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第9話

「おやゼットさん、アテナさんと一緒ではなかったのですか?」

 宿屋に戻った俺をティーカップを手にしたネネが出迎えた。

「ついさっきまではな……ほらこれ」

 俺はトゥーネットさんからもらった依頼書をネネに見せて事情を説明した。

「……格闘大会ですか。明日開催と書いてありますが、あなたは行かなくてもいいのですか?」

「なんで俺が行く必要があるんだ。放っておいてもあいつは優勝して戻ってくるさ」

「……お忘れのようですから言いますけど今のアテナさんは勇者専用の伝説の武具を装備してはいませんよ。生身の彼女の強さは中の上といったところでしょうから優勝は厳しいかと」

 そうだった。

 アテナは紋章の効果で伝説の武具を装備できるから勇者として認められたのだった。

 何も装備していなくてもある程度の奴が相手なら勝てるだろうが今回の依頼はもともと金等級に回されるはずだった依頼だから相手も強者揃いだろう。

 そうなるとたしかにネネの言う通りあいつには荷が勝ちすぎるかもしれない。

 というか――

「なあ、装備品て全部売ったんじゃなかったか? まさか伝説の武器や防具も――」

「それは大丈夫です。値がつけられないと言って買い取ってもらえませんでしたから。今もアテナさんの部屋にありますよ」

「そうか、それならよかった。じゃあおまえも大会に参加してきてくれ、どうせ暇なんだろ」

 紅茶を飲んで時間を持て余してるであろうネネに大会参加を促すが、

「行くのは構いませんがボクは観客がいる舞台では戦えませんよ。歌声を聞いた観客にまで被害が出てしまいますからね」

 とにこやかに断られた。

「じゃあどうするんだ。アテナも勝ち目は薄いんだろ」

「ここにいるじゃないですか。ボクのほかにもう一人暇な方が」

 俺に微笑みかけてくるネネ。

 やっぱりそうなるのか。

 俺はアテナの荷物を自分の部屋に一旦置くとネネとディーノ城に向かった。

 

 ディーノ城の中庭に入ると、

「なんだあんたたちも来たのね」

 アテナの声がして振り向く。

「おう……ってなんだその恰好は!?」

 さすがのアテナも観客が大勢いる前では伊達メガネだけでの変装はまずいと思ったのか付け鼻のついたパーティーグッズのような変装用メガネをしていた。

「わたしは有名人だからね。変装よ、変装」

 逆に目立ちそうな気もするが……。

「二人も参加するの?」

「いえ、ボクはゼットさんの付き添いです」

「じゃあゼット、早く予選のエントリーだけ済ませてきちゃいなさいよ。なんでも参加人数が多いから予選は今からやるんだって」

 俺はアテナに肩を押され受付カウンターに歩を進めた。

 せっかくトゥーネットさんから信頼されてもらった依頼だ。期待は裏切れない。

 俺はエントリーを済ますと二人のもとへと戻った。

 すると二人が金髪の男に声をかけられていた。

「きみのそのメガネなに、受けるんだけど。えっマジ!? 参加するのきみが? やめといた方がいいよー」

 おまえがやめとけ、と俺が心で思ったその時、

「おまえがやめるんだ」

 と大柄な男が止めに入った。

「こいつが無礼を働いた。すまない」

「いてててっ」

 大柄な男は金髪男の頭を掴むと強引に頭を下げさせた。

「いえ、ボクたちは気にしていませんから」

「わたしはムカついてるけど」

「おいアテナ、謝ったんだからいいだろ」

 アテナは「ふん」とそっぽを向いてそのままどこかに歩いていってしまった。

「なんだ男もいたのか、へ~」

 いつの間に近付いたのか品定めするように俺を見る金髪男。

 そして俺を指差し、

「あんた強いだろ。本選で会おうな」

 と言ったかと思うと大柄な男に「やめろと言ってるんだ」と耳を引っ張られて連れていかれた。

 二人が去ったあとネネと顔を見合わせる。

「あの二人、多分本選に出てきますね」

「ああ」


「格闘大会予選参加者の方は中庭に集まってください!」

 アナウンスが流れると参加者が続々とディーノ城の中庭に集まってくる。

 二百人はいるだろうか。そこにはアテナの姿もあった。

「ではボクは邪魔にならないところで拝見していますね」

 ネネが離れていく。

「予選は握力、ジャンプ力、百メートル走の三種目の総合ポイントで決めたいと思います! 上位八人が本選出場出来ますのでどうぞみなさん頑張ってください!」

 アナウンスが流れ終わると三つのブロックに分かれて行列が出来た。

 アテナは握力から測るようだ。

 俺は百メートル走のブロックに並んだ。

 すると俺の前に見覚えのある顔が。

「げっ、ゼットじゃねえか! あんたも来てたのかよ」

 盗賊のギギトだ。

「ゼットも優勝賞品目当てか? たしかにありゃあ売ればかなりの額になるはずだかんな。考えることはみんな同じだな」

「優勝賞品?」

 そういえばなんだったっけ?

