二,五部 第五話
天技・夜叉を習得してからの僕の成長は著しかった。
どうもあれのおかげで僕の入りそうで入ってなかったスイッチが入ったらしくあの日以来、見違えるような成長を遂げていた――
「またやられた……」
――かどうかは定かではなかった。
「あのな……毎日言っていることだが、たかだか十八のひよっこに私が負けるわけないだろう……、いい加減学べ」
「だって……」
今日は結構いい線行けたのに、また負けてしまう自分が情けない。
「まあ、腕は上がっているようだな。前々から思っていたが、お前はどうやら天技方面に才能が豊富らしい。代わりに剣技は涙が出るくらい才能がないが」
「剣を教えている師匠にそう言われるとすごい悲しいんですけど!?」
せめて弟子の前ではウソでも才能があると言ってほしい。ほぼ毎日言われていることだから慣れたけど。
……自分で言ってて悲しい慣れだ。
「そうふてくされるな。今日はお前に天技の秘伝書を見せてやろうと思う。あれは理論がない分、魔法で他を補っても問題はない。要するに結果さえ出せればいい分野だからな」
「はぁ……本当ですか!?」
最初は言っていることの意味がわからなかったのだが、すぐに理解して師匠に飛びつく。体の軋み? そんなものとっくに体の一部だ。
「ウソをついてどうする。……これに関してはお前に期待している。ひょっとしたら、お前は私ですら会得できなかった天技も覚えられるかもしれん」
「…………」
さすがにそれはないですよ、と笑って否定しようとしたのだが、師匠のあまりの迫力に何も言えなかった。
「あれ? お帰りだけど……いつもより早いよね」
師匠と一緒に道場へ戻ると、昼食の準備をしていたのかエプロン姿のニーナが駆け寄ってくる。
「うん、ちょっと座学があってね。……ところでカルティアは?」
「鍋の様子見てもらってるわ。あの子、もうあたしよりも料理ができるかもしれないわよ? 臨機応変って言葉がすっぽり抜けてるけど」
それはつまり、細かく書かれたレシピがない限り何もできないという意味ではないだろうか?
「こっちだエクセル。ちょっと倉庫の奥にしまっておいたのでな。発掘を手伝え」
「了解しました」
カルティアの思考に柔軟性を持たせるにはどうしたらよいのだろうか、などと考えていたら師匠に引っ張られて倉庫の方に連れて行かれた。
「ここが倉庫だ。開けるのは何年振りになるだろうか」
「ちょっと待ってください。そんな魔境に僕を送り込む気ですか!?」
修行を受け始めて一週間で思ったのだがこの人、戦闘以外は結構適当だ。
「安心しろ。扉は開けておいてやる」
「当然ですよ! 中の埃とかどうなってるんですか!?」
「知らん」
「無責任にもほどがある!? というか手伝ってくださいよ!」
前々から思うのだが、どうして僕がこの人に突っ込みをしているのだろう。
「この状況を作り出した張本人にそれを言うか?」
「自分でやったことの責任は自分で取る。兄さんの教えです」
「私の教えではない」
「威張るな! 自分でやったことの責任くらい取れ!」
だんだんと突っ込みに容赦がなくなっていく。この人相手に容赦などをしていたら、あっという間に調子に乗られてしまうだけだ。
ここに来てそろそろ一年になる僕がようやく学んだことだった。
「ひどい有様だった……」
二時間後、そこには疲労困ぱいで倒れ伏す僕と高笑いする師匠の姿があった。
「はっはっは! まさかあそこまでひどくなっているとは私も予想外だった。だが、その方がやりがいがあるだろう?」
「ありませんよ! 大体何であんな武器だらけなんですか!? ちゃんと保存しないと刃が欠けますよ!」
槍やら刀やらが倉庫の中を埋め尽くしており、しかも開けた瞬間雪崩が起きたのだ。正直、夜叉を使えるようになっていなければ死んでいたと思う。
「もう遅い」
「だから威張るな! 少しは反省しろ!」
容赦なく師匠に突っ込みを入れようとするが、出てきたのは威勢の良い言葉だけで体は動かなかった。
