第5話
夜の繁華街は昼のそれとはまた違う賑わいをみせていた。
ガラの悪い男たちや露出度の高い恰好をした女性、紋章持ちと思われる剣や杖を持った一団など怪しい空気感が漂っている。
ピンク色や紫色のネオンが怪しさにさらに拍車をかけていた。
マリエルさんと来たらまた面倒ごとに巻き込まれそうな雰囲気だなぁ。
俺は持ち帰りオーケーの肉串の屋台に顔を覗かせた。
おすすめと書かれた張り紙があった。
ええと――
「おすすめの串を六本適当にみつくろってください」
「あいよっ!」
大将の元気な声が夜の街に響き渡る。
「はい、お待ちっ! 銅貨六枚ね!」
俺は金を払うと肉串の入った紙袋を受け取った。
ぎゅるるる~。
マリエルさんじゃないが俺も腹が減っていた。……一本だけ食べながら帰るか。
俺は肉と野菜が交互に刺さった串を取ると口に運んだ。
「ん、うまい!」
すきっ腹にこたえる肉の重量感。これは止まらないぞ。
黙々と食べ続け二本目に手を出そうか迷っていると女性が男二人に声をかけられ戸惑っている姿が視界に入った。
俺は我関せずとその場を通り過ぎようとしながら何気なく女性の顔を確認した。
するとその人はトゥーネットさんだった。
俺の視線にトゥーネットさんも気付く。
まずい、目が合った。これで素通りしたらやっぱりおかしいよなあ。
ええいっ。
「トゥーネットさん、大丈夫ですか?」
勇気を出して声をかけた。
すると、
「あ……ちょっともう、遅いですよっ」
トゥーネットさんは駆け寄ってきた。
そしてその勢いのまま俺の腕に抱きついた。
っ!?
トゥーネットさんの胸が俺の腕に当たっている。神経が腕に集中していく。
俺の心臓の鼓動の高鳴りを知ってか知らずかトゥーネットさんはなおも親しげにスキンシップをはかってくる。
その様子を見た男たちは「なんだ彼氏いたのか」とあっさり引き下がっていった。
男たちを見送るとトゥーネットさんは俺から飛び退いて頭を下げた。
「突然すみませんでした。道に迷ってしまっていつの間にかこんなところに……見知った顔を見てとっさに待ち合わせのふりをしてしまいました。すみません」
「はぁ、まだドキドキしてます」と胸を押さえるトゥーネットさん。
多分俺の方がドキドキしてますよとは言えない。
俺は平静を装い、
「道に迷ったってどこに行こうとしてたんですか?」
トゥーネットさんはどこかマリエルさんと似た危なっかしさを感じる。
夜一人で出歩かせない方がいい気がした。
「なんなら一緒にいきましょうか?」
「あの、メネットに聞いて皆さんの宿泊している宿屋に行こうとしていたんです。昼間は慌ただしかったので改めてお礼をと思いまして」
ああ、なんていい人なんだ。
この人はこういう人なんだな。爪の垢を煎じてアテナに一気飲みさせてやりたい。
「……それと失礼ながらみなさんの素性を聞いてしまいまして、ちょっと相談事が」
あれ? 話が面倒な方向に進もうとしてないかこれ。
「素性っていうのはもしかして……」
「はい。みなさんが魔王を倒した勇者パーティーの方々だということです」
周りに聞こえないように小声で話すトゥーネットさん。
メネットが話したのか。
もちろんトゥーネットさんにそんな気は全くないのだろうが、俺たちの正体を盾に何かしてもらおうとしているとアテナが思ったらあいつは暴れ出しかねない。
ただでさえメネットにだまされて機嫌が悪いのだから。
「その相談事って俺でなんとかなりますか? とりあえず話してみてください」
「すみません、あなたを疑っているわけではないのですがやはり勇者さまに直接おねがいした方がいいんじゃないかと……」
魔王を倒したのが俺ではなくアテナだと世に知らしめておいた弊害か。仕方ない。
「ちょっと空を見ていてください」
