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二,五部 第八話

「はぁ……」


 ふとしたことから僕とニーナの立ち位置の違いというか、心持ちの違いというのを思い知らされてしまい、僕は重い気分のまま歩を進めていた。


 僕は強くなっている。それは確かだ。というか強くなってなかったら泣く。


 だが、強くなっているだけでしかない。僕の意志がそこにあって未来を見据えているのか、まったくわからなかった。


(先のこと、か……)


 とりあえずタケルと相対している自分のイメージはできる。しかし、勝ったあとのイメージがこれっぽっちも浮かばない。


(どうにかしないと……)


 その時になってから考えればいいや、という考え方もあるにはあるのだが、あとを考えないでおくとその場さえよければいいとでも思いかねない。僕は基本、楽な方に流れる人間だから。


「はぁ……」


 それでもいい考えは浮かばず、僕は海岸の足に絡みつく砂に辟易しながら歩き続ける。


「……っと」


 その時、海の方から見られている気配を感じ取って足を止める。


 この丸呑みにされかけているような不快な感覚は……モンスター!


 すぐさま腰に差してある波切(なぎり)に手をかけ、海の方に体を向けて何が来てもいいように備える。


 しかし次の瞬間、僕の立っていた砂場が全て崩れてそこから巨大な口を開けた蛇が出てきた。


「な、ぁ――っ!?」


 蛇!? いや、この辺にそんな奴らは見ないぞ!?


 僕が空中に放り投げ出されるのを見計らっていたかのように、海の方から無数の腕を持つタコだかイカだか判断できない、真っ黒な肌を持った軟体生物型のモンスターが出てきた。そしてその腕は、僕の体を掴むべく伸ばされる。


「っせいっ!!」


 そこまで素早く把握した僕は、右手に魔力を集めて地面に向けて放つ。


 風属性中級魔法の《薙風(エアブラスト)》だ。《暴風(ストーム)》のような全方位攻撃とは違い、一つの方向にしか攻撃できないが、その分威力が高い。


 ……ああ、久しぶりに魔法使ってるな、僕。


 妙な感動を覚えながらも右手から出ている風の勢いは止まらない。蛇の上顎の方に直撃させ、僕を呑もうとする口をまずは塞ぐ。


 それと同時に空中に投げ出されて崩してしまった体勢を立て直し、空間を足で掴む。


「よしっ!」


 天技・空駆(そらがけ)を使って空中を走り、海からの攻撃を避ける。


 本来なら空駆は空中であれば上昇することや斜めに走ることも可能なのだが、僕のはまだ未熟で体勢をしっかり立て直していないと上手く走れないのだ。


 ……まあ、魔法で体勢を直せるからさほど困っているというわけでもないが。


「はぁっ!!」


 空駆で距離を取ってから、僕は波切に手をかけて一息に抜刀する。


 弐刀・断空によって生み出された真空波が軟体生物のようなモンスターに向かっていき、体にあたって弾けた。


 しかし軟体生物みたいだと例えるだけあって、そのぶよぶよとした皮膚は切り裂かれることなく、僕の真空波は儚く消えてしまう。


 とはいえ、真空波が生み出した運動エネルギーまでも完全に相殺し切れたわけではないようで、その体は体制を崩して海に沈んでいった。


 それを一瞬だけ目で追い、どうせすぐに戻ってくるだろうが時間稼ぎにはなったと判断する。


 海の方から注意を離し、先ほど僕のことを丸呑みにしようとした巨大蛇のモンスターと対峙し、刀を向ける。


(問題ない……。この程度の相手、何度も戦った!)


