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二,五部 第六話

 師匠のもとで修行を始めて一年と三ヶ月が経過した頃だろうか。異変に気がついたのは。


「んー……」


 鍛錬を終えて夕食を食べてから戻った自室にて、僕は一人頭を悩ませていた。


「僕、何かみんなの機嫌を損ねるようなことをしたかなあ……」


 どうにも最近、みんながよそよそしいのだ。あの唯我独尊な師匠でさえ、妙によそよそしい部分がある。


 と言っても、月断流に関する質問なら答えてくれるから別に取り立てて困っているわけではないのだが……。


 ニーナとかはそれとなく近づいても避けられてしまうし、カルティアすら僕に内容を教えてくれない。一応、あいつのマスター僕なのに。


 ……いや、カルティアに限っては本当に知らない可能性もあるな。マスター権限使えば絶対に聞き出せるし、ニーナもそれを知っている。


 僕に非があるのか、それとも彼女が何かを企んでいるのかはわからないが、いずれにせよ今回の件の中心にいるのは僕とニーナだ。それだけは確信を持って言える。


「うーん……」


 しかし、思考はそこで止まってしまう。結局僕に思い当たる節はないし、ニーナが何を考えているかは幼馴染の僕でもよくわからないことが多々ある。


「まあいいか。別に実害があるわけでもなし……」


 ちょっと疎外感があるが特に耐えられる程度のものだ。それに本当に僕が何かしていたのなら謝ればいいだけのこと。


 そう考えて思考に決着をつけ、僕はいつものように刀を手に外へと向かっていった。






「ところで師匠。今日はニーナが妙にそわそわしていたんですけど、何か知りませんか?」


 朝、僕はいつもの砂浜を重り付きで二十往復する鍛錬をやったあと、汗をぬぐいながら聞いてみる。


 先日まではよそよそしかっただけなのだが、今日に限ってはなぜか知らないが、僕を急いで鍛錬に送り出そうとしていた。


 ……どこかに近づけたくないのかな? あとでカルティアにでも聞いてみようか?


「そ、そそそうか? わわ、私にはいいいつも通りのようにみみ見えたがな?」


 尋常じゃない量の汗を流して言っても説得力ありませんよ。


「とりあえず師匠がいつも通りじゃないのはわかりました」


 この人、隠し事がめっちゃ下手だ。いや、隠していることはバレバレだが、何を隠しているかまではわからないのだから隠し事は得意なのか?


「冗談はさておいてだな……。気にしないでいいのではないか? お前にだって人に知られたくないことの一つや二つあるだろう?」


「まあ、その通りですけど……。ニーナがあんな態度を取るなんて珍しくって」


 あれで何事にも卒のないニーナだ。隠し事をするならもっと上手くやる。そもそも暗殺者は人を騙すことなど朝飯前だ。


「ふむ……それでも、だ。お前が直接聞くか、向こうから明かしてくれるのを待つしかあるまい。違うか?」


「……はい」


「では、雑念などに囚われず修行を再開するぞ。本当に心配になったのなら私も協力してやる。弟子の精神面の管理も重要な仕事だからな」


 この人、どうして修行に関しては手を抜かないんだろう。もっとその熱意を私生活の方に向けてほしい。


「何か言ったか?」


「いえ何も」


「そうか。今日は刀以外の武器で戦ってもらうぞ。私は素手で戦うからお前はいつものようにかかってこい」


 了解です、とうなずいてから僕は刀に手をかける。


 月断流は古流武術の流れに即しており、ありとあらゆる方法での殺し方に精通している。刀がないから戦えません、という言い訳は戦場では通じない。


 なので、壱刀などの剣技も一応は他の武器へ応用ができるらしい。実際、槍を使って師匠が陸刀・閃光を放った時は目を見開いたものだ。


 とにかく、師匠はほとんどの武器を扱えるので僕にもそれを使い、様々な武器への対処法を教えようとしているのだ。


 ちなみに僕は刀も極めていないのに他のことによそ見できる余裕などないため、基本的に刀一筋である。


「それでは……行きます!」


 僕が刀を持ち、かたや相手は素手。どちらが有利なのかは言うまでもないはず。


 なのに、勝てるイメージがこれっぽっちも浮かび上がらない。頭の中で散発的に浮かぶイメージは全て僕が倒される姿のみ。


「……ええいっ!!」


 きっと(僕が油断しなければ)死ぬことはないはず。ならば攻撃あるのみだ!


