02】PRIEST GUSTAV URD(The First Mission & DOME)
神官グスタスウルドはマリエ・ベラ王女の命に従い、裏殿りでんの奥にある秘密の地下通路を進んでいた。このようなところに隠し通路があるなど、十数年、神殿勤めをしているがついぞ聞いたことがなかった!
3つの影が、建物のはずれに位置するその者の執務室に向かっていた!それらの影は挙措動作から見て1人は主人、2人は護衛のための従者といったところか。一切の音をたてず、周りに注意をはらい慎重にしかし迅速に進む姿はよく訓練された者のそれであった。このような深夜に、しかも下級神官の執務室に向かっているこの者たちはいったい?
突然音もなくドアが開き、いきなり3つの黒い影が部屋に入ってきた。
不覚だった!気配が感じられなかった!高度に訓練された者のそれだった!
今更ジタバタしても仕方ない!グスタフ・ウルドは腹をくくった!
「こんな時間にどのような御用向きでしょうか?」
「グスト!あなたに折り入ってお願いがあるの。」
2番目に部屋に入ってきた主人と思しき影がいつのまにか目の前に座り、女の声で、決して大きな声でではなかったが、心に響く声でそう言った。日頃から、丁寧に言葉を相手に伝える事を心掛けているという印象を持った。聞き覚えのある声のように思えたが、その時は思い出せなかった。
「国家の危機よ!あなたの協力が必要なの。実は…」
一通りの説明を終え、女はまとっているフードのひさしを少し上げて微笑んだ。
一瞬で理解した。その垣間見えた表情、そのノーブルな雰囲気、そのロイヤルとしての自信に満ちた声と話し方。
やはり聞き覚えのあったその声を含め、すべてを総合すると、答えは一つしかなかった。
この方は、第13代王位継承者、マリエ・ベラ王女その人に違いなかった。
王女じきじきに、このような深夜に、一体自分に何をさせようというのか?…
「何故自分に?…と不審に思うのは当然。でも、あなたの事はあなたを良く知る人からのお墨付きをもらっているの!この国の中で、あなたは、この任務を頼める唯一の人として選ばれたという事よ。私はあなたになら任せられると確信している。どうかこの任務を引き受けてほしい!」
その任務の内容は、メゲレスから商隊が運んで来たある物を人知れず裏殿りでんの奥にある秘密の空間に収納すること。その空間に入るには「言葉」と「鍵」が必要であり、順番も言葉と鍵の順であること。順番を間違えると、手首から先は切断され、鍵は空間に飲み込まれ、2度とその空間に入ることはできなくなる!荷受当日、鍵を渡す。その時に言葉を伝えるが、それは暗記すること。決して紙に書いたりしてはならない!また、任務の途中見聞きしたものは、一切口外してはならない…などなど。
「あなたを良く知っているものから…」王女はそう言った。自分のことを誰がどう伝えたのだろう?王室に出入りできる知り合いなど下級神官の身では到底思い至らなかった!ただ、王女の第一声が「グスト!」だったので、流石に驚いた!自分をこの名で呼ぶものは限られた一部の者。自分のことはその者からの情報…もしか、その者を拉致し、拷問し、口を割らせ、今、自分の前に現れた…とは考えられない!そのような事をしたのなら自分にも同じ事をするはず!拉致し、脅し、従わせれば良いだけ。このような回りくどい方法はとらないだろう。そして、驚いたことに、この王女から話を聞くうちに、生まれて初めての感覚が、ついぞ感じたことのない思いが、グストの内部に発現した!
その真摯さ故か、この女王が何を求め、何を成そうとしているのか、知りたいと思ったのだ!まさか、このような感覚が自分にある事を知らなかったので、少し戸惑ってはいるが、一方で、どこかそんな自分を面白がっているところもあった!
商隊が到着した。メゲレスの砂漠地帯から運んできた10メテロほどの長さの…筐体、しかも、50台はあるだろうか?
