自覚しながら、あえてそれを無視して僕はドアを開けた。
そこには、金色の長髪を相変わらず背中付近まで伸ばし、豪奢な雰囲気をまとった美貌を持った――僕の学園生活最高の友人がいた。
こちらを真っ直ぐに見据える瞳は意志そのものを叩きつけるかのような強い光に煌き、ほのかに紅く色づいた唇も今は固く引き結ばれている。
そして、三年前にあったどこか子供のような雰囲気は綺麗に抜け落ち、しっとりとした大人の気配という奴を纏わせていた。
……うん、以前も美少女であったことを否定するつもりはないけど――化け過ぎだ。正直、たった三年でここまで化けるとは思ってなかった。
昔のロゼは美少女という形容がぴったりだが、今のロゼに当てはまる言葉は美女しかあるまい。
うんうん、と内心でうなずきながら僕もロゼと相対した。
「……久しぶりだね、ロゼ」
あまりの美しさに僕でもわずかな引け目を感じながら、それを表面には出さずにひたすら出会えたことの懐かしさを喜ぶ。
「ええ、本当にお久しぶりですわね。エクセ」
ロゼの方も三年ぶりに見た僕の姿を忘れず、満面の笑顔で持って僕を迎えてくれた。
「うん、変わりなくてよかったよ。……あ、ガウスもね」
「ついでみたいな言い分だな!? 俺だってお前と会うのは二年半ぶりなんだぞ!」
いや、それでもガウスに関しては一度会ってる分、どうしても感動が薄れて……。
「あーはいはい。三人が懐かしいのはわかったから、今はカルティアの方に優先してくれない?」
三人で何から話せばいいのかわからないといったむずがゆさを共有していたのだが、輪に入ってきたニーナがそれを食い止めた。
「っと、そうだった。二人とも、積もる話は後でやるつもりだから今はこっちの話に集中してくれない?」
「ええ、構いませんわ。……このタイミングで戻ってきたことといい、あの空に浮かぶ物体と無関係でもなさそうですしね」
「俺も構わない。……ヤマトさんがいない理由、話してくれるよな?」
「……わかってる」
ガウスの指摘で厳しい事実まで口に出さなければいけないことを煩わしく思いながら、僕は口を開いて今までの出来事を軽く説明していった。
「そんなことが……。ヤマトさんには本当にお悔やみ申し上げますわ」
「あの人が死ぬなんて……」
ロゼは兄さんと接した期間が少ない分、どちらかと言えば僕やニーナが悲しんでいることに悲しみを表し、ガウスは故郷で兄さんと会っている分、兄さんへの悲しみが大きかった。
「うん……。でも、ここに来たのはそれが理由じゃないんだ。兄さんが死んだのはもうかなり昔になるからね」
思い返せばあの日から僕が本当に動き出したのだと言っても過言ではなかった。あの件があったからこそ、僕が一人で立てるきっかけになった。
……それでも兄さんが生きていてくれたなら成長なんてしなくてよかった、と思ってしまうのだが。
「わかってますわ。空に浮かぶ異体とやら……。わたくしたちの方でも正式名称が決まってありませんでしたから、今後はそれで通させていただきますわ。異体の脅威を退けるため、あなたが生み出された……荒唐無稽もいいところですわね」
ロゼの嘆息しながらつぶやいたセリフには同意せざるを得ない。そもそも確証があるかどうかもわからないものだし。
「だけどさ、そう考えるとエクセの魔力にも合点が行く話だぜ? あんなデカブツ、どうやって倒せばいいのかなんて想像もつかない状態だったじゃないか」
「う……それはそうですけど……。それでもやはり納得行きませんわ。世界が危ないかもしれない出来事をエクセだけに放り投げるというのは」
責任を重んじるロゼらしいお言葉だ。背負う側である僕からすれば思いもしなかったことでもある。
「あはは……、別に僕は気にしてないよ。どうせ、遅かれ早かれ巻き込まれることではあったしね。とにかく、この状況を打破したくて僕たちはここに来た。……ロゼなら理由もわかると思うけど」
すでに魔法陣に関する説明も終えている。そしてあの巨大な物体に対してどうやってたどり着けばいいのかわからないことも説明済みだ。
「……あなたは世界中に散らばっている巨大魔法陣の一部に別の魔法陣を組み入れることで、効果の変性を狙っているのではありませんの? わたくしでしたらそうすることで異体に近づく方法を探りますわ」
