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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第五章 運命の姫

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昔話 70年前、リシャールの死闘 中編

 調査当日、調査隊メンバーは特異個体と思われる動物を探す為、スコルト騎士団、元セントール騎士団、スピリタス戦士団ごとの三手に分かれ、目撃場所であるレメンス大山脈手前に広がる樹海へと足を踏み入れた。

 3チームごとに調査方法はバラバラだが、リシャールを擁する元セントール騎士団は、30人を5人ずつの小隊に分け、分散して進むことにする。

 人類未踏峰のレメンス大山脈を初めて体験したセントール騎士たちは、その規格外の世界にすっかり圧倒されていた。


「ここが踏破不可能と謳われているレメンス大山脈か。山にたどり着く前にコレとは、噂に違わないな」


 リシャールの小隊の一人が呆れたようにボヤく。他の隊員も尤もだとばかりに同意した。

 レメンス大山脈ふもとに広がるこの鬱蒼とした樹海は、セントール騎士たちの想像を超える過酷な別世界であった。

 背の高い植物が所狭しと生い繁って空を隠しており、昼間であるのに薄っすら暗くなっている。さらに地面には太い木の根がデコボコと露出していて、暗さと相まって彼らの移動を困難なものにしていた。

 木々が邪魔で遠くが見通せない上、鳥の鳴き声と虫の羽音が喧しすぎて頭がおかしくなりそうである。

 騎士たちは森の中なので軽い皮の鎧を着用しているが、それでも不自由な足元と方向感覚を狂わせる樹海の風景に彼らの体力はどんどんと消耗されていった。


「森に入ったばかりなのに現在地すら分からなくなりそうだ。気をつけねばな」

「キルト人の狩人は森の外から特異個体らしき影を見たのだったか?」

「ああ、『木々の隙間からこちらを観察する巨大な白い影』と言っていたそうだ」

「白い生き物だと? ……確かレフ大陸には雪景色に紛れるため、体毛の白い動物が多いと聞いたことがある。このスコルトも雪が降るやたら寒い土地らしいし、そんな動物がいるのか?」

「分からん。住民に聞いておけばよかったな」


 彼らはスコルトに来て日が浅いので、ここに何の生き物が生息しているかもよく知らない。当てもなく担当範囲をローラー作戦で調べていた。


「レフにいるという白い動物とは何だ? 熊か? 猪か?」

「うーん……何だったか忘れてしまった。……ウサギだったような……?」


 リシャールたちがそんな事を話していると、遠くから特異個体発見を知らせる角笛の音が聞こえてきた。


 ブォ〜! ブォ〜! 


 調査開始からまだ2時間も経過していない。リシャールたちに動揺が走った。


「角笛! 特異個体がいたのか!」

「しかも2回! 救援を求める符牒だ! 急がねば!」


 スピリタス氏族との関係は険悪だが、れっきとした友軍である。それに何より彼らは騎士である。助けを求められたら一も二もなく駆けつけずにはいられなかった。


「あっちだ! 他のセントール騎士は……予定では音から離れた位置にいるな。となれば、我々が一番近い! 急ぐぞ!」


 リシャールたちが音の方向に向かっている最中にも、時折、角笛の音が聞こえてきた。リシャールは全力疾走しながら、そのことに強い疑問を感じた。


(角笛を吹いているのはスコルト騎士かキルト人か? 何故何回も鳴らしている? 樹海の中で位置を知らせるためと考えるのが自然だが、音色に強い焦りと恐怖を感じるような……?)




