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第1話

 そこは見渡す限り真っ白な空間が広がっていた。

 そして俺の目の前には自分を神だと名乗る幼女が立っている。

 俺の名前は山田洋一、どこにでもいる普通の高校生。

一つ普通と違ったのは雷が脳天に直撃したということ。

 ……なんだここは? この子は何者なんだ? たしか俺は死んだはずじゃ――。

「かみさまチャーンス!!」

「っ!?」

 突然、自称神の幼女が叫んだ。

 俺は不意に大声を出されて幼女相手にびくっとなる。

「お主は選ばれし十億人目の死人じゃ。よってお主にはこのかみさま自らチャンスを与えるぞい」

 じじい口調の幼女は小さな胸をぽんと叩いた。

 俺は状況を飲み込めずついていけていない。

 だが背丈が俺の腰ほどしかない幼女は俺を置き去りにして話を続ける。

「すなわち異世界への転生じゃ! …………これ、ここはもっと盛り上がるところじゃぞ」

 手に持っていた杖で俺の頭をこつんと叩く。なにすんだ、痛いじゃないか。

「反応の薄い奴じゃのう。これだから最近の若い男は……」

 ぶつぶつ文句をたれる前髪ぱっつん幼女。

 異世界? 転生? 漫画みたいなことを。

「もうよい。さっさと済ませるぞい。ほれっ!」

 そう言って杖を振り上げると杖の先がまばゆく光った。

 光が徐々に広がっていき、あたりを包み込んでいく。俺の体も光に包まれる。

「おい、なんだこれ!?」

 次の瞬間パアッっと閃光が走り、俺はまぶしさに耐えきれず目を閉じた。

 そして次に俺が目を開けるとそこは見たこともない装飾の施された赤ちゃん用ベッドの上だった。

 ……おそらくだが、どうやら俺は、異世界に転生させられたらしい。


 あの神様が言っていた通り俺は別の世界に転生した。

 俺が転生した先は魔法や魔物や魔王が存在するゲームみたいな世界だった。

 そんな世界で俺はごく普通の中流家庭の両親にカゼリ家の長男ゼットとして生まれ育てられた。

 自由に動けるようになるまでの二年は思いのほか長かった。ろくに寝返りも打てない退屈な日々を過ごし、ハイハイだのよちよち歩きだのかったるい時期が続いた。

 大人の知能のまま赤ん坊になるもんじゃないな。

 六才を過ぎたころ俺の体に変化が見られた。ひたいに丸いあざのような紋章が出て来たのだ。この世界では体の一部に紋章が浮き出た者は魔物と戦う力を得られた。それと同時に選ばれし者として扱われ、魔王討伐の旅に出なければならなかった。だがほとんどの者はこれをひた隠して生活していた。

 誰だって危険なことはしたくないからな。

 俺の両親は俺に前髪を伸ばすよう命令し誰にもバレないようにさせた。

 その甲斐あってしばらくの間は平和な村で平穏無事に過ごせていた。だが、十五才の誕生日の日、調子に乗ったレオが俺にヘッドロックをかましたことで紋章はあっけなくみつかってしまった。

 俺は追いすがる両親を振り切り、賢者として村を出た。その後はあれよあれよという間に同じような紋章を持った仲間と出会い、魔物を退治しながら旅をして、ついに魔王を討ち果たした。