「さっすが、話が早い」
僕の言いたいことを一発で見抜いてくれたロゼに拍手を送りながら、口を開く。
「もともとある魔法陣を消すことは困難だ。特に古代の技術が使われているから、うかつに手を出すことができない。……でも、すでに完成した魔法陣に手を加えて別の魔法陣に書き換えることは可能だ」
知識はカルティアに助けてもらえばどうとでもなるし、魔法に関する技術ならばティアマトがもっとも優れている。
「カルティアさんの話が本当ならば、世界を範囲とした魔法陣の効果は範囲内にいる全ての生物から抽出した魔力を直接ぶつけ、攻撃するというもの。おそらく、攻撃力という点で言えばこれは最強に近いですわ。そして、これに用いられる魔法陣は魔力吸収と魔力増幅、そして魔力に方向性を持たせるの三つ」
ロゼは水を得た魚のように解説を始め、僕とガウスは何度もうなずきながら聞き続ける。
……いや、僕も旅立ってからはほとんど魔法理論とかに触れていないからさ、こういう理論的な部分は新鮮で。
「既存の魔法陣の効果は変えられませんから、ここで入れるべきは魔力吸収の効果の弱体。そして魔力に方向性を持たせる効果を異体まで辿り着くことに変えること。ですわね? エクセ」
「……ご名答。まったく、僕の説明が全部取られちゃったよ」
補足の余地が一切必要ないその説明に、僕は両手を上げて降参の姿勢を取るしかなかった。
「えっと……? よくわからなかったけど、とりあえずどうにかなるかもしれないってことで頭に入れていい?」
「ん、その解釈で大丈夫。あ、ニーナたちは休んでて。あとは魔導士の分野だから」
魔法陣をどうにかするのは魔導士の分野。そして突入した異体の中で戦うのが僕。完璧な役割分担だ。
「……そうさせてもらうわ。ここにかじりついていたって意味がなさそうだし。カルティアも?」
「うん。ちょっと四人で話してくるよ」
僕が学院時代の人間と旧交を温めたいのを察したニーナがカルティアを引っ張って寝室に引っ込む。本当に僕のことを何でも知っているような仕草だ。
「……お二人は幼馴染でしたわね?」
ニーナに対して心の中でお礼を言っていると、ロゼがいつも通りに見せかけて実は不機嫌な気配を纏って僕を見つめてきた。
「ん、そうだけど? ……どうかしたの?」
「……何でもありませんわ」
いや、何もないわけないだろう。そんな不自然な声音で言われて信用などできるわけがない。
しかしこれ以上の追求はどう考えても逆効果だ。こういう時は触らぬ神に祟りなしの方針で行こう。
「何でもないなら気にしないけど……。ガウス、ディアナのところに行こう。久しぶりに四人で話そうよ」
「ああ、俺もそうしたかったから構わないけど……。ロゼは大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ?」
というか繊細な女心まで理解するのは僕には無理だ。ニーナいわく『勘は決して悪くないけど、どこか致命的にズレてる』らしい。
そのズレを自覚できれば苦労はないわけで、僕は色々と頭を悩ませながら結局放棄せざるを得ない結論に達してしまう。
「とりあえずディアナと会おうよ。そうすればきっと機嫌も直るって。……少なくとも不機嫌じゃなくなると思う」
「お前、時々ひどく打算的になるよな……。まあ、俺にとばっちりが来なければいいけどさ」
何を言う。打算的でなければ人はどうやって生きていくのだ。
ガウスの一言に憤慨しながら、僕たちは宿を出てディアナのいるであろう宿舎目指して歩き出した。
「……本当に久しぶり。こうして四人が揃うのは」
「え、そうなの?」
四人で揃って飲み物に口をつけていると、ディアナがそんなことをつぶやいた。
僕は驚いて、今まで飲んでいたジュースから口を離す。
「これがそうなんだな。俺もロゼも、お前がいなくなってから不思議なくらい話さなくなっちまった。何だかんだ言って、お前が俺たちの中心にいたんだよ」
「ガウスの言う通りですわ。かく言うわたくしもエクセがいなくなってから実感したことなのですが……。本当にあの時はどれほどエクセに頼っていたのかを痛感させられましたわ」
