15】SIBLINGS
ネージャー帝国の帝都レガンダから凡そ10キロメトロ北東にその町はあった。
ブランデンリューム聖教会があり、世界を救ったとされるモーヴ像があることでも有名な街である。
その中にあって一際、異彩を放っている一角がある。
教会特別管理区域「セネスタ」と呼ばれる部外者が立ち入ることを禁じられた聖域…そこは、周囲500メトロ四方を高い塀で囲まれた外界から完全に隔絶された宗教関連施設のみが集まったとされるある種異様な場所だった!
入口は1箇所しか無いが、なぜかその門は大きく開かれており、誰でも入って行けそうだ!特に門番が居るわけでもない。だが、そのどす黒い塀や壁の至る所に、まるで飛び散った血痕のような形の模様が見て取れた。加えて、塀の上、壁の上、屋根の上、セネスタを取り囲むように建てられた6本の尖塔の上、無数のカラスが整然と並んで、騒ぎもせず啼きもせず、その視線を静かにその開かれた門に向けている。
魔術結界かそれと同等以上の効果があるのではないか?よほどのことがない限りここに立ち入ろうとする変わり者は居ないだろう。
「シューッ‼︎、‥キンコンキンコン!ドゥブドゥブドゥブド‼︎」、、奇妙な音が聞こえる…
どこか廃屋かと思われるくらい古びた佇まいのとある建物の地下3階、仄暗い廊下の突き当たりに緑と赤と茶色の磨りガラスで装飾されたドビラがあった!
『生態科学研究所」の古めかしい札がかかっていた。そして、よく見ると、その脇に小さな文字で「迷宮への入口」と書かれていた。
中は以外に広く10台以上の実験台があり、その部屋の壁際の棚には実験機材と思しき道具が所狭しと置かれていた!ある実験台では、円錐形の透明ガラスがランプに熱せられ、中の液体がポコポコ音をたてている。
よく見ると、下から水泡が液体の表面に達する瞬間、四角いキューブ状の塊が生まれ、ふわふわと空気中に浮かび上がり、しばらく浮遊したと思ったら、弾けて、中にあった白いガスが周りに滲んで消えた。
と、 壁際の一角が振動した!
無造作に置かれていた。縦2メトロ、横と奥行きが各1メトロほどの透明な箱が小刻みに揺れ出した!
その振動はしばらく続き、次に上下にも大きく動き出し、箱の輪郭が霞むぐらい激しく、まるで蓋を吹き飛ばす寸前の沸騰したポットのような状態となった!
「おいおい、200年前にオスプル・マグロウにあずかったポッドがヤバイ状態だぞ!」
「ヘェ〜まだそこにあったんだね!初めてだね!こんな現象!」
「弟よ、まさかまさか、お前のおもちゃ箱として使ったりしてないだろうね?」
「姉さん!おもちゃはもう卒業しているよう!今は生きている人間の女がいいんだ!」
「おいッ!弟!ポッドがカラじゃなかったら爆発するんだぞ!わかっているのか⁈!」
「大丈夫さ!一晩添い寝して、次の日には飽きて食べちゃうんだからポッドにはなにも無いって!」
「まさかまさか、骨のかけらも‥‥」
「無いよ!」きっぱりとした口調に、安心したようだ!…そういえば弟は大食漢だった。
「どうも最近朝起きたら胸焼けすると思ったのだ!弟よ、今後骨を食うのは一切禁止だ!いいな!」
「いいじゃないか?姉さんだって俺が寝ている間に宜しくやってるだろう?!」
姉の方の声が裏返った!明らかに気が動転しているようだ!
「な、な、な、何を言っている?…ま、まさか?……見たのか?」
「見るも何も、あの部屋だけに、鍵をかけているだろう、逆に見て欲しいのかと思って!しかし驚いた なぁ、人間の男のサンプルをあんなに…」
ナオミは顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
「やめろやめろやめろ!それ以上言うとべへベノスへ落とすぞ!」
「いや〜あんなに沢山…流石に引いたわ〜!!!」
先程から姉弟と思しき会話が続いてはいるが、この広い研究室に人影は一つしかなかった。
「大体俺がべへベノスに落ちるってことは姉さんも一緒に落ちるってことなんだけど、分かってんの?」
「………‼︎」
弟に内緒で集めていたコレクションが見つかったことに相当動揺しているようだ!返す言葉が見つからない。
「だから、協力してよ!どこか物憂げで、儚げで、情緒的で、色白の、そんな人間の女に出会えるまで俺は続けたいんだ!」
「バカ!死んだ母さんの影を追うのはやめろ!あの人は最期、気を病んで、べへベノスに身を投げて死んだんだぞ!」
「いや〜姉さん!わかんないかな〜そこが良いんだよ!そういうんだから次の日も添い寝したくなるんだよ!べへベノスなんかに行かないよう俺が守ってやるんだよ!運命的な出逢いがもうそこまで来ているようなそんな気がするんだ!」
「カタカタカタッ‼︎‥‥‥‥‥‥」
丁度その時、オスプルマグロウの箱の振動が止まった。
その白い枠で囲まれた透明な箱の中は水蒸気のような白い霧で満たされ、キラキラと輝いているように見えた!
その、ひとつの人影は、そう、シルエットから一人の女性と思われた。透明な箱の横に立って、箱の中を凝視している!
‥と、箱の中…丁度、眼の高さあたりに人の鼻の先端が現れた。そしてみるみる、顔全体が、そして体全体が現れた!
今は白い霧は消えて、その中に現れた人影は白く光っているように見えた!
