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勇者召喚三題  作者: ナタ
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後編

「異世界から勇者を連れてきて、魔王と戦ってもらうというジャンルですよ」

「ああ、なんか古典の教材で見たことがあるな」


オオタの記憶によれば、娯楽文学の一大ジャンルで、オタク文明の源流と言われた地方で流行ったはずだ。


「なるほど。この床に描かれた模様は召喚陣か」


という事は、ここは異世界か?


参ったなぁ。

戦略機動兵最初の損失ってことで、歴史に名を残しちゃうのか、俺。


現実感がないからか、そんな事をオオタは考えている。


「どうしましょう?周囲環境測定は終了しています。通常活動に問題ありません」

「そうだな。低位警戒モード3で」

「了解です」


無骨な低脅威宇宙航行モード、いわゆる装甲宇宙服の状態から、宇宙服がスライムのように形を変えて、どこかに消え去る。


そして立っているのは、何処か異国風の服を着た黒髪の男だ。


その服の実態は物理弾、エネルギー弾さらに精神攻撃全てにレベル3防御が可能な戦闘服なのだが。


具体的に言えば、惑星レベルの文明で今の防御を突破する事は不可能ということだ。


自由自在に装備の変更が可能。

これこそが軟式装甲戦闘宇宙服G型ツクヨミの真骨頂だ。亜空間格納庫に恒星系破壊用装備から、長距離航行用装備までが準備され、自由に換装可能なのだ。


さすがに超光速航行は標準装備されていないが、使い捨てのジャンプゲートボムが20発格納されているので、5万光年以内のジャンプなら、20回可能だ。


「とりあえず、外に出てここが本当に異世界か確認したいな」


宇宙航行モードを解除して、周囲の人々の言葉が直接耳に入るようになったが、それを無視してオオタは呟く。


星空を確認できれば、今いる星域がわかる。少なくとも銀河系内なら。

GRBや星雲状天体が観測できれば、既知宇宙の概略位置がわかるだろう。


もし、全くわからなければ、異世界の可能性が限りなく高くなる。


「既知宇宙にいなければ、異世界に転移したのとあまり変わりありませんがね」


ツクヨミの言うとおり、ジャンプゲートボムを全て使用しての限界距離、100万光年以上既知宇宙から離れていると、帰還は不可能だ。


亜光速航行で、相対論的時間収縮を利用して帰還することも不可能ではないだろうが、その間に外界で数百万年も経過していたら、もはやそれは「帰還」とは言えないだろう。


「翻訳可能な言語データは収集できたか?」

「限定的であれば。やはり、魔王を倒して欲しいようですよ」


巨大で異様な甲冑のような出立ちから現れた男ーオオタを取り囲み、いろいろと捲し立てている現地人たち。


文化が違うので、確実な事は言えないが宗教者のような格好をしている。


「翻訳モードに移行します」


ツクヨミの言葉とともに、オオタに聞こえる現地語が、汎人類標準語に翻訳される。


「どうか魔王を討って世界をお救い下さい」


「魔王」


オオタの言葉に隠しきれない戸惑いがこもる。

どうしても、B級の娯楽プログラムを体験している気分になるのだ。


「俺の言葉は通じているか?」


「もちろんです、勇者よ」


「その、魔王というのは、世界を滅ぼす者なのか」

「はい。単に魔人の王としての魔王もおりますが、此度百年振りに現れたのは、混沌神の使徒にして世界を滅ぼす者です」


 説明する白髪の老人の後ろに控えた禿頭の老人が、言葉を継いだ。


「そして貴方様こそが、秩序神に選ばれし使徒、勇者でございます」


目の前の宗教者たちは、一斉に頭を下げる。


オオタは言葉を出さずに「ウワァ」と口を開け天を仰いだ。


「よ!勇者」


ツクヨミの揶揄うセリフは、もちろんオオタの耳にしか届かなかった。




とりあえず気を取り直したオオタは、有能な軍人らしく実際的に動き出した。


汎用プローブを飛ばしまくって、この世界の情報収集を開始したのだ。


静止軌道上には、3基のベースユニットも配置した。


数時間の後には、オオタの元には、この惑星の詳細な地図があった。もちろん物理データではないが。


魔王領と魔王城の位置も、完全に把握している。


