三部 第一話
「それで、旅立ったはいいけどまずはどうするわけ?」
師匠のもとを出発した日の夜、野営をしているとニーナの質問があった。ちなみにカルティアには見張りを頼んでいる。
「ん、最初に言ったとおり兄さんから頼まれたことを果たそうと思う。つまり、タケルともう一度会う」
そしてできることなら殺す。村の仇である以上に、奴は兄さんを殺した。奴を絶殺する理由などそれで十分だ。
「いや、それはわかってるんだけど……。どうやって?」
「ん? 簡単だよ。兄さんと奴が戦った場所まで行って、僕がいることを教えてやればいい。適当に魔法でも放っておけばすぐわかるはずだよ」
もう一度会うことに関してはあまり悩んでない。向こうは僕を殺したがっていたし、僕も奴を殺したい。案外、目的は一致しているのだ。
ゆえに僕しか放てない《終焉》を空に向かって放てば奴も勘付くだろう。僕があそこにいることに。
「そっか……。ねえ、あたしも戦いには加えてくれるわよね……?」
「…………ごめん。正面からの戦いになったらキツイと思う。僕だって勝てるかどうかわからない相手なんだ。やるとしたら奇襲をかけることになる」
「奇襲……。あたしの一番得意な分野だけど……あいつに限ってはあまり使いたくないわね……」
そりゃそうだ。ニーナの奇襲は本当にすごい。やられた側からすれば何が起こったのかもわからずに死んでいくレベルだ。
だからこそ、タケル相手にはニーナも出し渋る。奴のやったことの重さを叩きつけてやり、どちらが勝ってどちらが負けたのか、それをみっちり理解させ十二分に屈辱を味合わせてから殺したいのだ。
……まあ、ここまで正確にニーナの心情を推し量れる僕もそう思っていることに違いはないのだが。
しかしここで問題になるのはニーナの適正だ。魔法の才能などもともと戦闘向きだった僕と違い、ニーナのそれは戦闘向きとはお世辞にも言えない。むしろ戦闘まで持ち込まれたらダメな部類に入る。
「言いたいことはわかるよ。…………」
どうしたものか、とは口に出さずひっそりと頭を悩ませる。さすがに正面切った戦闘に参加させるには不安が残る。夜叉だけ習得していても戦闘ではおそらく役に立てない。
月断流の人間とやり合うにはそれだけでは足りないのだ。というか夜叉のスピードの中でどう戦うかが問題であるため、タケルは普通に夜叉のスピードも見切る。僕にもできることだし。
「……やっぱり、最初は見ているだけにしてほしい。夜叉を修得したって聞いてるから足手まといになることはないと思うけど、役に立てるとも思えないから」
「……エクセには悪いけど、そればっかりは聞けない――」
「でも、一度。一度だけ僕がチャンスを作る。その時に攻撃してほしい」
「え……?」
ニーナの言を遮るようにして放った言葉に、ニーナは返事を忘れたように呆然とする。
「たぶん、僕一人でも決定打を与えられるかどうかは難しい。認めたくはないけど、あいつは兄さんと同じレベルの使い手だ。魔法をフルに活用してようやく互角といったところ……」
剣技に関しては及びもつかないレベルなのだ。おまけに兄さんを殺した直接の要因であるあの怪しい剣だってある。懸念事項は尽きない。
「僕も力を求めていたから、ニーナの気持ちもわかる。すっごくよくわかる。……だから作るよ。絶対のチャンスを」
僕一人で終わらせたってニーナが終わらない。これに関しては二人で一緒にやらないと意味がない。
「……信じていいの?」
「必ず」
僕が滅多に使わない必ず、という言葉にニーナもようやく肩の力を抜く。
