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第14話

 昼食を済ませ宿屋の自室に戻るとアテナとネネがなにやら話し込んでいた。

 なぜ俺の部屋にと疑問をぶつけようとしたが俺の姿を見るなり、

「おっそい、どこ行ってたのよ!」

 とアテナが声を荒らげる。

 お前が金稼げと言ったからそうしてたんだろうが。

「ネネはとっくに帰ってきてたわよっ」

 言われたネネは微笑を浮かべた。

「まあいいわ、それよりネネにも言ったんだけど宿屋に毎日お金払ってるのってなんか馬鹿らしくなってきたのよね。だからいっそ一軒家を買おうと思って」

 また突飛なことを言い出した。

 昨日は金がないと言い、今日は家を買うと言う。

「そんな金どこにあるんだよ」

「ふっふーん、わたしが何も考えずにこんなこと言ってると思うの?」

 思うね。

「ネネも何か言ってやれよ」

「ボクはアテナさんに賛成ですよ」

 にこやかに何言ってやがるんだ。

「まあ一度アテナさんの話を聞いてみてください、そうすればゼットさんの気も変わるとおもいますから」

「そうよっ、まずはこれを見なさいっ」

 そう言ってアテナが俺の目の前に突き出してきたのは一枚の不動産広告だった。

 そこに載っていたのはシーツーの町の郊外にある二階建ての一軒家。

 築十五年で販売価格が金貨五枚。

 契約後返金不可、また契約解除の場合違約金有りと書いてある。

「ねっ金貨五枚で家が手に入るのよ、掘り出し物でしょっ」

 目をキラキラさせてぐっと顔を近づけてくるアテナ。

「家が金貨五枚っておかしいだろ普通に考えて」

「だから掘り出し物なんじゃないっ」

「うさんくさいな。事故物件とかなんじゃないのか?」

「うるさいわね、とにかくもう契約してきたから今更何言ったって遅いわよ」

 は? 今なんて言った? 契約してきた?

「お前っ、なんで勝手なことしてるんだよ。契約解除の場合違約金有りって書いてあるじゃないか」 

「解除なんてしないんだから問題ないわっ」

 俺の異論などどこ吹く風のアテナはほくほく顔。

 本気でいい物件が見つかったと思っているらしい。馬鹿なのかこいつは。

「おいネネ、いいのかおまえは? これ絶対あやしいだろ」

「ふふっ、楽しそうじゃないですか」

 ネネは笑みを浮かべ引っ越し前のマナーとでもいうように部屋の掃除を始め出した。

 ダメだこいつも。

 ネネの場合はあやしいとわかっているはずなのに俺の反応を見て楽しんでいるからなおタチが悪い。

「じゃあマリエルちゃんが戻ったらみんなでわたしたちの家に行くわよっ!」

 アテナはそう高らかに宣言した。


「えっ? どういうことですか? 家を買ったんですか? アテナさんが?」

 マリエルさんは大きな目を真ん丸にして疑問を口に出す。当然の反応だ。

 夕方パン屋から帰ってきたマリエルさんを強引に椅子に座らせるとアテナが一連の話を聞かせた。

「そうっ。だからこれからわたしたちの家に行くから、はいこれ持って」

 マリエルさんの服が入りきらず飛び出たカバンを彼女の目の前に突き出すアテナ。

「あ、わたしの荷物ですか? ありがとうございます~」

 順応するのが早いのか、理解しきれていないのか、マリエルさんはカバンを受け取るとすっくと立ちあがり新居に向かおうとするアテナとネネのあとに続く。

「可愛いおうちだといいなぁ~」と販売価格金貨五枚の家に夢を見ている。

 マリエルさん、あなたもそっち側の人間ですか。

 もしかしたら烈火のごとく怒りだし反対してくれるかもなんてあり得ない矮小な期待もはかなく消えた俺は三人の後ろを重い足取りでついていった。

 

