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第11話

 どたどたと階段を上る音がする。

 この感じは多分――

「ゼット! いい加減シーツーの町に帰るわよっ!」

 アテナだ。

 ドアを豪快に開け部屋に入ってくるなり俺の帰り支度をパパッと済ませる。

「あんたのせいで帰れなかったんだからねっ!」

「悪かったよ」

 俺の体調がよくなるまで帰らずに待っていてくれたことには素直に感謝している。

「もう具合はいいのですか?」

 ネネも部屋に入ってくる。

「ああ、もう大丈夫だ」

「そうですか、それはなによりです」

「マリエルちゃんも心配だし、さっさと帰りましょっ」

 帰りの道中、俺は気になっていたことをネネに問いかけてみた。

「おまえたちどこに泊まったんだ? 宿屋の部屋は俺が占領してただろ」

「あーそのことですか。格闘大会が終わってみなさん帰られましたから部屋に空きができたんですよ」

「スペシャルラグジュアリースィートルームとか言ってたわね、たしか」

 なんか値段を聞くのが勇気がいる名前の部屋だな。

 だが俺のせいみたいなところもあるし優勝して金貨百枚も手に入れたことだしよしとするか。

 シーツーの町に着いた俺たちはさっそく依頼の報告をしにギルドに向かった。

 トゥーネットさんがいればいいのだが。

 すると運よくギルドの前でトゥーネットさんと出くわした。

 ちょうど出勤してきたところのようだった。

「おはようございます、トゥーネットさん」

「あら、おはようございます。みなさんお揃いで。あっ聞きましたよ、例の大会ゼットさん優勝されたんですよね、おめでとうございます。やっぱりゼットさんたちにお願いしてよかったです」

 内緒で受けた金等級の依頼なので少しだけ小声になるトゥーネットさん。

「でも大丈夫でしたか、お願いしたわたしが言うのも変ですけど優勝なんてしたら正体がバレてしまったんじゃ……」

「自慢じゃないですけど俺は影が薄いんで大丈夫です」

 本当に自慢できることじゃないな。

「ちょっと、そんなことより依頼ちゃんとやってきたんだから早く報酬ちょうだいよねっ」

「あっそうですね、ではこちらへ」

 トゥーネットさんに促されギルド内へ。

 まだ朝早いせいか人の姿はほとんどない。

「ではトゥーネットさん。こちらがご依頼の超特効薬です」

 ネネがトゥーネットさんに手渡す。

「はい、たしかに。ではこちらが報酬の金貨百枚になります」

「えっそんなもらえるの? ラッキー!」

 優勝賞金と合わせて金貨二百枚だからな、アテナが喜ぶのもわかる。

 トゥーネットさんがネネに金貨の入った麻袋を渡そうとしてアテナがそれを「じゃあもらってくわねっ」と横からかっさらった。

 無作法な奴ですいませんトゥーネットさん。

 目を丸くするトゥーネットさんを尻目にアテナはさっさとギルドを出ていった。

 ネネも一礼して出ていく。

 俺はトゥーネットさんと一言二言言葉を交わすとギルドをあとにした。

「マリエルさんのところにでも顔を出しておくかな」

 置き手紙を残したきりでもう何日も会っていない。きっと心配しているだろう。

 俺はマリエルさんの働くパン屋に足を運んだ。

 するとアテナとネネに抱きつくマリエルさんの姿が窓の外から見えた。

 なんだ、あいつらも来てたのか。

 俺もパン屋の中に入る。

 と、

「あっゼットくんだ~。久しぶり~」

 マリエルさんが駆け寄ってきた。

 エプロン姿も愛らしい。

 俺の両手をきゅっと握るマリエルさん。

「ほんとに心配したんですからね」

「すいません、勝手に何日も留守にして」

「だめです、許しません!」

 え?

