第二話 神託が下りる
百年以上も昔、ローマンド帝国は共和制だった。
貴族から構成された「元老院」と、一般市民の代表から構成された「衆議院」があって、互いに均衡を保っていた。
ローマンドは戦争で領地を広げ、国力を高めていた。
しかし、金持ちは貧乏人から土地を買い漁り、富裕層と貧困層の差はますます大きくなるばかり。
貧しい人にも土地を分け与える法律を作ろうとしたものもいたが、元老院の右派に暗殺された。
…………そんなときに現れたのが、かのユリウス・カエサルであった。
彼は斬新な政策とリーダーシップで、人々から応援された。
いくつもの戦争に打ち勝ち、彼は独裁官に任命された。
ちなみに、七月をブリデン語でJulyと読むのは、ユリウスのブリデン語読みJuliusから来ている。
しかし、前例のない独裁官に任命されたカエサルは、段々わがままになっていった。
しかし国会は、カエサルに終身独裁官という、地位を与え、ローマンドの共和制は事実上崩壊した。
カエサルは、元老院の廊下で、三十一人に襲われ、全身に四十三ヶ所の傷を受けて倒れたのである。
その後、次の指導者争いの動乱が三年以上続き、その争いに勝ったのが、ローマンド帝国初代皇帝、ユリウス・オクタヴィアヌスだった……………
オクタヴィアヌスの即位から十年、そんなローマンドにも新年がやって来た。
「神託」の日である。
人々は町に出て、食べたり飲んだり歌ったり踊ったりしている。
同じ様に、世界中の人々が、食べたり飲んだり歌ったり踊ったりしていた。
皆が新年を祝い、新たな自然戦士の誕生を待ちわびていた。
聖ミネルヴァ孤児院も例外ではなかった。
「Felice anno nuovo!!」(ニポネシア語で「あけましておめでとう」)パーティーが開かれ、子供たちには豪華なご馳走が振る舞われた。
しかし、一部の子供はそわそわしていた。
「院長先生!今年は誰が自然戦士になるかな?」
一人の問いかけに、院長のサンドロ・ポッティチェリは「どうじゃろうな、このような孤児院から出るようなことがあればすごいのう。」と満面の笑みで答えた。
すると、一人がこんなことを言い出した。
「もしかして、ユース兄ちゃんが自然戦士に選ばれるかな?」
全員の視線がユース・A・ルーヴェに向く。
丁度、ユースがケーキを頬張っていたところだった。
ユースは笑みを浮かべていた。
「あっ!ユース兄ちゃんが笑ってる!」
ユースは甘党だった。
さすがのサンドロも「ううむ………ずいぶんと幸せそうじゃのう…………」と驚いていた。
そのとき、孤児院のインターホンが鳴った。
「うむ?こんな時に来客か?ユース、ちょっと見てきてくれんか?」
「ええ………僕がですか?」ユースは渋々フォークをおき、ティッシュで口を拭き、玄関の扉を開けた。
扉を開けた先にいたのは、鎧をまとった騎士を先頭に帝国軍の小隊だった。
「ユース・A・ルーヴェ殿は居られるか?」
「あ、はい。僕がユースです。」
先頭の騎士は羊皮紙を取り出して、内容を読み上げた。
「ユース・A・ルーヴェ殿、神託により、そなたを自然戦士に任命する。」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
他のどんな名誉な勲章よりも名誉な宣言に、普通の人なら飛び上がって喜ぶか、あるいはさも当然と言ったばかりに調子にのって、後に何かやらかすかの二択だと思うが、ユースのリアクションは数十秒の沈黙の後「え?」だった。
そしてユースが「え?」と言うタイミングまで待ってから、騎士が言った。「任命式を行うので、直ちに首都『ローマ』に来るように。ローマンド帝国皇帝ユリウス・オクタヴィアヌス。」
「は、はあ…………」何とか自我を取り戻したユースは、その場を乗り越えようと騎士に質問した。
「今からなんて準備できてませんが………」
「リムジンを用意してあります。」
「そ、そうですか…………とりあえず孤児院のみんなに報告だけ………良いですか?」軍人とまともに話したことのないユースは緊張していた。
「どうぞ。」
ユースが孤児院に駆け戻ると、サンドロが「おお、ユース、なんの話じゃったか?」と訊ねてきた。
ユースは、様々な感情が入り交じった声で言った。
「神託が降りた!僕が自然戦士に選ばれたんだ!」
一気に孤児院にざわめきが走った。
「えー!?」「すごーい!」「いいなー。」などと様々な声の中で、サンドロは静かに涙を流していた。
「ちょっと、院長!?泣くことないでしょう!」
「ユースや…………そなたなら必ず選ばれると信じておったぞ…………!」
「とりあえずもう出発しなければならないみたいなので、ローマに行ってきますね。」
「まてユース!おい子供たちよ、集まれ!ユースを見送るぞ!」
孤児院の前で即席の送別会が行われた。
「それじゃあ、行ってきます。」
孤児院の皆は万歳でユースを見送った。ユースは(大袈裟なんだから…………)と思いながら皆に感謝していた。
そのなかに、去っていくリムジンを見ながら、心配とも悲しいとも取れる表情をしている少女がいた。
少女の名はナーサ・I・ジャクソン。ユースと同い年で孤児院の最年長。そして、ユースをサンドロと同じくらい、いやサンドロ以上に気にかけていた。
ナーサの心情とは裏腹に、ユースは未来の心配などしていなかった。
そのかわり、任命式のことで忙しくしていた。
「まずはこちらの軍服に着替えてください。」
「軍服?僕軍人になるんですか?」
「自然戦士は、自動的に帝国軍の一員として登録されます。」
「そうですか……………あの、僕って何の自然戦士になるんですか?」
「それは任命式まで誰にもわかりません。」
ユースを乗せたリムジンは、高速道路で首都・ローマに向かっている。
ユースは(精霊ってのは焦らしてくるな~。)と思っていた。
そんなのんきなユースは、任命式を襲う大事件が起きることなど、知る由もなかった……………
第三話 いきなり大手柄 に続く