第1話 終わりの世界
この世界では脅威となった者に容赦はない。
それを体現した者の名はライト。
僅か十四才で才能を発揮し勇者候補の一人だった。
だがそんなライトは親殺しの罪に捕らわれてしまう。
どんなに弁明しても誰も信じず挙句には双子の兄にまで疑われてしまう。
身の潔白を証明できないままライトは双子の兄に靡く森に追いやられてしまう。
もうやるしかないと思い込みライトは振り返った。この闘いはできれば避けたかった。
だが双子の兄はライトこそが犯人と思い込み立ちはだかろうとしていた。
勝敗はあっけなかった。緒戦から優勢だったのはライトだった。だがライトは最後の止めを刺せないでいた。故に徐々に双子の兄が逆転していき最後にはライトが敗けた。
この時に双子の兄がライトの優しさこそが身の潔白であるということに気付けていたのならと思えてくる。だがその言葉も空しく双子の兄はライトを封印した。
ライトが封印されてから約百年が経とうとしていた。そして遂にそれらを体現したライトの封印が解かれようとしていた。その体現者こそこの世で一番怖い復讐者だろう。
復讐という鼓動が高鳴りライトは木と同化した蜜のような塊の中で蠢き始めた。そして蜜のような塊に罅が割れ始め片鱗を見せ始めた。最後は大きな罅が入り全壊した。
凄い長い間を夢の中で彷徨っていた。遂に抜け出せたと言わんばかりにライトが倒れるように出てきた。地面に散らばる破片の上でうつ伏せになっている。
「はぁ!?」
急に始まった呼吸が息を詰まらせる。まるで呼吸を生まれて初めてしたかのようだ。立ち上がろうとするが力が入らない。仕方がないので仰向けになった。
森の中で空を見ると雲がなかった。それだけではない。普段は靡く森に風が吹いていない。ライトの記憶が正しければこの森は年がら年中風が吹いている筈だった。
「これは……一体?」
疑問も然りだがこの時のライトは答えも思い浮かんでいた。その答えは風の水晶石に関連していると思い込みライトは靡かぬ森を探索することにした。
「問題は……立てるかだ」
独り言ができるくらいに自我がはっきりとしてきた。あとは体が満足に動かせたらいい。徐々に慣れてきた。これなら立てるくらいはできそうだった。
ライトは無言に徹し破片の上に立った。ゆっくりと立ち上がっても痛そうだがライトに痛がる様子はない。この違和感には気付かなかった。
完全に立ち上がり辺りを見るがだれもいない。どれくらい封印されていたのだろうかとライトは疑問に思った。実の兄に封印されたという現実が嫌気を誘う。
思い返せば思い返すほどに冤罪についての不服が残る。悔しいがあの時のライトは優しすぎた。故に今度は優しく生きようとは思わなかった。ライトは復讐の鬼と化す。
それにしても探索よりも空腹がライトを襲った。どうしようもない飢餓がライトの思考を歪めさせる。どうしたと言わんばかりにライトは自身を案じた。
「俺としたことが……涎が――」
明らかな異変だった。異質とも取れる食の衝動に抑えが利かなくなっていた。これではまるでライト自身が人ではなくなったようだ。飢餓はこうも人を歪める。
「なんだ? この違和感は」
違和感があるとすれば封印が解かれるまでに何年も経過したところだ。だがそれと涎になんの因果があるのかとライトは思い首を傾げた。
「とにかく探索だ」
考えても前に進まないとライトは探索を優先させることにした。目指すは風の水晶石が安置されている遺跡の最深部だ。そこに辿り着くには風の精霊シルフィがいる。
風の精霊シルフィを仲間にしないと森の遺跡に辿り着くことは愚かで一度でも踏み込めば森からも出られない。だが実はライト家は別で森の遺跡の管理主でもあった。
「久しい」
家のことでライトはこんな目に遭ったけれど今はすっかり忘れ去られたようで密かに安堵した。実の兄のことを思うと赦せないが今はもうどうでもいいと言い聞かせた。
「いつものところにいればいいが」
風の精霊シルフィは気紛れだ。もしかしたら向かった先にいないかも知れないしいるかも知れない。とにかくライトはそう言うと風の精霊シルフィを目指し始めた。
歩き始めてから数十分が経った。ライトが目的地に着くと立ち止まり声を出すまでもなく風の精霊シルフィが出てきた。親しい気配に風の精霊シルフィは勘付いていた。
「懐かしい。あれから百年が経つのに……君は変わらないね」
狎れた感じで風の精霊シルフィはライトに話し掛けてきた。この時に初めてライトは自分が百年も封印されていたことに気付いた。そんなに経てば異変も納得だ。
「百年。そう言えば……俺はあの頃のままだったか」
