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二,五部 第三話

「はっはっはっはっ……」


 午後からの鍛錬も変わらずに基礎を徹底的に磨くことだった。


 内容は両腕に重りをつけて背中に岩を背負い、山を走って登ること。ちなみに制限時間は一往復につき十分。


 まだ修行一日目だが、正直言って命の危険を感じ始めている。


 ……まあ、止まるつもりは毛頭ないのだが。


「ほら、この調子では間に合わんぞ。もっと速く走れ」


 僕の隣を並走している師匠が厳しい声音で言ってくる。


「わかって……ますっ!」


 とうに感覚など消え失せている足を動かし、一歩ずつ前に出る。その様子を見て、師匠は満足そうに笑っていた。






「ところで……ニーナはどんな話だったんですか?」


 山での修行も終えた僕は師匠に休憩だと言われた時間に刀の素振りをしながら、僕は師匠に聞いてみた。


「ん? 何だ、気になるのか? あと、もう少し素振りは円を意識しろ。綺麗な斬線が描けなければ速く斬るのは難しいぞ」


「わかりました。……まあ、気になりますね。あいつもあいつで危なっかしいところが多いですから」


 ニーナには悪いだろうが、僕は彼女が心配だ。兄さんが亡くなった時の錯乱ぶりを見せつけられたのもあるし、あれでかなり兄さんへの依存は強かった。


「……似たもの同士だな」


 僕の言葉を聞いた師匠の言葉がそれで、意味がわからず首を傾げる。


「言葉以上の意味はない。そろそろ次の鍛錬といこう」


「了解です」


 振るっていた刀を鞘にしまい、僕は次の鍛錬に備えて身構える。


「時間がない以上、鍛錬の内容は必然的に濃いものとなる。だが、基礎はどうしても外せない。これはわかるな?」


「はい」


 僕に足りていないのは身体能力だ。判断力や相手の攻撃に恐れない胆力に関しては師匠からもお墨付きをもらった以上、あとは相手の攻撃に対応できるだけの体術などを身につける必要がある。


「以前にも言っただろうが基礎に一年、本格的な体術や天技の修行が一年半なのだが……。そこまで剣を一切握らないというのも勘が鈍る」


「わかります。僕もティアマトで魔法を学んでいた時、ちょくちょく剣を振ってないと体が鈍ることがありました」


 あの時の勘を取り戻すのには非常に苦労した。ディアナが友人にいてよかったとしみじみ思う。


「ゆえに――この時間から二時間は私との実戦稽古だ。気絶したら即刻叩き起すから全力で来い。だからと言って特攻はするなよ?」


「はい! 行きます!」


 さっきからの鍛錬で異常に重い体を動かしながら、師匠に迫る。


 だが、あと五歩踏み込めば懐に入れる! といったところで脳に氷でできた針を刺し込まれたような怖気を感じ取った。


(死……っ!?)


 一秒先に明確な自分の死に姿が予想された。それほどに濃密な殺気を受けて、僕は勘の指示するままに師匠へと足から飛び込む。俗に言うスライディングの姿勢だ。


「む!? 良い反応だ!」


 体を仰向けに倒した僕の真上を師匠の抜刀が通り過ぎる。間近で見たにも関わらず、ほとんど何も見えなかった。


(チャンス!)