俺はトゥーネットさんにそう言うと右の手のひらに魔力を集めた。
夜空には星がちらほら輝いている。
「閃光炸裂魔法」
俺は小さく唱えた。
すると手のひらから光の玉が空高く舞い上がっていきそして轟音とともにはじけるとまばゆい閃光があたりを照らした。
「うおっびっくりした!? なんだどうしたっ!?」
「まぶしいっ!」
「なんなんだ、あの光は!?」
要はただの花火だがそれを知らないこの世界の人たちがざわめき立つ。
トゥーネットさんも口をぽっかり開けている。驚いてもらえているようだ。
「今の魔法は威力的には大したことありませんが、もっと強力な魔法も使えますよ」
「……すごいです。私ギルドで働いているので紋章持ちの方にお会いする機会は多いのですけれど、こんな魔法を見たのは初めてです」
「じゃあ話してもらえますか?」
「はい。あの……」
俺を見て言葉に詰まるトゥーネットさん。
「あ、俺は賢者のゼットです」
「あのゼットさん。付き合っていただけませんか?」
「え、つ、付き合うって……どういう?」
「私、ギルドで主に遺跡調査の案件を担当しているのですがここ最近立て続けに失敗している依頼がありまして、ぜひそれを解決してもらえたらと。もちろん私も同行しますので私に付き合ってもらえないでしょうか?」
「あー……そういうことですか」
まぎらわしい言い方をしないでもらいたい。先走って恥をかくところだった。
トゥーネットさんはしっかりしているようだがどこか抜けているのかもしれない。
やはりマリエルさんとどことなく似ている気がする。
……ってしまった!
そういえばマリエルさんは今頃お腹をすかせて俺の帰りを待っているはずだった。すっかり忘れていた。
俺も人のこと言えないな。
「トゥーネットさん、話はまた明日でいいですか? 俺明日ギルドに行きますから」
「はい! お待ちしています」
トゥーネットさんと別れると俺は急いで宿屋に戻った。
マリエルさんがいるであろう俺の部屋を開けると、
「すぅ……すぅ……」
マリエルさんは俺のベッドで寝ていた。
相当お腹をすかせていたのだろう、シーツをはむはむと寝ぼけながら噛みしめている。
悪いことをしたな。明日謝ろう。
俺は自分の分の肉串を二本食べてからソファで眠りについた。
ちなみに翌朝マリエルさんがいないことを同部屋のネネがアテナに報告し勘違いしたアテナが俺の部屋に怒鳴り込んで来たのだが、そんなことも時が経てばいい思い出になるのだろうか。
一人朝食を済ませると俺はギルドへと向かった。
宿屋を出る際アテナが「あんたは魔物狩りよっ」と言っていたが今日ばかりは無視してやった。
俺がマリエルさんに何かしたと勘違いしたアテナに殴られた頬がまだ痛い。
さすがに寝ているときは身体強化魔法はかけていないからな。
ギルドには大勢の人がいた。朝から自分たちに見合った依頼を探す人であふれている。
そんな中を俺は当然のように気付かれることもなく進んでいく。
カウンターの女性にトゥーネットさんを呼んでもらうとしばらくして奥の部屋からトゥーネットさんが現れた。制服をびしっと着こなしている。
「おはようございます、ゼットさん。来てくださったのですね」
「おはようございます」
「ここではあれですからこちらにどうぞ」
と奥の部屋に通される。
そこには机がいくつもあり女性たちが事務仕事をしていた。
パーテーションで仕切られた一画に案内された俺は「今お茶を持ってきますから座って待っていてください」とトゥーネットさんに言われるまま椅子に座って待っている。
すると、
「お待たせしました」
とトゥーネットさんがお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。
そして席に着くと、
