トリッキー ハロウィーン ~Truck or Yourself
今夜はお金なんて、無くたって大丈夫。
だって、私たちはリアルでかわいいから。ねー、スズ。うちら写真の加工なんて、ほとんど要らないよ?
リアルで会ったら誰だかわかんないってことは無いし。っていうか、リアルの方がめっちゃかわいいから。
私たちは高校の同級生。卒業してそれぞれの道へ進み、もう半年経つけど、未だに仲良し3人組。あいにく今日は葵がいなくて二人だけど。
夕方の5時になると、もう暮れなずんで来た。空はあっという間に暗くなるね。そして今度は街がキラキラ輝き出すの。
こうやって、歩いていると、すれ違う人は、私たちに視線を残しながら通り過ぎてゆく。なんか気分いい~。
歩いているだけでいろんな人から声をかけられる。一緒に写真を撮って下さいってお願いされっぱなし。
この分なら黙っていても、誰かしらがタダで用意してくれるはず♡
今夜の夕食も、お洒落なカクテル風ジュースも、明日の始発電車の時間まで休んでいられる場所だって。
今年もね。
うふふ。今日は待ちに待ったハロウィーン。かわいいコスプレして街を歩いてる。
今年の私はかわいいとんがり帽子のミニドレスの魔女さん。漆黒にオレンジのふちどりが可愛い。
日夜努力してるし、脚のラインだって、ほらキレイでしょ? ナチュラルに可愛いのは小学生までよ。それ以降のキレイは、意識と努力で作られてるの。
心がふわふわ浮き立つ。日常を忘れる夜。今夜はみんな、とりどりの仮装をして楽しいね。
今夜は特別魔法の夜だもん。
ああん、バイトのシフトどうしても抜けられなかった葵ちゃんは可哀想。私、葵ちゃんの分も思いっきり楽しんでおくね。楽しい写真も速攻撮ってスズとリアルタイムでUPするから、見てよね。さあ、行っくよー?
「ユナ、私お手洗いに行きたい。ちょっとここで待ってて」
「おっけー! いいよ、ゆっくりで。スズ、鼻んとこ、メイク浮いてきてるよ」
スズの顔をチェックする私。だって、私と一緒に歩いてるスズにはキレイでいて欲しいじゃない? 並んで歩く相乗効果ってあると思うし。
「マジ? 最悪ぅ~」
スズが両手で口と鼻をふんわり覆いながら、ファッションビルの中に消えて行った。
繁華街の雑踏。通行人の邪魔にならないように、ビルの自動扉脇の壁際に一人で佇んだ。
「魔女さん。一人?」
私に話しかけて来たバンパイアさん。背が高くてしかもガチイケメン! パープルのカラコンの瞳も美しい。
「あ‥‥‥の‥‥‥」
どうしよう。ガチタイプなんですけど。でも私、スズを待っていなきゃいけないの。
「私、友だちを待ってるの」
「彼氏?」
「ううん、女の子の友だち。二人で来てるの」
バンパイアさんは、額を押さえてホッーって息を吐いた。彼氏じゃなくてそんなにホッとしたの? なんか気分いいな、こういうの。
「キミ、最高にかわいいね。後で二人きりで会わない? この場所で9時でいける?」
「あ、ハイ‥‥」
「やったね! 絶対ね。約束。俺と指切りして」
私は芸能人並のカッコいいお兄さんにナンパされて、ついつい指切りまでしてしまった。
今晩は一晩中スズと遊ぶ予定だったのに、ゴメン。
それから戻って来たスズと、新たにナンパして来た大学生二人組の4人で食べて喋って遊んで、9時15分前になった頃、お腹が冷えて痛くなったって嘘をついて一人抜けた。スズはあの人たちともう少し遊んでから帰るって言ってるから、機嫌は悪くされずに済んだみたい。っていうか、私がいなくなって密かに嬉しそう。
女の友情ってわりと表面的だよね。ま、しょうがないか。
私はバンパイアさんと指切りしたビルの前に、急ぎ足で向かった。
急いで来たからメイク崩れが心配。早歩きしながらスマホのカメラでチェック。うん、大丈夫。髪を手ぐしで整える。
「きゃっ!」
誰かの背中にぶつかってしまった。私の前にいるなんて、スッゴク邪魔よね。
その黒いマントの背中が振り返った。
「あっ!」
さっきのパープルアイのバンパイアさんだった!! バンパイアさんもちょうど行くとこだったんだ。
「痛ってーなッ! 気をつけ‥‥‥あれ、キミは‥‥‥」
「はい、9時に待ち合わせした魔女です。えっと、ユナって言います」
「わお! ちょうどよかったな。俺はサイリ。待ち合わせに来てくれたんだよね?」
私は彼にこくりと頷いた。
サイリさん、ちょと怒ってたけど、私をみたら急変。すごく嬉しそう。だよね。私かわいいし。
「ありがとう。来てくれなかったらどうしようかって気が気じゃなくって」
やだ、そんなに私のこと待っていたの? イケメンにそんなこと言われて、恥ずかしいな。照れてしまうよ‥‥‥
「行こう‥‥」
私の肩をさりげなく抱いて歩き出した。
道行く女の子たちが私を羨ましそうに見ながら通り過ぎてゆく。なんて優越感!
