プロローグ
目の前が、突然虹色に輝いた。
――ベッドで寝ていた青年カナタは、一驚を喫して飛び起きると、先程まで自室にいたにも関わらず、明らかにここがそうではなくなったことに気付く。
辺りは薄暗く、不気味なほど静まり返っている。飛び起きたはずのベッドも、壁に掛けていた好きなアイドルのタペストリーも、目を凝らしてみるが見当たらない。少なくとも、自分の部屋ではないことは間違いない。
「俺のベッドはどこだ、というかここは何処だ!?」
誰に尋ねるわけでもなく、カナタは独り言を愚痴る。すると、その声に反応するように、カナタに近付いてくる人物がいた。
「おめでとうございます。」
薄暗い部屋に突如として艷やかな女性の声が響く。声の方を振り向くと、狐のお面を被った女性が、着物を着崩して、人形のように立っていた。
突然現れた女性に、カナタは少し狼狽える。狐面の女性は、狼狽えたカナタを見てくすっと口元を緩ませると、一度お辞儀をして、横髪をさっと手で払う。その一つ一つの動作が、舞いのように仕草が美しい。
「あなた様は、選ばれました。そちらの言うところの異世界から転移召喚されまして、こちら側の世界へやって参りました。」
――異世界召喚⋯!
カナタは、突然の虹色現象、自室とは違う部屋いることの全てを理解する。
(異世界召喚と言えば、色んな特殊能力貰ったり、伝説の武器を貰ったり、神様からすこわいスキル貰ったりして、俺つえーーが出来るあの異世界召喚か!)
カナタは一人、考えていたことで喜びに震えていると、狐面の女性は、再び小鈴を鳴らすように口元を緩ませる。
「その反応、可愛らしいですね。」
可愛いと言われるとは思っていなかったカナタは、少し照れてしまうが、その反応に対してもクスクスと笑う狐面の女性。それを見てカナタも「あははっ」と笑い、お互いに笑い合う時間が生まれた。
ひとしきり笑ってから、カナタは狐面の女性に質問をする。異世界召喚なら、あるべきことがあるはずなのだと、頑なに信じているため、この質問は外せない。
「異世界召喚って、あの、俺は何か特殊な能力を貰ったりす⋯」
「ございません。」
けれどカナタは、食い気味に狐面の女性から否定された。
そんなはずはない、異世界召喚だぞ!?
「何か強い武器を貰ったり⋯」
「ございません。」
「神様からスキルを貰ったり⋯」
「ございません。」
「じゃあ、何くれるの!!」
カナタは、目に涙を浮かべながら、全身で訴えた。
「何も与えるものはございません。」
カナタの夢が、儚く散った瞬間である。
カナタは悲しそうに肩をガクッと落とすと、ジト目で狐面の女性を見やった。
「それじゃあ、俺、ここに何しに来たの⋯。」
狐面の女性の表情から笑みが消えると、おもむろに右手を差し伸べられた。
「あなた様にはカードゲームをやっていただきます。」