「な~んて冗談です。でも次どこかに行くときはわたしも誘ってくださいね。約束ですよ」

 マリエルさんは小指を差し出してきた。

 俺もそれに応え指切りをする。

「わかりました、約束します」

「えへへ~、じゃあお仕事に戻りますね」

 そう言うとマリエルさんはレジに向かっていった。

「さっ帰るわよっ」

「ああ」

「魔王って本当に復活したのかしら?」

 アテナが唐突に言った。

 俺たちはディーノ城から戻ってきて四日、依頼らしい依頼もなく怠惰な毎日を過ごしていた。

 忙しくしているのはマリエルさんくらいだが今日はパン屋は休みなので宿屋に全員集まっている。

「どういうことですか~?」

 リエルさんがベッドに座りながら足をぱたぱたさせている。

「魔物が悪さしたって話も全然聞かないしそういう依頼もないし。本当に魔王が復活したなら何か起こってもよさそうなもんでしょ」

「そう言われればそうですね~」

「アテナさんはせっかくなら魔物が暴れて人々がピンチに陥ったところを救いたいのでしたよね」

「その方がありがたみがあるでしょ。誰も知らないうちに魔王を倒しちゃったらつまらないじゃない」

 いつもながら勇者とは思えない発言をするアテナ。

「そもそも魔王を倒したわたしたちがなんでお金のために働かなきゃならないわけ? マリエルちゃんなんか毎朝五時起きよっ」

「わたしは毎日楽しいですよ~」

「マリエルちゃんは黙ってて。あーなんかだんだん腹が立ってきたわ! ちょっと出かけてくるっ!」

 そう言ってアテナは飛び出していってしまった。

「ご機嫌斜めですね」

 コーヒーを飲みながら見送るネネ。

「あの~わたし何かまずいこと言いましたか?」

 マリエルさんが心配そうに俺に訊いてくる。

 いいえ、マリエルさんは何も悪くありませんよ。

「あいつなら適当に憂さ晴らしして戻ってきますよ」

「そうですか~」

「それはそうとゼットさん、ちょっと頼みごとがあるのですが……」

 ネネからの頼みごと?

 珍しいな、なんだろう。

 コーヒーを飲み終えたネネが言った。

「魔王城に連れていってもらえますか?」


「魔王城に連れていけって?」

「はい、そうです」

 ネネは澄ました顔で答えた。

 ネネが俺に頼むのは俺が転移魔法を使えるからだ。

 俺は一度行ったことのある場所なら転移魔法で瞬時に移動できる。

「理由は?」

「確認ですよ。アテナさんも言ってたじゃありませんか、魔王は本当に復活したのかって」

 たしかにそこは俺も気になるところだが。

「今からか?」

「ぜひお願いします」

「……わかった」

「あの~、わたしもついていってもいいですか?」

 マリエルさんが控えめに手を上げた。

「いいですけど魔王がいた場合戦闘になるかもしれませんよ」

 俺たちは武器もなくほぼ生身の状態だ。アテナもいない。

 まあそれでもなんとかなるとは思うが。

 マリエルさんは両手にぎゅっと力を入れる。

「わたし頑張ります」

「おそらくゼットさんがいればそうはならないでしょう。最悪、転移魔法で逃げることも出来ますし」

「一応言っておくが、転移魔法は一日二回までしか使えないからな」

 どこでもドアじゃないんだ。

「はい。今回はあくまで確認をするだけということで」

「じゃあ、ちょっと覗いてくるか」

 俺が両手を広げるとマリエルさんとネネがその手を握った。

 俺は目を閉じ魔王城の内部を思い浮かべる。

 そして転移魔法を発動した。

 