最高のマウントだよね。こんな素敵な人と二人並んで歩けるなんて。
「どこへ行くの?」
「秘密の店あるんだ。一般人は入れない。選ばれた人だけだ」
「選ばれた?」
「そう、キミは俺に選ばれた。この街の中でこの夜に、ね?」
ウインクして見せるサイリさん。
私は頬が熱くなってうつむき加減。
「時間が勿体ないな。急ごう」
肩の手を外して私に手を差し出した。長くてほっそりした白い指。
私は、その手を取る。
ぎゅっと握られた私の手。
人波をすいすい抜けて、ここはどこ? 暗くて狭い裏通り。
「ここのビルの地下なんだ。ほら、よく見ると看板が貼ってあるだろ?」
《Truck or Alternatives 》
やだ、紙に書いて壁に貼ってあるだけ。ヤバいショボくない?
「トリック オア オルターナティブス?」
「うん、しかも、開くのはハロウィーンの一日だけなんだ。一年間の内でたったの24時間だけの営業なんて、ヤバいよな。だから、あと3時間もしない内に閉まってしまう。夜中の12時までだから」
「だから急いでいたのね。すごい期間限定のお店ね」
「そういうこと。それに、あまり時間が無くなってしまったら、ユナさんにも申し訳ないしさ」
話ながらも私の手を取ってどんどん階段を降りてゆくサイリさん。
扉が現れた。黒くてどっしりとした重そうな扉。
金色の文字の小さなプレートが張り付いている。
《Truck or Alternatives 》
良かった。こっちはちゃんとしてる。どういうお店かと心配しちゃったってば。
「さあ、どうぞ」
サイリさんがエスコートしてくれた。うふふ、お姫様気分。
「Truck or Alternatives へようこそ」
なあに? 一歩踏み入れたら背中がゾクゾクする。この店の中が寒いのかな? ううん、別に普通だよね?
サイリさんに促されカウンターのスツールに座る。それにしてもすごく薄暗い。周りのお客さんの顔もいまいち良く見えないよ。
うっ、まさかいかがわしいお店?
「ユナさんは未成年ぽいよね。なら、Truck or Alternatives 特製のオレンジジュースはどうかな? 珍しい花の蜂蜜が使われているらしいよ。マスター曰く、地獄に咲いてる花だとか。僕もユナさんに出会うちょっと前に飲んだんだよね」
ふーん。サイリさんも飲んだなら、大丈夫だよね。地獄の花の蜜って‥‥
ああ、そっか、ハロウィーン設定で、プレミアム感出してんだ?
「では、私はそれをいただきます」
「俺たちの出会いに乾杯しよう! 全部俺のおごりだから安心して。あ、俺はもち、リリースのカクテルだよな? よろ、マスター」
「かしこまりました」
ゾンビメイクのマスターが私たちの前にコースターとグラスをそれぞれ置いた。マスターのメイク、すごく良く出来てて本物みたい。きっと暗いせいね。
サイリさんがグラスを掲げた。
「ユナさんに乾杯‥‥」
私たちのグラスがカチッと音を立てた。
一口飲んだサイリさんが、急に立ち上がった。
カウンターには、サイリさんが今まで身につけてたイヤーカフが置かれている。
「マスター、支払いはこれでいいかな? 一応18金だし」
「はい、結構ですよ。このお嬢さんは合格ですし。我々は、サイリ様のまたのお越しをお待ちしております」
「‥‥またって‥‥冗談ヤメろって!」
サイリさんは眉間をしかめた。
「お美しいサイリ様を手放すのは我々にとっては惜しいのですが、こちらの世界とて、レギュレーションは守らねばなりませんからね‥‥」
マスターがサイリさんのイヤーカフを握って、いきなりごくっと飲み込んで、ニヤッと私を見て嗤った。
手品だね。どういう仕掛け? この人マジシャンなんだ。
「やったー!! これで俺はリリースされた。次、ユナさんな! もう時間無いし、がんばって! ほんと、サンキュー!! めっちゃ助かった。じゃね」
「えっ?」
何なのよ?! 振り返りもせずに行ってしまった。どういうこと?
