三部 第三話
「待ちやがれ!!」
即座に僕も影走りを使って追いすがる。しかし、出の早かったタケルの方が素早くニーナの方まで到達した。
「くひゃ――さあ、僕のために礎となれ!」
ニーナに向かって狂笑を上げながらタケルが剣を振り上げる。
クソッ、間に合わない!
「ニーナ、逃げて! そいつ、お前を殺すつもりだ! カルティア!」
すでにニーナとタケル、僕を結ぶ線は一直線になっている。下手に投槍でも投げて避けられたらそれこそニーナが危険だ。
ニーナよりは近接戦闘にも適性があるカルティアにニーナを守るよう叫ぶのだが、なぜか動く気配がない。僕の指示には従うはずなのになぜ!?
「なら……っ!」
右手に風属性の魔法を。左手に雷属性の魔法を纏わせ、交互に放つ。
「《風刃》! 《落雷》!!」
《風刃》はタケルの通り道を薙ぎ払うように放ち、《落雷》は同じくタケルの通り道を塞ぐように放つ。
「ははっ、この程度で僕を止められるとでも思った!?」
しかし、僕の魔法をタケルは次元断層で容易くかき消してしまう。
チクショウ! 普段なら絶好のチャンスなのに、影走りで逃げられている状況じゃ追いつけない!
あれだけ鍛えてなお足りぬ己の無力に歯噛みしながら、ニーナの方を見る。
ニーナは迫り来るタケルの凶相を見て――ニヤリと笑った。
――笑った?
おかしい。ニーナの身体能力は夜叉を使えるとはいえ、僕に劣る。それにタケルは影走りを使っており、直線軌道だけで言えば夜叉以上の速度を出して走っている。
それなのに――ニーナには奴の姿がはっきりと見えているらしい。
「姿が見えなくっても――」
ニーナは不敵な笑みのまま体を低く構え、タケルを待ち構える。
「殺気でバレバレなのよ! このど素人が!!」
そして、タケルの振った刀を避けて全力で握った拳で顔面を殴り飛ばした。
「かっ!?」
殴られたタケルは何が起こっているのかもわからないと言った顔をしながら、走った勢いと殴られた勢いで地面を転がっていく。
……そうか、殺気か。確かに暗殺者としての技能が高いニーナなら僕なんかより殺気を読む能力に長けていてもおかしくない。それに先ほどのタケルは殺気を全開にした状態だった。ニーナからしてみれば居場所を全力で叫びながら向かってきているようなものだったのか。
「ニーナ! 大丈夫!? ケガはない!?」
まあ、今は彼女の心配をするのが一番先決だろう。そう思ってニーナの元へ駆け寄る。
「大丈夫よ。それよりごめんね? カルティアにはあたしが勘づいていることを教えていたから、動かなかったの。言ってなかったから焦ったでしょ?」
僕が相当心配したことをすぐに把握したらしく、ニーナはすぐに頭を下げてくれた。
別に怒っているわけではないのだが……。ニーナをこの場所に同席させることを決断したのは僕でもあるし。
「うん、すごく焦った。でも無事でよかった……。カルティア!」
ニーナの安否が確認できたら、次はカルティアの方だ。タケルの倒れている今のうちに指示を出しておかないと後々足元をすくわれかねない。
「はい、なんでしょう?」
「基本はニーナの守護。ただし、ニーナの指示に従え。攻勢に回るとニーナが言ったらよほどの危険がない限りそれに従うように。その代わり、お前の判断で無理だと判断したら戦域を離脱しろ」
「……それはつまり、私にかなりの判断を任せると考えても?」
「ああ、構わない。……ニーナはあれでかなり激情家だ。お前が冷静に判断を下してほしい。最悪の場合も想定しておいてくれ」
「……了解しました。全てはマスターのために」
間が開いたのがちょっと不安をあおったが、ここはカルティアを信じるしかない。
「ニーナ」
「わかってる」
僕の指示にニーナがうなずき、カルティアはニーナの後ろに従ってタケルのそばに向かう。
ニーナの拳がまともに入り、転がりまくっていったタケルはすでにその場を離れていた。
「チッ、話し込みすぎたか……ニーナ! 位置は!?」
「距離は取られてないわ! それは確実! ……でも、場所が特定できない。速過ぎる!」
ニーナは苦渋の表情で報告してくれた。よし、少なくとも逃げられてはいない。それだけは確実になったのなら収穫だ!