「む、天技・告死クラスの殺気をぶつけたのに克服してきたか」


 全力で踏み込んで懐に入ったことに師匠は驚いた顔をし、迎撃はせずに素直に退く。


「なに物騒なものぶつけてんですか!?」


 僕は悲鳴のような声を上げながら抜刀し、弐刀・断空を放つ。


「ふっ! 精神的なお前の成長を見てみたくてな! 相変わらずそっちの方に関しては馬鹿げた資質を持っている!」


「でも、力が伴わなきゃ何の意味もない!」


 貫けない想いに価値はない。そして、兄さんと自分に交わした誓いは何が何でも貫くべきものだ。


「お――おおおおおおぉぉっ!!」


 後頭部の辺りに何かが弾ける。イメージにすればそれは火花かもしれないし、蕾が花開く光景かもしれない。ただ、どちらにしろ言えることは一つ。




 ――掴んだ!!




「はあああああああああああああぁぁぁぁっ!!」


 一歩走るたびに周囲の空間が歪む。だがそれは不規則なものではなく、僕の速度に視界がついていけなくなったから起こる現象。


 同時に思考は恐ろしくクリアに、僕にとっての最適解をすぐさま導きだす。


 そして、できない可能性など微塵も疑わず、僕は納刀した刀を思いっ切り振り抜いた。




 ――四刀・血桜(ちざくら)




 振り抜いた波切が無数の破片にバラけ、意志を持ったように師匠へ殺到する。


「……っ! ようやくか!」


 師匠は僕の使用した技に瞠目し、同時に顔を隠し切れない喜悦に歪ませながらそれに対処する。


「いつになったら参刀以降を使えるようになるのか、恐怖すら覚えながらお前を見ていたが……さすがだ!! 一気に四刀まで使いこなすようになるか!」


 師匠は手刀で波切の破片を叩き落としていく。落とされた破片は僕の握る柄に次々とはまっていき、元の形を取り戻す。


「僕もびっくりです……よっ!!」


 あまり使い勝手の良さそうな技じゃなさそうだ、と判断しながら僕は左手にクリスタルの刀を作る。


 血桜を使いにくいと評した理由は一つ。放っている最中は刀が刀でなくなることだ。


 確かに遠距離でも攻撃できて強力ではあるのだが、刀をバラバラにしてその破片を使う以上、使用中の刀は刃を持たない。それは強敵相手では致命的とも言える隙となる。


 師匠は僕に血桜を放たれた場合の対処法を教えるために反撃せずに対応しているのだろうが、今なら彼女を一方的に攻撃できる絶好の好機だ。


 そう、普通に刀を使っていたのではこの技は使いにくい。でも――




 ――いくらでも作り出せるクリスタルを使えば話は別だ!




 左手に作ったクリスタルの刀を振り抜き、桜の花びらのような欠片にさせる。それが意志を持ったように師匠へ向かうのを見て、師匠はわずかながら厄介そうな表情を作る。


「この……っ! お前の特性か!」


「ッシ!!」


 師匠の言葉を無視して僕はさらにクリスタルを作って血桜を発動させる。すでに師匠の姿はクリスタルと鉄の破片に紛れて霞んでしまうくらいだ。


 ……はい、そうです。ぶっちゃけ師匠の動きが速過ぎて目で追えません。


 傷を負っているわけではないのは目で追えないなりに何とか理解できる。どれだけ高レベルな体捌きを使えばあんな風に避けられるのか、いつかあの領域まで辿りつけるのか怪しいものだ。


