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第2話

「おっそーい!」

 よろず屋に入ると開口一番アテナが言い放った。

 俺の姿を見てよく言えるな。

 俺はアテナさんとアテナさんの武器である重装備の斧をここまで運んできて息が上がっていた。

「二人が遅いからわたしたちはもう済ませちゃったわよ」

「済ませたって何を……ってあれおまえら装備品はどうしたんだ?」

 アテナとネネはさっきまで装備していた鎧や剣、ローブやムチなどを身に着けておらず普通の町民のような恰好をしていた。

 洋服姿のアテナとネネは、

「売ったわよ。それでこの恰好に着替えたってわけ」

「ゼットさんどうですか? 似合っていますか?」

 着ている服をひらひらさせてみせた。

 二人の洋服姿は悔しいかなとてもよく似合っていた。

 マリエルさんはもちろんアテナもネネもみてくれはいい。ただちょっと中身が崩壊しているだけなのだ。

「なんでそんなことをしたんだ」

 口が裂けても似合っているとは言いたくない俺はネネの質問はスルーした。

「あのねー、ゼットはともかくわたしたちは思いっきり面が割れてるでしょ。だから目立たないように変装する必要があるわけよ」

 物分かりの悪いやつねと言わんばかりの態度で説明するアテナ。

 それで説明は終わった。

「いや、だからなんで変装なんてするんだよ」

「魔王が何か動きを見せるまでわたしたちはしばらく様子を見るのよ。それである程度ピンチになったら駆けつけるわけ。どう?」

 どうって……。

「そうすればわたしたちのありがたみがわかるでしょ」

「素晴らしいです、アテナさん」

 ネネが拍手をする。

 また余計なことを。

 アテナは伊達メガネをかけると、

「これで変装は完璧よ」

 と言い放った。

 ネネも帽子をまぶかに被り「ボクも完璧です」とアテナに倣う。

「はぁ……もう好きにしてくれ」

「れっろふ~ん……ありあろ~……むにゃむにゃ」

 俺の力ないつぶやきに背中のマリエルさんが寝言で応えた。


「ほんっとうにごめんなさい!」

 次の日朝一番でマリエルさんに謝られた。

 結局昨日はマリエルさんが我に返ることはなく俺たちは宿屋で一晩を明かした。

 いつから待っていたのだろうか。

 俺が宿屋の一室を出たところでマリエルさんは沈んだ表情でちょこんと正座していたのだ。

「昨日の記憶が全然なくて、アテナさんたちに昨日のこと聞いたの」

 マリエルさんは手をもじもじさせながら小さな声で喋る。

「そしたらその……ゼットくんにすごく迷惑かけちゃったみたいで、恥ずかしいです。ごめんなさい」

「いえ気にしないでください。そういうこともありますよ」

「ありがとう、ゼットくん」

「ところでその服似合ってますね」

 マリエルさんは昨日までの装いとはうってかわって地味目のスカートをはいている。もとがいいからお人形さんみたいだ。

「ほんと? ありがとう~。アテナさんたちが昨日買っておいてくれたみたいなの」

 途端にマリエルさんはパアッと表情が明るくなる。