「……全員、背中合わせになって」
僕、ニーナ、カルティアの三人で背中合わせになり、どこから来られても対応できるようにしておく。そして僕は思索に入った。
(奴なら誰を狙う? なぞれ……奴の性格や戦闘時の癖を思い出して、奴の思考をなぞれ……)
今までの言動に行動、そして自己陶酔し切った表情。それらが走馬灯のように頭をよぎり、一つの答えを叩き出す。
「ニーナ!!」
「え、なに? キャァッ!!」
答えに至ると同時に凄まじい殺気がニーナに向かって一直線に進んでくるのがわかった。すぐさまニーナの前に移動し、何も考えずに抜刀する。
「……つぅっ!」
右腕に恐ろしい負荷がかかり、筋肉が悲鳴をあげる。今のは効いた……!
「邪魔だァッ!! そこの女を切り刻ませろぉっ!!」
完全に理性というものを失っているとしか思えないタケルは、僕を蹴飛ばして一気にニーナへと距離を詰め、その凶刃を突き出す――
――なんて、させるわけがない。
「あまり舐めるなよ。僕を」
蹴られたことに代わりはないが、理性がないくせに目的だけがある人間の行動なんて読み易いことこの上ないのだ。あらかじめ対策ぐらい取ってある。
蹴られる部位にも推測はある程度できるため、防御もできた。ゆえに、今のタケルは僕に無防備な背中をさらしている状態に他ならない。
その無防備な背中目がけて、僕はクリスタルで作った小刀を突き刺そうとする。
「……っ!」
しかし、さすがは兄さんと同格の使い手であるというべきか、僕がクリスタルの小刀で突き刺そうとしているのを脅威的な反射神経で避け、僕から距離を取ってみせた。
「……ふうっ! 危ないなあ。人に刃物は向けちゃいけません、って習わなかったの?」
おまけに相手を冷静にさせてしまった。相変わらず僕と似通った話し方が腹立つ。
「あいにく、正当防衛の際には剣を抜いても良いと教えられているんでね。……大体、今さらだろ」
僕もタケルも普通に抜刀術を連発しているんだし。
「それもそうだ。……お前を殺す。殺さないと……お前は殺さないと……」
「……前から疑問に思っていたんだが」
タケルの異常な様子を見せられてしまい、僕も今まで意図的に無視し続けていた疑問が再び浮上してきてしまった。やはりこれは今ここで聞いておかねば後悔しかねない類だ。
「うん? なに?」
そして、幸いにも今のタケルは比較的冷静な方だ。これなら情報を聞き出せる可能性もあるかもしれない。
「どうして僕を狙う? 自分で言うのも何だが、僕は基本的にやられない限り何もしない。確かに僕が身に宿している魔力は膨大どころか星の意志の塊だからとんでもない量ではあるが、僕は完全にコントロールしている。……回りくどい説明になりそうだから単刀直入に言う。――」
――お前が僕を狙う根拠は何だ?
僕が知りたかったのはこれだ。正直言って、こいつの僕を殺す理由には曖昧な部分が多過ぎた。殺される側からしてみれば到底納得できないようなものが、だ。
「根拠? そんなもの決まってるじゃないか。なぜなら君は――ごっ!?」
タケルは陶酔し切った表情で話そうとしたのだが、その瞬間に奴の顔が苦悶に歪んだ。
「…………」
僕は黙ってその光景を見つめる。実のところ、こんな結果になるのではないだろうか、と薄々ながら思っていたのだ。そしてその予想は当たっていたらしい。
(やはりこいつは誰かの指示によって動いている可能性が大。………………剣?)
