17】Realm Gnome
、、、「ねえ、君の名前は何???」
「ヒュルリル!ヒュルリル!」
「なぜそこら中を飛び回ってるの???」
「ヒュルリル!ヒュルリル!」
「なぜクルクル、クルzzクル、回転しているの?」
「そうか!分かった!君の名前は、ヒュルリルなんだね!」
断続的に回転しながら、茶畑の上を縦横無尽に飛び回っているそれは、花畑のミツバチさながらに、高さを変え、向きを変え、チラチラと飛び回っている。ただ理解できないのは、ミッバチが蜜を吸うという目的で飛んで廻るのに対して、これは何のためにここでこんなことをしているのか?
大きさは、そう、人間でいうところのおよそ5歳児のリルケと同じくらいか。顔があり、胴が3つのパーツで構成されている。足は見当たらない。長く細い手が一本真横に伸びていて、手のひらを上に向け何かを持っているようだ!しかし、これは、
「君の名は…レルム・ノーム…?そう?いま僕の心の中に入ってきたよね!うわぁ!すごいすごい!アハッ、心で会話できるんだね!」
「ヒュルリル! ヒュルリル!」
リルケの問いかけに答えるかのようにそれは回転を早め、不規則に上下しながらリルケの前まで近づいて来た!
と、目の前に、丁度、リルケの小さな手を伸ばせば届く位置に、その者の手の平があった。その上にはリボンが結ばれた包みが!
「これを、僕にくれるのかい?…」
でもなぜ…?…エッ?ほこら???あ、あの、もしか、不思議な絵の…。壊れていた祠を僕が治てあげたから?…」
「もっときれいに治せればよかったんだけど…」
リルケの住む森から少し離れた小高い丘にその小さな茶畑はあった。北部海洋域のこの極寒の地で果たして茶など育つのだろうか?誰もが抱く疑問だが…この茶畑はなぜか、そこだけ温暖な地域を切り取ったかのような不自然というより不可思議な空間だった。何となれば、茶畑から1ミクロメトロ外側はどんよりと曇った陽が滅多に差さない極寒の気候、一方、内側は、温暖で陽が差す穏やかで麗らかな気候なのだ。こんなに狭い空間で気候がまるで違うなどありうるのだろうか!
リルケが居ない!
またどこかで遊んでいるのだろう。
「ルネ!ビト!リルケを探して来てくれないか?」
魔人、オスプル・マグロウは2匹の魔獣の名を呼んだ!
「ガルルルルーッ!」洞窟の奥の闇から獰猛そうな真っ黒な生き物が2体現れた。大きさはおよそ2メトロは超えていよう!魔獣たちのそれぞれ雌雄のリーダーだ!ルネもビトも幼きリルケが作り出した魔獣だった!もちろんオスプルマグロウに教えられながらだが。
「ルネ!リルが行くとしたら?」
「もちろん、最有力候補はあそこだな!」
「うん、そうね!私もそう思うわ!」
「ほらほら、近づくにつれてリルの気配がして来たぞ!」
「よーし、ペースを落とそう。コチラは気配を消して驚かせてやろう。」
遠目に茶畑が見える所まで来ていた。
「ルネ!あれって?」
「なんだろう。光ったよな!」
2匹は走り出していた!
リルケの気配が全く消えてしまっていた。
明らかにリルケの身に何か起こったのだ!
2匹は思っていた。あの時ペースダウンしていなければ、光の瞬間に間に合ったのではないか?悔やんでも悔やみきれない。
それほど広くない茶畑だ!2匹でくまなく捜したが、すぐにリルケが消えてしまったことが確認できた。
「ビト、戻ってマグロウにこのことを伝えてくれ!」
「わかったわ!」
「俺はもう一度捜索範囲を広げて捜してみる!あと、ワタリガラスを飛ばすようマグロウに頼んでくれ!気配の消え方が普通じゃない!俺たちでは探せない場所に転移した可能性がある。」
ビトはルネと目を合わせ軽く頷くと、音もなく森に向けて走り出していた。
リルケはレルム・ノームに導かれるまま、包みの中から取り出した石を、手に握ったまま、祠の絵の中央の穴にゆっくり差し入れてみた!一瞬まばゆい光に包まれ、あまりの明るさに何も見えなくなった次の瞬間、また見覚えのある同じ祠の前に立っていた…でも、まわりの色が、匂いが、光が変わっていた!
