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二,五部 最終話

「ん……」


 意識が覚醒すると、そこは冷たい洞窟の床だった。兄さんの言っていたことは本当で、僕は今までずっと寝ていたらしい。


 どのくらい寝ていたんだろう、などと考えながら体を起こす。体を起こした視界の先には、僕をあの世界に引き込んだであろう機械が鮮やかな青の光を放って鎮座していた。


「まだ動くのか……」


 さすがは古代の機械、とでも言えばいいのだろうか。表面にあれだけ錆びが浮いていてもなお稼働するのだ。その根性には生物ではないにしろ、敬意を表したい。


「……お前のおかげで、色々と決着がつけられた。ありがとう」


 兄さんに会わせてくれた機械に感謝しながら、僕は洞窟を後にした。






 洞窟を出た先には誰もいなかった。そして日は暮れ、月明かりが僕のいる場所を煌々と照らしている。


「どのくらい時間が経ったのかね……」


 洞窟の中に入ったのが朝で、今が夜なのだから少なくとも半日はいた計算になる。もしかしたら一日以上経過しているかもしれない。


「まあいいか、帰ろう」


 さすがに一週間も寝ていたわけじゃあるまいし、帰ればわかることだ。


 結論づけて歩き出した時、僕の五感が慣れた気配を捉える。


「…………」


 師匠ではない。あの人の抑えた気配はもっと希薄で、集中しなければわからないほどだ。


「モンスター、か……」


 人が気分良く歩いていたのだから、少しくらい空気を読んでほしいものだ。


 やれやれ、とモンスターに無茶苦茶なことを思ってから、僕は波切(なぎり)に手をかける。


「ほら、来なよ。相手してあげるから」


 僕が挑発すると、その言葉に応えるようにモンスターが姿を現す。どれもこの国では比較的よく見られる猿と牛のモンスターだ。


「さて……今の僕は結構手加減ができないんだ。まだ使ってない天技とかもあるし……」




 悪いけど、実験台になってもらうよ。




 自分でも驚くほど冷たい声を出し、僕はモンスターに向かって突進を開始した。






「ただいま戻りました」


 一通り技を試し、使いやすい技と改良の必要ありの技を調べてから僕は道場の戸を開けた。


「む、戻ってきたか。意外と早かったな」


「あ、お帰りエクセ。もうすぐ夕飯できるわよ」


 僕を迎えてくれたのは道場の中央で正座している師匠と、忙しそうに夕飯の支度をしているニーナの姿だった。


「……師匠、あの中身をあなたは理解していましたか?」


「当然だ。私も昔にやったことがある。……無事、戻って来れたところを見る限り、お前に取って一番高い壁は越えられたようだな」


「そう、ですね……。あまり大きな声では言いませんけど、兄さんに会ってきました」


 ニーナが聞いたらことだ。あたしも会うとか言って騒ぎかねない。


「ヤマトが……。お前にとって、最大の壁はヤマトだったのか?」


 師匠は意外そうな表情で疑問を口にする。まあ、僕がこの世で一番尊敬している人が一番越えるべき壁であったのだから、驚くのは無理もない。


「ええ。僕が兄さんのものを引き継いだ時から、ずっと兄さんのことは越えるべき壁だと思ってました。……いつまでも兄さんの背中を追いかけてばかりでもいられませんから」


 それじゃニーナたちを不安にさせてしまうだろうし、何より僕の納得がいかない。いつまでも兄さんの下にいるなんて言うのは嫌だ。


「ふふ、お前も何だかんだ言って男の子というわけか。ヤマトの下にいるのが嫌、と来るとは」


「……言いたかないですけど、兄さんはもうこの世にいません。だから僕が代わりになれるくらい強くなりたい、と思うのは当然じゃないですか?」


「ああ、そうだな。剣士の端くれであれば、どこまでも高みに至りたいと思うのは当然だ。例えお前みたいな剣士でも、な」


 確かに強くなりたいという思いにはそういった部分も存在すると思う。高みを目指したいと思うのは魔導士であれ剣士であれ変わらない。


 でも、僕が強くなりたいと思った本当の理由は……、


「……後悔しないため。もう二度と」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ、少し思うところがあっただけです」


 僕のつぶやきは師匠に聞こえなかったらしく、そのことで妙に安心感を得た。この思いだけは誰かに知られてはいけないものだ。


 ……別に後ろ暗いわけじゃないけど、誰かに知られたら思いの価値が下がる。感覚的にではあるが。


(ニーナとカルティアは絶対に守る。もう、兄さんの時みたいに自分の非力を嘆きたくない)


「……どうかした? あたしのことジッと見つめて」


 ハッと意識を現実に戻すと、視界の先にはニーナの首を傾げる姿があった。いけない。何か適当にごまかしておかないとワケもなく女性の顔を見つめる変態の仲間入りを果たしてしまう。