「終わりよければすべてよし、だ。何だかんだ言って秘伝書は手に入ったしな。昼食のあとに時間を取るから読んでおけ」
「はい……」
マイペース過ぎて僕の突っ込みがまるで意味を成さない。何だかこの人のところに来てから心労の種が増えている気がする……。
「天技の秘伝書は読み終えたか?」
「はい。ちょっと字が古過ぎて読みにくかったですけど、何とか」
この国の言語自体を完璧に扱えるわけではないから、微妙に解釈が違うかもしれないが。
「ふむ……では試してみよう。天技・鏡写しはどんな技だ」
「自分と同じ実体を作り出す……ってこんなの本当にできるんですか?」
分身なら夜叉を使える以上無理とは言わないが、両方とも本物の実体なんてできるのだろうか。
「知らん。なんせこれは私も習得できなかった天技だ」
「……一応聞きます。どうしてこれを僕に?」
師匠よりも身体能力で劣る僕がこの技をできるとでも思っていたのだろうか。剣技の才能はこの人以下なのに。
「そう睨むな、私とて見込みがないと判断した奴にそんなものは見せない。叶えられない夢ほど己の身を滅ぼす物はないからな。……お前には魔法がある。それは私やヤマトにはなかった“力”だ。ならば、と思ったまでだ」
「師匠……」
僕は思わず師匠の顔をまじまじ見つめてしまう。この人、意外とまともなことを考えていたんだな……。
「お前、今私を侮辱するようなことを思わなかったか?」
「滅相もございません」
相変わらず勘の良い人だ。
「ですが師匠。僕はそこまで器用に魔法が使えるわけではありませんよ」
「なにっ!?」
僕の自白に師匠が目を見開いて驚いていた。そういえば言ってなかった気がする。どうせ使用禁止だったし。
「なぜそれを早く言わない! それでは天技に応用できないではないか!」
「いや、師匠との鍛錬中は魔法使用禁止じゃないですか。だったら言う必要もないかな、と思って」
師匠との実戦稽古で許されているのは今のところ、クリスタルの生成だけだ。そちらの技術も着々と向上しているのだが、未だ理想にはほど遠い。
「む……、確かに私が聞かなかったのも悪くはあるが……。まあいい。実際のところはどうなっているんだ? まさか一切使えないというわけでもなかろう」
「それはそうですけど……、あまり繊細な魔力制御が必要でない上級魔法以降は扱えます。逆に魔力放出の少ない初級から中級と、回復魔法は一切使えません」
「……今まで聞かなかった私が言うのもなんだが、ずいぶんと偏っているな。なぜだ?」
人間に保有できる魔力を遥かに超えているからです、とは言えなかった。説明するのが面倒でもあるし。
「……まあ、特異体質のようなものです。クリスタルが作れるのだって個人では僕だけなんですよ」
「本当なのか? 私はその辺に関しては門外漢だから何も言えないが……」
何だか僕の信頼が低い気がする。そこまでこの人を失望させるようなことをしただろうか。
……たくさんしたな。剣技に関してはこの人の期待を裏切るようなことばかりだし。
「まあいい、その欠点の克服はできるのか?」
「はい。これは僕の身に染み付いた癖のようなものですから。少しずつ治しています」
「ならば問題はない。ともあれ、お前には私の持っていない力を持っているのは確かなんだ。それを活かして天技を全て習得してみせろ」
「はい!」
無茶だ、と突っ込みを入れそうになったが、すぐに己を恥じて別の言葉に切り替える。
一年が経って忘れかけていた。僕の原点は兄さんの遺志をやり遂げようとする思いと、ニーナたちを守ろうとする決意であることを。
そして、それは僕の中で何が何でも成し遂げるべきことの部類に入っている。それこそ命に代えても、だ。
「天技に関しても実際に戦って覚えるしかない。お前みたいな奴は特にな。それでは、今日は別の人間と戦ってもらおう」
「別の……人間?」
そんな人いただろうか。いや、いないはず。
「では頼むぞ、カルティア君」
