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二,五部 第四話

 修行を開始してから半年が経過した。その間に行われた修行は想像を絶するものであったと言わせてもらおう。


 纏めてしまうと、重りをつけた上での水泳やら剣を正眼に構えたまま全身に岩をくくりつけて姿勢維持するなど、なぜか知らないが岩をやたらと使った修行が多かった。


 その甲斐あってか、僕の身体能力はみるみるうちに上昇……、


「何で切り結べる時間が変わらないんですか……」


 したのかどうかはわからなかった。


「たかだか半年程度で追いつかれてたまるか。そもそも、夜叉にも到達できないお前の身体能力など恐れる必要すらない」


「だから知恵を振り絞っているのに……」


 林の地形を利用したり、砂浜の砂を蹴り上げて目潰しを目論んだり。ことごとく抜刀術で薙ぎ払われて終わるけど。


「正面からの力比べ限定だがな。闇討ちなど、いくらでも方法はあるだろうに」


「それやったらさすがに折檻じゃ済まされない気がして……」


 そんなことをやっても失敗して殺される未来しか見えなかった。この人、隙がまったく見えない。


「まあ、危機感知能力は高いようだしな。しかし、本人の観察力などによる部分が大きいその手の資質は豊富なくせに、剣術に関してはほとんど進展なしとはどういうことだ……!!」


「い、痛い痛い痛い!! 肩が! 肩が砕ける!」


 ミリミリミリ……! と思わず耳を塞ぎたくなるような気持ち悪い音が自分の体内から発せられる。しかし肩の激痛のおかげでそれもできない。


「お前の非才はよくわかっていたつもりだ。だがこれほどとはさすがの私も思わなかったぞ……!」


「そ、そんなこと言っても仕方ないじゃないですか! あと一歩で何か掴めるところまでは来てるんですよ!」


 身体能力はすでに基準を満たしているはず。だが、どうしてもコツが掴めない。本当にあと一歩まで来ている感覚はあるのだが……。


「だったら結果を見せろ! いい加減参刀ぐらい覚えてもらわないと師である私の面子がない!」


「ほ、本当にごめんなさい!」


 いやもう、非才でごめんなさいとしか言えない。


 そして師匠の叫びも虚しく、この日の鍛錬でもコツを掴むことはできなかった。






 その日の夜、僕は一人で地道にクリスタルを生成していた。まずは球体を作ろうと四苦八苦している最中だ。


「……っ!」


 声も出さずに集中を高めると、僕の右手には丸みを帯びたクリスタルが現れる。やはり少しは効果が出ているようだ。


「……まだまだだなあ」


 僕の理想とはほど遠いそれにため息をつく。半年間試行錯誤を続けてこれとか、涙が出そうになるね。


「まあ、諦めるつもりはないんだけど……ねっ!」


 もう一回クリスタルを作り出す。しかし、できたのはまたも同じやや丸みを帯びたクリスタルだけ。


「…………はぁ」


 こうも進展が遅いと気も滅入ってくる。だからと言ってやめるわけにはいかないのも辛いところだ。


「…………」


 やはりそういう時は原点を思い出すに限る。少しばかり目を閉じて、あの日のことに思いを馳せる。






 腹からおびただしい血を流しながらも、こちらを柔らかな笑みで見る兄さん。


 そんな兄さんにすがりつき、泣き叫ぶニーナ。


 狂ったように哄笑するタケル。それに対する頭が沸騰するほどの怒り。


 そして兄さんから受け継いだ思い。僕が自分で決めた決意。






「……うん、大丈夫だよ。兄さん」


 天から見守っていてくれているかもしれない兄さんに、みっともない姿は見せられない。


 ……師匠にボコボコにされているのは数えないことにする。


「よし、もう少し頑張ろう」


 さっきまでと違い、心の奥から泉のようにやる気が湧き出ているのを自覚しながら、再びクリスタルの生成へと集中を始めた。






 変化が出たのは翌日からだった。


「いつも私相手では慣れが生じるからな。今日は別の奴が相手だ」


「はぁ……。月断流に僕以外の人間っていたんですか?」


「いたらとっくに会わせている。私のシゴキについてこれる人間など、ヤマトたち以外ではお前だけだ」


「それずいぶん昔じゃないですか!?」


 兄さんがここを旅立ったのは十年前と聞いている。じゃあこの人は十年間弟子を取らないでいたのか!?