 やはりマリエルさんは笑顔じゃないとな。

「でも斧も売っちゃったみたいだからこれからどうやって戦えばいいんだろう」

「そんなの素手でどうにかしなさいっ」

 どこからわいて出たのかアテナが仁王立ちで腕組みしている。

「素手って、アテナさん。わたし一応戦士ですけど……?」

 困り顔のマリエルさん。

「いいのいいの、いざとなればゼットがいるんだし当分戦う機会はないはずだから」

 と戦闘を俺に丸投げするつもりのアテナ。

 しゃくだから文句の一つでも言ってやるか。……と思ったがやめた。

 なぜならアテナの奴がマリエルさんには見えない角度で口を動かしたからだ。

「しゃ・し・ん」

 と。

 例の写真のことを言っているに違いない。

 だがそんなことなど微塵も気付いていない様子のマリエルさんは、

「ゼットくん、わたし素手でもがんばるからねっ」

「えいっ」とボクシングのシャドーのような動きをしてみせた。

 なんだこの可愛らしい生き物は。

 俺がマリエルさんのためなら戦おうと心に決めたときネネが姿を見せた。

「マリエルさん張り切ってますね」

「あ、ネネさん、えへへ」

「それでネネどうだった? 上手くいった?」

「バッチリです。もうボクらはこの町を昨日の内に出たことになってますよ」

 手でオーケーサインをつくるネネ。手がでかいからオーケーサインもでかい。

 この二人のことだ、きっと昨日の内になにかしらの裏工作をしていたのだろう。

 その間に挟まれてぽかーんとしているマリエルさん。あなたはこの二人のようにはならないでくださいね。

「アテナ、いい加減俺たちにもわかるように説明してくれないか。俺たちはこれから一体何をするんだ?」

「何もしないわ。昨日も言った通り、世間がまた勇者の出現を心の底から熱望するまで傍観者を決めこむわよ」

 マジかこいつ……。

「だから目立たないような恰好に着替えたんじゃない」

 あんたバカなのと言いたげな口ぶりで話すアテナ。

 俺はこいつを買いかぶっていた。

 魔王を倒したことで勇者としての自覚が少しは芽生えたかと思っていたのだが、こいつは一年前と何も変わっちゃいなかったわけだ。

「素晴らしいアイデアです。これならアテナさんを崇拝する人たちがさらに増えますよ」

 そしてこのノッポも一年前と何ら変わっちゃいない。

 もうこのパーティーの良心は俺とマリエルさんだけだ。ねえマリエルさん。

 俺はマリエルさんを見やった。が、

「??」

 何も理解しちゃいなかった。

 そうだった。この人は見た目と性格はいいがオツムが劇的に弱かったんだ。

 今自分がビキニアーマーではなく洋服を着ていることも理由なんざわかっちゃいない。どうせアテナに薦められたから着ているにすぎないんだ。

「さ、というわけで今日は自由行動にするわ。でもくれぐれも目立つ行動は控えること。明日のことはまた明日考えましょ」

 アテナはぱん、と手を打ち鳴らし「解散!」と言うなり宿屋を出ていった。

「ではボクも」とネネもアテナのあとに続く。

 あの二人が目立たないようにすることなんて出来るのか?