 新居に到着するとアテナが開口一番、

「大当たりだわっ!」

 家をろくすっぽ下見もせずに買うからそんな言葉が飛び出てくるのだろう。

 だがまあ、たしかに中に入って確認したところ当たりか外れかで言えばその新居は当たりだった。

 町から少し離れているとはいえ日当たり抜群で広い庭もついている。

 部屋数は十二あり、二階建てにしてはかなり大きい部類に入る家だった。

「ねっ契約してきて大正解だったでしょ。うかうかしてたら誰かに先を越されるところだったわよ」

 自慢気に腰に手を当てる。

「ええ、アテナさんのファインプレーですね」

「アテナさんすごいです~」

 ネネとマリエルさんが褒めちぎるが俺はそう楽観視は出来ない。

 今にも崩れそうなボロ家でも建ってくれていた方が騙されたんだなとまだ納得がいった。

 しかしこの物件はどう考えても金貨五枚で買える代物ではなく俺たちには到底手が届くものではない。

 だからこそ何かあるという疑念が払拭出来ないのだ。

「ゼット、なに渋い顔してるのよ。さっそく部屋割りするわよ、わたしは二階の一番大きい部屋もらうからねっ」

 アテナたちは女子会よろしくああでもないこうでもないと俺そっちのけで話し合いどの部屋を何に使うかを決めていった。

 結果、二階にある五部屋のうち二部屋をアテナが使い、残りをマリエルさんの部屋とネネの部屋、もう一つをゲストルームにすることになった。

 キッチンなどの生活に必要な部屋は一階にあり俺の部屋も一階の一番奥の部屋ということに決まった。

「お腹もすいたしごはんにしましょ」

 アテナが手をパンと鳴らす。

「じゃあわたし何か作ります~」

「ではボクが食材を買ってきましょうか」

「おねがいネネ。ゼットも一緒に行ってちょうだい」

「わかったよ」

 俺とネネは買い出しに行くことになった。

 その道すがら、

「おいネネ、おまえだってあの家が金貨五枚で買えるなんておかしいって思ってるんだろ」

 訊くとネネはにっこりと笑いそれから少し真面目な顔をして、

「そうですね、何かあるとは思っています。でもそれ以上に四人で住める家があるということがボクは嬉しいんです。ボクには家族がいませんでしたから」

 ネネは語りだした。

「ボクは赤ん坊の頃親に売られました。紋章持ちの人間を高く買い取って育成する組織があったんです。ボクはそこで十二才まで育てられました。あ、もう今はありませんよボクが潰しましたから。それからは一人で生きてきましたが、あの日あなたたちに出会いました。初めアテナさんはなんて強引な人なんだろうと思いましたよ、でも同時にボクを必要としてくれている、そうも思ったんです。あなたたちと一緒に旅をするようになってボクに居場所が出来ました」

 ネネは続ける。

「一年前魔王を倒してアテナさんが大喜びしていたときボクはもう旅はこれで終わりなんだと少しだけ寂しい気持ちになっていたんです。だから今回魔王が復活したと聞いたときボクは不謹慎にも喜んでしまいました」

「……なんていうのは冗談ですよ、ふふっ」とネネ。

「本当はあなたが困っている顔が見たいからですよ」

 と言うとネネは帽子をいつもよりさらにまぶかに被り先に行ってしまった。

「冗談、ね……」

 そういえば俺がアテナに魔王討伐の旅に誘われたときも強引だったな、と振り返る。

 あの時はたしかマリエルさんをだしに使われたんだったな。

 今も昔もやり口が汚い奴だ、あいつはまったく。

 