「そんなことは些事だ。ともあれ、お前はなかなか筋の悪い方だ」


「……そうですか」


 まったく嬉しくない。何が悲しくてそんなこと言われにゃならん。いや、理解してるけどさ。


「基本的にどんな分野でも地道な積み重ねがモノを言う。お前のその点は心配していない。夜な夜な剣を振るっている姿を私は時々見ていた」


「はぁ……」


 見られていたことにまったく気付かなかった自分をバカだと思うが、同時にこの人相手じゃ仕方ないとも思ってしまう。この人、別次元の強さだよ。


「……話がそれたな。とにかく、お前はどう考えても実戦で輝くタイプだ。散々お前の相手を務めてきた私が言うのだから間違いない」


「それは……まあ、自覚ありますけど」


 実戦の中で僕は成長してきたと言っても過言ではない。実際、ティアマトで事件に散々巻き込まれたおかげで強くなった部分もある。


「なので、お前にはここのモンスターを退治してもらう」


 しかし、師匠の指示は僕の予想をわずかに越えていた。ほんの少しだけ予想できてしまった自分が嫌だ。


「……え? ここってモンスター出るんですか?」


 というか、いつも修行場に使っているこの山の中にモンスターが出るということ自体、僕にとっては初耳だった。


「奥の方にな。お前と修行している最中は殺気を飛ばして黙らせていたが」


「……なんていうか、本当に人間ですか? 師匠」


 大体、この人見た目が若過ぎるだろう。兄さんたちを鍛えた人なのだからその時点ですでに最低二十代は行っているだろうし、それから十年経っている今、この人は最低でも三十代のは――


「何か私の女としてのプライドがひどく傷つけることを思わなかったか? もしそうならば、私はお前を全力で駆逐しなければならない」


「何も思っておりませんですハイ!」


 今の思考は忘却の彼方に消し去ろう。うっかり口に出した日が僕の命日だ。


「……それはさておき、今からお前は私抜きでこの山に入り、奥まで行って来い。そこにニーナを置いてきた」


「置いておけるものじゃないですよ! 本人の承諾は得たんですか!?」


「無論得たとも。お前が助けに来ると言ったら一発だったぞ」


 ダメだあいつ、と思った瞬間だった。何がダメなのかはわからなかったけど。


「ちなみにニーナがいる場所はわかるように目印をつけてきた。あとはそこを目指して一直線だ。簡単だろう?」


「……一応聞いておきますけど、制限時間は?」


「付近にモンスターが近寄りたがらない臭いのする実をばらまいておいたから、残り二時間ほどは安全だろうな。それ以降は危ないだろうが」


「行ってきます!」


 師匠の言葉を最後まで聞かずに僕は全力で走り出していた。この辺に生息しているモンスターがどの程度の強さなのかはわからないけど、ニーナは助けないと!


「魔法はいつものやつだけだぞー」


 後ろから聞こえる師匠の警告を肝に命じ、本当にヤバい時はその警告を破る覚悟も決めて僕は山の中に分け行っていた。






「ニーナ! どこにいるの!? ……このっ! 邪魔なんだよ!」


 落ち着いてニーナを探そうにも、わらわらと群がってくるモンスターがそれをさせてくれない。


 というかどこにこんな数が潜んでいた!? すでに倒した数は二百体を下らないぞ!?


「せいっ!」


 自分の周囲の地面からクリスタルを生やし、その勢いで僕の周囲に群がっていたモンスターを串刺しにする。


 すぐさまクリスタルを消して走り出し、目の前に迫った牛の頭を持ったモンスターを抜刀術で斬り飛ばす。


 納刀する余裕も与えずにやってきた馬の頭を持つ人形のモンスターが、その手に持った肉切り包丁のような刃物を振り下ろす。


「――っ!」


 瞬間的な判断で両手を頭の上で交差させ、その部分を覆うようにクリスタルを作る。


 直後、バギン! という音が頭上に響き、防御に使った両腕が軽く震える。


「っつぅ……!」


 骨まで軋む衝撃が腕に走り痛みに顔をしかめるが、骨にヒビが入っていないのも確信できた。以前なら確実に骨が折れていた。


 どうやら肉体を鍛えるのは本当に防御力の向上につながるみたいだ、と頭の片隅で考えながら右足で鋭い蹴りを放ち、モンスターと距離を取る。


『グ!?』


 短いうめき声を上げながら後退する馬の頭を持ったモンスター。それに対して追撃をかけるべく両手を覆ったクリスタルを解除し、右手に持ったままの刀で袈裟懸けに斬り下ろす。


