三部 第四話
先手を打って攻撃してきたのは向こうだった。
「はぁっ!!」
タケルが抜刀すると同時に、僕の方に向かってとんでもない重圧が向かってくる。この重圧……。
(マズイ! 鳴動だ!)
僕の鬼門! これだけは次元断層以外で防げないから避けるしかない!
つくづく自分の未熟が嫌になる。せめて二年半の間に次元断層ぐらい使えるようになっておきたかった。
『散開!』
しかし、避けるだけであればさほど難しいわけでもない。六人になった僕たちは素早く空駆を使って上空に逃げ込む。
「閃光!」
上空に移動した僕たちを全員狙い撃つかのように陸刀・閃光が襲いかかる。
「雷光!」
だが、僕の一人が雷光でそれを相殺した。残りの五人は空駆で弧を描くようにしてタケルに向かう。
五人は全員が本体。つまり思考パターンも行動パターンも何もかも同じ。だから連携も非常に取りやすい。
「食らえっ!!」
先にたどり着いた一人が波切とクリスタルの刀の二刀流でタケルと激しく剣を交えていた。
しかし、基本的に剣士としての技量は向こうの方が上。二刀流による二倍の手数を以てしても防戦一方になってしまう。
でも――
「二人ならどうだ!」
もう一人の僕が同じく二刀流でタケルに襲いかかる。
「くっ!」
二人がかり、それも完璧な連携をしてくるのだ。さしものタケルも苦しい顔で防ぎ続ける。
「二人でも決定打にはならないか……。ならば!」
三人目の僕が介入し、攻撃は三人がかりによる間断のないものとなっていく。
「この……っ! 邪魔だ!」
タケルは仕切り直しでもしようとしたのか、回転斬りを放つ。
そんなチャチな技、今さら僕に効くとでも――
「なっ!?」
しかし、剣から放たれた衝撃波が三人の僕たちを吹き飛ばした。
(……そうか、断空!)
僕でも抜刀なしで放てる衝撃波だ。タケルレベルならば、回転斬りからでも発動は可能なはず。
「鏡写し……。まさかその天技を修得できる人がいるとはね……、いや、正直君を舐めていた。謝罪するよ」
「……別に謝罪はいらないよ。剣士なら――剣で語るまでだ」
僕は魔法剣士だから魔法も使うけど。
「それもそうだ……ねっ!」
タケルの放ってきた技は再び鳴動。どうやらこの技を僕が防げないことを見抜かれてしまったらしい。
「チッ!」
三人が地上を影走りで移動し鳴動の攻撃範囲から逃れ、残りの三人は空に逃れて魔法を用意する。
「《熾天使の裁き》!」
「《風神の吐息》!」
「《雷神の槌》!」
それぞれの手から究極魔法がほとばしり、もはや光の奔流としてタケルを呑み込まんと迫る。
「はっ!」
タケルは影走りを使って後ろに下がり、僕の魔法の範囲から逃れる。チッ、本当に速い。月断流を相手にするのは嫌になるね。ほとんどの魔法が避けられてしまう。
……一応、今の三つの魔法だって食らえば地上に存在する生物はほとんど消え失せるレベルなのに。
おまけに距離を離されてしまい、地上から回り込んだ僕の攻撃が届かなくなってしまう――
「はっ!!」
わけがない。僕にはクリスタルがある。
一人がタケルの進行方向を妨害するようにクリスタルの柱を作り出し、もう一人がクリスタルの投槍を何本も連続で放って影走りの使用を封じる。そして残った僕本体は――
「待ち……やがれぇっ!!」
刀を地面に走らせ、氷の衝撃波を巻き上げる。
――天技改変・霧氷刃。
もともとは天技・地走と言って地を這う衝撃波なのだが、僕が勝手に氷の魔法を使って魔法剣に変えた。
ちなみに地走自体はあまり使いどころのない技だ。空中にいる相手には効果がないし、速度も威力も閃光には劣る。さすがに断空には勝っているが……。
しかしこれは違う。まあ、当てることはさすがに僕も意識していないが、これには地形を変える効果がある。氷属性なら地面を凍らせるし、何もなくても地面を崩すことができる。
衝撃波の這った場所が氷で覆われ、動きにくくなる。それを確認してから影走りを使ってタケルに追いつく。
「逃がさない!」
「逃げるつもりはない!」
激しく交錯する剣と剣が火花を散らし合い、お互いの顔を照らす。僕は右手に波切を。左手には何らかの魔法を待機させ、二つを組み合わせて戦う。
が、僕の剣技ではタケルに勝てない。当然のごとく奴には防がれてしまう。
(どうする!? どうすれば奴に勝てる!? 兄さんと戦った時の経験のおかげでまだ戦えるけど……いつか負ける!)
