9話 平和の地イーラム
「カーキ、ギド、これはどういう事?」
目の前に広がるカオスは前世の生活圏では決して見ることができない光景だった。
人が人をゆっくりと切付け悶絶する異様な光景。ある場所では親が子を切り付けまたある場所では子が親を切り付けている。泣きながら、後悔しながら、懺悔しながら切りつける。若い恋人同士も、老夫婦でさえ刃物を持ち、相手を切り付けている。
「私もここまでとは思っておりませんでした」
海で拾われて、崇められて、結束して、結成して、数ヶ月ともに歩いてきた。しかし、求めてきた村の現状は酷いもので言葉を失ってしまう。
「ギド、場所の位置は合ってるのか?」
「はい、合ってます。ここは、平和の村イーラムです」
「まるで虐待の村だな」
村から少し離れてたが、人々の絶叫が聞こえてくる。火の手が上がったわけでもない。洪水に見舞われている光景も見えない。でも、絶叫は止まることなく響いている。
「直ぐに向かいますか?」
カーキの慈愛の目は今にも飛び出し走りそうなくらい前を向いている。ギドの抗戦的な目とは違い、彼女はとても慈悲深い瞳を持っていた。
「いや、もう少し様子を見ないか?」
なぜ、このような状況になっているのかまるでわからなかった。
「良いですけど、このままじゃ死人が出てしまいますよ」
ギドがソワソワと足を震えさせ怒りを抑えている。自分の意見がなければすぐにでも刃物を取り上げて、傷の治療にあたるのだろう。
「もう死んでいるかもしれない」
カーキは目元に涙を薄らと浮かべ遠く村を見る。
「マドフ様行きましょう。もう腸が煮えくり返っているんですが?」
とうとう、耐え切れないのか地面に足がめり込んでいた。
「いや、もう少し、もう少しだけ待って」
まだ、この状況が飲み込めないのだ。なぜ、こんな行いをしているのか。おそらく、叫んでいる者たちに聞いてもわからない。
「マドフ様何を待っているのですか?」
「精神が健全の者だ」
「精神が健全な者、ですか」
「あぁ、こんなにも狂っている状況の中で常識的、理性的な判断ができる人はいないか探してくれ」
正直、この状況の中で正常な判断をできる者などいない気がするが、少しでも理性が残っていればそれでいい。
「マドフ様、いました。南の小さな小屋、家の前に座っているおじさんがあたりをじっくり見回しています。まるで、自分が蚊帳の外にいるみたいに」
カーキは強く声を上げ、マドフの目を見た。
「その人のところまで行こう。周りを刺激しないように気配を消しながら」
「「わかりました」」
2人と共にゆっくりと音を立てず村を囲む茂みを歩き、小屋の後ろへと回り込んだ。
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