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三部 第六話

 ティアマトまで到着するのにかかる時間はかなり短縮することができた。


 なぜなら、僕とニーナが夜叉を使える以上、どちらかがカルティアを背負って走れば馬に乗るより遥かに速く進むことができるのだ。


 ……ただ、非常に疲れるため本気を出した戦闘までこなす余力がなくなってしまうのが難点だが。


 ともあれ、僕たちはティアマトまで一週間ほどで到着することができた。普通に歩いていたら一月かかってもおかしくない距離だった。


「ティアマト、か……」


 魔導研究都市であるその場所を前にして、僕は少しだけ思い出に浸っていた。


 ロゼやディアナ、ガウスも含めた四人で騒ぎまくった日々。そしてここで巻き込まれた魔法陣に関する事件。


 そしてティアマトを出発する時、隣にいた人は――いなくなってしまった。


「ロゼとの約束、守れなかったな……」


 彼女は賢者を目指し、僕は『魔導王(マジックロード)』を目指す。僕も兄さんと旅をしていた当初は魔法剣士の真似事をしながらも密かに目指していたものだ。


(でも、今は……)


 月断流を半人前ながらも修め、魔法剣士として歩み始めている。完璧にロゼとの約束は反故にしてしまった。


 ……一度した約束は破らないようにしようとしてたのに。彼女には本当に悪いことをした。


「まあ、ここで尻込みしてもしょうがない、か……」


 事情を話して謝るしかあるまい。むしろ相手にわかってくれる、なんて甘えを持つ方が失礼だ。


「心の準備は終わったの? だったら行くわよ」


「へいへい」


 ニーナは僕の内心で思っていることを全て見抜いた上で待ってくれていたようだ。本当に足を向けられない幼馴染だ。


「んじゃ……行くよ」


 意を決して僕がティアマトの正門に近づいた時だった。




「……遅い」




 そんな声が聞こえたのは。


 声の聞こえた方向は門番から。ちなみに全身重鎧で覆われているため、体つきはおろか顔立ちすら判別できない。


「えっと……この不自然な間は……ディアナ?」


 僕は驚きながらも記憶を掘り起こし、それに該当する人物を探り当てる。


「……非常に不本意な評価をされたけど、正解」


 僕の半信半疑な言葉に対し、ディアナは兜を脱いでその素顔を見せてくれた。顔には仄かな笑顔が彩られている。


「……エクセ、お帰り。本当に久しぶり……。ずいぶん、たくましくなった」


 唇を吊り上げながら僕の方を見て、耳に懐かしい声で話しかけてくる。


 ……ちなみに、僕は未だに魔法学院時代のローブを愛用しており、おまけにその下に革製の鎧を着込んでいる。たくましくなったかどうかなんて判別できるものではない。


「……雰囲気が違う。以前のあなたはどこか甘さがあった。根本で誰かに頼っている部分が、今はない。……何かあった?」


 ディアナ、君はどこまで僕を読み取ればいい? どうしてそこまで読み取れる?


 ……まあ、兄さんに依存していた頃から独り立ちした、といえば聞こえはいいだろう。


「ん、説明したいけど、まずは宿を取ってからね。おそらく、ここにもあまり長居はできないから」


「……わかった。ところで、そっちの人は? 片方は以前会ったことがあるはずだけど」


「そっちの説明も宿に戻ってからってことで。ロゼとガウスは?」


 カルティアの説明は一言でできるほど簡単なものではない。それにはまず相変わらず空に浮かんでいる異体について話す必要がある。


「……ロゼは異例の速度で卒業して今は中央研究棟に入り浸り。ガウスはまだ学院にいる。よく行く場所は練兵場。どうも格闘技術を高めているみたい」


「へぇ」


 何か思うところでもあったのだろうか、と考えながらディアナに手を振って、僕たちは中に入っていった。






「……ずいぶんと仲が良さそうだったじゃない」


 見慣れた環状都市の中に入り、兄さんが迎えに来た時に泊まった宿を手配してからつぶやいたニーナの一言がそれだ。


 やたらと不機嫌なそれに僕は少しばかり戸惑いながら、いつも通りを意識した返事をする。


「そりゃ当たり前だよ。ディアナとはここで何度か死線をくぐり抜けた戦友だしね」


「……ふーん」


 納得したのかしてないのかわからない曖昧なうなずきをしながら、ニーナは僕から視線をそらした。


「とりあえず、ロゼとガウスを探そう。あんまり広い街ってわけでもないから……悪いけど、二人に任せていい? 道なら聞けばわかると思うし、カルティアもガウスの方なら特徴を覚えてるでしょ?」


「え? それは別にいいけど……、エクセはどこか行くところでもあるの?」


「うん、この街を出る時にね、とある道具を作ってくれるって約束してくれた人がいるんだ。それを取りに行ってくるよ」


 本当に久々だ。ギル爺ともう一度会うのは。


 ……あの人、まだ生きているだろうか?