 修業をする前の僕だったらかなり苦戦するレベルの相手だが、今の僕なら問題なく倒せる。それに、今までも修行の一環で戦ったことすらある。


 勢いをつけるべくその長い胴体を引いた蛇から、猛烈なスピードで顎が迫る。この手のことに耐性のない人間が正面から見たら、思わず吐いてしまうくらいの生々しさだ。


「しっ……!」


 僕はあまり長く見ていたくないものから目を若干そらしながら、素早く空駆を使用して上空に逃げる。


 奴は蛇。つまりどうやっても空を飛ぶことはできない。ならば上空は絶対安全領域だ。


 そう考えて空に逃げた。僕の考えは間違っていないはず。


 なのに何で――




 何でこの蛇は地上に体をつけていない。




「な、ぁ――っ!?」


 どんな方法を使ったのかはわからないが、僕の方へ一直線に体を伸ばして顎を広げる蛇がいることだけは確か。早急に手を打たなければ待っているのは丸呑みだけだ。


「ひゅっ!」


 変な感じに呼吸を吐き出しながら空駆と《薙風(エアブラスト)》を併用して行ない、僕の体を無理やり横に弾く。


「ぐ、がっ……!」


 風の衝撃をもろに受けたわき腹の骨が軋み、微かな悲鳴を上げるが無視する。常に行っている強化魔法のおかげで傷の治りと疲れの治りだけは早いのだ。


「このやろ……っ!」


 さすがに一度空中で動いた僕を追えるほどの機動力はないらしく、蛇は追撃することなく地面に落ちていく。巨大な物体が地面に落ちる大きな音がし、大地を揺るがす。


 軽い手傷を負ってしまったが、とりあえず空中が決して安全な場所ではないことがハッキリした。ならばあとは攻撃に回って倒してしまうだけだ。


 相変わらず空中に体を置いて、僕は全力で刀を抜刀する。受けてみろ、僕の剣技――!




 ――参刀・陽炎。




 波切の刀身が僕の意志に従って伸縮し、蛇の口を横に両断する軌道を描く。刃筋を立てる技術も習得した今なら、斬れるはず!


 しかし、ここでまた僕の予想を覆す出来事があった。




 僕の斬撃を、海から這い出てきた軟体生物のモンスターが足を入れてかばったのだ。




「えっ!?」


 当然、兄さんとは比べるべくもないほど未熟ではあるが、それでも抜刀の勢いが乗っていればクリスタルだって斬れるレベルだ。モンスターの足の一本や二本、斬るのは容易い。


 だが、何もない空間を斬り裂くよりはわずか、ほんのわずか速度が落ちるのも事実。


 そして生まれた一瞬の隙間を逃さず、蛇は僕の剣から逃れてみせた。


(信じられない……!)


 確実に仕留められる攻撃だったというのに、奴らは足一本を犠牲に被害を最小限にしてみせた。モンスターながら素晴らしい連携だ。


 内心で彼らを賞賛しながら、僕は瞬時に思考を切り替える。


(ハッキリ言ってあの連携は脅威だ。他にモンスターが出てきた場合の対処まで考えると早々に潰しておくべきか……)


 そうと決まればあとは行動あるのみ。サッサと終わらせてしまおう。


 二体の連携は多少厄介ではあるが、それだけだ。兄さんとタケルとの戦いで感じた絶望的な無力感にはほど遠い。


 波切を納刀し、何も持たなくなった両手にクリスタルの刀をそれぞれ一振りずつ作り出す。そしてそれを全力で振るう。




 ――結晶剣・虹桜(にじざくら)




 四刀・血桜のクリスタルバージョンだと思ってもらえればわかりやすいと思う。あれの使用中は刀が使えないという欠点を僕なりに改良したものだ。


 細かく砕けたクリスタルの破片が意志を持ったかのような動きを見せ、二体のモンスターに襲いかかる。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 人間にはおよそ出せないような耳をつんざく奇声を上げながらモンスターが皮膚を切り裂かれる苦痛にのたうち回る。


 やはりというべきか、あの連携では単体を狙った攻撃は防げるが、こういった範囲攻撃は防げないようだ。まあ、盾とかの防具もなければこんなものだろう。


「んじゃ、もう一度……」


 参刀・陽炎を使って今度こそ二体とも両断する。両断され、地面に横たわるのを確認してから着地し、刀に付着した血を払う。


「やれやれ、先行き不安だな……」


 異常発生していると師匠が言っていたのだから、この程度で済むわけがない。もっと多くのモンスターが出るはずだ。


 これから出会うであろうモンスターの数を想像し、僕はため息をつきながら歩き出した。






「はぁ……疲れた……」


 四時間ほどモンスターを狩り続け、僕は疲労困ぱいの状態で家へと戻ろうとしていた。


 いやもう、ここまで長時間モンスターと戦い続けたのは滅多にない。しかもどれもそこそこ強いときた。


 負った傷は肩口からわき腹にかけての切り傷と右腕が二度骨折。足にも爪が一度だけ入った。


 ……全部回復力を強化して治したのだが、痛いことには変わりない。


 しかし、おかげで体のキレや実戦時における思考の素早さなどが上がった気がする。師匠も言っていた通り、やはり僕は実戦で伸びるタイプらしい。


「にしても数が多過ぎる……」


 四時間かけて倒したモンスターは小さなものも含めれば数え切れないほどだ。正直、あれだけいれば辺りの生態系が変わっていてもおかしくない。むしろ当然だ。


「うーん……」


 ティアマトにいた頃にも似たような状況があった。あの時は地下にあった魔法陣で魔力が吸い寄せられ、それによる弊害だったが……。ここに魔法陣がないことはカルティアが証明している。