「さっそく本題に入ってもよろしいですか? 実は……」
語りだした。
トゥーネットさんの話によると最近シーツーの町のずっと南の森で発見された遺跡の調査を行ってもらいたいということだった。
遺跡の中は魔物やトラップが沢山あって歴戦の冒険者でも歯が立たないらしい。
そこで魔王を倒した勇者パーティーに白羽の矢を立てたというわけだった。
「報酬は金貨八十枚です。あっそれから昨日も言いましたが私も同行しますね。歴史的に貴重なものが出てくるかもしれませんから」
「いいですけど、けっこう危険なんですよね大丈夫ですか?」
正直一人の方が気楽なのだが。
するとトゥーネットさんはおもむろに制服をずらし左肩を俺に見せた。
「大丈夫です、私も紋章持ちですから」
トゥーネットさんの肩には丸い形の紋章があった。
そして人差し指を口に持っていき一言「これ内緒ですよ」と。
トゥーネットさんは行動が早かった。
上司の男性となにやら話した後遺跡に同行する許可がもらえなかったらしくそれならと早退届けを提出した。
そしてギルドの外に出ると「ではさっそく向かいましょう」と声を震わせながら歩き出した。
トゥーネットさん曰く、遺跡調査というのは本来何人かのグループで行うのだという。
魔物が出たときの攻撃役と回復役、トラップ対策要員、遺跡に造詣が深い者などがパーティーを組んで調査に入る。
その点今回は二人きり。
しかも高難易度の遺跡ということもあってトゥーネットさんはかなり緊張しているようだった。
「訊いていいですか? なんでそんなに今回の遺跡調査に熱心なんですか?」
「まだ誰も入っていない遺跡には歴史的に価値のある文献や未知のアイテムが眠っている場合があります。だからお金目当てで盗掘に入る者も少なくないんです」
そう言うとトゥーネットさんは少し押し黙ってそれからゆっくりと口を開いた。
「……遺跡のアイテムの中には死者を蘇らせることが出来るものもあると聞いたことがあります。私の両親は十年前、私が十五歳のときに事故で亡くなりました。それからはメネットと二人で暮らしてきました。残念なことにメネットは両親の顔を覚えていません。ですからもしこの遺跡にそういったアイテムがあったら、と少し期待しています」
そして、
「すみません。私情を挟んでしまって」
と付け加えた。
「いえ、そういうわけだったんですね」
より危険度の高い遺跡なら中にあるアイテムにも期待が持てるということか。
そうこうしているうちに遺跡に到着した。
遺跡は地下にあるようで地下へと続く石階段が遺跡の入り口だ。中は真っ暗だった。
入り口付近にはたき火などの野営をした跡があった。
ここを前に訪れた冒険者のものかそれとも先客がいるのか。
俺は人差し指に魔力を集中させると小さな火の玉を作り出した。
「たいまつがわりです。行きましょうか」
俺が階段を照らしながら先頭を歩く。トゥーネットさんがあとに続いた。
十段ほど下りると四方をレンガの壁に囲まれた広間に出た。
「何もないですね」
「多分どこかに仕掛けがあると思うんですけれど……」
トゥーネットさんが壁を叩き始めた。
俺もそれに倣って壁を叩いてみる。
ドンドン。ドンドン。トントン。
わずかだが音の違いが。
「? トゥーネットさん、ちょっとこっちに来てください」
俺は怪しい部分の壁をトゥーネットさんにも確認してもらう。
すると、
「間違いないです。この先が空洞になっているはずです。きっとスイッチか何か……」
と付近をくまなく探すトゥーネットさん。
いっそのこと、ここの壁を破壊したらいいんじゃないかと考えていると、
「あった! ありました。これだと思います、押しますよ」
レンガの一つが動きそうだった。
トゥーネットさんが力いっぱいレンガを奥に押し込む。と。
ドゴゴゴゴゴ…………ズズン!