「……女じゃないでしょうね?」


「残念、偏屈者な鍛冶屋の爺さんだよ」


 ジト目を向けてきたニーナに肩をすくめ、僕は宿を出た。






「三年経つけど、この街は変わらないなあ……」


 僕は見慣れた街の建物や店を見ながらつぶやいた。三年近くもこの街に寄り付かなかったのだからだいぶ変わったと思っていたのだが、この街はどうやら僕の予想以上に変化を嫌うらしい。


「まあ、もともと変化を求めて作られた街でもないしね……」


 この街そのものが魔法の研究機関なのだ。魔法の技術の進歩がこの街最大の変化であり、それ以外の変化は求められていない。


 おそらく、この三年間で変わったことなんてほとんどないだろう。研究というのは大体が五年十年といった長いスパンを組んでやるものだ。


 変化のない街に安堵とも失望とも取れぬ妙な感情を持て余しながら、僕は懐かしい鍛冶場のところまで辿り着く。


「まだ生きてるかな……っと」


 扉に手をかけて開くと、中には汗すら蒸発するほどの熱気がこもっていた。


 ……ああ、まだまだ元気そうだ。


 今度こそ確かな安堵の感情を抱きながら、僕は鍛冶場の中に足を踏み入れる。


「ギル爺元気――」


「やかましい! 鉄打ってる最中に話しかけるんじゃねえ!」


 あらら、これはどう見ても僕が来てることに気付いてないね。まあ、半ば予測できたことだけど。


「はいはい……座って待たせてもらいますよ」


 鍛冶場の中に置かれているものは多少新品になったものがあるくらいで、物の配置自体は全て変わらずそこにあった。


 僕は三年前にもよく座っていた椅子に腰かけ、ギル爺の作業が終わるのを待たせてもらうことにした。






「……ふぅ、良い出来だ。……んで、さっきは悪かったな。ロクに返事もしねえで。どちらさんで?」


 しばらく待っていると、鉄を打ち終えたらしいギル爺が静かに立ち上がり、こちらに視線を向けてきた。僕はそれに応えて手を上げる。


「や、久しぶり。ただいま戻りました」


 にこやかに笑いながらそう言うと、ギル爺の顔は珍しく完璧に呆けた形を取っていた。


「お前……いつ戻ってきたんだ!?」


「ついさっき。こっちに戻ってきた理由も色々と訳ありだけどね」


 主にあの空に浮いている物体とか。


「…………」


 だが、僕の返事をほとんど聞かずにギル爺は僕の方へずんずんやってきて、僕の肩にその重そうな手を乗せた。


「え、えっと……?」


 僕はギル爺の意図が読めず、困惑した瞳を向けるがギル爺はまるで気にせず僕の肩から下へ手を滑らせる。


 二の腕、手首、腹、腿、膝下……って待て!


「何するのさ!? 事と次第によらなくても衛兵呼ぶよ!?」


「どっちみち呼ぶんならいいじゃねえか。もうちょっと触らせろ」


「――死ね」


 ちょうど足を触っていてかがんでいたので、僕はその首を狙ってクリスタルの短剣を突き立てようとした。


「っとと! 危ねえな!? 少しは老体を労ったらどうだ!」


 僕の攻撃をギリギリで察知して避けたギル爺は僕に抗議の視線を向ける。だが、こっちにだって言い分はあった。


「変態まで労ろうとする優しさは持ち合わせてない!」


「変態じゃねえ! さっきのはただ単に筋肉の付き方を調べてただけだ!」


「あ……? 筋肉の、付き方……?」


「おう。お前さん、ここにいない三年間の間にかなり強くなっただろ。ワシだって鍛冶屋の端くれだ。武器を使う人間の体付きは見れば大体わかる。……お前、本格的に刀を使う人間になったな」


 さすがギル爺、としか言えない言葉に僕は力が抜けたように肩をすくめた。


「まあ、ね……。色々あったんだよ」


「だろうな。でなければ三年間でここまで急激な成長は望めねえ。……それで、お前がここに来た目的はやはりあれか?」


「そう、あれ。僕が旅立つ前にギル爺が請け負ってくれたやつ、受け取りに来たよ」


 ギル爺の質問にうなずくと、ギル爺は黙って部屋の奥へ引っ込んだ。


 すぐに戻ってきたギル爺の手には、青く透き通った鉱石で作られた腕輪があった。


「これが……僕用に作られた魔法具(アーティファクト)?」


「そういうことになる。効果は魔力拡散。ハッキリ言ってお前以外の人間は必要ないし、この世でお前だけが必要とするものだ」


 実のところ魔法に関する技量もこの三年間でかなり上達しているのだが……、これは受け取っておきたい。


「これがあれば僕でも治癒魔法を使える?」


「そいつはお前の修練次第だ。こいつの効果はワシが保証するが、お前の技量までは知ったことじゃない」


 ごもっとも過ぎる言葉にうなだれるしかなかった。


 ……まあ、治癒魔法も問題なく使えるだろう。今度試しておくか。


「ありがたくいただいておくよ……。……本当はもう少し話していたいんだけどね。急いでる」


「百も承知よ。……あの空に浮かぶデカブツを何とかするために来てるんだろう?」


「……さすがギル爺。年の功?」


 見抜かれてしまったため、僕はお手上げと言わんばかりに両手を上げる。


「お前を見ていたからな。大体の行動は読めてくるようになっただけだ」


 ギル爺は当たり前のように笑いながら肯定してみせた。


 ……もしかしたらその理論でディアナやロゼにも思考が読まれてしまうようになってしまったのだろうか。だとしたらショックだ。


 ちなみにニーナは除く。どうせ幼馴染だし、僕もある程度考えは読めるから気にしない。


「なるほど……。じゃあ、行ってくるよ」


「おう。――気張れよ」


「――うん」


 ギル爺の短い激励に、僕も端的な言葉で返す。年齢に差があるとはいえ、男同士だから互いに必要な言葉を必要なだけかけられて楽だ。


 ギル爺に見送られながら、僕は鍛冶場を後にして宿屋を目指した。




 そろそろ、ニーナたちがロゼを呼んできた頃だろう。僕も腹を決めるか。

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