あの有機的にうごめく剣は意志を持っているとしか思えないのだが……まさかな。うん、まさかだ。
「……お前に話すことなど何もない」
しばらく苦しんでいたタケルの顔から表情という表情が抜け落ち、僕の方を能面みたいな顔で見つめてくる。
さてどうする……? 奴は今、明らかに自分の理性をなくしている。つまり第三者の視点で恐ろしく冷静に物事を判断できる状態にある。
「……そうかい。なら、僕も本気でやらせてもらう」
でも、これは悪いことばかりじゃない。頭の中でメリットとデメリットを纏め上げ、メリットを最大限に活かせる方法を取る。
……まあ、やることと言っても天技・鏡写しを使うだけなんだけど。
「……分身? この程度で僕を倒せると?」
やはり奴は操られていることが確定した。タケルの持っているであろう月断流の知識が全て引き出せるのであれば、僕の状態ぐらいわかるはずだ。その程度にはタケルを評価している。
「逆に言うよ。お前は認めたかないけど僕よりも剣士として格上だ。それは事実。……そのお前がこれを見抜けないというのであれば、失望せざるを得ないな」
ハッ、と鼻で笑って挑発も加えてやる。どうせタケルの意識が目覚めることはないはず。ある意味言いたい放題だ。
「……よくほざく。雑魚は口が達者か?」
「自分に酔う質のお前に言われたかないね。……それと一つ。僕は無駄と判断した会話はしないよ」
その証拠に、すでに一体の自分を背後に回り込ませている。
「……?」
操られている状態では気付きもしない、か……。気配を読むと言った五感を使った能力は本人が自分のスペックをちゃんと理解して使いこなさないと無理な分野だからな……。
「……残念だ」
「何がだ? お前の仇は目の前にいるんだよ?」
「――せめて、僕は正真正銘の“お前”を殺したかった」
その一言と同時に、僕は後ろに回り込ませた自身に目線で指示を送り、その場で無限刃を放たせる。
「なっ!?」
タケルはそれを上空に跳躍することで避けるが、その時にはすでに二人の僕が左右から挟み撃ちにしていた。
『終わりだ……!』
――壱刀双刃・斬光交叉。
左右から放たれた斬光をタケルは片方を刀で。もう片方を鞘と身に纏った黒い鎧の甲冑でかろうじて受け止める。
「はあああああああああぁぁぁぁっ!!」
操られているタケルは空駆を使えない。そして両腕は二人の僕で手一杯。これで――!
「終わりだあああああああああああああああああああああああぁァァァっ!!」
波切を大上段に振りかぶり、天技・影走りでタケルへと一直線に向かう。
だが、結論から言えば僕の攻撃は致命打にならなかった。
「――させないよ。エクセル!」
目に光の戻ったタケルが、僕の攻撃を白刃取りしてみせたからだ。
「な……意識が戻った!?」
「さっきまでは本当に乗っ取られていたけどね。……ったく、何が持ちつ持たれつだ……。人の体を勝手に乗っ取って、迷惑極まりない」
今のタケルは非常に面倒くさそうな顔をしており、雰囲気が非常に僕に似ている。前みたいに話し方だけが似ているわけじゃない。
……何でだろう。腹が立つべきなのに、何となく嬉しい自分がいる。慢心も油断も捨て去り、僕を一人の敵として見据えているからだろうか。
「まあ、君には関係ないことだ。……さあ、続きを始めようか! 君が勝ったら僕の野望はここで潰える! 僕が勝てば――君が死ぬだけだ!」
「上等! お前こそ、僕のことをようやく敵として認めたな!」
「強い人間に敬意をはらうのは、一剣士として当然だよ! ――月断流剣士、タケル!」
「――月断流魔法剣士、エクセル!」
お互いの流派を名乗り合い、今度こそ僕とタケルの勝負は本当の意味で始まりを迎えた。