リルケの耳がいつも以上にトンガッている。その目がこれ以上はないくらいに大きく開いている。
振り返ったり、周りを見渡したりする前に、リルケの五感にあらゆる情報が飛び込んで来ていた!生まれて初めての、この心の躍動は一体なんのだろう!
暖かで穏やかな空気。一呼吸一呼吸が新鮮でさわやか、身体中に染み渡る!
「ここ、どこ? 祠の裏側?…なのかしら!」
「調和、幸福感、ものみな輝いてい見える。」
極寒のシバリエラに亜空間への入口があり、そこにリルケは一瞬にして迷い込んだ!
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「ルネ!居るか?」
「ここだ!まさかあんたが来るとは?」
「なんだ?不服か?」
ルネはその問いを無視してつづけた。
「もうとっくに引退したかと思っていた!」
「いや、リルケには色々世話になったからな。何かあれば、気が気ではない。」
『エルフとはいえ見た目、人でいう5歳の幼女にどんな世話になったか聞きたいもんだが…』と心で呟いてから、「さっそくはじめてもらえるか?」
「了解した。」
ルネは先導して茶畑の中に入っていった。そのあとを、渡鴉は周囲を丹念に見渡しながら
ついてきた。鳥なのだから羽ばたいていないと落ちてしまうのではと思うのだが、この渡鴉は飛ぶと言うより浮いている。いやむしろ宙を泳いでいるといった感じた。
「トビー・ジョー!この辺りが一瞬光ったと思ったらそのあとリルの気配が忽然と消えたのだ!」
「この祠は前からあったか?」
「あった!だいぶ朽ち果ててはいたが、崩壊する直前にリルが補修してこの状態にまで戻したのだ。」
ジョーは祠の周りを一週し、正面にもどると、中央に飾られている巨人の刺繍を興味深げに見つめながら何度か頷いていた。
「リルケはおそらくこの向こうだ!」
「転移したのか?」
「いや!転移とは違う、鍵を使って中に入ったのだろう。」
「鍵とは」
「一般の鍵とは違うかもな!鍵の形をしていないかもしれぬ、」
「その鍵がないと入れないと言うことか?」
「そうだ!基本的にはな!だが、ビト、わかっておろう!鍵が無くとも中に入れる者がおる。世界で最も古い書、『ブブル 黎明の記』に唯一登場する鳥だけはあらゆる隔たりを無に帰す力を持つ!」
ビトは この渡鴉、トビー・ジョーが苦手だった。目付きがいかにもずる賢く、喋っていない時は舌が嘴からはみ出している。動きも緩慢で、かげではナマケガラスとあだ名されていた。こんな奴を信じてリルケの捜索を依頼しなければならないのか?言っている内容がいくらまともだったとしても、その風態から推しはかると、胡散臭さがたどうしても拭えない!
「ルネ!少し待っていろ!直ぐにもリルケを連れ戻してやろう。」
「?本当か!」
「俺がどこの生まれか聞いてないのか?」
「いや、リルやオスプルからは何も…どうせこの森のどこかだろう。」
「ま、いずれわかろう!」そう言いながら祠の中央の穴を覗き込んでいたかと思うと、次の瞬間、先ほどまでの緩慢な動きとは打って変わって、翼をたたみ体を伸ばし「ヒュン!」と言う音とともに祠の穴に吸い込まれ、消えてしまった。