 目を開けるとそこは魔王城の内部だった。

 マリエルさんとネネがつないでいた俺の手を離す。

「わ~すごい、あっという間に着いちゃいました……魔王城ってやっぱり不気味ですね」

 おどろおどろしい雰囲気の内部構造は一年前と何ら変わっていない。

「ですが魔物がいる気配はありませんよ」

 ネネがあたりを見回しながら言う。

「玉座の間に行ってみましょう」

「ああ」

 玉座の間とは一年前魔王が鎮座していた部屋だ。

 俺たちは玉座の間に向かうことにした。

 俺は生物探知魔法を使って魔物がいるかどうかを探りながら先頭を進んだ。

 そのすぐ後ろをマリエルさんが、しんがりをネネが歩く。

「……やはり魔物はいないな」

 魔法で現れた地図上に魔物は映っていない。

 俺たちは何事もないまま玉座の間へ着くことが出来た。

「一年前のままですね」

 ネネの言う通り玉座の間は俺たちと魔王が戦った跡がまだはっきりと残っていた。

 えぐり取られた床に半分壊れかけた玉座、壁のいたるところには大小の穴が開いている。

 これじゃあ仮に復活してたとしても住む気にはならないな。

「帰るか?」

「そうですね~」

「いや、待ってください。足音が聞こえます」

 俺は魔法で現れた地図を確認する。

 この反応は人間だ。

 人間が二人もうすぐそこまで近付いてきている。

 すると、

「おっ、あんたはたしかゼットじゃないか!?」

 金髪の軽そうな男が声をかけてきた。

 ディーノ城の格闘大会で会ったブラッドだ。

 ということはもう一人は、

「ゼットか。こんなところでまた会うとはな」

 ゲイザーだった。

 二人とも俺との闘いで負った傷は癒えているようでなによりだ。

「ゼットくん、このお二人はどちらさまですか?」

 そうか。シーツーの町で留守番をしていたマリエルさんはこの二人のことは知らないんだったな。

「おいおいゼット、女の子二人もつれてるなんてうらやましいな~。しかも前の子とは別の子たちじゃないかよ」

 前の……ってのはアテナのことだろう。

「ねぇきみたちゼットの仲間? 可愛いし美人だね~」

 ブラッドはスススッと俺の横を抜けてマリエルさんとネネの前に立つ。

「今度三人で出かけようよ、ねっ」

「えっえっあの~……」

「ふふっ、ゼットさんのお友達は面白い方ですね」

 友達になった覚えはないが。

「ゼット、おまえたちも魔王復活の噂を聞いて来たのか?」

 ゲイザーの野太い声が部屋に響く。

「まあそんなとこだ」

「その様子だと杞憂に終わったか?」

「だといいんだがな。俺たちはもう帰るところだったんだが、あんたたちはどうするんだ?」

「とりあえずもう少し見て回るつもりだ」

「そっか」

 俺たちはゲイザーとブラッドを玉座の間に残してひとまず別れた。

「またね~」と手を振るブラッドにマリエルさんは困惑しながらも律義にお辞儀を返した。

 少し離れて、

「一緒に見て回らなくてよかったのですか?」

「ああ。ネネも試合会場にいたからわかるだろうがあいつらは強いからな、任せといても問題ないさ。それに魔物の気配もまったくしないしな。むしろ一緒にいる方が俺たちにとってまずいかもしれない」

「どういうことですか~?」

「ブラッドはともかく、ゲイザーは俺たちが魔王を倒した勇者パーティーだって気付くおそれがありそうなんで」

 ゲイザーはでかい図体に似合わず勘が鋭そうなんだよな。

「これくらい離れれば転移魔法を使ってもいいだろう」

 転移魔法もそう。こんな高等魔法使える者は一握りしかいない。

 だから使っているところは見られない方がいい。

「じゃ帰りましょうか」

 マリエルさんとネネは俺の手に自分の手を重ねた。

 俺は目を閉じシーツーの町の宿屋の一室を思い浮かべ転移魔法を発動した。

 

