二,五部 第十話
「もうすぐ、師匠との修行期間も終了か……」
僕は夜の空に浮かぶ月を見上げながらつぶやき、珍しく隣にいたニーナもそれにうなずく。
「二年半、あっという間だったわね……」
「うん。すっごく辛い修行だったけど、本当にあっという間だった」
精神修行と称して水中で三時間の瞑想をやらされた時は本気で死を覚悟したくらいだ。
「ところでさ……この修業が終わったら、どうするの?」
そういえば言ってなかった気がする。
……何も言わなかった僕に黙ってついてきてくれたのか。本当に頭が上がらないな。
「まずは兄さんから頼まれたことを果たす。だからタケルを呼び出す」
「呼び出すって……できるわけ? あいつは本当に神出鬼没で……」
「いや、呼び出せる」
ニーナの疑問をぶった切る形で断言する。言い切れるほどの確信が僕にはあった。
「あいつは僕が世界にいちゃいけない存在だと言って、危険視していた。だからこっちからそれなりの合図をすれば必ず来る」
僕は今までずっと師匠のお膝元にいたから向こうだって手が出せない。その僕が移動し、わざわざ僕が来たことまで知らせるのだ。来ないはずがない。
「でも、向こうは絶対罠とか警戒してくるわよ? それでもやるわけ?」
「向こうには罠があっても行かざるを得ない事情があるからね。僕はそれを迎え討つだけ」
そう言いながら、月に向かって抜刀術を繰り出す。月まで届く勢いで真空波が生み出され、視界の遥か先まで行って消えた。
陸刀・閃光は習得できずじまいだったが、魔法を併用することでそれに近いものを作ることはできた。
「……陸刀?」
「ううん。陸刀は覚えられなかったから、魔法剣にした」
全身に雷を纏い、さらに弐刀・断空以上の速度で振るう陸刀変形・雷光だ。
「師匠が什刀を覚えられなかったわけがわかってきたよ。何となくだけど、この剣の最終型が見えてきた」
「ふーん……それってすごいの?」
「まあ、僕もまだ何となくの段階だから何とも言えないけど……完成させれば誰にも負けない……気がする」
どんどん語尾の弱くなって自信の消えていく僕に、ニーナは呆れた視線を寄越してくる。仕方ないだろ、何となくなんだから。
「ほら、ニーナはもう寝なよ。僕はもう少し素振りをしてから寝るから」
「ん、そうさせてもらうわ。ふぁ……」
あくびをしながら僕に背を向け、部屋に戻ろうとするニーナ。その姿を横目で確認してから、僕は刀を振るう作業に戻ろうとし――
「明日、頑張りなさいよ」
そんな声を背中に受けた。
「……バレてたのか」
刀を振るう手を止め、頭をかきながら苦笑いする。
もうすぐ師匠と決めた修行期間も終わりを迎える。そのため、師匠が最終試験をやると言ってきたのだ。そしてそれは明日に迫っていた。
柄にもなく緊張し、刀を振ることでごまかしていたのだが……ニーナにはバレバレだったらしい。
「……本当、ここは女性が強いよ」
カルティア含め、それぞれがそれぞれの強さを持っている。僕みたいに色々なことに手を出す半端者では勝てる道理がない。
「……あと、カルティアは大丈夫かな」
カルティアは僕が無限刃を会得した時のモンスター騒ぎの件に関して、調査を頼んでおいた。ついでに異体に関する情報収集もお願いしてある。そのため、今は家にいない。
明日には戻ってくるよう厳命しておいたから問題ないとは思うけど……何かやってないだろうな?
「……やめよう、この考えは」
未だ常識知らずな部分が多々ある彼女を考えると、どうしても嫌な方向に行ってしまう。例え有り得そうなことでも、それは彼女に対する侮辱ではないか。
……そうでも考えないとやってられない。
「よし、いつもの鍛錬やろう!」
思考を無理やり切り替えるべく、わざと大きな声を出して剣を振る作業に戻った。
「食べ終わったらこの場所に来い」
翌日、朝食の時間に師匠が一枚の紙を手渡してきた。
「え? あ、はい」
「それでは私は先に行く。……ちなみに言っておくが、私と一騎打ちしろというメチャクチャな内容ではない」
「本気で安心しました」
八割方それを覚悟していたこちらとしては、それがないとわかっただけで凄まじい安心感を得られた。
「まあ、ある意味ではそれ以上にメチャクチャではあるがな……」
「え、ちょ、待ってくださ――」
最後に師匠がポツリとつぶやいた不穏過ぎる一言が気になり、引き留めようとしたのだがすでに時遅し。師匠の姿は消えていた。
「…………」
「…………」
残された僕とニーナの間に重苦しい雰囲気が流れる。僕はこれからのことについての不安。ニーナはそんな不安に苛まれる僕にどうフォローを入れればいいのか悩んでいた。
「えっと……頑張って?」
「……善処します」
ちぐはぐなやり取りをして、僕は道場を後にした。
「確かこの辺に……」
僕は師匠から渡された地図を見ながら、山の奥を歩いていた。
なぜわざわざ地図などというものを書いて渡してきたのかは疑問だが、別に地図が地図の原型を留めていないくらいひどいもの、というわけでもないから文句はない。
「む、来たか。早かったな」
目的の場所に近づくと、木の上から師匠の声がした。
「あ、師匠。この奥ですか?」
僕でもわかる程度に気配を出していてくれたため、特に驚くことなく聞いてみる。いつでもどこでも師匠と一緒にいる時は修行だと思った方がいいのだ。