 先を行くネネに追いつき客のまばらな食料品店で買い物を済ませた俺たちは足早に我が家へと帰った。

 待っていたのはマリエルさんの天使のような笑顔とアテナの罵声だった。

「おっそーいっ! 何時間待たせるつもり!? お腹すきすぎて死んじゃうかと思ったわ。なんのためについていったのよゼットの役立たずっ」

 そこまで言うか。

「まあまあアテナさん、わたしが急いで晩ごはん作りますから~」

「すみませんでした、アテナさん。思っていたよりお店が混んでいまして」

 涼しい顔で堂々と嘘をつくネネ。店なんて混んでなかっただろ。

 俺と目が合うとネネは切れ長の目でウインクをした。

 まあたまにはいいか、俺以外に嘘をつくのも。


「お待たせしました~」

 マリエルさんが大急ぎで腕を振るって作ってくれたのは特大のオムライスだった。

「ちょっと張り切りすぎちゃいました~」

 と言って俺たちの前に並べてくれる。

「これはこれは。おいしそうですね」

「えへへ~、ありがとうございますネネさん。どうぞ食べてください」

「ほんとおいしいわ。マリエルちゃんやるわねっ」

 いただきますを言う前にアテナが一足早く食べ始めていた。

「味も量も完璧よマリエルちゃん」

「わ~、うれしいです」

 アテナの言う通りマリエルさんの作った特大オムライスはとても美味しかった。

 二十分ほどで俺もアテナもネネもそしてマリエルさんもご飯粒一つ残さずたいらげた。

 

「あー、お腹いっぱいだわー」

 リビングのソファに寝転がって満足した声を出すアテナ。

 俺たちは夕食のあと家の中で一番大きな部屋であるリビングでくつろいでいた。

「動くの面倒くさいからここで寝ちゃおうかしら」

「ダメですよ~アテナさん。ちゃんとベッドで寝ないと風邪ひきますよ」

「うーん、それもそうね。ゼットみたいになりたくないしねー」

 ふふんと俺を横目で見るアテナ。

 俺はその視線を無視して、

「食器洗ってくる」

 と椅子から立ち上がった。

 するとマリエルさんが「あっ、わたしがしますからいいですよ」とソファから立ち上がろうとする。

「いや、マリエルさんは夕食を作ってくれたんですから洗い物くらい俺がやりますよ」

「え、でも……」

「いいのよマリエルちゃん。ゼットがやりたいって言ってるんだからやらせてあげれば」

 ナマケモノのように全く動こうとしないアテナが言う。

「マリエルさんは明日も朝早いんですから少しくらい休んでいてください」

 俺が部屋を出ようとすると、

「ではボクも。お風呂の用意でもしますね」

 とネネもついてきた。

 廊下の途中でネネが訊いてくる。

「まだこの家のこと気にしていますか?」

「まあな。おまえはどうなんだ」

「ボクも気にしてはいますが仮に何か起こってもゼットさんがいるからおそらく大丈夫でしょう」

「根拠のないことを――」

「ボクはこれでもあなたを信頼しているんですよ」

 相手の目を見ながら恥ずかしいことを平然と言ってのける奴め。

 こっちが恥ずかしくなるじゃないか。

「ああ、そうかい」

 とだけ返して俺はキッチンへと向かった。

 

「ゼット、覗いたら殺すからね」

 皿洗いを終えた俺がリビングに戻ると入れ違いにアテナとマリエルさんとネネが部屋を出る。

 この家の浴室はどこぞの合宿所かというくらい広いのでアテナたち三人は一緒に風呂に入ることにしたらしい。

「大丈夫ですよ~。ゼットくんはそんなことしませんよ。ねっ」

「ふふっ、ボクは別に構いませんが」

「わたしが構うのよっ! わたしたちがお風呂から出るまでこの部屋から一歩も出ちゃダメだからね! いいわねっ!」

 そんなに心配なら鍵をかければいいだろうが。

 俺はおまえとは違って鍵を開ける魔法は使えないんだからな。

 

 風呂場からきゃっきゃと声が聞こえてくる。アテナとマリエルさんの声だ。

 決して聞き耳を立てているわけではなくアテナたちの声がでかいのだ。

 なんとなく落ち着かないな。

 この世界にはテレビも携帯もないからこういうとき手持ち無沙汰になる。

 部屋から出るなって言われてるしな。

「ふあ~あ」

 今日はそれなりに働いたから疲れたな。

 俺はソファに横になるとウトウトし始めた。

 まぶたを閉じると疲れが取れていく気がする。

 もうこのまま寝てしまってもいいか。

 すると話し声が、

「ゼットくんお風呂上りましたよ~……ってあれ? ゼットくん?」

「ゼットさんはお疲れのようですね」

「いいわ、今日くらいは起こさないであげましょ」

 ぼんやりした意識の中でかすかに耳に入ってくる。だがまぶたが重い。

 結局そこで俺の記憶は途切れた。

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