 俺はこのとき初めて気付いたのだ。

 ……俺って最強かも、と。


「魔王が復活したっ!?」

 故郷の村の広場でレオと談笑しているとそんな噂が耳に飛び込んできた。

「おい魔王って勇者アテナが倒してくれたんだよな!?」

 レオが身を乗り出して訊いてくる。

「ああ、たしかに魔王は倒したぞ」

 この俺がな。

 だが世間的には勇者が魔王を倒したことにしてある。その方が俺にメリットがあるからだ。

 俺がいたパーティーは勇者と戦士と吟遊詩人と賢者である俺とで構成されていた。

 彼女らとの出会いはまたおいおい説明するとして、まあとにかくよってたかってポンコツばかりの仲間だった。

 おかげで出来もしない作戦を勇者が思いついては俺が尻ぬぐいをするという毎日が当たり前のようになっていた。

 俺は魔王を倒せたことよりもあいつらから解放されたことの方が心底嬉しかったくらいだ。

 俺は名声も名声にひっついてくる面倒ごともまっぴらだった。だからそんなものはのしつけて勇者にくれてやった。

 あいつはそういうのが好きな奴だったから需要と供給が一致したわけだ。

 俺はちょっとした富があればそれでいい。

 世界最強の称号なんて自由に生きる邪魔になるだけだからな。

「……おいゼット、聞いてるか?」

 おっと、レオの話を聞き逃していた。「わるい」と一言謝る。

「もし本当に魔王が復活したんならゼットもまた旅に出るってことだよな」

 レオは俺のひたいの紋章に目を向ける。

「そういうことになるな」

 魔王が復活したなんてにわかには信じられないが。

「ってことはマリエルさんにもまた会えるのかなぁ」

「ムフフ」といやらしい笑みを浮かべるレオ。

 俺の仲間だったうちの一人である女戦士の名前を出し鼻の穴を膨らませる。

「いや、あいつらとはもう会うことはないだろうな。あれは即席のパーティーだったからな」

「なあんだ。残念」

 あいつらとまたパーティーを組むぐらいなら今すぐ魔王城に乗り込んで一人で無双してやる。

 ……まあマリエルさんだけならちょっとくらいは再会してみたい気もしないでもないが。

「で、これからどうすんだ?」

「とりあえずビーガンの町まで行ってギルドで噂の真偽を確かめてみるさ」

「そっか、ま、がんばれよ」

 と言うときびすを返し後ろ向きに手を振るレオ。気恥ずかしいのかあいつなりの激励のつもりなのだろう。

 幼なじみとのあっさりとした別れを済ますと俺は旅の支度をするために自宅へと足を向けた。

 俺の故郷の村は人口百人にも満たない静かな集落で村民みんなが顔見知りだ。

 はす向かいのおばちゃんに呼び止められ「がんばってね」と背中を叩かれる。

 俺が魔王を倒した勇者パーティーの一員だってことはもちろんみんなが知っている。

 自宅に帰ると母さんがすでに俺の旅支度を済ませてくれていた。さすがに噂が広がるのが早い。

「さっさと魔王倒して帰ってくるのよ」

「お前のことだから心配なんてしてないからな」

 母さんと父さんは俺が魔王を倒したことを知っているから魔王復活の噂に微塵も動揺していない。

「じゃあ行ってくる」

 俺は母さんから手さげ袋を受け取ると家をあとにするのだった。


 ビーガンの町へ着くと俺はすぐギルドに向かった。

 道中誰かに顔を指されることもなかった。

 村の外では俺はあまり顔を知られていない。というのも魔王を倒した勇者パーティーの一員の中でも俺は極力目立たないように努めていたからだ。

 おかげで人気は他の三人に集中している。

 特に勇者は魔王を倒しただけあって国中のみんなから好かれている。

 実際に魔王を倒したのはこの俺なのだが。

 俺はギルドの入り口で立ち止まった。なにやら中が騒がしい。

 嫌な予感がする。と、

「あ、ゼットくんだ。久しぶり~」

 と聞き覚えのある声が耳に届いた。声の主は人ごみの中を縫うようにして出てきた。

「会いたかったです~。元気にしてましたか?」

 俺の目の前にちょこんと現れたのは前に仲間として一緒に旅をしていた戦士のマリエルさんだった。

 相変わらず幼な顔に似合わず大胆な格好をしている。