「……エクセがそんなことを言うなんて、思いもしなかった」
「僕自身、滅多に使わないよ。それは自覚してる」
あまり確約するような言葉は好きじゃない。世の中、何が起こるかわからないからだ。
「でも、使ったからには実現させる。言ったことをウソにはしない」
「うん、エクセのそういうところは信じてる」
そういうところ“は”信じてくれてるらしい。じゃあ他の部分は信用されてないのかね、と苦笑いが浮かぶ。
「それが終わったらカルティアの方だ。あいつからの報告はまだだけど、収穫なしというのはあり得ないだろうし」
非常に有能な彼女のことだ。異体に関して、何らかの情報を掴んでいる可能性が高い。
「わかった。じゃあ、あたしは先に休むわね」
「ん、了解」
ニーナはゴソゴソと寝具にくるまり、すぐに寝息を立て始める。旅人を続けていると、寝たい時にすぐ寝られるのが楽だ。
「……さて、カルティア。もう戻ってきていいよ」
「……気付いてましたか」
あれだけ視線を寄越されれば嫌でも気付く。以前の僕なら気付かなかっただろうが。
「まあ、ね。……聞くよ。報告を」
カルティアに座るよう促し、焚き火に薪をくべる。
「それでは……マスターが立つのならば私も立ちます」
カルティアと入れ替わりに立ち上がった僕を見て、意固地になったのかカルティアも立とうとする。
「座ってろ。これは命令。今からは僕が見張りの番」
それを手で制し、あえて命令という言葉まで使ってカルティアの動きを止める。
「…………わかりました。命令とあれば」
カルティアは不承不承と言った感じではあったが、うなずいてくれた。
……前はもっと聞き分けが良かったんだけどなあ。情緒面が発達してきたのだろうか。
指示を聞かなくなるかもしれないという可能性を危ぶむべきか、はたまた彼女の感情が見え隠れするようになったのを喜ぶべきか迷いながらも、カルティアの話を促す。
「私が旅立ったと言っても時間がなかった以上、寄れたのはほんのわずかです。ですが、その中で多大な情報を得ることができました」
「……続けて」
わざわざ前置きするなんて、カルティアにしては珍しい。よほど重要な情報でも掴んだのか?
「はい。――単刀直入に申し上げます。マスターが修行をしている間に、私の見た魔法陣は全て待機状態になっていました。……媒体は人骨です」
「……カルティアが見た魔法陣の数は?」
「魔力吸収の巨大魔法陣が二つ。魔力増幅の中規模魔法陣が三つです」
中規模魔法陣を人骨で埋め尽くすのには大ざっぱに考えて村の一つか二つ。巨大魔法陣の方は……考えたくもない規模だ。
「……続けてくれ」
いや、今は亡くなった人たちを悼む時ではない。今は情報を得る時だ。
「はい。私が見てきた魔法陣が全て待機状態になっていたことから、タケルはあの付近の魔法陣は全て待機状態にさせたと見て間違いはないと思います」
「だろうね。とするともっと多くの人が犠牲になったのか……」
犠牲、という言い方はあまり正しくないのかもしれないが、これしかしっくり来る言葉が思いつかなかった。
「マスター。ここで重要なのはタケルがどんな目的を持ってこのようなことをしたのか、まったくわからないということです」
僕の心境を察したのか察していないのかはわからないが、カルティアが話を進めてくれたため僕もそちらに集中することができた。
「そうだな……。確かにあいつの行動には読めない部分がある」
僕のことをいらない存在というのはまあいい。だが、あいつの行動には一貫した目的が見受けられない。強いて言うなら人類滅亡だが……、奴に何の得がある?