そのついでというわけではないが、この惑星は、既知宇宙のどこでもないというが判明した。


また未知の物理現象も、観測されている。


「これが、魔法ってやつですか」


ツクヨミが、惑星上の各地で観測された、未知の現象を分析しながら、興味深そうに言う。


「いわゆるファンタジー系フィクションの魔法は、一通りありそうだな」

「ですね。ですが、我々の技術で再現できないものは、なさそうです。問題は、エネルギー源ですね」

「エネルギーの流れは、追えるか?」

「可能です。時間を少しいただければ、我々も利用可能になるでしょう」


「あまり、メリットはなさそうだがなぁ」


オオタの言うとおり、ツクヨミの装備で再現不能な「魔法」は、あまりなさそうだ。


「補給が望めない中、新しいエネルギー源が見つかるのは、大きなメリットです」

「あー、それは確かに」





オオタたちが、行動発起までに要した準備期間は1週間だった。

惑星の詳細な地理、魔法の習得、そしてなにより魔王領の偵察。

これらに要した時間だ。


「魔王は、本拠の城に一人きりだな」


「領内の住人も、人間領と魔王城のルートから全て退去させているようです」


「馬鹿なのか、自信があるのか。それとも」

「早く事を終わらせたいのか、ですね」


そんな会話をしているオオタとツクヨミは、魔王城上空にいる。


従来のステルス機能の他、新開発の対魔法防御も施しているので、彼らを認知できる存在は、この惑星には存在しないはずだ。


「あれが魔王かな?」


偵察用プローブが、豪華な椅子に座る一人の若い女性を捉えた。

色黒で、頭部には太く曲がった2本のツノが生えている。


女性のいる部屋は、広く豪華だ。いわゆる謁見などに使う広間のように見える。


それだけに、そこにいるのが一人きりというのが、寒々しい。背後に鈍く光る直径30センチほどの球体が飾られているのが、妙に印象的だ。


本来なら美しいと表現するべき女性は椅子に深く腰掛け、背もたれに身体を預け目を閉じている。疲れ切っていると言っていい。


沈思黙考しているか、なにかに耐えているようにも見える。


「珍しい客人だな」


ステルスモードで、重力制御ドライブを使用して、音もなく侵入したはずだが、目を閉じたまま女性が言う。


「まさか気がつかれるとは思わなかったな」


ステルスモードを解除して、オオタは女性と対峙した。


「気配は感じなかったがな、貴公の周囲のみ魔素が不自然に少なかった」


女性は薄目を開けて、チロリとオオタを見る。


「で、貴公が今代の勇者か?」

「そうらしいね。あなたが、魔王なのかな?」


女性は背もたれから身を起こし、金の瞳でオオタを見やりながら言う。


「魔族の王という意味なら、誇りをもって然りと応えよう。余が15代魔王リュリュ・ナシダル・アグーロだ」


そして元の姿勢に戻り、目を閉じた。


「混沌神の使徒である、世界を滅ぼす魔王かと問われれば、不本意ながらその通りと言わざるをえまい」

「不本意ながら、なんだ」

「なぜ、守るべき魔族と自らが住まう、この世界を滅ぼさねばならぬ」


そう言いながら、背後の球体を指し示した。


「この混沌神の瞳に選ばれねば、そんな馬鹿な事はしようと思わん」


「じゃあやらなきゃいいんじゃ?」


能天気なオオタの台詞に、魔王は疲れたような視線を向ける。


「そうしたいのは山々だがな、混沌神の瞳は余の心を半ば支配している。今の余は、混沌神の瞳から刷り込まれた破壊衝動をこうやって押さえ込むのが精一杯だ」


魔王は薄く笑う。


「情け無い話だ。父王は混沌神に魅入られる事なく、逆に使徒を滅ぼしたというのに、不肖の娘は、こうやって耐えて民を逃すのが、やっととは」


魔王の頬に、一筋の涙が落ちる。


「悪い事は言わぬ。今のうちに余を殺せ。さすれば、次の使徒が選ばれるまでは、平和な世が続くであろう」


「魔力とも異なる、正体不明のエネルギーが彼女の周囲と球体から感じられます」


ツクヨミの報告にオオタは黙って頷いた。


「その混沌神の瞳とやらを、破壊するか捨てるわけにはいかないのか?」


「我ら魔族も千年にわたって、いろいろ試してみたさ。だが壊すこともできねば、どこに捨てようとも1年もすれば帰ってくる」


「なるほど。移動速度はたいした事はない、と。いけるかな?」