 魔物がみとれるからとアテナにそそのかされて買ったビキニアーマーを今でも律義に装備していた。手には小柄な体格に似合わない斧と盾を身に着けている。

「お久しぶりですマリエルさん。そちらも元気そうでなによりです」

 これは本心だ。他の二人とは違い、この人のことはそれなりに心配していたのだ。

「はい~。ありがとうございます」

 女性は一年会わなかっただけでこうも変わるのか。

 マリエルさんは童顔なのは相変わらずだが、胸のあたりがかなり成長していてビキニアーマーがきつそうだ。

 レオがいたら興奮してセクハラ発言をかますだろうな。

「おや、ボクにはあいさつはないのですか。あなたにはマリエルさんしか見えていないようですね」

 と高い位置から声がふってくる。

 よく見ると横にはもう一人、見知った顔があった。旅の仲間だった内の一人、吟遊詩人のネネだ。

「あなたがボクよりマリエルさんのことを気にかけていたのは知っていましたが、さすがに無視されるというのは……」

 ネネが頭を横に振る。

「いやそういうわけじゃ……」

「いえ、いいんですよ」

 女のくせに俺より頭一つ分でかいネネは、被っていたとんがり帽子を外すと「お久しぶりです」とスマートにお辞儀をした。

 こいつも俺と同じくひたいに紋章があるので前髪の隙間からちらりと見えた。

 あれ? ちょっと待てよ。二人がいるということは……。

「もちろんアテナさんもいらっしゃいますよ。ほらあちらに」

 と群衆を指差すネネ。

 すると群衆の中心から一番会いたくなかった女が顔を出した。

 そして俺と目が合うなり「ほら、どいたどいたっ」と群がる紋章持ちたちをかきわけ俺の前にやってきて仁王立ちをしてみせた。

「やっぱり来たわねゼット、ここにいれば必ずあんたは来ると思っていたわ!」

 手を腰に置き偉そうにふんぞり返っているのはそう。勇者アテナだ。

「話があるの。ここじゃなんだから場所を変えるわよ。マリエルちゃんたちもついてきて」

 俺の腕を万力のような力でむんずと掴んだアテナはそのままギルドを出て近くの酒場の一画を陣取った。

 テーブルを囲み椅子に腰掛ける俺たち四人。

 ネネ以外は未成年なのでミルクを注文する。

「魔王が復活したって噂あんたも聞いたのね。だったら話が早いわ、またこの四人でパーティーを組みましょ」

 アテナが提案する。

 それに即座に反応したのはマリエルさんだった。

「わあ、また四人で冒険が出来るんですね。楽しみです~」

 屈託のない笑顔で手をぱちぱちと叩くマリエルさん。可愛らしい。

 だがしかしその笑顔を曇らせてしまうのは忍びないがここは心を鬼にして、

「いやマリエルさん申し訳ないですけど俺は――」

「待った!」

 アテナがさえぎる。

 なんだ?

「マリエルちゃんとネネはここにいて。すぐ終わるから」

 とアテナはまたもや俺の腕を引っ張り歩き出す。

「おい、なんなんだ一体?」

 俺の声には耳も貸さず、ずんずん歩くアテナ。

 階段を上って人がいないのを確認してからアテナは軽装備の鎧の内側から一枚の写真を取り出し俺に見せつけてきた。

「なっっ!? お、おまえ、こんなものまだ持ってたのか!?」

 俺はその写真を手に取り固まった。

 その写真にはマリエルさんが服をはだけさせ、そのあらわになった胸を覗いている俺の姿が写っていた。

「これが世に出回ったらあんた一生村に帰れないわね。というかこの世界に居場所はなくなるかもね」

「だから前にも説明しただろ! マリエルさんの紋章を確認させてもらってただけだって! たまたま胸の近くにあったから写真がそう見えるだけだろうが!」

「わたしは信じるけど他の人たちはどうかしらね」

 マリエルさんもアテナに負けず劣らず人気がある。特に男からの人気は半端ない。

 もしこの写真を世の男どもが見たら……。

「……何が望みだ?」

 その瞬間アテナは世界征服をたくらむ軍師のような不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうかしたんですか?」