しかも、何か巨大な生き物を入れるケージのように見える。黒い幕で覆われていて中は確認できない。その中で何かが呼吸し、微かに動いている気配が感じられた。この荷物は…流石のグストも中を見たい衝動が高ぶって、幕を引き上げ中を確認ようとした瞬間、若き日の記憶が蘇った。
そういえば神官見習いのころ、同じような通路を使って一人の少女をとある場所に送り届けたことがあった。
それは、いかにもお忍びといった風情ふぜいで、宮廷付きの女官が1名と、その護衛と思しき男が2名、神殿の正門からではなく、宮殿に続く回遊式庭園から現れ、当時自分の指導係であった、ジオン・ボルグ司祭と密談しているところに偶然通りかかった。向こうでも自分に気づき、一瞬無言になったが、司祭が手招きするのを無視するわけにもいかず、遠慮がちに近づいて行った。
「この者はその町の出身で、学業優秀で武術の心得もあり、しかも現在見習い中のため、私以外とはほとんど接触がございません。この者が数か月姿を消たところで誰も気に留めないでしょう。人知れず密命を果たし戻ってくるとなれば、この者こそ適任ではないかと存じます。」
そうだ、過去にも同じようなことをしていたのだ。
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一緒に旅をすることになった彼女は「ケイ」と紹介された。
10歳くらいだろうか、女性と見えないように髪をまとめ、目深にかぶったワークキャップの中に隠し、見た目は少年のような風体で現れた。
彼女に対しても自分は「グスト」とだけ告げるだけにした。
それで十分だった。
司祭から指示されたことは、必要最小限の会話を心掛けること。
彼女のほうもそこは心得ているようで、意味なく話しかけてこない。
母の不慮の死を受けて、沈み込んだ父娘が母の生まれ故郷にその報告に向かう…そのようなシナリオで旅は始まった。
旅の途中、会話のないこの2人の関係を詮索し、興味深げに話しかけてくる者もいたが、先の話をすると、納得し、都合よく直ぐに離れてくれた。
目的地には約10日の道のり。最初はどうなることかと心配だったが、つかず離れずお互いに絶妙の距離感で過ごすことができた。
港湾都市、ギャラドガに到着した。ここから小舟で半日で目的地に着く。天気は良好、海も穏やかで、南からの海流に乗り、上手く
風をとらえられれは、小舟でもそう揺れることなく、快適な船旅となりそうだ。
繁華街は人目に付きやすいので、あえて、少し治安は悪いがスラム街の奥にある薄暗い路地を通ることにした。
路地に差しかかった時、ケイは少し躊躇した様子だったが、何も言わずついてきた。
横道のない路地の半ばに差し掛かった時。前方から2人の男がまるでケイとグストが路地にいることを知っているかのように路地に入ってきた。
2人の男はニヤつきながら、グストとケイに対して威嚇のつもりか小型のナイフらしき物をチャラチャラさせながらゆっくりと近づいてきた。
ケイは一瞬、反射的に身を固くした。そして、後ろからも路地に入ってくる3人の影に気づいた。この状況を打開すべく宮廷で教育されたあらゆる知識を駆使してこの大人しい神官と自分が生き延びるための方法を瞬時に10通り考え付いた。
この者たちは、街のごろつきといったところか、
ケイは、彼らと接触する前に打ち合わせをしなければ‥‥そう思い、小声で、「ねえ、グスト… !!!!!」
そして次に思わず「えーーーーーーっ!」声には出さなかったが、ケイの心情はこんな感じだった。
傍らにいたはずのグストが超高速で前方の二人に近づきジャンプして壁を走り2人の背後に回ったかと思った瞬間、左右の手で2人の頭を掴み振り子のように足を振る反動で着地した時には二人の頭は地面に叩きつけられていた!
ケイはなにが起こったかすぐには理解出来ず、だだ唖然と目の前で起こった一瞬の戦闘を見ていた!
ケイ!わたしの後ろに!
いつのまにかケイと背後から近づいてきていた3人の間にグストは立っていた!
ケイは魅了されていた。この若き神官の目にもとまらぬ動きに。目が輝き、ずーと見ていたい衝動に駆られていた。
次は何をしてくれるのか…
また、走り出していた。あまりの素早さに先頭の男が身構える余裕もなかった。次の瞬間、グストは超高速スライディングで足から男のまたぐらを抜けて2番目の男の前に躍り出る。その際に先頭の男の胸倉を右手で軽くひっかけて前のめりにし、その左かかとが浮いたところを、右手でしかもわずかな力で掬い上げるようにタッチした。
それだけで、最初の男はバランスを崩し顔面左コメカミ部分を地面にしたたかにぶつけ、鈍い音をたて昏倒した。2番目の男の前にスライディングした状態で左足のかかとで外側から相手の右足のかかとをロックし、右足で相手の右のひざをこちらも軽く押していた。男は耐え切れず、大きく後ろに尻もちをついた。その瞬間グストはコンパクトに前転して、2番目の男の顔面に踵を落としていた。
最後の男は2メトロを超えるほどの大男で、その体は引き締まっていた!
正統派のボクシングスタイルで、直前に倒した4人とは明らかに異質のオーラのようなものを身にまとっていた。
巨漢の割にフットワークは軽快で、時折見せる、ジャブからのストレートはスピードと破壊力どちらも申し分なく、誰が見ても相当の猛者であることは間違いなかった!ただ、当たらない。巨漢が繰り出すパンチのことごとくがグストにほんの数マクロ足りないのだ!
男の表情が少し険しくなってきた!繰り出すパンチがこれほど空を切ったことは人生で一度も無かったのだ!