「は、はははははっ!! 楽しい! これは楽しいぞ! ひょっとしたらお前は生まれて初めて私に手傷を与える人間になるかもしれん!」


 いや、ちょっと待て。生まれて初めてってどういうことだ。それは何か。あなたは兄さんやタケルを鍛えていた時も毛一筋の傷すら負っていないということになるのか。


「だが――」


 僕があまりの言葉に突っ込みを入れようとした瞬間、師匠の声が僕の鼓膜を直接叩く。クリスタルの嵐の中心部にいて、声なんてまず聞こえないはずなのに。




「――まだ、届かない」




 次の瞬間、何が起こったのか僕には理解できなかった。


 言えるのは、師匠がクリスタルの乱舞から一瞬で抜けたことと、今まさに僕の眼前で手刀を振り下ろそうとしていることだけだった。


(なぜ!? いや、避けられな――)


 い、と続ける前に師匠の手刀が僕の脳天に落ち、僕の意識は強制的に叩き落とされた。






「いつつつつ……コブになってる……」


「いや、すまんすまん。お前の成長ぶりが嬉しくてな。つい力を入れてしまった」


 あの後、水をぶっかけられて無理やり意識を覚醒させられた僕と師匠は帰り道を歩いていた。


 本来ならもう少し成果が出るまでやる予定だったらしいのだが、僕が一気に成長してみせたため、今日は終わりらしい。


 ……後で自主練は行うが。


「……そういえば今さらですけど、師匠も結構そわそわしてますよね」


 何だか早く家に帰りたい、的な感じがチラホラと見受けられる。


「そ、そうか? 今日はニーナがご馳走にすると言っていたからな。その影響じゃないか?」


「はぁ……」


 ご馳走ねえ。師匠、あまり食事に頓着はしない方だった気がするんだけど……。


「ただいまー」


 師匠の挙動不審な行動に首をかしげながらも、僕は師匠の家の扉を開ける。


「あれ? 何だか暗いですね」


 この家に住み込むようになってから、僕が作った簡易光球が使われていないのだろうか。


「魔力切れかな……?」


 簡易光球とは《発光(ライト)》の術式を刻んだ紙や木に、魔力を流して循環させる代物でティアマトでは誰もが使っている道具だ。


 今回は僕がいない間の方が多い分、クリスタルを触れさせると発光するように設定を変えているのだが……。何かあってクリスタルが紙から離れたか?


「ニーナ、光球が点いてないみたいだけど何か――」


 あったの、と続けようとした瞬間に部屋の明かりが灯され、暗い場所からいきなり明るくなったそれに目がくらむ。




「お誕生日、おめでとうエクセ!!」




 思わず目を手で覆っていた僕に、ニーナの声が響く。


 ……え? 誕生日?


「…………そういえば」


 ここに来て三ヶ月が経った頃にも同じことをやった気がする。あの時はまだ覚えていたのだが、最近は日付感覚が狂っていたから忘れてしまっていた。


「そういうことだ。お前は本気で忘れているみたいだったからな。驚かせてもらったぞ」


 僕の後ろからやってきた師匠が面白そうに僕の肩を叩く。挙動不審だったのはそれが理由か。


「おめでとうございますマスター。これからも修行を頑張ってください」


 料理を運んでいるらしいカルティアも僕に祝いの言葉を述べてくれる。


「ほらほら、十九歳のお誕生日おめでとう。ご馳走いっぱい作ったから全部食べてね」


 ニーナが僕の背中を押して食卓に座らせる。確かにそこにはなかなかお目にかかれないようなご馳走がずらりと並んでいた。


「……全部?」


 ここでの生活でだいぶ食も太くなったけど、これ全部は無謀だぞ。腹がはち切れる。


「あたしたちも食べるけどね。とにかく、今日はエクセが主役だから!」


 ニーナが弾けるような笑顔を僕に見せ、それを見て僕は何の脈絡もなく、こう思った。




 ――彼女はもう、大丈夫だと。




 ひょっとしたらずっと前から立ち直っていたのかもしれないけど。一年以上かけてようやく気付いた僕が鈍感なのかもしれないけど。


 でも、嬉しい。


「……うん」


 僕は顔が緩んでしまうのを押え切れずに、グラスを掲げて言った。




「みんな――ありがとう!!」

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