 小動物のように首をかしげるマリエルさん。席に戻った俺とアテナをきょとんとした目でみつめている。

 ネネは訳知り顔で優雅にワインを飲んでいた。

「ううん、なんでもないのよマリエルちゃん。それより話の続きよねっ。ゼット」

 テーブルの下で俺の足を蹴るアテナ。

「……アテナ、ネネ、マリエルさん……また一緒に旅しましょう」

 俺は怒りで震える右手をみんなの前に差し出した。

「わあ! うれしいです! こちらこそよろしくおねがいします!」

「ええ、頑張りましょう」

「仕方ないわね」

 アテナはミルクのグラスを手に取ると、

「さあみんなグラスを持って。勇者パーティーの再結成に……乾杯っ!」

 左手に握りしめたままの写真はまだほんのり温かかった。


「それでアテナさん、これからどうなさるおつもりですか?」

 ネネが訊ねた。

 酒場に入って一時間。俺たちはグラスをそれぞれ二杯ずつ空にしていた。

「そうねえ、今すぐ魔王城に乗り込んじゃえば一発なんだけどそれじゃありがたみに欠けるじゃない?」

 アテナが自分勝手なことを言い出した。

 とても勇者の発言とは思えない。まあ今に始まったことじゃないがな。

「そうですね」

 素直にうなずくネネ。

 こいつのこういう態度がアテナを助長させているのに気付いているのかいないのか、ネネは「それでしたらこういうのはどうでしょうか」と言うとアテナに耳打ちする。

 またアホなことを提案しているに決まっている。

 そんな様子を固唾を飲んで見守るマリエルさん。真剣な顔をしているがこの人は多分よくわかっていない。

「いいじゃないそれっ! ネネ最高よっ!」

 アテナが周りの客が一斉に振り向くくらいの大声を上げた。

 俺もミルクを吹き出しそうになる。

「ごほっ、なんだよいきなりっ。心臓が飛び出そうになったぞ」

「あんたの心臓なんていちいち考えてらんないわよっ。それより店を出るわよ、会計済ましといてねっ」

 そう言うとアテナはすっとんで行ってしまった。

「おまえアテナに何吹き込んだんだよ」

「吹き込むだなんて。ボクはただアテナさんに喜んでもらおうと思っただけですよ」

 さわやかな笑顔にだまされるもんか。

 世間の人たちはネネの涼しげな表情がクールで綺麗とか思っているようだが、こいつは一皮むけばただのサディストでしかない。

 俺が困るのを見て楽しみたいだけなのだ。存外アテナよりたちが悪い。

 俺はしばらく黙っていたマリエルさんに顔を向けた。するとマリエルさんは目が据わっていた。

「マリエルさん、もしかして酔っぱらってます?」

「よっれらんかいませんにょ~ら」

 完全に酔っていた。

「ネネおまえそれっ!」

「ええ、マリエルさんが飲んでみたいというのでほんの少しだけ差し上げましたが」

 よく見るとマリエルさんのグラスにはワインが入っている。

 しまった。そういえばマリエルさんはお酒の匂いを嗅ぐだけでも酔っぱらってしまう体質だった。

 一年経ってすっかり忘れていた。

「パーティーの再結成がよほど嬉しかったのでしょうね」

 ネネがマリエルさんの頭をそっと撫でる。

 そして席を立つと、

「アテネさんとボクは一足先によろず屋に行っていますのでマリエルさんをお願いします」

 ネネは俺の返事も待たず店を出ていってしまった。

 お願いったって……。

「えへへ~」と明後日の方向に笑いかけているマリエルさん。

 この可愛らしい酔っ払いを俺にどうしろって言うんだ。こんなところに置いていくわけにもいかないし。

 ほらみろ、やっぱり面倒ごとは全て俺に降りかかってくるじゃないか。

 あ……そういやここの会計も俺が払うのか?

「えへへ~、れっろふ~ん」


 すっかり寝入ってしまったマリエルさんを置き去りにするわけにもいかず、俺はマリエルさんをおぶって酒場を出た。

「たしかよろず屋に行くって言ってたな」

 俺はアテナとネネを追ってよろず屋へと向かった。

 マリエルさんは気持ちよさそうに俺の背中の上ですやすや寝ている。

 どうでもいいことだがマリエルさんはビキニタイプの鎧であるビキニアーマーを装備しているので太ももがモロに露出している。だから歩くたびに振動が伝わり指が太ももに食い込んでしまう。

 俺の魔法でマリエルさんを浮かばせて運ぶことくらいわけないが、悪目立ちするのは避けたい。

 決して今の状況を堪能したいわけではない。

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