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一部 第九話

 僕とロゼが森の奥を進み始めて三時間。太陽はそろそろ真上に来るはずだが、すでに光の届かない奥地まで来てしまっている僕たちには関係のないことだった。


「ロゼ、落ち着いた?」


 ソウルフルの実は日光のある場所にしか生えない。こういった暗闇にしか生えないような植物は大概が毒性を持っている。


 僕はロゼの後ろで雑草を食みながら歩いていたのだが、途中で毒草を食べてしまったことがあった。幸い、毒といってもそこまで強力じゃなかったのでこうして歩いていられる。


 ……舌の感覚が消えていることに一抹の不安を抱きながら。


(僕、味覚なくなるのかな……)


 毒と一口に言っても麻痺毒や睡眠毒、それに体力減退に魔力減退。単純に腹痛を起こすやつや、成分が全身に回ると急に頭が痛くなる物など、様々なものがある。


 今回は魔力減退に当たったのだが、膨大な魔力を持つ僕にとってそれは大した障害にならない。


 だが、なにも単一の毒しか持たないような毒草など滅多に存在しないのもまた事実。


 というわけで現在の僕は腹痛も抱えているし、唇のあたりにピリピリした痛みを感じていた。


「ロゼ……助けて……」


 そして空きっ腹にそんな物を入れたため、僕の体力は割と厳しい領域まで来ていた。


「……ああもう! エクセったら、本当に世話がかかりますわね!」


「……ロゼには言われたくない」


 普段と立場が変わったからって偉そうに……。いつもいつも散々貴様の子供じみた勝負事に付き合っているのは誰だと……。


「でも、そろそろ時間も昼時です。ここらで昼食にしましょうか」


「僕にもください」


 何も考えず土下座する。立場? 空腹の前には何の役にも立たないね。


「本当にエクセは……。もっとシャキッとなさい! シャキッと!」


「無……理……」


 食欲を抑えられている状態でシャキッとしろとは無茶も良いとこだ。


「まったく……。ほら、わたくしの持ってきた食べ物なら少し分けてあげますから立ちなさい!」


「はい!」


 ロゼが食べ物をくれる。その言葉で元気が出た僕は勢いよく立ち上がる。


「…………食べ物が欲しければ三回回ってワンと言いなさい」


 あまりに僕が従順なのが逆に彼女の猜疑心をあおったのか、何やら羞恥心を起こさせる命令が来た。


「……ワン!」


 だが甘い。今の僕相手にその程度の命令を躊躇する理由など、いささかたりとも存在しない。


「エクセ、食事さえ与えてれば飼い慣らすのは簡単なんじゃ……?」


 そんな僕の姿を見て、ロゼが妙に戦慄した表情で何かをつぶやいていたけど些事だった。






「いやー、ありがとう! 本当に助かった!」


 ロゼが持ってきていた食料をいただくことでようやく人心地を取り戻した。幸い、これまでの断食生活で胃が縮んでしまっていたため、食事量も大したことなかった。


 ……体力が持つのか疑問だけど、今は気にしないでおく。どうせこれ以上食ったら吐き出すのが目に見えてるし。


「これは借りですわよ。当然、わかってらっしゃいますね?」


「……一回だけクリスタルをタダであげます」


「その程度で済むとお思いで?」


 いや、ロゼは僕が目の前でポンポン作る光景見てるから忘れてるかもしれないけど、あれって結構貴重な物だよ。自然に生成は不可能だし、正規の手順で作るなら恐ろしく手間がかかるものだ。