 師匠の攻撃の速さはさておいて、今の僕に巡ってきたまたとない好機。これを狙わない手はない。


「はああぁぁっ!!」


 スライディングの着地の際、膝を曲げて足を地につけることですぐに体勢を立て直せる状態にし、そのまま下段からの抜刀術を放つ。




 ――壱刀・牙。




「甘いな。そんな初歩で私が討ち取れるとでも?」


 しかし、師匠は僕の抜刀術をわずかに首を動かしただけで避けてしまう。完璧に僕の斬線が見えていないとできない芸当だ。


「身体能力が足りないということは必然的に力も速度も足りていないということだ。曲がりなりにもヤマトたちの師匠だった女だぞ? この程度で殺せると思ったか?」


「思いません……よっ!!」


 今の攻撃は布石に決まってる。僕は僕にできる全力でこの人にぶつかるだけだ。


 抜刀の勢いを緩めず右足を軸に回転し、左足で矢のような蹴りを放つ。


「ふっ……!」


 師匠はそれを後ろに下がることでかわし、突き出た僕の足を斬り裂くべく刀に手を添える。


 抜刀が行われる前にその場で前転し、僕はその斬撃をかろうじて避ける。やはり圧倒的な速度差があるとまともに戦うことすらできない。


「せいっ!」


 だがタダで転んでたまるか。絶対に一泡は吹かせてやりたい。


 その一念で振り向きざまにクリスタルのみで作り上げた長刀を振り抜く。


「っと! ははっ、意外と楽しいじゃないか! どんな姿勢からでも攻撃に出られるのは強みだな!」


「お褒めの言葉……ありがとうございますっ!」


 体を反らして避けられたのを確認したら、すぐにクリスタルを消してすぐそばの地面に特に形を整えないクリスタルを複数作り出す。


 僕がそのクリスタルを何度も蹴り上がり、いつもより遥か高くに跳ぶ。


 直後に僕が足場に使ったクリスタルが師匠の抜刀術で両断される。一応、世界最硬物質なんだけどなあ……。


「こ、のぉっ!」


 クリスタルの大剣を作り出し、勢いに乗せてそのまま振り下ろす。


「ふぅっ!」


 師匠はそれを相変わらず惚れ惚れするとしか形容できない見事な体術で避け、逆に僕の振り下ろした大剣を足場にして肉薄してきた。


(ヤバッ!?)


 クリスタルを消したところで師匠には空駆がある。対して僕は空駆を使えない。つまり空中戦では一方的になぶり殺しにされるだけだ!


 すぐさま自分の地面になるようにクリスタルを生成し、そこに着地してそのまま地面に身を投げ出す。


「半分正解。半分外れ」


 しかし、いつの間にか僕の後ろに回り込んでいた師匠の言葉で、僕は自分の間違いを悟った。


「自分の能力を知ってすぐさま地上に戻ろうとしたのは正解だ。だが――」


 周囲の時間の流れが異常に遅く感じる中、師匠の声だけがいつもと同じように耳朶を打つ。




「――また空に身を投げ出してしまっては、世話ないな」




 その言葉と同じタイミングで背中にものすごい衝撃を受け、僕の意識は背骨が粉砕する音とともに消え失せた。






「死ぬかと思った……」


 強化魔法によって強化された回復力に心の底から感謝した。あれがなければ意識不明で死んでいただろう。


「やはり技術はそこまで突出したわけではないが、柔軟性という面で見れば相当なものがあるな。特にクリスタル生成は相当な武器になるだろう」


「自覚してますよ。あと、もう少し待ってください。背骨が完全に癒着するまで時間がかかります」


「軟弱だな。もっと筋肉をつければあの程度の攻撃で骨は折れないぞ」


「返す言葉もありません……ってウソですよね!? あれ受けたらほとんどの人が背骨砕けてますよ!」


 信じられない衝撃だった。折れただけで済んだのが奇跡としか思えないレベルだったぞ。


「バカを言うな。ヤマトやタケルはこの攻撃に対処していたぞ。直撃は受けなかったが」


「それが原因です! 兄さんやあいつと僕を一緒にしないでください! そもそも、天技もまだ使えないんですよ!?」


 僕の突っ込みに対し、ハルナ師匠は急に真面目な表情を作ってこちらを向いてきた。


「それは違う。天技というのは私自身、理屈のわからないものだ。口伝に残っていても、習得できるかどうかは個人のセンスがモノを言う。その点で言えばお前はコツを掴めば難しい天技でも会得できる可能性がある」


「……つまり?」


「得体のしれないものを覚えることに関しては才能がある」


「すごく嫌な纏め方された!?」


 なぜだろう。天技の習得はタケルの力量に近づくのとイコールなのに、微妙に嬉しくない。


「ほら、いい加減起きろ。そろそろ怪我は治っているだろう」


「その通りです。……それじゃ、始めましょうか」


「ああ、次からはクリスタル生成もなしだ。純粋に剣技のみを鍛える」


「……了解です」


 生きて夕日を拝めるだろうか、僕は。


 そんなことを思いながら、僕は剣を構えて師匠に向かっていった。






「いてててて……体中が軋む」


 鍛錬中は気分が高揚して意外と痛くなかったのだが、鍛錬が終わった途端に全身の骨がバラバラになったような苦痛が襲いかかってきた。


 それでも強化魔法の恩恵を受け、どうにか体力を回復させつつ師匠の家に戻る。


「あ、お帰りなさい。夕飯の支度はできてるわよ。あ、お風呂の方を先にする?」


 なぜだか知らないが、そんなセリフとともに駆け寄ってきたニーナにどうしようもなく癒された。本当に何でだろう。


「ん……風呂にするよ。ところでニーナ、さっき話してたことって何なの?」


「大したことじゃないわよ。ちょっと兄さんの昔について聞いてみただけ」


 なるほど、と納得する。師匠なら兄さんの小さな頃を知っているかもしれない。僕も今度聞いてみよう。


 脱衣所で服を脱ぎ、ローブも畳んでおいておく。ローブに関して師匠に何か言われるかと思ったのだが、意外と何もなかった。服なんてどうでもいいという意味だろうか。


 ……まあ、魔導士御用達のこのローブは革鎧より耐久性が高いから非常に重宝するのだが。


 それに環境をある程度調整する能力もあるから絶対手放さないぞ、と意志を強くしてから湯船に浸かる。


「――っ!? あっつうううううぅぅぅぅっ!?」


 浸かった瞬間、湯船から飛び出た。何だこの熱さ!? いや、染みるのか!?


