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二,五部 第七話

 それは修行を開始してから一年半が経とうとしている時に起こった。


「お前ら、モンスター退治をしてこい」


 朝食の時、師匠がおもむろにつぶやいた一言がそれだ。


「モンスター退治、ですか?」


 それだったら山の方も海の方も修行を兼ねて定期的に行なっているではないか。本当に命のやり取りをするため、魔法の使用も環境に被害を与え過ぎないという制約のもと使用が可能になるので、僕としては気に入っていたのだが。


「うむ。どうも最近異常発生しているらしくてな。近隣の村々にも被害が出始めているそうなのだ。放ってはおけないだろう?」


「そうですね。……で、何で複数形なんです?」


「決まっている。ニーナにカルティア、それに私も出るからだ」


「私たちも、ですか?」


 ニーナが不思議そうに首をかしげるが、僕は師匠の言葉に突っかかっていた。


「ちょっと待ってください! ニーナは多対一の戦いに向いてません! カルティアはともかく、ニーナは無茶です!」


「お前の意見は聞き入れない。私が出るという言葉の意味を良く考えてみろ」


 ピシャリと有無を言わさず否定されるが、その言葉のおかげで僕も冷静に考えることができた。


(師匠が出る。つまりそれは僕個人だけではどうにもならないくらいの大物か、あるいは数が出たということ。ニーナも誘ったことからおそらく数が多い方だ。ということは……)


「文字通り猫の手も借りたいほど、ということですか……」


「ご明察だ。回転が早い奴がいると説明が楽だ」


 僕の出した答えに師匠は満足そうにうなずく。どうやら師匠の期待には応えられたようだ。


「というわけで今日の修行の時間はモンスター退治に当てる。……ああ、エクセル。ニーナに関して話がある。食事が終わったら道場に来い」


「え? はぁ……わかりました」


 何の話だろうか。


 というかここに来て一年半が経つ今になってニーナの話? 彼女が何か頼んでいたのか?


 ……考えてもわからないことだ。どうせすぐにわかることだし、本人に聞くことにしよう。


 結論を出した僕は早めに道場に行こうと、朝食を食べる速度を上げることにした。






「師匠、来ましたけど何か……ってこれは?」


 道場にやって来た僕が、まず目にしたのは床に並べられた無数の武器だった。


 武器の種類は投擲専用のように見える菱形の刃がついた短剣と、鋭い針のようなもの。さらにはヒトデのようにも見える金属の物体があった。


「……いや、本当にこれ何です? 僕の見たことある武器じゃないみたいですけど」


 形状からある程度の用途は想像できたのだが、正直得体の知れない武器だった。この国特有の道具だろうか。


「世界には広まっていないのか。これは忍者道具と言ってな。ジパングにしか存在しない隠密集団が使う武器だ」


「ここにしかいない隠密集団……ですか」


「うむ、精鋭だぞ。人によっては城の奥にいる城主だけを狙って殺せるほどだ」


 目の前に城を正面から攻めても余裕で勝てそうな人間がいるため、あまりすごいとは思えなかった。


「何だその人の存在自体を怪しむような目は……。まあいい、話を戻すぞ。それでこれを用意した理由だが……ニーナにこれを使わせようと思う」


「……使えると思う根拠でもあるんですか?」


 僕の本音としてはニーナを戦わせること自体が反対なのだが……彼女はそれを望まないだろう。


 何だかんだ言ってニーナとの付き合いは誰よりも長い。そのため、彼女の考えていることも何となくわかるのだ。


 それに尊敬し、崇拝の域まで達していたと言っても過言ではない兄さんを殺されたのだ。タケルに対する恨み、尋常のものではないはず。


 ……まあ、兄さんに依存していたのはニーナだけではなく、僕もなのだが。ぶっちゃけ、兄さんの遺志を果たしたあとの自分が想像できない。


「根拠がなければこのようなもの、わざわざ用意するものか。……実はな、エクセル。私がお前を鍛え始めたほぼ同時期にニーナの方も面倒を見ているのだ」


「……そうだったんですか」


 薄々感づいてはいたことだが、実際に言われると結構衝撃を受ける。


 時々、ニーナの体捌きが恐ろしく鋭くなることがあったし、何より僕だけが鍛えられてそれをよしとするニーナなんてあの負けず嫌いなニーナじゃない。


「あまり驚いてないな。さすがに一年以上隠し通せるとは思ってないが……。ともかく、私は彼女にある技だけを教えた」


「その技とは何です?」


 間髪入れず聞き返した僕に、師匠はサラリと告げた。




「――夜叉さ」




「天技、ですか……」


 あの辺は理論がよくわからないから、師匠も『考えるな、感じろ』と言ってはばからない分野だ。よく教えられたな……。


「あれは身体能力さえあれば比較的習得は容易だ。それに彼女には私たちが修行したあとの食事の用意なども任せていたからな、必然的に彼女の面倒を見られる時間は少なかった」


