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二,五部 第十二話

 兄さんが攻め、こちらが守る。ひたすらそれの繰り返し。


 僕は夜叉を常に使いながら後ろに下がり続け、時おり魔法で遠距離攻撃をする。


「ッシャッ!!」


 兄さんはそれを迎撃し、再び僕に向かってくる。


(千日手だな……)


 魔力を集め、左手の側から《水の刃(ウォータースライサー)》を放つが、兄さん相手では呆気なく避けられてしまう。


 僕と兄さんの戦いが始まって、三時間が経過している頃のことだった。






 やっぱりというべきか、僕の魔法は兄さんには通じない。どんな魔法を使おうと、次元断層の壁が抜けられないのだ。


 だが、接近戦をやっても結果は見えている。僕が真っ二つにされておしまいだ。


 相打ち覚悟で特攻かける方法もあるのだが……ここでしか使えない方法だ。ここ、精神的に死なない限り何度でもよみがえるらしいし。


 などとつらつらと今後の戦闘展開について頭を悩ませていると、兄さんが一気に僕との距離を詰めてきた。


「なっ!? 夜叉を使ってるのに!?」


「直線だけなら、もっと速く動ける天技があるんだよ!」


 聞いてない! いや、確かにそんなのが存在した! 秘伝書で見たことがある!


(確か――)




 ――天技・影走り。




(あれ、本当に使える人いたのか……!)


 僕がいくら練習しても天技に関してはほとんど使えないままだったから、秘伝書に書かれているのは全て狂言なのではないかと疑っていたくらいだ。


「ジャッ!」


 そんなことを考えている間に、僕の懐まで入り込んだ兄さんが神速の抜刀術を放ってくる。


「っと!」


 僕は上体をそらすことでギリギリ回避し、そのまま地面を蹴って宙を舞う。その際に兄さんの顔を蹴り上げるような軌道を取る。


「チッ!」


 兄さんはそれを僕と同じく上体をそらすことで避け、あえて追撃はせずにそのまま下がる。


 ――好機!


「らあああああああああぁぁぁっ!!」


 着地した瞬間、右手を地面につけて《地槍(アースランス)》を連続で生み出す。大地の力を使って、地続きになっているこれは次元断層でもかき消すのは難しい。


 だが――


「この程度!」


 普通に斬ってしまえば何ら問題にはならない。そして兄さんにはそれを容易く可能にするだけの技量がある。


「このっ……!」


 左手に集めた魔力で今度は《暴風(ストーム)》を放つ。視認不可能な風である以上、対人相手なら絶大な効果を発揮する。


「この程度か?」


 しかし、兄さん相手では薄笑いを浮かべながらでも対処できる程度に成り下がってしまう。


 ちなみに断っておきたいのだが、これは魔法の威力が決して低いわけではない。むしろ中級魔法レベルになれば一個中隊(だいたい七、八十人ぐらい)程度なら一発でせん滅できる威力を備えている。


 なのに目の前のこの人相手となると、まったく意味のない魔法になる。それはつまり、この人の戦闘能力は正しく一騎当千レベルであることを表している。


「チクショウが……!」


 悪態を吐きながらひたすらに下がり続け、僕は必死に勝つための道を模索した。


(どうする!? 究極魔法クラスは溜めが少なからず必要になる。コンマ数秒程度だけど、この人相手だと致命的! おまけに……!)


「おらぁっ!!」


 距離が離れていても、断空やら閃光やらの遠距離攻撃が間断なく降り注いでくるのだ。気の休まる暇などありはしない。


「このっ!」


 同じく波切を抜刀して衝撃波を相殺する。だが、僕の剣では相殺することはできても、突破してダメージを与えることはできない。


 天技・影走りを警戒してジグザグにバックステップを連続しているのだが、どうしても兄さんの速度の方が上になってしまう。そもそも地力が違い過ぎる。


「くっ……!」


 苦し紛れにクリスタルの柱をいくつも作ってみるのだが、全て一刀のもとに斬り捨てられた。足止めにもなりゃしない。


(勝てるのか……?)


 兄さんにはほとんどの搦め手が通じない。正統派剣士であるこの人には次元断層という鉄壁がある。死角からの超高速攻撃なら通る可能性もあるが、兄さんのバケモノじみた五感の前に死角など存在しないに等しい。


「集中が切れたか!? 動きがパターン化されてきてるぞ!」


「……クソッ!」


 防ぐことに思考を向けるだけで精一杯だ。


 しかし、それでも徐々に溜まる疲労を兄さんは的確に見抜き、突いてくる。


(……チクショウ!!)