最初、顔と同時に体の前面が現れ徐々に残りの部分が現れ、最後は後頭部が現れ、まるで壁抜けのショーを見せられているようだった。
「ウーラキャノン祭の催しみたいじゃないか?姉さん!覚えているかい?」
プッシュー!透明な箱の前面が左にスライドして開いた。
転移 が完了したようだ!
「やったー!やったーって!姉さん、とうと うやったよ。ホラ、探していたのが向こうからやってきた!」
ゆっくり中から出てきたのは、頭から足の先まで紺色のおそらく誰も見た事ない独特のデザインの服をまとった人間の?少女だろうか髪の毛も耳もぴったりとした帽子に覆われ、その中に隠されていてる。分かるのは、色白で目鼻立ちが整った若くてスタイルのいい美しい女、いや、少女ということぐらいか?
少女は眉根を寄せ、少し不機嫌そうな表情。自分がなぜここにいるのか未だ判別出来かねている様子。
と、傍に立ってこちらを伺う人影に気づいた!
「ようこそ、我らが実験室へ!」…人影がしゃべった。しかもその声はひとつではなかった。
2つの声が重なったような不思議な聞こえ方をした。
そう、少女の目の前にいる人影には顔が二つあった!ふつうに顔の部分には(マスクのようなものに覆われていて素顔は見れなかったが、声から推測すると)若い女、そしてそのヘソの右脇、腰のあたりにもう一つ若い男の顔があった。ポッドから出てきたその少女は特段驚くでもなく、その異形の人影を観察しつつ部屋全体を見渡していた。
「あのー、転移したばかりで悪いんだけど、ねえ!君は、オスプルマグロウと何か関係があるのかな?」腰の弟が、探りを入れるように質問をしてみた。
「え…?オスプルマグロウ?…転移するまで一緒に暮らしていた。」
「何だって‼︎‼︎‼︎」弟は突然大声を発した!
「あのクソジジイが!何であんな風体の魔人に、どこか物憂げで、儚げで、情緒的で、色白の…その…あのー…そのこの、我が運命の人と時空を共に過ごしていたと言うのか!?チキショー、理不尽だ、羨ましい!」
「弟よ、相当複雑な心境だな!ただ、彼女が情緒的かどうかなんて分からないだろう?」
「いや、分かっているよ!だってこの出会いに疑問を挟む余地なんてあるワケがないでしょ!彼女こそが僕が追い求めて出会えなかった人なんだよ。」
「ねえ、君、名前は何と言うんだい?あっ、僕の名前はヴァニラ・ノストラ、それで、こっちは僕の姉さんでナオミ・ノストラ。」
「僕の名前…?リルケ!…リルケ・ドナ・マグロウ!…」
「聞いたかい!姉さん!マグロウと名乗っているってことは…マグロウの家族ってことじゃないか?と言うことは、リルケの純潔は守られているって事だよー。」
「いや、分からないぞ!よーく調べてみないと!
「ねえ、君たち、お願いだよ!なんか食べるものない?僕、死にそうなくらいお腹空いちゃてるんだ。」
「それは大変だ!じゃ、そのお願いを聞いてあげるから、私達のお願いも聞いてくれないかなぇ?」
「何か食べさしてくれるなら何だってするよ!」
「良かった、それじゃあ、えーっとその〜、ちょっと言いにくいんだけれど、君が今着ているその紺色の服を脱いでくれないか?色々と君のことを知りたいので…あっ、でも、嫌だったら良いんだよ!会ったばかりで流石に恥ずかしいよね?」
リルケはそう言い終わる前にもう脱ぎ始めていた。姉弟は魅了されていた!その美しさに。向こう側が透けて見えるくらいに白い肌と服を脱ぐ時に体をくねらせるその仕草があまりに妖艶で、少女とはとても思えないくらいのムードを纏っていた。
しかもその服の下には…何もつけていなかった!ピッタリとした紺色の服の下から現れたのは、軽く触れただけで果汁が弾け飛び散るのではないかと思われるくらい瑞々しい、熟した果実のような肢体だった。
暫し圧倒され、放心状態の姉弟にリルケは、
「さあ、約束は果たしただろう?!焦らさないでおくれよ!」
「ゴメン、リルケ、その頭を覆っているキャップもお願いできないかな?」
「アァ、そうだったね!」リルケはそう言いながら顔とフードキャップの間に手を入れ持ち上げた瞬間、金色の長い髪と、同時に人間の3倍ぐらいの長くトンがった耳が現れた。
「こ、これは?まさか、失われた種族、ハイエルフ!?」
「間違いない!弟よ、オスプルマグロウは何らかの手法を使ってハイエルフを蘇らせたのだ!」
「何のために?」
「それは、色々調べればわかってくるだろう!さっそく検査の準備を始めよう!」
「アーーーなんて幸せなんだ。リルケの体を自由にできるなんて…興奮するなー」
姉弟の会話が長いのでリルケは頬を膨らませてとても不機嫌そうな様子。それに気づき姉が食材の説明を始めた。
「リルケ、あー協力してくれてありがとう!良いよ!ここにある生き物なら何だって食べて良いんだよ!ただ実験用が主なので小動物が多くてね!昆虫や植物も豊富だから食べたい物を言ってくれればすぐ料理しよう!弟も私も実験動物には敬意を払っていて、実験の後はちゃんと美味しく料理をして、感謝を込めて頂くことにしているんだ。お陰で料理の腕は一級品だよ!全て生きているのだから生で豪快にって言うのもアリかもしれないけど、どうする!」
この時、姉弟は未だ、自分たちを待ち受ける信じがたい運命に気づかずにいた。