「私も彼の行動を分析してみたのですが、どうにも彼自身の意思でやっていることのようには見えませんでした。何らかの背後関係があるものと考えるのが妥当かと」
「うん……」
カルティアの言葉は確かに正しい。正しいのだが……。
「そういうのは本人に聞けばいいよ。どうせすぐに会うことになる……」
これから向かう先も一直線に故郷の村があった場所だ。タケルを呼び出すにも都合がいい。
「……そうですね。ですが、時間があまりないことは留意しておいてください」
カルティアも僕の言に納得を示し、立ち上がる。
「どうしたの? まだ見張りは交代じゃないよ?」
「いえ、マスターの鍛錬に付き合おうと思いまして」
「ああ、そのこと」
どうやらカルティアにはバレてしまっているようだ。かなりコソコソとやっていたんだが。
「一応、隠していたんだけどなあ」
「隠すも何も、夜中に動けば私にはわかります。ハルナ様も薄々勘づいていたのでは?」
「かもしれないね……」
開けた場所を探し、波切を抜刀して軽く振り回す。兄さんの墓から借りてきた時は重い、と感じた刀が今は手に吸いつくように馴染む。
軽く準備運動をしたら、クリスタルの槍を作り出してカルティアに手渡す。機械兵装もあるのだが、数が有限なのでここで使うのはもったいない。威力も致死性のものばかりだし。
「……本当に腕を上げたんですね。あなたの持つ力を」
「まあ、強くなりたかったから」
クリスタル生成の技術も格段に上昇したし、魔法も初級と治療以外はほぼ全て扱えるようになった。剣士としての腕は言わずもがな、だ。
「そうですか。……マスターの意志だけで磨き上げたその力、私はマスターに付き従う自動人形として誇りに思います」
自動人形は誇りに思う心があるのだろうか、と突っ込みを入れたかったが黙っておいた。
だってそうだろう?
せっかくカルティアが綺麗に笑っているのだ。そんなものは野暮ではないか。
この日の僕とカルティアの演武はかなり白熱した。具体的に言うと本気一歩手前くらいに。
「……さて、到着したよ」
それから二週間後、僕たちはようやく因縁の場所に戻ることになった。
「……そうね」
ニーナも若干青い顔をしながら、気丈にそこを見据えていた。
あの時もかなり廃墟化が進んでいたが、兄さんとタケルの激しい戦いの後である今は、もう柱の残骸がいくつか見受けられる程度の場所となっている。
おそらく、あと数ヶ月もしないうちに僕たちの故郷があった痕跡は残らず消えるだろう。
「ここには兄さんの墓もあるから、墓参りをしておきたいところだけど……」
「後回し。今だけはそれより重要なことがあるでしょ?」
ニーナの言葉にうなずき、僕は村らしき場所の中央に向かう。そして周囲に六属性のクリスタルを展開し、魔法の用意に入る。
「……最後に確認。これを放ったらタケルとの戦いは避けられないよ。……そして、勝率ははっきり言って低い」
「構わないわ。あたしはあんたが倒れてもあいつを殺すまで止まらない。そのつもりだから」
ならば僕はそんな危なっかしいニーナを放っては置けず、必ず守るために勝つ必要が出てくる。まったく、厄介な循環だ。
「……そっか、わかった。もう聞かない。……行くぞ!」
天高く掲げた両腕を取り囲むように、六属性の魔法がそれぞれの光を放って浮かび上がる。これを……無理やり纏め上げて解き放つ!
「《終焉》!!」
反作用による爆発が次々と起こり、互いの威力をどこまでも際限なく高めた白い奔流が天に登っていく。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が無言になり、その場に立ち尽くす。誘いはしたものの、どうやって待つのかを考えてなかったからだ。
だが、そんな懸念はすぐに必要のないものであると理解することとなった。
「……っ!」
迫ってくる殺気の塊を察知し、波切を抜刀してその斬撃を防ぐ。
「やぁっと見つけたぁ!! さっさと死んでくれよぉ!!」
タケルは二年前とは比べ物にならないほどの凶笑を浮かべながら、こちらを至近距離で見つめてくる。
「ハ、冗談! こっちだってお前に会いたかったんだぜ!!」
防御に使った右手に走るかすかな痺れを振り払い、獰猛に笑いながら僕も刀を振るう。
因縁の対決は、向こうからの奇襲という形で始まりを迎えた。
最終章の始まりです。そして初っ端からクライマックス。
もちろん、この戦いだけで終わらせるつもりは毛頭有りませんので安心してください。
……最近、息抜きに書いている短編の方が進む進む。やはり動かしやすいキャラというのはあるんだな、としみじみ思いました。