「うむ。この奥に洞窟があってな。そこにカルティア君が保証した古代の機械がある」
「それ遺跡なんじゃないですか?」
「で、だ。お前への最終試験はその機械を確認し、戻ってくることだけだ。簡単だろう?」
僕の突っ込みを完璧に無視した師匠が説明を終え、優しい笑みを投げかけてくる。
……その笑顔が逆に怪しいんだけどね。
「いえ、師匠がわざわざ最終試験に選んだくらいです。尋常じゃない難しさであることは承知してます」
「わかっているじゃないか。……その通り、これは今まで私がお前につけてきたどんな修行よりもキツイものとなるぞ。断言してもいい」
よもや師匠がそこまで言うとは。師匠のデタラメな修行に耐えてきた僕としてはそれなりのものが出てきても驚かない自信があるのだが。
「今さらかもしれないが、失敗したら死ぬからな。覚悟しておけ」
「本当に今さらですよね」
師匠との手合わせの時に悪い受け方をしてしまい、首の骨を折られたことだってある。あの時激痛に負け、意識を落としていたらとっくに土の中だ。
……本当に綱渡りな修行をしていたんだな、僕。
「時間制限は特にない。ただ、カルティア君が戻ってくるまでには帰って来い」
「……わかりました」
時間制限がないことも考えると、一日以上の長期戦になるかもしれない。まあ、今から備えを取りに戻る時間もないし、どうしようもないのだが。
僕は師匠に手を振ってから、腰に差してある波切の感触を確かめ、洞窟の中に入っていった。
「ここは……」
中には当然のごとく光源がないため、仕方なく左手に魔法の光を生み出す。
その光を頼りに一歩一歩慎重に足を動かす。モンスターの気配はなく、特に気を張る必要はなかった。
しばらく歩くと地面が徐々になだらかになり、ゴツゴツとした部分が少なくなっていく。まるで人の手が入って踏みならされたようだ。
「ここからか……」
おそらくこの先が遺跡なのだろう。事実、壁が平らになって鉄板のようなものがツギハギに組み合わされたものとなっている。
洞窟の中と比べて遥かに歩きやすくなったので、ペースを上げて進む。すると、開けた空間に出た。
「ここが……目的の場所、か?」
左手にかざした魔法の光を前に出すと、暗闇の奥に鎮座する機械っぽいものが見えた。
遠くから見ているだけだが、赤い錆が浮いて時代を感じさせるのがわかる。
もっとよく確認しようと近づいてみると、いきなり機械に青く輝くラインが走った。
「な、何だ!?」
というかまだ動くのこの機械!?
突然起こったことに驚きながらも距離を取り、何が来ても対処できるように身構えておく。
しかし、この時すでに僕は機械の効果範囲に入っていたらしい。
急に景色が変わったのだ。それも何もない真っ白い空間に。
「な、なぁっ!?」
わけがわからず叫んでしまう。まばたき一つしていなかったのに、景色が前触れもなく変わったのだ。驚いても責められまい。
そして何より驚いたのは――
「よぅ、エクセ。久しぶりだな」
死んだはずの兄さんが、こちらに手を振って歩いてきていることだ。
「……僕、死んだ?」
あまりにあり得ない光景に思わずそんなことを考えてしまう。
だが、僕の方に歩み寄ってくる兄さんはそれに苦笑するばかり。
「まさか。そんな場所にハルナ様が向かわせると思うか?」
「うん」
「即答かよ……。まあ、否定はできないが」
「それで、僕が死んだわけじゃないのだとしたら、ここは機械の中?」
呆れるような視線を向けてくる兄さんに僕は聞いてみる。というか景色が変わるまでに起こったことを思い返してみても、怪しいと思われるのが機械しかない。
「その通りだ。お前が見ていた機械。あれは『お前が越えるべき相手』を認識して作り出すものでな。その中で『お前が思い描くオレ』が選ばれた」
「……簡単に言うと?」
「オレを倒して強くなれ」
すごく単純明快に告げられたその言葉に、僕は思わず吹き出してしまう。
「理解したよ。……兄さん、越えさせてもらうね」
腰を落とし、波切に手をかける。僕が戦闘態勢に入ったのを見て、兄さんも腰に差してある波切に手をかけた。
……まったく同じ刀を使っているのは何だか奇妙な感じだ。
「言うようになったじゃないか。ちなみにここは仮想空間と呼ばれる場所で、死んでもすぐに生き返る。……精神が死なない限りな」
「つまり、何度死んでもいいってこと?」
「そういうことになるが、斬られれば痛いことに変わりはないし、心が折れれば終わりだ。楽な条件ってわけじゃないぞ」
カソウクウカンというのが何なのかはイメージが浮かばなかったが、とにかく何度でも戦えるということがわかれば十分だ。
「まあ、何となく理解したよ。……始めようか」
「そうだな、始めるか。……オレの剣、どこまで使いこなせるか見せてもらおうか!!」
兄さんが夜叉を使ってこちらに突っ込んでくるのを見て、僕も迎撃すべく刀に手をかける。
――壱刀・牙。
僕と兄さんの戦いは、剣戟の音が合図となった。
もうすぐ二,五部も終わりです。
これが終わったら最終章である三部の始まりとなります。でもそれ以前にまた合宿がある……。さすがにもうストックを作る余力がない……。
一日や二日開くことになるかもしれませんが、どうか目を離すことなく最後まで見届けてください。お願いします。