 一瞬で全身の皮膚が茹でダコのような赤い色に染まってしまった。火傷したかもしれないぞ。


「いったい何だよこれ……」


「五右衛門風呂というやつだ。そこの板を湯の上に乗せてから入るんだぞ」


「はぁ、そうなんですか……不思議な風呂ですね」


 ジパングに来てから風呂に入ったことも初めてではないが、このタイプは初めて見た。


 ともあれ、僕は壁に立てかけてあった丸い木の板を取って、湯船に乗せる。そして慎重に足を湯船につけていく。


「……あ、熱くない」


「どうだ。ジパングの技術も大したものだろう」


「そうですね。ありがとうございます、師匠。おかげで風呂に入れますううううううううううううぅぅぅぅっ!?」


「いきなり声を出すな、響くんだ」


 僕の悲鳴に対し、師匠はわずかに顔をしかめただけで応える。その堂々とした態度はいっそ男らしい。


「何やってんですか師匠!? 今、僕が入ってるんですよ!?」


「エクセルこそ何を言っている。鍛錬で疲れ切った体のほぐし方、知っているのか?」


「うっ……」


 知らない。このまま放置したら明日は指一本動かせないであろうことは僕でも理解できることなのだが……。


「それに今日は私がやってやるが、明日からはニーナやカルティアに教えるつもりだ。どうだ、安心しただろう」


「微塵も安心できる要素がありませんよ! というか僕に教えてくださいよ! 自分でやりますから!!」


 今さら過ぎるけど、この状況って結構危険なのでは? 僕の理性が暴走したらこの人の貞操が危険……にはならないな。うん、逆立ちしたって勝てないし。


 そもそも、そんな仮定が頭に浮かぶ時点で僕の理性は固いことを証明してしまった。何だろう。喜ぶべきことのはずなのに、どこか男として否定された感がある。


「背中部分は難しいだろう。安心しろ。エロいことをするつもりは毛頭ない。あるのは弟子の体を労ろうという師匠の優しい心遣いだ」


「自分で言ってしまう辺りが信用できな――すみません! 土下座でも何でもしますから身構えないでください! こんな狭い場所じゃ一瞬で首取られます!」


 チクショウ。力関係が圧倒的に下の人間って弱いなあ。


「うむ、わかればよい。そこにうつ伏せになれ」


「はい……」


 その後のマッサージは本当に気持ちよかったし、筋肉もほぐれてくれた。


 ……だからこそ、自己嫌悪も激しかった。






「さて……」


 僕にあてがわれた部屋で、僕はいつものローブを羽織ったまま机に向かう。


(少しばかり、自分が強くなるための要素を整理するか)


 ちゃんとどこをどう改善すべきなのかを書き残しておけば目標も立てやすい。


 というわけでまず一つ目。これは剣術と体術の向上で間違いないだろう。


(まあ、これに関しては師匠との鍛錬で問題はないはず。もちろん、自主訓練もやるが)


 二つ目。魔法の技術向上。


(せめて中級魔法ぐらいまでは扱えるようになっておきたい。手札が増えることはそのまま実力の増加につながる)


 これに関しては地道な作業を続けるしかあるまい。二年半も続ければそこそこの領域には辿りつけるはずだ。


 三つ目。クリスタル生成技術の向上。


(せめて刀の反り具合まで再現できるぐらいのレベルがほしい。今まで作り出してきたのは結晶結晶した角張ったものばかりだしな……)


 もっと滑らかに丸みを帯びたクリスタルを作れるようになるということは、生成できる武器に幅ができるということ。


(やはり手札を増やすのが一番手っ取り早いか……。地力の向上はあまり見込めない部分だし)


 魔力に関してはすでに人間の限界なんて遥かに超えている。魔法に関して僕は消耗の心配をしないで済む。


「まあ……頑張るか」


 三つのやるべきことを見定めた僕は、兄さんから受け継いだ波切(なぎり)を持って立ち上がった。

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