そんな大層なことをやった覚えも言った覚えもないのだが……。というか僕がみんなを纏める役だったということ自体が信じられない。
「信じられない、って顔してるな。だけど本当のことだぜ? お前だけが俺たちに指示を出せたし、実際お前が話題の中心になっていることが多かったしな」
「……それって僕が話題に事欠かない人間ってこと?」
まるで人がいつも何らかの事件に巻き込まれているみたいじゃないか。
『違うの?』
「………………違いません」
三人がかりで否定され、僕は渋々うなだれることしかできなかった。
……チクショウ、恨むべきはこの災難体質か。
「まあ、エクセがいかに俺たちの中心になっていたかは後でもいいだろ。それよりディアナに説明しないとな」
「そうでしたわね。エクセ、お願いしますわ」
「僕なの!?」
「当事者が何を仰いますの。当然の義務でしょう?」
ロゼのぐうの音も出ない正論で、僕は結局説明をやらされる羽目になった。
「……というわけで、僕はここに来た。もちろん、ロゼと交わした約束の件もあるけどね」
「……大体はわかった。けど、本当にエクセは色々と巻き込まれる。まさかあの空に浮いている物体のことまで関係していたなんて」
ディアナの驚きに共感ができてしまう自分が虚しかった。
思えば僕ってタケルに関すること以外はほとんど巻き込まれてるんだよな……。
「ところでエクセ、約束は忘れてないようですわね。……あなたはどうでしたの? 『魔導王』に近づけましたの?」
「そのことなんだけど……」
ロゼの期待を込めた視線を裏切る結果となってしまったことに少しばかりの後ろめたさを感じる。無論、ニーナたちを守るために選んだ道だから後悔はしていないが。
「まずは謝らせて。――ゴメン。約束、守れなかった」
ジョッキをどかし、机の上ではあるが精一杯頭を下げる。視界から消えた三人の反応は伺い知れない。
「僕は途中から魔法を本格的に学ぶより力の一つとして割り切る道を選んだ。だからロゼとの約束は守れない」
それだけを言ってから、僕は黙り込む。三人、特にロゼからの反応がない限り頭を上げるつもりはない。
「……顔を上げなさい。エクセ」
「……うん」
ロゼの何かを押し殺したような声が僕の名を呼び、僕はそれに応えて顔を上げた。
「あなたは意味もなく約束を違える人間でないことはわたくしが保証します。ヤマトさんが亡くなられたこと……。そしてあなたがヤマトさんの腰に差してあった刀を持っていること。あなたはヤマトさんの遺志を継いだのではないですの?」
「うん、兄さんの遺志は僕が引き継いだ。でも、ロゼとの約束を破った事実は変わらない」
「その通りですわ。ですから、わたくしが何を言ってもあなたはそれを遵守しますわね?」
「……程度による。死地に追いやるような内容なら抵抗する」
もちろん、ロゼがそんなことを言うとは思わないが。
「そのようなこと、わたくしが言うはずないでしょう? わたくしが言いたいのはただ一つ」
「必ず自分を貫き通しなさい。わたくしの約束を反故にした代償は重いですわよ?」
「……えっと、どういうこと?」
何となくわかってはいるのだが、どうにも正確な意味合いが取れない。
「言った通りですわ。あなたはわたくしとの約束を破ってまで成し遂げたいことがある。ならばせめてそれぐらい成し遂げてみせなさいということですわ。それぐらいやってもらいませんと、約束を破られた側として惨めになるだけですわ」
……なるほど、僕が選ばなかった道である以上、せめて選んだ道は歩き通せということか。よくわかった。
「わかった。絶対にやり通してみせるよ」
「よろしい。それでこそエクセですわ。……本当に、帰ってきたのですわね」
僕が力強くうなずくと、ロゼもそれに対してはにかんだように笑った。そのあとの小声は聞き取れなかった。
「うん、みんな――」
――ただいま。
第二の故郷に、僕はようやく帰ってきた。
申し訳ありません。6日のだけは予約投稿ができそうにないので、いつ投下されるのか未定になってしまいます。ですが、必ず投稿する予定ではありますのでよろしくお願いします。