06】THEO’s FATE
採掘の唄 (作者不詳)
おお、聞けー!ザビエレに鍛えられし我らの魂よ!♫
見よ、ネジャの地脈に満ちる、古の誓約を!
すわ、挑めー!冥底に潜む影の眷属を討て!
いざ、進めー!青銅の門を越えし者として!
さあ、打てー!我らが誓い、至虹に届くまで!
壊せー!虚無の楔、再臨を拒む壁を!
我ら誇り高きネジャの鉱子、
ハルキアの盟に従い、今こそ連帯す!
地に刻まれし聖なる紋章が再び開かれん時──
ザビエレの光が、汝を真理へ導かん!♫
ゲルバデウス・セルバス・デリエン
テリアリュース・ゾエルグ・バジエ
ゾンデフル・ベルデス・ロスガリス
ギデウラス・ソウレス・サラス
エル・ホーリエン・ベント!
永遠に!♫
永遠に!♫
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全速力で駆け出していた!‥と、
「ダメよ!テオ!戻りなさい!それ以上行ってはダメ!聞こえないの!テオ!テオ!お願いだから戻って!!!!」 母の声が脳になだれ込んでくる。ケイのテレパスの能力。
それは、心配と恐怖の入り混じった母の声だった!息子の危険を察知して危機回避させようとする必死の叫び声だった!「このまま行くと、あなた、死んじゃうわ!」 心配と恐怖の入り混じった母の想い。
ケイは自身の持つテレパスを集中してテオの暴走を止めようとしていた!
「テオ!わからないの?言うことを聞きなさい!後生だから!」
母の必死の呼び掛けは、テオには届かなかった!水中に潜った時のように、遠くで誰かが何か言っている、だが何を言っているのかわからない!くぐもった意味不明な振動と音!この時テオの意識は全く他に向いていた!
至虹石!或いは光虹石とも‥夢にまで見たあの伝説の光る石。ヨーゼフ・アザトフの冒険譚でその縁を想像するしかなかったそれが今、目の前にあるかもしれないのだ!
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ダギフ・ベントレーがくれた採掘坑の古地図はやばい記載が満載で、テオを魅了し続けた。 裏面には、年老いた採掘工達が作業しながら歌う歌の歌詞が記されていた。
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緩やかな下りの勾配がズーっと続いていた。
最新の地図には表記されていない無数の坑道、縦穴、立ち入り禁止を表す印、ドクロマーク、ストレートに危険の文字、、何らかの理由で隠されたとされる無数の横穴の存在、奈落へと続くと記された竪穴が散見される。人1人通れるかどうかというくらい狭い鍾乳窟の抜け道。
そして、中でもテオの気を引いたのが「怪獣の巣」と記された丸い空間の記述と、「Taipan fangs」と記された閉鎖された何処かへとつながる坑道の入口と思われるマークだ。
今日は非番だ!好きなことを好きなだけやることの出来る時間だ!休みの日まで何故仕事をするのか、そう聞いてくる同僚が居たが、テオにとってその問いはナンセンスだ。好きなことを仕事にしている。非番の日こそ、その好きなことをとことん追求する為の日だ!
地図に記されたTaipan fangsの場所に到達した。そこは、少し拓けた空間で、その場所には直径3メトロほどの岩が壁にのめり込むような形で置かれていた。行き止まりで何もなく、ここに偶然にしろ到達した者が居たとしても、早々に引き返したことは想像に難くない!ところが、テオは違っていた!この不自然空間には何かあると判断する。テオはその岩を回り込んで岩と接触している壁の部分を入念にチェックしてみた!やはり思った通りだ。わずかに周りの壁の色と質ふ感が違う部分をを見つけた。岩が接している壁と設置面との繋ぎ目を観察し左側の壁と岩の境界にヒビらしきワレメを発見する。点検用ハンマーでその周辺をノックする!鈍い音がした。この向こうに空間がある!今度は確信を持って大きくハンマーを打ち付けた!
思った通りだ!著しく鈍い音を返す壁の一画に向けて、今度は大槌を打ち付けた。
バラバラバラ!屈めば、人1人通れるほどのTaipan fangsの入口が現れた。
酸素濃度や中の様子を伺い、安全と判断。その開口部から中に入る。
なだらかな下り坂が続いている!どれくらい進んだろうか、下り坂が終わり、少し開け た空間に出た!Taipan fangsの入口
冒険譚の光る石の記述がテオを採掘工見習いにした!そしてダギフの古地図の情報を元にまるで誘われるように、気づけば、細かな装飾と古代文字がレリーフされた青銅色の巨大な扉の前に立っていた。
テオはくまなくその表面を観察した。
「至虹石と共に在る者よ!〇〇に記されし〇〇を御し、かくも気高き天地の言葉を詠唱せよ!」とある!