 その活き活きとした姿を見て、悟った。悟ってしまった。




 今の僕の体調では、どうあがいても兄さんに勝てないことに。




「…………」


 このまま戦っていたところでジリ貧になってバッサリやられるのがオチだ。


 ……それにここで戦って死んだところで心が折れなければ大丈夫だ。ならば、無駄な消耗は避けるべきだろう。


「……どうした? 諦めたのか?」


 これ以上あがくのは無駄と判断した僕が立ち止まり、それを訝しむ兄さんも立ち止まる。当然、刀から手は離さない。


「色々考えたんだけどさ。とりあえず一回殺してもらおうかと思って」


「……何考えてやがる? 言っておくがな、そんな反則ができるのはこの中だけであって――」


「わかってる。わかってるからこそ、最大限利用する」


 説教じみたことを言おうとした兄さんを遮り、僕は僕の考えを述べる。


 もしこれが現実での戦いであったのなら、回復力を最大まで強化して急所のみを守りながら腕の一本や二本犠牲になっても構わない覚悟で突撃するのだが、ここは違う。


「死んでも復活ができるなんてここだけだ。だったら利用できるだけ利用するのは当然じゃない?」


「……そう来たか」


 僕の言葉に兄さんは面白そうな顔をする。


「だが、いいのか? 精神が折れたら現実で死んだも同然だぞ? オレからは何とも言えないが、死ぬ時ってメチャクチャ痛いんじゃないのか?」


「一度死んでる兄さんなら知ってるんじゃないの?」


「バカ言うな。これはお前が思い描くオレだ。死んだことなんて一度もねえよ」


 そういえばそうだった。目の前にいる人は僕が思い描く兄さんに過ぎない。つまり、決して本物ではない。


「……サッサと殺して。なるべく楽な方法でね」


「……断る!」


 兄さんはそう言って、僕の胴体を横に両断した。


 とんでもない激痛と自分の視界に映る真っ赤な液体を俯瞰的に眺めながら、僕は消え行く意識の中で別のことを考えていた。




 ――このままやられていいのか?




 すでに僕の負けは確定している。それは今さらどう動こうと変わらない。だが、死を目前にして僕の脳裏によぎった言葉はそれだった。


 そして、その言葉に対して予想以上にしっくり来る感覚を覚えた。


「が、ごっ……!!」


 何かしゃべろうとするたびに溢れる血をそのままに、僕は両手に全神経を集中させる。


(こ、の……っ!)


 思考が混濁し、魔力の集まっている指先のみが感じられるようになってきた。


 だが、それでもやるべきことを見失わず、僕はある魔法を発動させた。


「なっ!?」


 驚愕に満ち満ちた兄さんの顔がありありと浮かぶような声に(すでに目は見えなくなっていた)、僕は内心でしてやったりとした笑みを浮かべる。


 僕が発動させた魔法、それは――




 僕自身を中心とした自爆魔法だ。




 自分の目の前に何もかもを消し飛ばす魔力の塊が生み出されるのを皮膚に感じる熱で理解しながら、僕の意識は闇に呑まれていった。






「死んだ感想はどうだ?」


「……二度とやりたくない体験だった」


 相変わらず何もない真っ白な空間で仰向けに寝転がっている僕を、兄さんが楽しそうな笑顔を浮かべて見下ろす。


 僕は胴体を斬られた痛みも消え失せている体を起こし、調子を確かめながら先ほどまで受けていた蘇るまでの痛苦に鳥肌を立たせる。


 かなり昔に死霊術師と対峙し、この世に存在するありとあらゆる苦痛を同時に受ける魔法を食らったことがあるが……、そんなものとはケタが違った。


 エクセルという存在そのものをまったく別の何かで塗り潰されるような言いようのない喪失感。そしてゼロになった存在が再び“僕”という存在に再構築されるおぞましさ。


 それらの残滓は目覚める際に残らず消え去っているはずなのに、全身には未だそれらの残滓がねっとりこびりついているように錯覚させられた。


「……はぁっ」


 肺の奥に溜まっていた酸素を大きく吐き出すと、体の中にあった澱のような淀みが清々しい空気に流されて消えていく気がして、いくらか気分が楽になった。


「んで、どうする? オレとしてはあまり長い休憩はおすすめできないけど」


「わかってるよ……」


 体が気だるく、今にも倒れ込んで寝てしまいたい衝動に駆られながらもしっかりと立ち上がる。そして、頭の中でいつでも冷静な一部分が客観的な事実を僕に告げる。


(二度目は耐えられないな……)


 それがまず最初に抱いた感想だった。正直言って、死んで復活することがいかに自然の摂理から外れたことなのか、理解し切れていなかった。


 あのおぞましさと存在が作り替えられる嫌悪感、一度耐え切れただけでも奇跡だろう。


「……さて、始めようか」


「別にオレは構わないが……いいのか? 何だか死ぬ前より体調が悪くなってるような……」


「体を動かせば忘れられるはずだよ。どうせ錯覚に過ぎないし」


 というかそうでも思い込まないと、また死の錯覚に捕まりそうで怖い。


「……わかった。次はちゃんとオレを越えろよ。でないと、オレがここまで来た意味がないからな」


 兄さんが腰を落として戦闘態勢に入ったのを見てから、僕も刀に手を添えて思考を巡らせる。


(精神的な体調は限りなく最悪だけど、一時的なもの。肉体的な魔力、体力はともに万全。……それに、認めたくはないけど掴めたものもある)


 臨死体験をした人間は色々と死生観が変わるとか聞いたことがあるが(ティアマトで雷属性を専門とする人間は割と日常的に臨死体験するらしい)、僕もその例に漏れなかった。


 要するに、今まで噛み合わなかった歯車が全部噛み合ったようなある種の解放感があるのだ。


 ……いやぁ、死んで成長につながったのだから結果オーライ……か?


「……行くよ兄さん。文字通り生まれ変わった僕の力、全部見せる!」


「格好良く言ったつもりらしいけど、実は情けない宣言だなそれ!」


 うるさい、自覚してるよ。


 突っ込みを入れながら一度だけ刀を抜刀し、衝撃波を起こした僕は再びバックステップを開始した。




 本音を言えば、兄さんの声はずっと聞いていたいけど――そろそろ終わりにしよう。




 長い勝負に決着を。そう心に決め、僕はとある技を使うべく、動き出した。

戦闘が長過ぎる……。どうも、アンサズです。


とはいえ、さすがに次の話あたりでこの戦いは終わりそうです。そして終わったら二,五部から最終部である三部に移行します。ここに到るまでで百話越え……本当に長かったです。


……さすがに百五十話は超えないようにしたいと思います。

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