「あ、いや……なんか久しぶりな気がしてさ」


「そう? まだ半日ぐらいしか経ってないわよ? 変なエクセ」


 変だと思われてしまったが、これに態という字がつかなかっただけマシと考えるべきだろう。


 こうして、この日はゆっくりと過ぎていった。






 次の日の朝、僕とニーナは旅立ちの準備を整えて道場にいた。


「お前たちがここに来て二年半が経つのか……。本当、時間が過ぎるのは早い。私も歳を重ねるわけだ」


「え、師匠、今なんさ――」


 いですか、と繋げる前に恐ろしい鋭さを持つ師匠の手刀が首筋のわずか上を通った。衝撃波で切れたらしく、首筋から血が一筋垂れる。


「女に、それは、禁句だ。わかったな?」


 一言一言含むように告げる師匠の顔が怖過ぎて、僕はカクカクと壊れた人形のようにうなずくことしかできなかった。


「なんか前にもあったようなやり取りね……。エクセも少しは反省しなさいよ」


「いやでも本当に気になって――ウソですごめんなさい今まさに興味は消え失せましたから」


 師匠は本当に何歳なのだろうか気になっているのは事実なのに、抹殺せんと睨まれたのでは撤回せざるを得ない。未だに僕と師匠の力関係は変わらなかった。


「それはさておき、もう行くのか?」


「カルティアが帰ってきたら出発しようと思います。時間には細かいあいつのことですから、おそらく今日中には来るはずです」


 昨日が修行の終わりであることもあらかじめ告げてあるし、機械である彼女ならほぼ確実に帰ってくるだろう。


「む、確かに彼女は何かと几帳面だったからな。それなら何も言うまい。ああ、それと一つだけ忘れていた」


 師匠はそう言って、道場の奥に引っ込んでしまう。何を忘れていたのだろうか?


 しばらくその場で待っていると、腕に何か抱えた師匠が戻ってきた。抱えているものは布で包まれていて、中身はわからない。


「確認だが、エクセルは波切を使うんだったな?」


「ええ、はい。兄さんから継いだものですから」


 他にもクリスタルで作った武器などを使ったりはするが、主力はこれになるだろう。僕の魔法剣に耐えられるだけの強度も備えているし。


 ちなみに、クリスタル生成の技量はこの二年半でかなりの上昇を見せていた。どうしてもっと真面目にやらなかったのかと後悔したくらいだ。


 ……まあ、兄さんの死がなければ真面目にやってもあまり伸びはしなかっただろうが。こういうのは心持ちが大きな部分を占める。


「よし、ならば好都合だ。これを受け取れ」


 師匠がなぜか喜びながら、僕に布にくるまれたものを手渡す。重さからして金属類だろうが……。


「え? これは……」


 中身を開けて見たところ、一振りの刀が入っていた。


 ただし刃渡りが非常に短く、波切の半分ほどしかない。つまるところ、短刀だ。


「守り刀だ。持っているとご利益があるぞ」


 兄さんからもらった守り刀は普通に武器として振り回していたけど、それでもご利益ってあるのだろうか。


「あの……僕、兄さんからももらっているのですが……」


「何っ!? 守り刀は本来、一人前になった人間にしか渡さないものなんだぞ!?」


 師匠の慌てたような言葉を受けて、僕は兄さんから守刀をもらった時のことを思い返す。あの時は確か……。


「十五歳で魔法を学びにティアマトへ行く、と決めた時にもらいました。お守りがわりに持っておけ、って」


「……まあ、そういう使い方もあるか。とにかくもらっておけ。ヤマトからのお守りと私のお守り、二つあった方が効果は出そうだろう?」


 剣を二振り持てば攻撃力が二倍になるわけでもないのと同じ理屈が通る気がするが……、黙っておくべきだろう。


「……これはありがたく受け取ります。ニーナ、兄さんからもらった守り刀、いる?」


 しかし二つ分あっても困るのは僕だ。旅は三人でやるのだから、ご利益も一人に集中するより分散した方がいい。


「あんたがいいなら、あたしが受け取らない理由はないわ。ところでハルナ様。あたしにはないんですか?」


 ニーナが僕の守り刀を受け取って懐にしまってから、師匠の方に向き直って明らかに期待した目を向ける。


「バカを言うな。お前には忍者道具を一式渡しただろう。それで終わりだ」


「確かにもらったものだけを見ればエクセより多いですものねあたし……。あ! カルティアが来た!」


 師匠の言葉に妙な納得をしているニーナがカルティアを一番最初に見つけ、再会の喜びを表しながら手を振っていた。


 ニーナの見ている方向を見ると、確かにカルティアがこちらに向かって歩いてきていた。


 ……荷物が不自然なくらいにないんだが、あれに疑問を持たないのか? というか食料と寝具ぐらい持ち歩こうよ!?


「ただいま戻りましたマスター。見違えましたね」


 カルティアは開口一番にそう言って、唇をわずかに釣り上げる。


「まあ、カルティアに魔法陣の方を頼んでからも修行は続いたから。だいぶ強くなったと思っているよ」


「はい。もう私では敵わなくなっているかもしれません。強いマスターになっていただけて、本当に嬉しいです」


 手放しで僕を褒めちぎるカルティア。僕は照れくさくなってしまい、頬をかきながらニーナの方を向いた。


「じゃあ、行こうか」


 ニーナに手を差し伸べ、ニーナもそれを掴んで微笑む。


「ええ、行きましょ。エクセ」




「じゃあ――まずは兄さんのやり損ねたことからやっていこうか」






 兄さんのいない旅は、こうして本当の始まりを迎えた。

これでようやく二,五部も終わりです。ちょっと短くまとめすぎた感じもありますが……。


ともあれ、次からは最終章である三部の開始となります。ティアマトでの伏線、二部での伏線、全て回収していきますので最後までよろしくお願いします!

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