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ハミル・ブラッド・カナベル技師は言った、「探掘する者にとって、古文書学は是非習得しておくべき学問である。」と。
「ただ読めない、それだけでいかに多くの先達の経験や知識が、生かされることなく埋もれてしまっていることか?時に、あれこれ思い悩んでいる疑問への解答を見出すヒントを、いやそれどころか解答そのもの、ひいては、その先にある展開、可能性についてまで詳細に記述されていることもある。」と。
「ある旅人が蛇口の前で極度に脱水し、干からびて、死んでいた。何日も砂漠をさまよい水が底をつき、ようやっとだどりついた場所だった。しかし、彼は、蛇口が何かを知らなかったのだ!」
この地区の空は広く雄大で、空に浮かぶ雲ひとつとってもそのスケールといい、色や形のバリエーションといい、かつて見たこともない迫力で瞬時に千変万化する様はここを訪れたすべての者を魅了せずに置かない。
テオは仕事を終え、夕刻の一時、散歩を日課にしていた。マイニング グレイススプリングステイルを連れて!
近年ザビエレ・ネジャで発見された希少動物だった。いつの日だったか、テオがいつも携帯しているナッツの袋が破れていて、そこから漏れ出したナッツを伝って、その小動物は宿舎まで来てしまった。
テオが抱き上げ、それがきっかけでペットとして飼うことになった!何故なら、その動物は人懐っこく、好奇心旺盛で、かつ全く逃げようとしない。生態をよく知らなかったが、もしか、巣とか家族とか居るのではないかと思い、ドアを開け放して返してやろうとするが一向に出て行こうとしない!テオのことが気にいったのか、宿舎の環境が好ましかったのか、それとも、ナッツの虜になったのか?
「ここは空が綺麗だねー!」公園の柵に腰掛け空を見上げたまま目を細めながら男は言った!
「あ、えーっとあの〜?」
「あー、これは失礼した!私は鉱山技師のカナベルだ。」そう言って男はテオの方に向き直り、手を差し出した。
「ぇーっと???もしかして、ハミル・ブラッド・カナベル⁉︎ ‥!! まさかあの、あなたの本、たくさん読んでます。」少年は目を輝かせて、一旦、片手で握手に応じようとした手を引っ込めてズボンの脇で両手をひとしきり拭ってから改めて両手で男の手を握り返した!
テオが働きはじめた初日、施設案内の書類の中にカナベル博士の名を見つけて小躍りしたことを思い出していた。
「はじめまして、自分の名前は・・・」
「知っているよ、テオ君でしょ!レガンダで5つも博士号を取得したそうじゃなか?君は、天才だな!」
「3つです! 」
「3つも5つも大して変わらないさ!それで、その仔は?スプリングステイル種なのかい?」
「おそらくマイン二ンググレーススプリングステイルという亜種になるのでしょうか!この付近にのみ生息している近年発見された希少種と学術誌にありました。ナッツ!ほら、博士にご挨拶を!」
「へー、ナッツていう名なんだ。こんにちは、ナッツ!僕とも友達になってくれないか?」そう言いながらカナベル技師は指を差しだした。
ひとしきり匂いを嗅いでいたが、やがてその指をペロペロ舐めはじめた!
「良かった、なんとか受け入れてもらえたようだ!なんか久々にドキドキしたなぁ。」
面白い人だ!
採掘工として働き始めた初日に渡された書類は、くまなく目を通していた。そこで、カナベル教授が赴任していることを知り、驚いた!いつか会って話をしよう、そう心に決めて暫く経っていたが、こんな形で会えるとは思っていなかった。テオは思い切って兼ねてからの疑問をぶつけてみることにした!
「カナベル先生!質問があります。」
「なんだね?テオ君!
「ある希少鉱物を食べる動物があると書かれた書籍があります。そんな動物、いるのでしょうか?先生はどうお考えですか?」
「それって、もしかして、テオ君!君は!」
鉱山技師は、目を大きく見開き、テオの両肩を両手でつかみ、テオの瞳をのぞき込み、興奮気味に「ヨゼーフ!アザトフの !
テオも一緒になって「そうそう!ヨゼーフ!アザトフの !
「‥無限紀行!」2人同時に叫び、跳び上がってハイタッチを交していた!
それは、一瞬の出来事。身体が自然に動いていた。まるで旧知の友と邂逅したかのような不思議な感覚だった!