最初は押していたのだが、奴が冷静さを取り戻してからは完全に押し切ることができない。むしろ徐々に向こうのペースになってきているのがわかる。
兄さんと戦った際の決定打となった技には期待できない。自分でもどうやって撃ったのか未だにわからないし、そんな不確定要素の塊に命を預ける趣味はない。
だが、現状使える技でタケルを打倒しうる技がないのも事実。最速の技である壱刀改変・斬光ですら避けられてしまう。他の技は次元断層に遮られてしまうため無理。
せめて鉢刀、あるいは仇刀の次元断層崩しが使えればまだやりようはあるのだが……。この二つが使えない時点で僕は月断流を相手にする際に絶望的なハンデを背負ってしまう。
本当にどうする……? 兄さんと同格クラスの相手に勝てる技を僕は持ってない。クソッ、こんなことなら兄さんとの勝負に勝ってからも別の技を編み出しておくべきだった。
自分の怠慢に歯噛みしながら、左手に光属性の魔法を作り出して放つ。
「《光輝》!」
物理エネルギーの伴った光の爆発が起こり、タケルの目をつぶしながら攻撃も行う。
「チッ!」
刀を振るうだけでは払えない光の津波にタケルは目をつむり、影走りで後退する。そうしてできたわずかな時間を使って、僕は周囲を見回した。
ここで何か、奴との勝負で決定だとなり得る要素を見つけないと僕に待っているのはジリ貧となった末の死だけだ。
(落ち着け……落ち着いて探せ! 必ずあるはずなんだ! 弱点のない奴はいない! 絶対に打破する方法はある!)
自分に言い聞かせながら必死で首を巡らせ視界にとあるものを入れた時、頭に電流が走った。
「……っ!」
これだ。今の僕が取れる最高の手段。これがダメだったら諦めるしかない。
波切を納刀し、開いた両手に魔力を集中させる。
「《闇の霧》!」
闇属性の毒性をわずかに含んだ霧を放ち、完全な足止めをする。
「くっ! こんなもの!」
タケルは断空を放って振り払おうとするが、《闇の霧》はその程度で振り払われるような霧ではない。というか魔力で作ってあるから効果が切れるまでか、自分で範囲から逃れない限り払えない。
……ちなみに、僕は魔法で作り出した水蒸気は別だ。あれは炎属性魔法と水属性魔法をかけ合わせた“結果”としてできたため、魔法の要素が入ってない。
「くそっ!」
剣技では払えないとすぐに判断し、タケルは影走りで横に移動して霧から逃れる。その即断力は確かだと言わざるを得ない。
だが、僕はすでにタケルといえどもすぐには詰められないほどの距離を取っていた。
「ニーナ!」
「っ! ってエクセ! 驚かせないでよ!」
僕は一直線にニーナへと駆け寄り、その肩を掴む。ニーナはいきなり僕が来たことに驚き、非難の声を上げる。
「そのことについては謝るよ。ごめん。でも聞いてほしいことがあるんだ」
いつの間にか僕とタケルの戦域が村からかなりズレていたことに内心で驚きながら、まずは謝罪する。確かにこの極限の緊張状態でいきなり肩を掴まれては驚くのも無理はない。
「……何かあるわけ?」
「時間がないから結論だけ話す。――僕に命を預けてほしい」
「いいわ、乗ってやろうじゃない」
僕の頼みに対し、ニーナは考える素振りすら見せずにうなずいてみせた。
……いや、頼んだ以上断られても困ることだけど、これは決断早すぎないか?