「シッ!」


 肩からバッサリと斬られたモンスターが倒れ、ようやく一息付ける程度には落ち着くことができるようになった。


「ふぅ……数が多過ぎるだろ……」


 結構危うい場面も何度かあったし、クリスタル生成の訓練を真面目にやってなかったら直撃を受けていた場面すらあった。


「まあ、力が上がっているのがわかるからいいけど……」


 しかし、僕はつくづく実戦向きのようで先ほどのモンスターの群れに巻き込まれながらも、地力が上がっていくのが実感できた。


 振るうたびに鋭くなる剣閃。思考は隅々まで澄み渡り、後ろにいるモンスターの気配すら読める。これであとはコツさえ掴めれば完璧だ。


「コツさえ……掴めれば……」


 それができれば苦労はない、と自分に突っ込みを入れながら休憩を終えて立ち上がる。すでに山の中に入って一時間半は経過している。これ以降の休憩はできないと考えた方がよさそうだ。


「急ぐか。ニーナ……!」


 何を考えて師匠の言葉を聞いたのかは知らないが、助けたら説教だ。人をこんなに心配させた罪は重い。


 そんなことを考えつつ歩いていると、師匠の言っていた目印というのが見えた。




 人工的な赤に塗りたくられた大きな岩があったのだ。




「うわー……」


 あまりに周りの風景からかけ離れたそれに思わず呆れた声が出てしまう。師匠のことだから常識から遥かにかけ離れたことをやってくるだろうとは思っていたが、まさかこれは予想しなかった。


「まあいいか。これがあるってことはニーナもこの近くにいる――っ!?」


 はず、と続けようとした言葉は呑み込まざるを得なかった。


「ニーナ……!」


 見慣れない実が敷き詰められたシートの上に立つニーナは目の前にいる尻尾が三つぐらいある巨大な猫を見ながら、涼しい顔をしていた。


「この……っ!」


 集中が極限まで達し、周囲の物の流れが極端に遅くなった空間の中、僕は必死に頭を巡らせていた。


(やはり強化を切り替えて脚力を強めるしか間に合わせる方法はない! いや、参刀が使えれば――ダメだ! できるかどうかもわからないことにニーナの命を賭けるわけにはいかない!)


 そこまで考え、思考が強化を行う方向一択に決まった時、僕の体に起こっている異変に気付く。


(周りの流れが……遅い?)


 そうじゃない。僕が集中している時、周りの流れが遅くなることは時々ある。だが、これはそれとはまったく違う。


(体が……動く……?)


 それもいつも通りに、だ。少しでも動かすと空気の重さすら実感できる空間の中、僕は普通に動けるようになっていた。


 つまりそれは――




夜叉(やしゃ)……!)




 天技を覚えたということに他ならない。


「――っ、はああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 理解した瞬間、僕は地面を蹴ってこちらを認識していない猫のモンスターに肉薄する。そして夜叉の恩恵で上昇した身体能力をそのまま使い、渾身の剣閃を放つ。


 縦に振り下ろした剣は、僕の速度から放たれた衝撃波を撒き散らしながらモンスターを両断した。


「はぁ…………」


 ニーナを助けられた、という事実を認識した途端に体が重くなり、全身がビキバキと悲鳴をあげる。


「お、おおおおぉぉ……っ!? か、体が軋む……!」


 そのまま地面にへたり込みそうになったところを、ニーナに支えられる。


「……無事でよかったよ」


 夜叉の反動で疲れ切った全身が休息を求め、僕の意識を刈り取ろうとしてくる。


「あんたに助けてもらいたくてこんなところに来たあたしが言うセリフじゃないけど……ありがとね」


 ニーナの優しい声が子守唄のように聞こえ、眠気に耐え切れず徐々にまぶたが下がっていく。


「お礼は……いいよ。……でも、起きたら言いたいことがあるから……!」


 お礼を言ってほしくて助けたわけではないが、とりあえずこの無謀な行動に対して物申したいことは山ほどある。


 だけど、まあ……それは起きてからでもいいだろう。


 そう思い、僕の意識は静かに深い眠りへと落ちていった。




 ……目が覚めたら……とりあえず、ニーナを助けられたことを喜ぼう。

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