「何にせよ、師匠がいる限りは安心か……」


 数が多いとは言っていたが、師匠ならそれも何とかしてしまうだろう。僕は未だ四刀までしか扱えないし、師匠ほどのスピードも身につけていない。


 ……うん、自分で言ってて何だがあの人本当に人間か? 毎日思うことだけど。


「……はぁ、虚しくなってくるからやめよ」


 あの人との力量差を再び痛感してしまい、僕は先ほどよりも重くなった足を引きずる。師匠相手に勝てる瞬間なんて永遠に来ないんじゃないかと思ってしまうほどだ。


 そんなことを考え、足を動かしていた時だった。


「あ、ニーナ」


「あ、エクセ。そっちは終わったの?」


 別の方向に向かっていったニーナと合流する。僕が歩み寄るのと同時に、向こうも埃で汚れた服をたなびかせながらこちらに駆け寄ってきた。


「うん。ニーナは?」


「問題なく終わったわ。というか、失敗してたらあたしは死んでるわよ」


「そうだね」


 自分のした質問の無意味さに苦笑しながら内心で付け足す。その時は僕が死に物狂いで守っているだろう、と。


「ん、それじゃ帰ろうか」


「そうね。今日は早めに夕飯の仕込みをしておいて正解だったわ……」


 ニーナのつぶやきに夕飯もまともなものが食べられそうだと安堵した瞬間、それは来た。


 海の方から何かが爆発するような激音が耳を叩き、同時にすぐ後ろの地面で巨大な何かが起き上がるような砂の盛り上がり方をする。


 ゾッとした感覚に逆らわず振り向くと、僕が最初に倒したモンスターとまったく同じ構成の蛇と軟体生物の奴らがそこにいた。


「これって……倒し損ね!?」


 ニーナが驚きながら己の推測を口にするが、それに応えるだけの余力は僕に残っていなかった。


 敵は恐ろしく間近に迫っている。夜叉を使ってもニーナと一緒に奴らの攻撃範囲から脱出するのは不可能だ。


(マズ……ッ!!)


 夜叉特有の時間の流れが恐ろしく緩やかになる空間の中で、いつも以上に回転する思考が素早く最適解を求めてシミュレーションを続ける。


(魔法? このタイミングで発動できる魔法に奴らを殲滅できる威力はない! 剣技にも……ある!)


 伍刀・無限刃ならこの場を何とかできる可能性がある。血桜以上に範囲攻撃に特化したあれなら、造作もなく奴らを倒せるはず。


(でもできるのか!? 今まで何千回何万回とやって失敗し続けているんだぞ!? おまけに今回は一回勝負! 成功する可能性なんてそれこそ万に一つどころか億に一つ――)


 そこまで考え、後ろにいるニーナを傷つけずに勝つことが玉砕覚悟の特攻しかないことに気付く。そしてすぐさまそれを実行しようとして――




「――エクセ」




 後ろから聞こえた声で、正気に戻された。


 ニーナがたった一言、僕の名前を呼んだだけ。なのにそこに込められた言葉では表し切れないような複雑な感情が僕を押し止める。


(……やるしかない)


 そして実に簡単に、僕は自分もニーナも傷つかない――リスクだらけの方法を選ぶ決意を固めていた。


 いつになく静かな心持ちで腰に差してある波切に手をかける。失敗するかもしれないという恐れは一欠片も存在しない。


「――行くよ」


「――ええ、ぶちかましてやりなさい」


 目的語を排した端的な言葉のやりとり。だがそれだけで意思疎通のできた僕は凪のような心持ちのまま、刀を抜刀した。




 ――伍刀・無限刃。




 抜刀の軌跡を描くように無数の刃が分裂し、目の前に広がる空間全てを切り裂いていく。当然、僕の視界の先にいたモンスターたちも例外ではない。


 刃が消えた時、そこに残っていたのはバラバラになったモンスターの死骸だけだった。


「……ん、これで一歩成長っと」


「エクセ、おめでとう」


 僕はそれだけをつぶやき、ニーナも端的な言葉で僕を祝福する。


 笑いながら僕を見るニーナの姿を見て心の奥がざわめくような情動を覚えるが、深く考える前に霧散してしまう。


「……それじゃ、今度こそ帰ろうか」


「そうね、もうクタクタよ」


 ニーナと笑い合いながら帰る道中、僕は先ほど胸にあった感覚について首をかしげていた。

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