07】TEO、CHROE、NUT
その日、マックス・ウィーバーの家に小さな客がやってきた。
マイニング グレイススプリングステイル。大人の両の手に丁度乗るくらいの大きさの小動物だ。猫に似て全身を毛に覆われているが、その耳は長く、その尾も体のわりに長くて太かった。近年、ザビエレ・ネジャで発見され、その愛くるしい表情と仕草、人懐っこい性格が猫に変わる愛玩動物としてブームとなり始めていた!
ニュ〜ッニュ〜ッとか細く啼く声が可愛い!
前足が器用で物をつかむことができた。
いくら見てても飽きない。テーブルの上でナッツを食べている姿もその音までもが愛らしかった!
クロエは久々に穏やかな気持ちになっていた!兄のテオが家を出てからというもの、暫くは落ち込んで、食も細くなりずーっとふさぎ込んでいた!何をしてもつまらなかった!周りはその変化に戸惑った!、あんなに快活でお茶目なクロエが人と話さなくなった!日が暮れるまで毎日そこら中を走り回り、いろんなところに顔を出し、イタズラをし、イタズラをされ、笑って、怒って、泣いて、また笑って、クタクタになって家に帰り、風呂に入り、夕食をとり、そしてその日の締めくくりにして最大のお楽しみ、テオによる冒険家ヨセーフ・アザトフの「虹・大陸・無限 紀行」の朗読の時間を迎える‥心地良い至福の時間、何度も何度も聞いて内容は知っていた。テオの優しい声質と臨場感タップリの語り口調に魅了された。
ただ、あまりに気持ちよく物語の最後を聞かずに寝入ってしまうのが常だった!語っている当の本人、テオでさえいつ自分がいつ寝たのかもわからない状態で‥次の朝をむかえることもしばしばあった。
そして、いつもコロコロ笑い転げていたあのクロエが10才になった。
一方でテオは14才。だが、ただの夢見る年ではなかった!もともと勉強が好きで、学問所での成績も群を抜いており、齢14才にして地質学、鉱物学について専門的な学術論文を著わし、その優秀さは他国にも知れ渡っており、将来有望な若き才能と認められたテオは、映えあるプラチナシードを授与され、ラギア王国の至宝として活躍が期待されていた。またネージャー帝国のレガンダ国際大学に留学、大学創設以来の最年少かつ首席で、しかも1年足らずで卒業していた!いわゆる天才で、あらゆる研究機関、有名大学、企業から誘われたがそれらを悉く断り、採掘工見習いとしてネージャー帝国のザビエレ・ネジャ(近年開発された採掘場。最初は地殻変動によって出来た裂け目だった!そこからいろんな鉱石が発見され、やがて専門家が調査に訪れ、国が放置できないくらいに希少な鉱床が発見されたことで、国の特別地区に指定され 、法が整備され、国立大学の研究施設が併設され、一攫千金を夢見て集まって来たならず者たちが姿を消し、今や、すこぶる治安のいい、落ち着いた学研都市の様相を呈していた。)で直じかに鉱物に触れたいと帝国に申請を出し、受理された。レガンダ国際大学の大学院生としての身分を持ちつつ採掘工としてスキルを磨くこととなった。ありとある研究機関、公共施設をフリーで使用することができた。また、必要とあれば、国内外の専門家を招聘し、共同研究や実験をすることまでもが許されていた!
「ねえ、ママ、この仔の名前は?」とクロエに訊かれ戸惑った。
そうだった!忘れていた。普通ペットを飼うと名前をつけるんだった!
抑えられない感情がケイの心の底から湧き出てくるのを何とか堪えながら、家事の手を止めて次の言葉を発した。
「…そうねぇ!忙しくて、まだ付けてなかったわ!クロエ、あなたが付けてあげて。」
声が震えそうになるのを我慢しながらなんとかそう答えた。
クロエは、テオが採掘工見習いに出て、長い間塞ぎこんでいたがなんとか自力で克服出来るくらいに立ち直っていた。が‥
そして、ママの失踪事件である。
突然、ママがいなくなった。
行先も告げずに。
こんなこと一度もなかったのに。
父に訊いてみたが、眉根にしわをよせ、少し困った様子で、
「すぐに戻ってくるから少しだけ待っててくれないか?」
なにか訳ありで、詳しくはお前にも話せないんだよと言うような、いつになく歯切れの悪い言い方
父にも「何か事情があるんだ。」と、子供心にここは我慢しなければと自分に言い聞かせた。
クロエの心は複雑だった!
昨日まで当然だと思っていた日常が今日、消えてなくなる なるなんて……そんな体験を短い人生の中で2度も味わった。
で、母が戻ってきた!
しかもこんなにも可愛いペットを連れて!
今は目の前の小動物に夢中だった!可愛いくて可愛いくて片時も目を離せない!
と、ナッツを食べるのをやめて、椅子に腰掛けているクロエの膝の上に乗り、そこから一気に肩まで登ると、ジーっとクロエの瞳を見つめている。
「あはっ!びっくりさせるなぁ!でも、すごーくいい。」
予測できない動き、突然距離を詰められて至近距離で見つめられている!ドキドキが止まらない。
「ママー!名前、決めたよー!このこ仔の名前はナッツにする!いいでしょ?」