「さて、ユナさん」
呆然としてる私に向かって、マスターが半分腐ってるキモい顔を向けた。
「あなた、午前0時までにあなたの身代わりをここに連れて来なければなりません。そして、時間までに交代の乾杯をし、リリースのカクテルを飲まなければ今年の生け贄はユナさんです」
「‥‥はっ? 生け贄って。あんた何言ってんの? 頭大丈夫?」
私の言葉には構わず、しゃべり続けるゾンビマスター。
「代わりの者は、男でも女でも構いませんが、あなたやサイリさんのように、容姿は若く美しくなければなりません。あなた方のように、見かけの美しさと、内面とのギャップが大きな人ほど好ましい。私たちはそんな、黒いゲスなオーラが大好きなのですから」
「はぁ? あんた、私をバカにしてんのッ?」
こいつクッソムカつく。
「いえいえ。称賛しておるのですよ。さあ、早くしなければ、タイムオーバーなってしまいますよ? その時はあなたの魂は来年の今日までここに閉じ込められるのです。その日までお楽しみ会はサスペンドです。あなたにはそれまでの一年間、ここで私たちをもてなしていただきます。ねえ、皆さん?」
店にいた客がフードを脱いで、一斉に私に振り向いた。
「きゃー!! す、すごい出来映えですね‥‥‥みなさん」
すごっ。内臓さらしたゾンビに骸骨、どう見ても生きてる不気味なフランス人形さん、つぎはぎだらけの美少女。
「ユナさん。あいにく、みんな本物ですから‥‥」
「んなわけ、無いでしょ!」
サイリさんだってヒドイよ。私を置いて帰ってしまうなんて。
なんなのよ? この変な店。
わかった! 理解。あの人、この店の客引きだったんだ! 私、こんな店で私のお金は1円だって使ってあげないんだから。
「私、騙されないからねっ!! 私をだまそうなんて、千年早いんだからッ!」
イライラして骸骨のほほにパンチを食らわせた。
「え?」
ガラガラガラッ‥‥‥
骸骨人間、床に崩れ落ちた。
仕組みどうなってんの?
私は転がってるスカルを拾ってしげしげ観察する。
「ひっでぇ女!」
スカルが喋った!?
ガラガラガラ‥‥ガラガラガラ‥‥
体の骨が自動的に見事に再構築された。
「返せよッ! 性悪女!」
骨の手が、私の手からスカルを乱暴に奪ってカチンとてっぺんに乗せた。
「ぎゃーっ!!!!」
なになになになにっ?????? これって本物なのっ?!
「ユナさん、もう時間がありませんよ。もうすぐ10時になってしまいますが、よろしいのですか? あなた、もう乾杯してしまいましたし、私はいかなる場合も決まりを守らなければなりませんから」
膝がガクガク震える。
イヤイヤイヤッ!!!!! こんなところに閉じ込められるなんて!
こうなったら‥‥‥
すぐにスズにメッセージを送る。SNSで自慢するために密かに隠し撮りしておいたサイリさんの写真とともに。
『あれからすぐにお腹治ったんだ』
『それで、あれからガチの長身イケメンと知り合ったよ。全部ゴチしてくれるし、優しいし最高。でもさ、私またお腹痛くなって来たからもう帰りたいの』
『スズ、よかったらこっち来ない? 私、スズと交代したい』
あの写真見たら絶対来るよね? スズって私より面食いだもんね。
『お腹大丈夫? ユナが困ってるなら行くに決まってるじゃん。待ってて。こいつら巻いて速攻行くから』
良かった~。これで私はギリセーフ。
女の友情ってわりと表面的。でもさ、お互い様だよね♡
さあ、みんな、Happy Halloween♪
登場人物、クズばっかでゴメンな m(_ _)m