 「うわっ! びっくりしたわねー。いきなり出てこないでよ……っていうかどこに行ってたのよわたし抜きで」

 宿屋の俺の部屋に戻るとアテナが目の前にいた。

 わたし抜きも何も先にいなくなったのはそっちだろうが。

「わたしはむしゃくしゃしたから買い物に行ってたのよ。わたしの部屋が狭くなるからゼットの部屋に荷物置かせてもらってるわよ」

 買い物をしたアテナはすっかり頭に上った血は冷めたらしい。

 その分俺の部屋が若干狭くなったことについては今は大目に見るとするか。




「金欠よっ!」

 ある夜、自分の部屋に俺たちを呼び出したアテナは言い放った。

「なんだよ唐突に。金の管理はおまえがしてるんだろ」

「そうよっ、だからこうやって教えてやってるんじゃないっ」

「アテナさんよろしいですか?」

 ネネが手を上げる。

「なに、ネネ」

「先日の格闘大会の一件で計二百枚の金貨を手に入れてますよね。ざっと計算しても半年ちかくは暮らせるだけのお金はあると思うのですが?」

「いい質問よ、ネネ」

 アテナが偉そうに腕組みをする。

「この間ディーノの城下町でわたしたちが泊まったラグジュアリーなんとかルームって部屋あったじゃない。あれ一泊金貨五十枚だったのよね」

 ……は? 金貨五十枚?

「二泊したでしょ。あれ? 三泊だったっけ? とにかく最近買い物も沢山したしお金がないのよ」

 だめだこいつ、全然金の管理出来てねえじゃねえか。

「いっそどこかの国を乗っ取って王様にでもなっちゃおうかしら。ねっマリエルちゃんどう思う?」

 訊かれたマリエルさんは困惑顔。

 冗談にしてもこいつの場合冗談に聞こえないからおそろしい。

「あ、でもでもわたしたち個人のお金はありますよね?」

 そう言って話題を変える。

 たしかに前にアテナが言っていた。

 金の半分は四人の生活費に、残りの半分は四分の一ずつ個人のものだと。

 するとネネが、

「ボクは最高級品の紅茶やコーヒーを買い溜めしたのでボク個人のお金はほとんど残っていないと思います」

「わたしももちろん使っちゃってないわよっ」

 威張るようなことか。

「マリエルさんはどうですか? 普段忙しいからお金を使う機会は滅多にないんじゃ……」

「あう~、すみませんゼットくん。わたし甘い物に目がなくてケーキとかお菓子とか実は結構使っちゃってます。お給料日もまだまだ先です~……」

 顔を赤くして押し黙るマリエルさん。

 だったら俺の金は……と言いかけて口ごもる。

 そういや俺は先日アテナにかなりおごらされたんだったな。

「じゃあ金欠ってのは本当なのか」

「だからそう言ってるでしょ」

 とりあえず今度から金の管理はネネに任せるとして今は当面の生活のことを考えることにしよう。

「で結局アテナ、今残りいくらあるんだ?」

「えーと、わたしたち四人の生活費が残り金貨五枚で、ネネが金貨六枚、マリエルちゃんが金貨八枚と銀貨十枚、わたしがゼロで、ゼットが銅貨三枚よ」

 銅貨三枚って……。

「ボクの残りの分は生活費の方に回してもらってもかまいませんよ」

「あっわたしもいいですよ~」

 二人の申し出に「えっほんと!? ありがとー」と即座に応じるアテナ。

 そして俺をねめつける。

「俺の分も好きにしろよ」

 銅貨三枚だけどな。

「これで合計金貨十九枚と銀貨十枚銅貨三枚ね」

 ここの宿屋が一部屋あたり金貨一枚として三部屋借りてるからあともって六日か。

 その間に新しい依頼をこなすか魔物を狩るかしないと追い出されてしまうわけだ。

「わたしは報酬のいい依頼を探してみるからゼットは魔物狩りね。ネネはゼットについていってちょうだい、ゼット一人にすると何かと理由をつけて魔物を逃がしちゃうから」

「わかりました」

「あの~わたしは……」

「マリエルちゃんはいつも通りパン屋で働いてればいいから」

 一人一人に指示を出すアテナ。こういうときはリーダーっぽい。

「というわけで解散! 各自明日から頑張って稼ぎなさいっ」

 こうして夜中の作戦会議は終わり俺たちはそれぞれ床に就いた。

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