男はタイミングを変え狙いを定め、渾身の右ストレートを繰り出した!その瞬間、グストは左手で男の右手首を掴みパンチの方向に力を流しながらその反動を利用して前進し、右手刀を相手の右頸動脈にヒットさせ、続けてその右手を伸ばし相手の首を引き寄せながら顔面に右膝蹴りを炸裂せせていた!男は膝をつき突っ伏して動かなくなった!
ケイにはまるで男が自分から頸動脈を打ってくれとグストに差し出したように見えた。
「ケイ!怪我はありませんか?」
ケイは目の前に繰り広げられたすべてのシーンを見て幸福感に満たされていた。ただ、眼だけは爛々と輝いていたが、体は力が抜けぐったりとしていた。エンドルフィンが出すぎて許容範囲をこえてしまったようだ。
「後に戦いの女神、エグダレスの生まれ変わりとまであだ名されたケイは語っている!もし、グスタフ・ウルドとのこの旅の経験が無かったとしたら、自分には、周囲が一目置くほどの戦闘に対する卓越したセンスは芽生えなかっただろう!と‥」
ケイは船の中で目を覚まし、目を輝かせ興奮気味にグストを質問ぜめにした!あの無口で素っ気なかった態度が嘘のように今まで抑えていたものが堰を切ったように溢れ出した。船上で2人きりなのだ、人目を気にする必要もない!10歳の少女の本来の姿といえばそうなのだろうが、ケイはこの若き神官に陶酔してしまったようだ!
そしてケイはあることに気づいてしまった。、グストが質問に答えようとするとき必ず、眉間にしわを寄せ、困ったような表情をするのだ。
断崖に近づいていた!10メトロほどの距離まで近づいてやっと断崖に一箇所裂け目があることがわかった!遠目では決してわからないくらいの小舟一艘がようやっと通れるくらいの裂け目だった!少し進むと明かりが見えた!広がりのある空間がそこにあることがわかった!
中に入って驚いた!その空間は意外に広く20艘ほどの小舟が停泊している。人気は無いが松明が焚かれ、まるで2人を出迎えているかのようだ。
グストは静かにするよう身振りでケイを黙らせ、停泊できそうな空きを見つけて船を泊めた!
ここ、自由都市ディーゼルベイツにはGARRANと呼ばれる修行の為の施設があった!
その起源はディーゼルベイツの街よりもはるかに古く、初代イスルギ・ホロウからイスルギ・タルホそして3台目のイスルギ・ガラクまでがその系譜に神官と記されたいたことからGARRANの創成期は純粋な宗教施設だったのかもしれなかった!
船着場から岩をくり抜いて作られた仄暗い回る廊をしばらく進み、何度か曲がって、今までとは明らかに雰囲気の違う廊下に出た。清浄な空気が満ちていた。
と突き当たりに引き戸のついた部屋の入り口が見えて来た!足元にあるちいさな行灯をたよりにその部屋の重厚な引き戸を開け2人は中に入った!
シューッ!
廊下よりは幾分明るい部屋の中央に炉が切ってあった!炭の優しく暖かい炎と釜で湯を沸かす音が心地よかった。この仄暗い空間は奥が見えず、曖昧で、まるで亜空間に迷い込んだような錯覚に陥る!
2人は暫く無言のまま炉の火を見つめていたが、次の瞬間グストはほんの微細な空間の揺らぎを察知し、ケイに床に座るように促し、自らも床に座った。
「 ^_^ 久しいのう!グスト」
と、いつのまにか白い衣(女性神職の正装?)身をまとったひとりの女性が2人の目の前に座っていた!
青い瞳と黒い髪、透き通る白い肌。端正な目鼻立ち、匂い立つ妖艶な姿態。 30代後半といったところか!
2人は軽く会釈をした!
ケイはその女性を驚きを持って見つめてた!このような女性を見るのは生まれて初めてだった!
「現GARRAN差配、イカルガのメノンじゃ!」
「ご無沙汰をしております。メノン様!
わが師ジオン・ボルグ司祭の命によりケイをお連れしました!」
「ケイ!こちらはGARRANの全てを司るイカルガのメノン様です。」
「ケイです。宜しくお願いします。」
いつもの言葉少ない沈着冷静なケイに戻っていた。
「2人とも良く来た! 」
いつ点てたのか、2人の前に茶が用意されていた!
グストがケイに、
「いただきましょう!作法はこうです!」
グストの動きを真似てケイもやってみた!
初めて嗅ぐ香りがとても清々しく、口に含んだ瞬間、今まで飲んだどんな飲み物よりも苦く、甘く、美味かった!
飲み終わった後も、この茶の持つ芳醇さが持続して、薄れない!
「ケイよ!委細承知しておる、今宵はゆるりとし、明日、話すとしよう!。グスト、あないしてやれ!」
「はっ!明日は不逃の戯界でよろしかったでしょうか?」
「使いを出す!待っておれ!」
二人はメノウに辞儀をしてその仄暗い不思議な空間を後にした。
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