かたや、42歳の鉱山技師、かたや12才の採掘工見習い!2人はここで、出会うべくしてで会ったのだと感じたのだ!2人のルーツは同じだった。
「先生!あのあの、あのもしか!光る石・・?はもう‥?」
「いや、まだ見つけていないよ!でも、ここ、ザビエレ・ネジャの地に必ずあると確信しているんだ!」
「僕もです!その動物はメゲレスの地より運ばれて来た!その工程に費やした日数と当時の運搬技術とアザトフが時おり記す風景や星々の動き、月や太陽の位置、それらを総合すると‥」
「その通り!その地はここ、ザビエレ・ネジャ以外には考えられない!」
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Special Protection Area 、 'Xaviere Neja‘
地殻変動によって地面にできた、およそ7,000メトロほどの裂け目:Xa-Ne-Gap
その裂け目を中心に、町が形成されつつあった。
ちょうどNを左右ひっくり返した地形となっていた。裂け目自体は北東から南西方向に斜めに続いていて、ここでは裂け目本体をスラッシュ、北にある三角地帯をノース、南の三角地帯をサウス、北東から南西に裂け目上部にかかる橋を逆スラと地元住人達はそう呼んでいた。
ノースのなだらかな丘陵のほぼ中央に巨大なホールがあり、そこを中心に放射状ににいくつかの低層の建物が整然と並んでいた。ここはレガンダ国際大学付属鉱物資源研究所であり、国の内外から広く人材を集め、日々、未知の鉱物探査も含め、研究、実験を行う為の最先端設備がそろっていた。
中でも特筆すべきはそこに働く研究者のレベルがその分野における世界のトップクラスだと言うことだ!
また、そのなだらかな丘陵が平地へと続く地点に100メトロほどの高さを誇るネッフェル・ランドール塔がそびえ立つ!それはどこにも継ぎ目が無く乳白色かつ滑らかな材質でできた円柱で、内部は空洞になっていて、人1人登れるような階段が塔の内壁に沿って螺旋に上へと続いていた。階段は途中で途切れ、そこに開口があり、外へ出ると、今度は外壁に沿って螺旋に上へと階段が続いて行く。円柱と見えたその形は、実は緩やかな円錐形のようで上に行くほど細くなっていた!最上部の先端は受け皿のようになっており、その中央部には拳大の穴が空いていて、何かをここに載せるような造りとなっている。まるで、宗教的な祭儀を行うための塔といった趣きである。この塔は実はあの地殻変動と時を同じくして出現した。採掘坑の入り口、通称ザビエレ・ネジャの裂け目とともに突如現れたものだった!誰がいつ何の為に造ったのか、知る者はいなかった!
研究施設から塔を挟んで反対側にテオやベントレーが寝泊まりする宿舎が何棟か建っていた。国の施設ということもあって、管理が行き届いており、作りは古いが頑丈で、しかも衛生的で、快適に過ごすことができた!
また、塔の周辺も近年ザビエレ・ネジャ特別保護区環境整備法が制定され、池や公園、保養施設など急ピッチで造営され、国がこの地を、特にここで働く者達をいかに大事にしているか誰の目にも明らかであった!
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かろうじてテオが読み取れたのは長々と書かれた文章の一部だった!
その扉には「至虹石と共に在る者よ!‥‥かくも気高き天地の真○○を詠唱せよ!」とある!
「カナベル博士の勧めで古文書学の講義を受講しておいてよかった。
ここでテオはもしやと思った。なぜだかわからないが、詠唱すべき言葉に心当たりがあった!!テオの頭の中には、保留という引き出しがあって、興味深いが、訳のわからないものはその引き出しに収納するようにしていた。そして今、引き出しに収納されていた訳の分からない言葉の1つが、詠唱すべき言葉なのではないかという気がしたのだ!
それは、採掘工達が事あるごとに口ずさんでいる「天地の唄」の後半に出てくる意味不明の文言で、その意味を知る者はテオが調べた限り、この採掘場には1人もいなかった!その単純なメロディでありながら、くりかえされる日々の採掘の中で、それは、疲れを感じた時などには気持ちを切り替えてもうひと頑張りしようという気にさせてくれる高揚感を刺激する元気のいい唄だった。
意味、来歴などどうでもよく、ここで働く者たちに知らず知らず浸透していったといったところか?
テオは詠唱した。
ゲルバデウス・セルバス・デリエン
テリアリュース・ゾエルグ・バジエ
ゾンデフル・ベルデス・ロスガリス
ギデウラス・ソウレス・サラス
エル・ホーリエン・ベント!