「えっと……言った側として聞くのはどうかと思うけど、もう少し悩んでからでもよいのでは……? 時間的余裕は少ないけど、ゼロってわけじゃないし……」
「それでも即断即決に越したことはないでしょう。……信じてる。あたしを守ると言ったあんたを信じるから、応えてよね……!」
「――必ず」
ニーナの言葉に力強くうなずき、僕は素早く作戦の概要を説明した。さすがに命を預けてくれ、だけで全てを理解させるのは無理だ。
「なるほど……、要はあたしとあんた、そしてカルティア全員ね……。頼むわよ! みんな!」
「任せろ!」
「了解いたしました。必ず」
全員で決意を確認し合ったあと、僕たちはそれぞれの目的を果たすべく移動を開始した。
まずは――僕。
『はあああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!』
いったん解除した鏡写しを再び使用し、六人になった僕が一斉に突撃をかける。
「一斉に来るか……けど、薙ぎ払う!」
タケルがそれに対して断空を僕の逃げ道を塞ぐ足止めに使い、七刀・鳴動で一網打尽にするという方法を取ってきた。
これは――僕一人では避け切れない。
「チィッ……!」
三人の僕が前に出て本体である僕の身代わりとなり、残りの二人が僕の足と肩を持つ。全部本体ではあるが、やはり生み出し主である僕がやられると終わりなのだ。
『頼むぞ、僕!』
三人が鳴動の中で水の塊となって消えていき、残りの二人が僕をぶん投げて鳴動の範囲から逃れさせる。
空中で体勢を立て直した僕は両腕を核としたクリスタルの大剣を作り出し、タケル目がけて振り下ろす。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
轟音とともにすさまじいまでの土煙が上がり、一瞬だけでも視界を塞ぐことができた。
(頼む、カルティア!!)
マスターが話した作戦の中で不要な役目は一つとしてありませんでした。マスター自身が己に課した役割は囮でした。
そして――私は本命兼囮の役割をこなします。
先ほどのマスターとタケルの激突でタケルの注意はかなりマスターに向いていると判断します。我々の最大戦力であり、今まで戦っていた人を警戒するのは当然です。
――それがマスターの狙いであることにも気付くことなく。
私はマスターの起こした土煙に身を潜め、タケルの後方へと向かっていました。土煙の流れはセンサーで完璧に予測可能。
……これもマスターの作戦の範囲内だったのでしょうか?
などという疑問を持ち、すぐにそれを取り消す。説明していない機能であったし、この時代に生きる人間として知らない方が自然だ。
下らない疑問を持ってしまった己を恥じつつ、タケルの背中が私の視界センサーで判別できる程度まで近づいたことを確認する。
では――私の役割を果たすとしましょう。
「シッ……!」
マスターからいただいたクリスタルの槍で、タケルの頚動脈を狙った針の穴を通すような突きを繰り出します。動作は最小限に、最大の効果を。人間にはできないことであり、私にのみ可能なことであると自負します。
「な……っ!?」
完全に予想の範囲外であった攻撃にタケルは気付きこそしたものの、反応はできずに刀が防ぐのを見ているだけでした。
……本当に刀が動くとは。それにあの刀、私の記録にないはずなのに妙な胸騒ぎを催す……。
しかし今考えるべきことはこの刀の無力化です。どうやら本命にはなれなかったようですが――
「お願いしますよ。ニーナ」
あたしの役目。それは暗殺者としての技能をフルに使ったものだった。
まず、エクセが突っ込んでタケルの意識を引き付け、ついでに煙幕も起こして視界を塞ぐ。
それに乗じてカルティアが背後に回り込み、奇襲をかける。ここで殺せたら上々。できなくても反応させず、刀を動かすことができたら構わない。
そして今、本人の意識は咄嗟のことでカルティアに完全に向いている。タケルの刀もカルティアの槍を無効化するだけで精一杯だ。
――ここまでが二人の役目。最後はあたし。
「…………っ!」
あたしの持っている技能を全力で行使し、気配どころか存在感までかき消し、誰にも認識できない領域まであたしという存在を薄める。
もともと、あたしはカルティアの背中にしがみついていたのだ。そうすればカルティアの体を死角にしながらタケルの首を狙える。
さあ、長い因縁に決着だ。何もかも――
無言でエクセから受け取った守り刀を腰だめにし、心臓目がけて突き出す。
――これで、終わらせる!!