「わかりました、ハルナ様。マスターのためとあらば」
やってきたのは群青の髪が日差しにまぶしいカルティアだった。手には以前僕が作った槍が握られている。
「ちょっと!? 人ってカルティアなんですか!?」
「そうだが? 以前、お前にモンスター退治をやらせていた時に手合わせしたところ、なかなかの使い手であることがわかってな。たぶん、今のお前より強いぞ」
「そう、なんですか……」
認めたくない気持ちがあるが、どうせこの場で彼女と戦うことは避けられない。ならば戦って証明するまでだ。
「うん? 意外だな。もうちょっと噛み付いてくると思ったんだが」
「力の差なんて口で語るものでもないでしょう。こういうのは剣を合わせないとわかりません」
「っふふ、その通りだ。良いこと言うじゃないか」
「……どうも」
僕は無言でカルティアと対峙し、抜刀術の姿勢を取る。
「では始めてもいいか?」
「少し待ってください。……カルティアは納得してここに?」
そうだった。一つ重要なことを聞き忘れていた。何かと天然というか、理屈がそれなりに通っていれば僕の言葉でなくても聞き入れてしまうカルティアのことだ。適当に言いくるめられてしまった可能性が一切ないとは考えられない。
「もちろんです。マスターが強くなるためとあらば不肖このカルティア、鬼にも悪魔にもなるようハルナ様から言われました」
「七割合ってるけど三割がぜんぜん違う! くそっ、微妙に当たっているからどこに突っ込めばいいのかわからん!」
「うむ、素晴らしい突っ込みの切れ味だ。さすがエクセル」
絶対褒められていない。仮に褒められていたとしてもまったく嬉しくないが。
「エクセルの話は終わったな? ……では、始め!」
ヤバい、僕がまごついている間に始まってしまった。
「隙あり!」
その致命的とも言える隙を見逃さず、カルティアが飛び込んで槍の射程距離に僕を入れる。
「だろうね!」
すぐさま後退しながら、カルティアの手から放たれる神速の突きを半ば勘だけで避ける。今まで師匠の斬撃ばかりを相手にしていたから、こういった突きは反応しづらい。
「……っ!」
しかも避けたはずなのに頬に一筋の血が流れ、全身が総毛立つ。反応しづらいのもあるけど、それを差し引いても驚異的なスピードだ。こんな攻撃、何度も避け切れるものではない。
「……」
「二刀流、ですか」
カルティア相手に抜刀術は相性が悪い。それを理解した僕は波切を右手に持ち、左手にクリスタルの刀を握った。
「以前と比べ、ずいぶんと生成技術の精度が上がってますね」
「地道に練習したんでね」
一年かけてようやく形になり始めたところだ。
「……行くよっ!」
僕は素早く地面を蹴り、どうにかしてカルティアの懐に入り込もうとする。長物は総じて懐が弱い。そこに潜り込めれば僕の勝ちだ。
「――甘い!」
しかし、カルティアはそれを見越した石突きで僕の頭を狙い撃とうとする。
それを僕は左の刀で受け流し、右の刀で横薙ぎにカルティアの体を斬り裂こうとした。
だが、カルティアは下半身と上半身を一瞬だけ分離させてその攻撃を避ける。
「ってちょっと待て! 今のはなんだ!? 人体としてあり得ない動きをしたぞ!」
「何のことでしょう?」
ごまかしやがった! しかもごまかし切れてない!
一瞬のことに呆然としてしまい、僕はその場でたたらを踏んでしまう。
「――それは致命的な隙です。マスター」
そして、その隙をカルティアは容赦なく突いてきた。
「がっ!?」
肩を石突きで突かれ、肩の骨が粉砕する。のたうち回りながら耐えるしかないような激痛に耐え切れたのは一瞬だけで、僕の意識には急速に靄がかかり始める。
「理解……か? お前……熟……さが」
師匠の声が途切れ途切れに聞こえる、と思考すらままならない頭で思いながら僕の意識は断絶した。
……その後、師匠には『守るべき人に負けるとは何事か!』と説教を受けていつになく厳しい鍛錬を受ける羽目になった。事実だけに言い返せなかったのが悔しかった。