 参加することしか頭になかったな。

「おいおい何言ってんだ、不治の病でも治すっつう超特効薬だろうがよ」

 思いがけず優勝賞品を知ることが出来た。

 それにしても、

「盗賊なのに盗まないんだな」

「オレにも一応流儀があってな。まあゼットが参加するって知ってたら出なかったかもしれねえが」

 ギギトは鼻をこすりながら俺を見てくる。

「なあ、四人一組で走るんだとよ。へっ、それにしてもみんなおっせえな! ゼットもそう思うだろ?」

 大きい声で挑発するように喋るギギト。

 周りが殺気立つのがわかる。

 そして案の定スキンヘッドの大男がギギトに詰め寄ってきた。

「おいチビ、口の利き方に――」

 と言いかけたところでギギトが一瞬で大男の背後に回り込み左手で太い首を掴んで右手の爪を頸動脈に押し当てた。

「「「!?」」」

 参加者たちがざわめく。

「口の利き方がなんだって?」

「……わ、悪かった。許してくれ、た、頼む」

「ならいいんだよっと」

 ギギトは大男から飛び降りると「さっオレたちの番だぜ」と俺の背中をポンと押す。

 まったく、周りの目を気にしない奴だな。

 俺とギギトとほか二人の参加者がスタート地点に着く。

「位置についてよーい、ドン!」

 かけ声と同時に一気にトップスピードに乗るギギト。

 俺は一瞬遅れてそのあとを追う。

 二人の差が縮まらないままゴールテープを切った。

【5.65】

【5.78】

 ギギトと俺のタイムが表示された。すると、

「なっ!?」

「なんだ今のスピードは……」

「……嘘だろ、こんな奴らとやりあえるわけないぜ」

「お、おれ帰ろうかな……」

 それを見た参加者たちが次々と辞退していく。

 俺たちの後ろに並んでいたほとんどの参加者たちは走りもせずに帰っていった。

「けっ、チキンどもは帰れ帰れ」

 ギギトはつまらなそうにつばを吐く。

「ゼット、次はジャンプ力勝負しようぜ」

「いや俺は休憩もかねて握力のブロックにいくとするよ」

「なんだよ。じゃあまたな本選で会おうぜ!」

 ギギトといると目立ってしょうがない。一人でのんびりやらせてもらうさ。

 その時握力ブロックから歓声が上がった。

「おい計測不能だってよ」

「誰だあいつ?」

「……バケモンかよ」

 アテナか?

 一瞬そう思ったが違った。

 群衆からちらりと見えた姿はさっき会った大柄な男だった。

【100】

 握力計は針が振り切れていた。

 やっぱりネネの言った通りあの大柄な男は本選に上がってきそうだな。

 するとさらに大きな歓声が沸く。

 百メートル走ブロックからだった。

「さっきの二人の記録を一秒も縮めたぞ」

「あの金髪めちゃくちゃはえー」

「……ブラッドって奴だぜ」

 あいつもか。

 

 そして予選が終わり発表の時がきた。

「上位八名を発表します! 予選通過者一人目ゲイザーさん。二人目ブラッドさん。三人目ギギトさん。四人目アンジェリーナさん。五人目アテナさん。六人目マリーさん。七人目ゼットさん。八人目オメガさん。今呼ばれた方々は明日の本選出場決定です! 明日の十時にまたここに集まってください!」

 俺とアテナは無事本選出場を決めた。


 格闘大会本選出場を決めた日の夜、俺とアテナとネネはディーノ城の城下町にある宿屋に泊まっていた。

 宿泊客が多かったので一部屋しかとれなかった俺たちはアテナがベッドで、ネネがソファで、俺が床で寝ることになった。

 夕食を済ませ部屋に戻るとアテナが言葉を発した。

「そういえばマリエルちゃんにここに来ること言ってきた?」

「いや、俺は言ってないぞ。そんな時間なかったし」

「どうするのよっ。マリエルちゃんきっと心配してるわよっ」

 たしかにマリエルさんは今頃俺たちが帰ってこないから不安になっているかもしれない。

 連絡くらいしておくか。

「大丈夫だと思いますよ」

 とネネが言う。

「置き手紙を残してきましたから」

「さっすがネネ。誰かさんとは違うわね」

「はいはい、俺は気が利きませんよ。じゃあ電気消すぞ」

 明日は格闘大会の本選だ。

 俺かアテナが優勝すればトゥーネットさんの期待にも応えられる。

 まあ、なんとかなるだろう。

 ……それにしても床は硬くて冷たいな。

 くそっ隙間風も入ってきてるじゃないか、このオンボロ宿屋め。

 