ライトは百年経過を潔く受け入れた。もしこれが百何才だったら一憂していた。だが現実は封印のお陰で年を取らずに済んだようだ。とそれよりも気掛かりが一つ。
「ごめん! ライト!」
ライトが問い掛けようとしたら風の精霊シルフィが息切れ悪く言ってきた。この雰囲気をライトはよいとは思わなかった。どちらかと言えば災厄を想定していた。
「風の水晶石が魔王の四天王に全壊させられた! ぼ、僕は必死に闘ったけど君の兄が人質に――」
「兄さんが!?」
「うん! 君が封印されたことで魔王軍が勢いを取り戻し攻めてきたんだ。もう……この世の終わりだよ」
ライトは復讐したかったがどうやら実の兄は人質となり融通が利かなかったようだ。ライトと実の兄は血筋こそは繋がっているが顔や体格は似ていなかった。
「靡かないのはそのせいだったか。絶望の世界で俺は……どうすればいいんだ?」
「君のこと……実は待っていたんだ、ずっと。君なら魔王を――」
「俺は! 俺は! どんな思いでこの日を待っていたか! そんな簡単に……言うなよ」
「ご、ごめん。で、でも! 君の兄さんは君を守ろうとしていたんだよ!」
「……どういうことだよ」
「実は君の兄は魔王に敗けるつもりで君を生かしたんだ。こんな悲しい結末を僕だって言いたくはないよ。でも! 今こそ恩返しするときじゃないのかな」
「恩……返しって――。そんなの俺は望んでなかったし。どうして一言も声を掛けてくれなかったんだよ! 俺は! 俺は――」
「だからこそだよ! 未来を変えようよ! 僕はいつでも力を貸すよ! ライト!」
風の精霊シルフィの言っていることを鵜呑みにしたライトは今しばらく考える時間がほしかった。実の兄を助けなければいけない感じもしていた。否。分かり始めていた。
「兄さんの馬鹿野郎。もう……逢えないんじゃないか」
ここで実の兄の未練を断つときがきたとライトは思った。揺れ動く心の葛藤に打ち勝ちライトは風の精霊シルフィを見つめた。覚悟を決めた心の眼差しと共に。
「やってやる。もう……俺は決めた。兄さんの分まで魔王を打ち倒す」
「その意気込みだよ。ライト。……それでね? ライト。実はもう一つ……話しておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「実は君の兄は封印の際に細工を施したらしいんだ。訊いた話によると今の君は人じゃない」
「はぁ!?」
「ちょっと待って! ライト! ……今の気分はどう? お腹……減ってない?」
「う!? 今までにない飢餓を感じる。それが……どうした?」
「そう。それが……人じゃない証拠なんだ。今の君は魔喰鬼と言ってとてつもない飢餓に襲われている筈だ」
「お、俺が……人じゃない? 嘘だ! そんな馬鹿な!? 俺は――」
「駄目だよ。ライト。君の姿は確かにあの頃のままだ。でも! 中身は別物と思った方がいい。君の中の化け物が目を覚ます前に――」
風の精霊シルフィが言い切ろうとしたが別の気配を感じ取り言葉を詰まらせた。それとライトの後ろで誰かの足音が聞こえてきた。ふと気付くとライトは振り返った。
「風の精霊さんよ。そいつは誰だ? 言ったよな? 風の水晶石ができあがるまでは誰も入れるなよと」
謎の大男が会話に入り込んできた。余りの無作法にライトは怪訝ぶった。一方の風の精霊シルフィはと言うと慌ててライトよりも先頭に出た。
「ようやくこのときがきたんだ!」
風の精霊シルフィは勇敢にもそう言い切るとライトに向きを変えた。意気込みのままにライトに訴えかけてこようとする風の精霊シルフィ。
「ねぇ! 聴いて! ライト! 魔喰鬼になった君なら……きっとあいつの魔法を捕まえて喰らえる筈だよ! だからね! だから――。ぐ」
「おい!?」
「小賢しい蠅め。俺を無視するとはな。いい度胸だ。だがしかし! 四天王直下部隊の副隊長……ガーディアス様の前ではもっと賢くなるべきだったな」
ガーディアスが風の精霊シルフィを火の玉で撃ち落としていた。なんだか話が通じない雰囲気を持った敵が現れたようだ。
「お前! 背後を攻撃するなんて! 卑怯者だぞ!」
「おっといけね。風の精霊なしには水晶石は完成しねぇ。うん? お前……誰に向かって言ってるんだ?」
「ぐぅ!? お前!」
「ライト。僕のことはいいからさ。あいつのこと……やっつけてよ」
「おおん?」
「ああ。言われなくてもなぁ。俺は捜してたところだ。兄さんの仇は俺が討つ。行くぞ! ガーディアス!」
「なんだか知らないが……大人の礼儀を知らない餓鬼にはお仕置きが必要なようだな。死んでから詫びろ! この餓鬼風情が!」
ライトは言い合いをやめ闘うことにした。果たしてライトはガーディアスに打ち勝つことができるのだろうか。