 好奇心旺盛なアテナと大女のネネ、多分無理だろ。

 まあいいさ俺には関係のないことだ。

 せっかく一日あいつらと離れて自由になれるんだ、せいぜい満喫させてもらうさ。

 さて何をしてやろうかと頭の中に選択肢を浮かばせていると、マリエルさんがこれから捨てられる飼い犬のような目で俺を見上げていた。目が合うこと数秒。

 ……。

「……一緒に行きますか?」

「はいっ!」

 マリエルさんは元気いっぱいに答えたのだった。


 すれ違う人たちが振り返りマリエルさんを見ている。

 だがこれは勇者パーティーの一員だとバレているわけではなく、単純に美少女だからだ。

「あのぅ、みなさんがわたしを見ているような気がするんだけど気のせいかな?」

 マリエルさんが上目遣いで俺を見る。

 戦士のときのマリエルさんはビキニアーマー姿の印象が強すぎるせいかあまり顔に注目が行かない。いつも目立つ奴らと一緒だしな。

 だが今は町の人と同じような恰好をしているから元来の清楚な顔立ちが際立っている。

 通り過ぎた人たちが二度見する気持ちもよくわかる。

「それはあなたが可愛いからですよ」と本当のことを言ったらどんな反応をするのだろうと一瞬思い悩むが、

「気のせいです」

 と返しておいた。俺はことなかれ主義なのだ。

「そうだよね。よく考えるといつもと同じな気もするし」

 マリエルさんは納得した。

 この世界に明確な季節というものはないが、日本でいえばちょうど春くらいの気温だろうか。ポカポカして暖かい。

 桜のような見た目の花がきれいに咲いている。一見すると桜並木道のような小道を二人並んで歩いた。横には小川が流れている。

 平和だ。あの二人がいないとこうも平穏な日常が送れるのか。

 俺は村のことを思い出した。

 両親は今何をしているだろうか。本当に心配はしていないだろうか。

 レオが今の俺とマリエルさんの様子を見たら羨ましがるだろうか。

 俺が物思いにふけっているとマリエルさんが口を開いた。

「ねぇ、ゼットくん……」

「あっ、すいません、退屈でした?」

 朝の空気が気持ちよくてついついいい気分に浸っていた。

「あ、ううん。そうじゃないの。わたしも朝の空気好きだから……」

 と言うとまた黙ってしまう。

 そして、しばらく歩くとマリエルさんは意を決したように立ち止まってこっちを見た。俺も立ち止まる。

「……今から変なこと訊いてもいい?」

「は? ええ、別にいいですけど」

「……ゼットくんて好きな人いる?」

 予想外の質問だった。マリエルさんが恋バナをするとは。

 というかうちのパーティーの連中はこぞって浮いた話などないししない。

 鏡を持っていたなら豆鉄砲をくらった鳩のような自分の顔が拝めたことだろう。

 俺が返事をしないでいるのをどう捉えたのか、マリエルさんは顔を赤くして、

「あ、えっと、そういうことじゃなくてね、違うの……って違わないんだけど、え~と……」

 わかりやすく動揺した。

「だからつまりね、わたしのお母さんがお見合いを勧めてきたの。ほらわたしもうすぐ十八になるでしょ、だから。でもねわたし誰かを好きになるってまだよくわからないし、ましてや結婚だなんて……」

「そういうことですか」

 なんだ、無駄にびっくりしてしまった。

 この世界ではいいとこのお嬢さんは早いうちに結婚することが多い。昔の政略結婚に近いのかもしれない。

「どう……思う?」

 って聞かれてもなあ。

 俺は前の世界でもこの世界でも彼女がいたことすらないからなあ。……結婚かあ。

 俺に相談するのは間違っている気がするが。

 よくわからないですけどと前置きして、

「結婚は好きな人とした方がいいんじゃないですか」

 と恥ずかしいことを口に出した。

「そうだよね。でもお母さんがすごくしつこくて……」

 この話まだ続くのかな。

 実は俺は恋バナってやつが大嫌いなんだ。自分にはこれまでの人生で縁のなかった話だからだ。

「一度会ってみたらどうですか? それで嫌ならもう会わなければいいだけですし」

 ちょっと投げやりな答えになってしまったかな。

 早くこの話を切り上げたいという気持ちが先行する。

「……もう会ってはいるの」

 とまたも予想外の答え。

 だったら何を悩む必要があるのだろう。

 するとマリエルさんが人差し指を俺の方に向けて、

「お見合いの相手、ゼットくんなの」

 へっ!? これまた予想外な。

 う~ん。これはレオが聞いたら発狂するかもな。にしてもどういうことだ?

「ほら、ゼットくんて勇者パーティーの一員だからわたしのお母さんが今のうちにきせい……じじつ? っていうのつくっておきなさいって……えへへ、やっぱり困っちゃうよね急にこんなこと言われても」

 俺が固まっている間も話し続けるマリエルさん。

「やっぱり忘れて! 今のなし。わたしも忘れるから」

 と言って俺の頭と自分の頭をこつん、こつんと叩くマリエルさん。

「うわ~、もう忘れちゃった~。あれ、わたしたち何話してたんだっけゼットくん。えへへ~」

 と小学校低学年みたいなことを大マジでやる十七才のマリエルさん。

 これは可愛いのか可愛くないのか、判断に困る行動に出たな。

 まあどちらにしてもマリエルさんの大胆さに免じてここでの出来事は忘れることにしよう。

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