 翌朝、俺は風邪をひいていた。

「大丈夫ですか?」

 ネネが口元を覆いながら苦笑交じりにきいてくる。

「……ごほっ、正直、大丈夫ではない……」

 悪寒がして体がだるい。

 体調的には最悪のコンディションだ。

 怪我なら魔法で何とかできるが、病気は治せない。

「だらしないわねー。そういえば一年前の旅の途中も風邪ひいたことあったわよね。ゼットって体弱いのねっ」

 ベッドで熟睡していたアテナが晴れやかな表情で俺の顔を覗き込んでくる。

「まあ、ゼットがいなくてもわたしが優勝するから任せときなさいっ」

 アテナは小さい胸をポンと一つ叩くと付け鼻のついた変装用メガネをかけた。

「……ごほっ、俺も出場する……」

 伝説の武具を装備してないアテナでは本当の強敵が出てきたとき勝てるかどうかわからないからな。

「あまり無理しないでくださいね」

「……ああ」

 食欲のわかない俺は少し早いが一足先に昨日指示されたディーノ城の中庭に行くことにした。

 城下町の宿屋から中庭までは歩いて十五分くらいだ。

 途中、観客らしき人たちの集団と出くわす。

 まだ本選開催まで一時間以上あるのにすでに試合会場に陣取っている観客の姿もあった。

 試合会場はディーノ城の正面広場に設置されていた。

 俺は試合会場を横目に中庭へと歩を進めた。

 中庭にはマイクを持ったスーツ姿の男性とシスター風の女性、それとムチを持った女性の三人がいた。

 俺を見てスーツ姿の男性が近寄ってくる。

「本選出場者のゼットさんですね。私は今日の大会の審判を務めますムッソリーニです。マリーさんとアンジェリーナさんはすでにいらしてますのでこれで三人ですね」

「いや、五人だぜ」

 俺の背後に昨日目立っていた大柄な男と金髪男が立っていた。

「おやいつの間に、え~とゲイザーさんとブラッドさんですね。失礼しました」

 ブラッドと呼ばれた金髪男が話しかけてくる。

「昨日の変なメガネかけた女の子、一緒じゃないわけ? やっぱり落ちちゃった?」

「……いやあいつは、ごほっ、アテナは受かってるよ……」

「へ~アテナちゃんていうのか、変なメガネしてたけど多分美人だよな~。っていうかあんた大丈夫? ちょー具合悪そうだけど」

「……ああ、なんとかな」

「棄権すべきだ」

 ゲイザーと呼ばれた大柄な男が口を開いた。

「おれは相手が誰であろうと手加減するつもりはない。女子供でも病人でもだ」

「……ごほっ、忠告感謝するよ。だが手加減してもらおうなんて思ってないから……」

「そうか」

 ゲイザーはそう言うと建物の方へと向かっていった。

 ブラッドは「じゃね~」と手をひらひらさせゲイザーのあとをついていく。

「……ふぅ、多分あの二人も紋章持ちだな。ごほっ……」

 魔王討伐の旅の途中で立ち寄ったってところか。

 

 しばらくするとアテナやほかの出場者も集まってきた。

 ムッソリーニ審判がマイクを握る。

「本選はトーナメント形式で行いたいと思います。予選順位を考慮して第一試合はゲイザーさん対オメガさん。第二試合はアンジェリーナさん対アテナさん。第三試合はギギトさん対マリーさん。第四試合はブラッドさん対ゼットさんです」

 順調に勝ち進めばアテナとは決勝で当たることになるのか。

「試合開始まであと五分です。みなさん張り切っていきましょう」

 俺たち八人はムッソリーニ審判に試合会場の控え室へと案内された。

 控室でアテナが怪訝そうな目で俺を見てくる。

「ゼット、あんたほんとに出る気なの? まあ止めはしないけどね。あっそうだ、ネネはもう来てるみたいだから無様なところは見せらんないわよ」

「……ああ任せごほっ、任せとけ……」

「ようゼット、仮病かおい。オレと当たるまで負けんじゃねえぞ。いいか」

 ギギトが馴れ馴れしく背中を小突いてきた。

 そしてそれだけ言うと高笑いしながら試合の見える位置まで行ってしまった。

「誰あれ? 知り合い? 変な奴」

 向こうもそう思ってるだろうさ。

 すると試合会場からムッソリーニ審判のかけ声が聞こえてきた。

「それでは第一試合始めっ!」

「やばっ、もう始まっちゃった」

 アテナが走り出したので俺もあとに続いた。

 試合会場に着くと観客は静まり返っていた。

 場外にはオメガが倒れている。

「し、勝者ゲイザーさん!」

 アナウンスが静寂の中響き渡る。

 そして一拍の間をおいて大歓声が巻き起こる。

「なんだったんだ今の!」

「今大会はすげえぞ」

「やっぱり優勝候補はゲイザーだな」

 観客が口々に騒ぎ出す。

 アテナが近くにいたギギトをつかまえて、

「ねえ、何があったの?」

「開始早々一歩も動かずに相手を倒しちまったのさ」

 一歩も動かずに?

「あんたもし勝ったら次はあいつとだろ、用心した方がいいぜ」

 一体ゲイザーは何をしたのだろう。

 勝ったゲイザーが横を通り過ぎて控え室に戻っていく。

 入れ替わりにアンジェリーナが会場入りする。

「ふーん、楽しくなってきたわ。ゼットそこで見てなさい、わたしも秒殺してくるわ」

 いや殺しちゃ駄目だろ。

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