「その瞳とやらに触れさせてもらえれば、いけるかと」


「ちょっと聞くが、俺がその球体に触ろうとしたら君はどうする?」

「おすすめはしないな。おそらく全力で抵抗すると思うぞ。余も混沌神の瞳も」


「ナノIOの予備はあるか?」


ツクヨミとのインターフェイス兼生体強化に使用されるナノマシンの在庫を確認する。


「売るほどあります」


ツクヨミが音声で報告し、オオタの右手に赤いカプセルが、現れた。


「飲めるか?」


オオタがカプセルを弾くように投げると、魔王はそれを胡乱な表情で受け取る。


「なんだ?毒か?それに先程の声は?」


姿なきツクヨミの声に、魔王は周囲を見回す。


「あとで紹介しよう。それより、それを飲んで」


魔王はカプセルをしばらく見つめていたが、一度鼻を鳴らすと、パクリと飲み込んだ。


「なんだ?混沌神の声が小さくなったぞ」

「これは凄い。レベル3の精神攻撃だ。よくも生身で耐えられたものです」


魔王とツクヨミの声が、重なった。


カプセルから溶け出したナノマシン群が、急速に魔王の身体中に広がり、ナノマシン・ストラクチャを形成する。


「応急処置は完了しました。かなり長期間侵食されていましたので、完全な治療は原因除去後がいいでしょう」


「よしきた」


スタスタとオオタは、混沌神の瞳に近付く。


魔王は、呆然とした様子でそれを見送っている。

今の彼女は、少しやつれた若い娘にしか見えない。


オオタが混沌神の瞳に触れようとした時、球体から無数の雷が放たれる。


「大した攻撃じゃないな」

「核攻撃くらいはあるかと思いましたが、まさか高電圧放電とは。ちょっと拍子抜けです」

「全くだ。どうする?壊せそうな気もするが」

「どの程度破壊すれば機能停止するか不明です。サクッと捨てた方が」

「そうだな」


雷撃や炎に包まれながら、混沌神の瞳を右手に持ち、何事もないようにテラスに歩いて行くオオタ。


魔王はそれを完全に感情の抜け落ちた、能面のような状況で見送っている。胸の前で合わされた、両手の震えだけが彼女の内心を表している。


「レディ、ジャンプゲートボム」

「ジャンプゲートボム、レディ」

「座標ランダム。跳躍距離5万光年」

「セットデータ。警告。ランダム跳躍および大気圏内の跳躍は、宇宙空間運航基本法で禁止されています」

「現地先任指揮官の権限を使用する」

「了解。本命令は記録されます」


「これ、異世界でやる事かね?」


一連の手続きに、苦笑を浮かべてオオタは言う。


「中佐。我々は、軍人なのです。そして忘れがちですが、軍人とは役人の一形態にすぎません」

「君は銃弾から逃れる事はできるかも知れない。だが書類と規則から逃れる事は出来ない、か」


オオタは、宇宙軍に伝わる警句を呟いた。

そして背後に立つ魔王を見て微笑む。


「とりあえず、神から逃げてみるか」


そして混沌神の瞳を青空に向けて投げ上げた。


()ッ!」


オオタの命令で、ジャンプゲートボムが発射された。

ジャンプゲートボムは、混沌神の瞳を追い越し、その先で作動する。


安定化していた重力子が爆縮され、空間に穴をこじ開ける。

5万光年先に続く穴に、周囲の空気と共に混沌神の瞳が飛び込んだ。

開放された重力子は拡散する事で、空間に対する干渉をやめ、空間の穴は消え去った。


その間、0.03秒


かくして、混沌神は何処かへ去った。





あとは語るべき事は、さほどない。


魔王が討伐されたわけではないので、秩序神像の灯りは消える事なく光り続けたという。

数百年がたつと、その謂れが失われて、不滅の灯明として参拝者を集めている。

ただ、魔王の脅威が去ったため、往年の栄えは失われた。


魔王領は、混沌神の使徒である魔王と混同されて忌避されてきたが、混沌神が去り、使徒としての意味が失われたことにより、徐々に周囲の国との関係が修復されていった。

王に恵まれた事もあり、非常に栄えたという。


魔王領中興の祖と呼ばれる魔王リュリュ・ナシダル・アグーロの傍らには、オオタと呼ばれる王配がおり、2人には姿なき声が話しかけてくる事が多かった。そのため人々は、2人は精霊に守護されていると噂したという。










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