「ですよね……」


 僕が修行している時は大体僕に付きっきりだったし。夜だって時々質問をしに行くことなどあったから、ニーナに修行を付ける時間なんてほとんどなかったはずだ。


「しかし優秀だったぞ。お前みたいに万叩いてようやく一覚えるのではなく、十叩けば一覚えるからな。彼女の速度に関する技の覚えには光るものがあった」


「……そうですか」


 お前に才能はないって真正面から否定された。というか守るべき対象よりも才能がないって……。


「ともかく、その過程で彼女の得意な武器を色々と理解することができた。察するに、投げ物の類が得意だろう?」


「まあ、当たりです。あとは短刀とか小型のナイフとか」


 それを使っても正面からの戦闘はニーナの苦手分野だが。相手に気付かれない位置や死角からの一撃必殺が彼女のスタイルだ。


「だからこの辺のものを使ってもらおうと思うのだ。おそらく彼女なら問題なく使いこなすだろう。……倉庫にあったいらないものも整理できるし」


「それが本音だな!? おかしいと思ったんだよ剣士の師匠がこんなもの持ってる時点で!」


 本音をポロッと漏らした師匠に突っ込みを入れながら、適当に一つ拾ってみる。金属の密度が高いのか、意外と重かった。


「私の事情はどうでもいい。用件はニーナに修行をつけていたことだけだ。……彼女を責めるなんて男らしくない真似だけはするなよ」


「わかってますよ。……むしろニーナのことを理解しているなら、当然考えておくべきことでした」


 やはりあの時の僕は兄さんが死んだショックから抜け切れていなかったようだ。次に失うことを過剰に恐れ、ニーナを本人の意思も確認せずに戦いから遠ざけようとした。


「わかっているならいい。……私を恨むか?」


「恨みません。遅かれ早かれなっていたことでしょうし、本人が望んだことを僕が否定できるわけがありません。それに……やることは変わりません」


 ですからその道具はニーナにやってください、と頭を下げる。師匠も了解した、と言って床に並べた道具を片付けた。




「だから、僕とニーナを同じ場所にしてください」


「……なるべく近い位置にはしてやる」




 ちゃっかり者め、とは師匠が呆れたようにつぶやいた一言。






「んじゃ、出発しようか」


「そうね」


 食事を終え、僕とニーナはお互いの武器を持って海岸の方に集まっていた。


「一応場所の確認をしようか。今回のモンスターの出現域はこの海岸全域。さすがに師匠でも一瞬で行き来することはできない広さを誇る。当然、僕が師匠と同じことをやろうとしたら二倍近い時間がかかる」


「だからあたしと手分けしてやると。了解したわ」


 ニーナは僕の説明で理解してくれたらしく、何度もうなずいてくれた。しかし、その直後に何やら僕の顔を伺い始めた。


「……始める前に一応謝っておくわね。黙って色々なことして、ごめんなさい」


 シュンと頭を下げるニーナ。その顔は地面に向けられ、こちらから確認することはできない。


 ……どんな反応しろと? むしろニーナを戦いから遠ざけた自分に嫌気が差しているというのに?


「えっと……気にしないでいいよ。ニーナの強くなりたい気持ち、たぶん僕とほとんど違わないはずだし、僕にニーナを拘束する権利なんてこれっぽっちもないんだから。ただ――」


 とりあえず怒っていないことをアピールし、ニーナの恐れを取り除く。


「――次から自分の力に関することはちゃんと言うこと。わかった?」


 そして何とか絞り出したお説教じみたことを言う。さらに慣れないながらもニーナの頭をポンポンと優しく叩く。


 やってみてわかったが、この手の兄さんがやっていたことは僕に向いてない。すごい恥ずかしい。


 ……兄さん、よくこんなのを平然と行えたな。


「わかったわ。もう黙ってはしない……。……あははっ」


 ニーナは顔を上げて僕の言ったことにうなずいてから、こちらの赤い顔を見て軽く笑った。


「黙れ。何も言うな。何も言わないでくださいお願いします。とにかく出発しよう!」


「エクセ、顔が赤いわよ。慣れないことするから」


 顔に熱が集まっているのを自覚して、あえて話題を強引に切り替えようとしたのにニーナは笑いながらそこを突いてきた。


「だから必死に話をそらそうとしたんじゃないか! 言わないでよ!」


 人の必死の努力を嘲笑いやがって。泣くぞ。


「あははははっ! ……でも安心した」


 僕が半泣きで叫ぶと、ニーナは余計に笑い声を上げて僕のローブの袖をつかんだ。


 ……そういえばこのローブ。補修に補修を重ねて未だに着ているんだよね。便利だからなかなか手放せない。


「安心した、って?」


 何か不安に思うようなことでもあったのだろうか。僕はいつも通りにしているつもりなのだが……。


「自分じゃ気付いてないだろうけど、最近のエクセってほとんど笑ってないの。ハルナ様やエクセと一緒になって日が浅いカルティアはわからないかもしれないけど今のエクセ、微妙に笑ってない」


「…………」


 僕も気付いてなかった。ニーナ、どこまで僕を見ているんだ……? というか僕本人より僕に詳しいって……。


「でも、大丈夫。あたしよりもずっと強いエクセなら、きっと大丈夫」


 それだけ言って、ニーナは僕の行く先と反対方向に歩き出す。


 打ち合わせ通りの動き。だが、僕はニーナを引き止めて一言言いたかった。


 僕が強いなんてあり得ない。だって、ニーナは自分の意志で歩き始めている。自分の意志で、物事を決めている。


(僕は……僕は……、)




 兄さんの遺志に、引きずられているだけだ……。




 兄さんの遺志は叶えたいと思っているのはもちろんだ。しかし、僕にはそれ以降の明確な想像ができない。


 要するに止まったままなのだ。僕の世界はあの日から。


 一見前向きに見えたって、何の変化もない。ただ兄さんを模倣し、矛盾だらけの歪な存在。


 軽やかにステップを踏むニーナを遠目に見ながら、僕は自分の立っている場所を理解して、愕然としたまま彼女とは別の方向へ足を向けて歩き出した。

合宿から帰ってきました。アンサズです。


今までは予約投稿で何とかなりましたが、ついにストックが切れました……。そして9月にはまた別の合宿が……。


……この小説、いつ終わるだろうか?

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