「……けど、元を正せば半分くらいはロゼの所為だよね」


「な、何のことですか? わたくし、これっぽっちも覚えてませんわ」


 遠い目をするな目をそらすなとぼけんな。


「……いいよ。昔のことをチクチク言うのは好きじゃないし。それより進むの? 戻るの?」


「ここまで来た以上、戻るなんてことはあり得ませんわ! 進みますわよ!」


 こいつは戦場では真っ先に死ぬタイプだと思う。


「はいはい……、もうとことん付き合うよ」


 僕は帰っても良いのだが、道を忘れてしまったため帰れない。やはり空腹で意識が朦朧としている状態でロゼの後をついて行ったのは不味かったようだ。


「それでこそエクセですわ! 行きますわよ!」


 僕の返事に気を良くしたロゼが再び歩き出し、僕もそれに続く。今は満腹のため、特に意識が危なくなることはない。


「……ところで、ソウルフルの実だけで調合するの? 確かにあれも貴重だけど、他と混ぜ合わせた方が効果良いよ」


 さすがに適当に混ぜたらヤバいけど。バラユの花とかなら無難な選択だろう。


「わかっておりますわ、そのようなことくらい。薬学を学んでどれくらい経つと思っているのです」


「僕は一年ちょっと」


 学院に入った頃から学んでいるけど、他の人に比べればまだまだだ。この学院の平均滞在期間は七年って言われているくらいだから、薬学一つ取っても三年以上学んでいる人だっている。


「わたくしは半年少々ですわ。ほら、ここに経験豊富な薬剤師――」


「そんなわけないでしょ。僕たちなんてヒヨコ以下だよ。まだ卵状態」


「――の卵が二人もおりますわ」


 無理やりに続けなくても良いと思ったのは僕だけだろうか。それと不安が急に増加した。自信満々に歩くから頼りにしてたのに。


「……はぁ、行くよ。もうここまで来たんだから、ソウルフルの実を探して調合しよう」


 僕はこめかみ部分に感じる頭痛に耐えながらロゼよりも前に出る。どうせ道なんてわからないんだ。だったら誰が前に出ても一緒だ。


「そろそろ見えてくるはずなんですが……おかしいですわね」


 ロゼが何を根拠にその言葉を言っているのか理解できない。


「……一応聞くよ。根拠は?」


「勘ですわ」


 彼女に物探しは頼まない方がよさそうだ。僕は自分の腰辺りまで伸びている草をかき分ける手を止め、ため息をこぼす。


「……帰ろうか」


「冗談ですわ! ですが、わたくしが聞いた話ではこの辺りにあるはずなんですが……」


 いや、他人からの情報かよ。怪し過ぎるって。


「……それ、誰に聞いたの?」


 だが、ロゼもそこまでバカではないと信じたい。きっと今の発言は僕の空耳――


「え? それはもちろん、通りすがりの人に聞いたんですのよ。日も高いうちから酒瓶片手で顔を赤らめてましたけど」


 僕の願いは見事に裏切られたようだ。


「……それを人は酔っ払いの戯言って言うんだよ」


「何ですって!? あの方はわたくしを騙したというのですか!?」


「そんなつもりはないと思うよ。たぶん、気にも留めない冗談程度のつもりで言ったんじゃないかな」


 その冗談を真に受けたバカがロゼなんだけど。


「ううう……!」


 憤懣やるかたないと言った感じでロゼが地団太を踏む。僕はここまで無駄足をさせられたことに怒りを通り越して呆れの感情を持ってしまう。


 まあ、そのおかげで食事にあり付けたんだから酔っ払いの人には感謝の気持ちがないわけでもない。おかげでもうしばらく生きられそうだ。


「…………か」


「ん? 何か言ったロ……ゼ……」


 何やら低い声が聞こえたので、ロゼの方を振り返って確認してみると、恐ろしい形相をしたバケモノがそこにいた。


「探してやろうじゃありませんか! こんな森の奥深くにソウルフルの実の一つや二つ、見つからない方がおかしいですわ!」


 先ほどよりも速い足運びでザクザクと草をかき分けながらロゼが森の奥へ進んでいく。僕はそれを最初呆然と見送り、すぐにその後を追う。


「ロゼ、待ってったら! これ以上は本当に危ないよ!? 森の奥地なんてモンスターの巣窟なんだからね!」


「ゴブリンやコボルトくらい屁でもありませんわ!」


 ちなみにコボルトとは犬の頭部を持った二足歩行するモンスターのことである。ゴブリンよりも知能は低いが、犬の顔だけあって牙がある。牙に噛まれると病原菌などの問題もあって非常に危ない。