扉一面に施された網の目の様な装飾が光り出し、細かな線が一瞬オレンジ色に全体を染め上げやがて緑の線が中心に向けてまるで人が迷路を解くかの様に徐々に中心に向けて侵食し、オレンジ色が全て緑に置き換わった瞬間、その重厚な扉が跡形もなく消えて、目がくらむほど明るい巨大空間が現れた!
入ってみて驚いた!今まで見たこともない空間がそこにあった、直結50メテロほどの半円ドーム型空間で、その天井部分の最も高い部分に5メトロほどの丸い穴が空いていてどこかに通じているようだ!床も滑らかな材質で、明らかに人工物とわかる。ただ、テオの持つ最先端の鉱物知識でもこの空間を形成している素材が何なのか皆目わからなかった!
誰が一体何のために作ったのか?
よく見ると、その中央部分の床には、天井の穴から落ちて堆積したものか、1メトロほどの鍾乳石のような柱が出来ていた。そして、テオの気をひくものが柱を隔てて丁度反対側の壁に見えた!それは間違いなく4メトロほどの高さの開口部だった。あそこに一体何があるのだろう?
テオは実はずーっとワクワクしていた!その始まりは幼き頃読んだアザトフの冒険譚だ!その時の感動が、抑えられない衝動となり、持続し、時に増幅していった。最初は大海に落ちた小さな一滴だった。それは小さな波紋を生じ細かなさざ波となり、いつしか荒れ狂う逆波となりやがて大きなうねりとなってテオの心を絶えず揺さぶりつづけていた
ひとまず中央の柱のところまで進んでみることにした。 足場に危険もなないので、不要と思われる備品は外し必要最低限のものだけを持ってペットのチビだけを肩に乗せて柱に向かった。
柱の近くまで来たが 、ナッツの様子が変だ!最初はあんなにもおとなしかったのに。落ち着きなくテオの肩からもう一方の肩へ行ったり来たり!キョロキョロと視線を移し、時折とおくを凝視していたが、突然甲高い声で啼きだした。何かの気配を感じたのかもしれない!と思い五感を研ぎ澄まして目を細め周囲を見回した。と、あれは?最初見た時より50メトロほど近づいたににも関わらず、反対側の壁際の開口部の輪郭があいまいになっていた。こんなことってあるだろうか、近づけば近づくほどあいまいになるなんて!
この先つれていくのは無理だと思い、ナッツを下ろし、ポケットからくるみを取り出して床に置いてやった!‥と‥
ンッツ!⁈
ナッツが指先を噛んだ!血が滲んだ!
「そんなに行って欲しくないのか?」「いい仔だからここで大人しくしててくれ!すぐに戻ってくるから!」そう言って頭を2,3回撫でてやり立ち上がった!
すまない!ナッツ!
はやる気持ちを抑えられない!
柱を背に、開口部へ小走りに走り出してるいた!後方ではナッツが、くるみを食べなかったのか、先ほどと違って「行かないで!」と懇願しているかのように哀愁を帯びた、か細い声で啼き続けていた。
思えばこの時ナッツは分かっていてのだ!テオが夢にまで見たワクワクの行き着く先に待つ結末を!
開口部に近づけば近づくほどその輪郭がわかり難くなってきた。徐々に空気が濃く濃密になってきて息が浅くなり、いくらか体温の上昇も感じた!汗が吹き出し、ただでさえ曖昧になって見ずらい開口部の輪郭も、汗が目に浸みて何度も視界から消えかけけた。
と‥それは無意識だった。不快の絶頂に達しようとしていた。、あんなに馴染んでいた暗視スコープだったが、煩わしさのあまり外さずにはいられなかった!と‥
なんてことだ!
今はっきりと開口部が見える。そして、なぜ輪郭が曖昧なのか?も。
光が、あふれんばかりの光の帯が、開口部から放物線状に無数に漏れ出ていたのだ!ただ明るいというのではない、キラキラと明滅しながら循環する夥しいかずの光の粒が円環状に渦巻いている!
暗視スコープ ではせっかくのこの美しい光を捉えることができなかったのだ!
後もう少し!テオは陶酔状態だった!
いつもの冷静沈着なテオではなくなっていた。もうこの煩わしい重装備は不要だ!勝手にそう判断した!手袋を外し、靴も靴下も脱ぎ捨て、ハーネスを外し、備品でパンパンになったポケットだらけの上着とズボンを脱いで軽装となった!
瞬間、ディーゼルベイツにいるケイの心が凍りついた!テオが危ない!
テオは全速力で駆け出していた!‥と、
「ダメよ!テオ!戻りなさい!それ以上行ってはダメ!聞こえないの!テオ!テオ!お願いだから戻って!!!!」
それは、母の声だった!息子の危険を察知して危機回避させようとする必死の叫び声だった!