壁の一部が九十度回転して止まった。
奥へと続く道が出来る。
俺たちは道なりに進んでいった。
まっすぐ歩いていくと小部屋がありそこで行き止まりになる。
そしてそこには左から大中小三つの宝箱が並んでいた。
「見るからに怪しいですね」
アテナが見たら真っ先に飛びつきそうなくらい荘厳な宝飾の施された宝箱だった。
いかにも誘われている感じがする。
「何かトラップが仕掛けられているかも……」
「だったら俺に任せてください」
俺は生物探知魔法を使った。
宙に遺跡内部の地図が映し出される。
さらに宝箱のある位置に黒い点が重なって浮かび上がった。
「真ん中と左の宝箱の中には魔物が潜んでいます。右の宝箱から別の通路が続いているはずです」
「すごい、そんなことまでわかるんですか!?」
「初めから使えばよかったですね、すいません」
「やっぱり同じ紋章持ちでも私とは全然違いますね。私なんて人よりちょっと力が強いくらいで他には何も……」
とトゥーネットさんは謙遜してみせた。
紋章持ちでも天から与えられる能力は様々。
俺みたいに魔法が使える者もいればアテナのように勇者専用の武具を装備できる者、マリエルさんのように人並外れた怪力を持つ者、ネネのようにあらゆる効果を持つ歌を歌える者もいる。
逆にトゥーネットさんのように申し訳程度の能力の者もいる。
だが紋章が浮き出ると皆一様に魔王討伐の任が課せられてしまう。
だから紋章を隠す人間は後を絶たない。
俺は右の宝箱を開けた。
中は空っぽで宝箱の底が抜けている。
そして地中にはぽっかりと穴が空いていた。
「えっ!? ここに落ちろってこと!?」
トゥーネットさんが不安がる。
「大丈夫ですよ」
俺は浮遊魔法を唱えた。
俺とトゥーネットさんの体が浮かび上がる。
「きゃっ!?」
「ゆっくり下りていきますからね」
俺たち二人は宙に浮いたまま宝箱の中の穴を下りていく。
思っていたより深い。
穴の直径は下に行くほど狭くなっていき、人一人がやっと通れるくらいの広さしかなくなっていった。
「あれ見てくださいっ!」
トゥーネットさんが大声を上げた。
下を見ると地面から無数の刃が突き出ていた。
もし穴に飛び込んでいたら命はなかっただろう。
俺は降下するのを止めあたりを見回した。
「道を間違えたんですかね?」
「そんなことはないと思うんですけど」
トゥーネットさんも懸命になって抜け道を探すがそれらしいものは見つからない。
俺の生物探知魔法によって現れた地図にも特に何も映っていない。
どうやらこの遺跡はこれだけのようだ。
俺たち二人は宙に浮かんだまま途方に暮れる。
「一旦上に戻りますか?」
「そうですね、おねがいします」
宝箱のある小部屋に舞い戻った。
となるとあと俺たちに出来ることは宝箱を開けるくらいだが。
俺とトゥーネットさんは目を見合わせる。
「開けてみますか?」
「そうしましょう」
地図に黒い点が浮かび上がっている以上魔物が出てくるのはまちがいないのだが俺は真ん中の宝箱を開けた。
すると、
『ギギィィィ!』
と人型の魔物が飛び出てきた。
手にはナイフを持っている。
「ゴブリンですっ! 気を付けてくださいっ!」
トゥーネットさんが叫ぶ。
ゴブリンか。
話には聞いたことがあるが実物を見るのは初めてだ。
醜悪な面してやがる。
『ギエィ!』
ゴブリンはナイフで何度も切りかかってくる。
俺はそれをなんなくかわすとゴブリンの腹に手をかざした。
そして魔法で手のひらにバチバチッと電気を発生させるとそれを電撃にしてゴブリンにお見舞いした。
瞬間――
『ギギャギャァァァァァ!!』
ゴブリンは黒焦げになって絶命した。
肉の焦げた臭いが部屋に充満する。
「本当に宝箱の中に魔物が潜んでいたんですね」
と鼻と口を手で覆いながら喋るトゥーネットさん。
そして宝箱の中をおそるおそる確認した。
「ゼットさん、空っぽです」
トゥーネットさんはこっちを見て首を横に振る。
もとから空だったのか誰かが持って行った後なのか、真ん中の宝箱の中には何も入っていなかった。
残るは左の大きな宝箱。
「どうします、開けますか?」
トゥーネットさんは少し悩むと、
「ここまで来たんですもの開けてください。それにゼットさんがいるなら安心です」
俺に向かって真剣な顔を見せた。
「じゃあ開けます…………っ!?」
左の宝箱を開けた途端、中から煙がもくもくと上がった。
煙幕のようにあたりが煙に包まれる。
すると、
『……欲深い人間よ、今すぐ立ち去れ。さもなくば命はないと思え』
地鳴りのような声が部屋中に響きわたる。
そして煙の中から声の主が姿を現した。
人間と牛が合わさったような見上げるほど大きな魔物がそこにいた。
俺は振り返りトゥーネットさんを見やるが震えて言葉が出ないようだった。
能力識別魔法で相手を確認する。
魔物の名前はミノタウロス。遺跡やダンジョンなどの番人だ。
弱点は……ない。