 ……まあ、ロゼみたいな駆け出し魔導士でも倒せるモンスターだから大して強くはないのだけど。


「それで済めば御の字だね……」


 だが、森の奥にそのようなモンスターが出てくることはほぼ皆無だ。


 人に狩られやすい街道沿い浅い部分にはゴブリンなどが住み、奥の狙われにくい場所に強いモンスターが住む。弱肉強食が基本のモンスターの世界では暗黙の了解となっている。


 そしてこれは旅をして生計を立てる人間にとっては常識と言っても過言ではない。今まではギリギリ見逃してきたが、これ以上は僕でもカバーし切れない可能性がある。


「ロゼ、本当にやめよう。これ以上奥に行くとグレムリンじゃ済まない可能性がある」


 下手するとプチデーモンやミノタウロスぐらいいるかもしれない。その辺が出てきたら僕一人では到底勝ち目がない。


 プチデーモンというのは言葉の通り、デーモンの子供だ。しかし子供と言って侮るなかれ。デーモンは上級悪魔であり、その子供でも中級悪魔ほどの力は持っているのだ。プチデーモンが五体も出れば小さな村の一つや二つは容易に壊滅できる。


 さらにプチデーモンが出る場所にはデーモンもいる可能性が高い。当然だ、子を見ない親がどこにいる。


 プチデーモンもヤバいけど、デーモンはシャレにならない。小国程度なら五体で落とせる個体戦闘力を持っている。


「僕がここに来るまで旅の生活を送ってたのは言ったよね? その経験から言わせてもらうよ。これ以上はヤバい。最悪の場合、奥にいるモンスターたちを刺激することになる。僕たちだけの命ならまだいいんだ。でも、刺激されたモンスターは十中八九ティアマトを目指す。その中にデーモンでもいてみなよ。大惨事だよ?」


「う……」


 僕の理路整然とした話にロゼもさすがにたじろぐ。というより、外の世界にいた経験の長さでは僕の方が上であるため、言葉に説得力があるのだろう。


「……ですが! デーモンなんてバケモノ級のモンスターはそうそう――」


「いるところにはいるよ。僕も以前戦ったことがあるんだけど、本当に危なかった。兄さんがいなかったら僕はとっくに死んでいる」


 兄さんとニーナ。それに僕の三人がかりでようやく一体だ。もっとも、兄さんは割と余裕がありそうだったが。


 ……弁解になるかもしれないけど、僕だってキチンと準備さえできればデーモンクラスなら何とかなる。そう、準備さえできれば。


「戦ったことがあるのですか……。わかりました。今日のところはあなたの言葉を信じますわ。では、戻りましょ――」


 ロゼの言葉は最後まで続けられることはなかった。ある方向を見つめて硬直しているロゼの目を追って、僕も視線を向けるとそこには――




 ――橙色の鱗に覆われた三メル近いトカゲに似た巨体がこちらを見つめていた。




(……レッサードラゴンだ)


 レッサードラゴンとは下位の竜種であって、理性のないただの獣に近い行動を取るためモンスター扱いされている。


 だが、下位とは言え竜種であることに違いはない。その巨体と身体能力から繰り出される攻撃は驚異的の一言に尽きるし、何よりブレス攻撃が厄介過ぎる。


「…………」


「…………」


 ボタボタとよだれを垂らしながらこちらを見つめるレッサードラゴンと見つめ合うこと十秒ほど。


「……て、撤退!」


「異議なしですわ!」


 僕の提案にロゼは一も二もなくうなずき、レッサードラゴンに背を向けて走り出した。


『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


「やっぱり追ってきたーーーー!!」


 僕たちは今までどんな道できたのかも忘れて全力で逃げることに専念した。


 ……ロゼはこういったことに好かれているのだろうか?

大学の中間テストが近付いて来ました……。そして提出物の課題系の期日も同時に……、詰め込み過ぎだと思います。


六月辺りから更新ペースが落ちるかもしれません。ご了承ください。

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