6話 少年少女
目を開けるとあたり一面に星が輝いていた。最後に残る記憶は海面に反射する強い太陽の光。
記憶は...湯門亜樹斗よりもマドフ・アーギの記憶の方が前に出ている。そして、おそらく今の自分はマドフ・アーギなのだろう。体がそう言っていた。
体が重く、考えると頭が霞んでくるような感覚に襲われた。何故だか、体はマドフよりも湯門の様に操り方を知ってた。
腹筋を使い起き上がる方法も、砂浜にぐっと足を入れて一歩踏み出す方法も、水平線が見える目線も湯門亜樹斗の様だった。
でも、月明かりに照らされて鏡の様に反射する海に映る自分は顔立ちが妙に整ったマドフ...
いや、これは成長したマドフだった..
「母さん、父さん...」
あたりを見回しても2人はいない。
感覚的にわかっていた、この異常事態に。
取り敢えず、喉の渇きと空腹を満足させなければ活力も湧かない。
とにかくまずは水を...
「にいさん、にいさん!!」
目の前にうっすらと現れた人は高い声で叫んでいた。取り敢えず、そこまで歩き水を貰わなければ。
「死んでいたはずの人間が生き返りました!!」
「…ず」
「驚いたな、確かに肌色とかはよかったが明らかに息はしてないし正気が宿ってない様に見えたが」
「…み」
「にいさん、何か言ってます」
「水をくれ」
「あ、水か。カーキ桶とコップを用意しておいてくれ」
金髪の少年が優しく自分の体を支えてくれ、ゆっくりと遠くにある火元へ運んでくれた。
出された水を疑いもせずググッと飲むと体がすっと軽くなっていった。喉の渇きどころか全身に神聖な水が行き届いていった。
「この水は何か特別なのか?」
「いえ、今日私が川から汲んできた水ですよ?」
大きな森の前。小さな小屋が立つ前で火を囲み三人で話し始めた。焚き火にの周りには枝に刺さった魚があり、ゆっくりと火が通っていっている。
「え、でもこの水、今まで飲んだ水の中で1番体がなんか、気持ちよくなるけど」
「森の恵みは素敵ですね」
黒髪のカーキと呼ばれた少女はにっこりと笑い一つ魚をとった。それをアーギに渡しまた小さく微笑んだ。
「ありがとう」
綺麗に焼き目がついた魚は皮の香ばしさとふんわりとした身がついておりいつの間にか頭だけになっていた。
「うまい。こんな美味しい魚食べたことがない」
「そうなのか?てっきりいいとこのお坊ちゃんかと思ったぜ」
「にいさん、そんな言い方は失礼だよ」
仲のいい二人と火を囲みながら談笑しているが何か足りないものがあったのだ。
足りないものそれは…
「二人の親はどこにいるの?」
その質問に二人はぴくりと体を跳ね上げこちらを見た。
「両親は最近死んだんだ」
兄さんと呼ばれていた金髪の子が俯きながら言った。
「そう、だからここで野宿を?」
「うん」
カーキと呼ばれている少女も俯きながら頷いた。
「ところで、お兄さんは何教なの?」
少年からの急な質問に驚いて少しの間が空いてしまったが、頭の中にある記憶を頼りに答えることができた。
「えーっと」
前世では宗教に入っていない。この場合、今のマドフ・アーギか。
「ムー教かな」
ん? ムー教?
前世にもあった宗教…
「ムー教だと?」
「にいさん待って!!」
さっと首がひんやりとした。
魚が刺さっていた鋭い木の枝が目の黒々とした中心に向けられた。
「何を待つんだ? こいつらは人を人だとも思わない狂人だ。いや、もはや人でもない」
「でも、この人は波際で倒れてて」
「だからなんだ?」
「もし、この人が信者なら私達の事…」
2人の会話についていくことができないが、兄から感じる殺意は本物だった。
「待ってくれ、話をしたい」
「にいさん」
「わかったよ」
少年は枝を下ろし新たな魚を手に取った。
「これから話すことは、嘘のように聞こえるが本当の事なんだ」
「なんだよ早く言え」
焚き火がパチリと爆ぜ波がザバァーと打ち上げ、マドフはことの始まりを話し始めた。