 それからすぐ、リシャールたちは音の発生源と思われる森の中の開けた場所に出た。


「――ッ、これは……なんという……!」


 リシャールたちの目の前に広がっていたのは、激しく損壊された血まみれの死体がそこら中に散らばっている凄惨な光景であった。

 まだ息がある者も少なくない。欠けた腕や足を押さえて呻き声を上げている者があちこちに見受けられた。


「この人数……バカな! スコルト騎士とキルト人がほぼ全滅だと!?」

「まだ生きている者もいるぞ! 早く止血しなければ!」

「いや、待て! あそこを見ろ!」

「そんな……化け物だ……」


 リシャールが指差した先には、顔半分から血を流して力無く木に寄りかかるキルト人男性と、彼をオモチャを見るような目で見下ろす巨大な純白の狼がいた。

 その白狼の体高は3メートルを、体長は5メートルを超すだろうか。間違いなく特異個体である。

 白狼は男性をいたぶるつもりか、緩慢とした動きで犠牲者の血に濡れた前足を振り上げた。明らかに楽しんでいる。


「くっ、そうはさせん!」


 リシャールは咄嗟に近くに落ちていた誰かの槍を拾い、全力で白狼に向かって投擲した。


「ギャン!!」


 槍は凄まじい速度で飛んでいき、油断し切っていた白狼の胴体に命中した。しかし槍は、穂先が僅かに刺さったかと思えば、すぐにポロリと落ちてしまった。


(なんと硬い体毛だ! あの勢いで先端しか刺さらないのか!)


 普通の狼なら串刺しになるほどの威力を込めたはずである。

 リシャールが驚愕していると、白狼は不機嫌そうに振り返って彼を視界に捉えた。遊びを邪魔されたのが不服なのか、歯をむき出しにして怒っている。

 白狼の巨大な全身は真っ白な体毛で覆われている。口元や爪を中心にところどころに血が付いているが、全て犠牲者のものであろう。

 50人近い熟練した騎士や戦士と戦っていたはずなのに、その身体には先程のリシャールの槍傷以外には傷一つついていなかった。


「グルル……ッ!」


 グッと白狼が力んだ。


「――ッ、散れっ!」


 リシャールの脳裏に『死』という単語が浮かんだ。彼は周りの騎士に怒鳴ると、素早い身のこなしで大きく後ろに下がった。


 ガチィッ!


 先程までリシャールが立っていた場所を、恐ろしい速さで飛びかかってきた白狼がその牙で噛み砕いた。僅かにでもリシャールが下がるのが遅ければ、今頃彼は白狼の口内で絶命していただろう。


「ハッ!」


 リシャールは剣を抜き放ち、眼前の白狼の鼻っ柱を斬りつけた。


「キャン!」


 悲鳴を上げた白狼は、大きく飛びのいてリシャールから距離を取った。見れば、白狼の鼻が微かに切れ、そこから薄っすらと血が滲んでいる。


「グルルルッ……」


 ようやくリシャールのことを敵と認識したのだろう、白狼は憎々しげに彼を睨みつけた。


(……薄皮一枚しか斬れない。体毛だけではなく、皮膚も硬いのか。しかも、あの強靭な爪と牙に恐ろしい瞬発力。一撃で私の身体を引き裂くだろう。……強敵だ、だが負けるわけにはいかない)


 リシャールは辺りの惨状を横目で見る。


(あの狼は人間の味を覚えた。それに、ワザと一思いに殺さず、甚振って遊んでいた。……危険だ。この狼は必ず森を出て、面白半分に町を襲うだろう。ミーリア様をお守りするためにも、必ずここで仕留めなければ!)


 リシャールはゴクリと唾を飲み込み、呼吸を整える。彼は努めて冷静な口調で、周りで顔を青くしている同僚の騎士たちに声を掛けた。


「……あの狼に傷を負わせられるのは私だけだ。狼は私が相手をするから、みんなは要救助者をこの場から避難させて欲しい」


 騎士たちは頷いた。


「リシャールの剣であれなら、悔しいが我々では到底ダメージを与えられない。……頼んだ」

「死ぬなよ、リシャール」


 リシャールは「ああ!」と答えると、白狼に向かって駆け出した。


「私には果たすべき誓いがあるのだ! ここで死ぬなど許されない!」




 白狼は爪で、牙で、その巨体で幾度となくリシャールを襲った。

 リシャールはその攻撃を躱して剣で斬りつけ、盾で牙を弾き、お返しに今度は剣を突き刺した。


「グルぅッ!?」


 リシャールは白狼に刺さった剣を手放すと、地面に落ちているキルト人犠牲者の斧を拾い、今度はそれで攻撃した。

 白狼はさらに苛烈にリシャールを攻めたてる。その一撃一撃全てに人を容易く千切り飛ばせる威力が込められている。

 リシャールは紙一重でそれらを躱しつつ、冷静かつ的確に反撃をしていた。どの攻撃も白狼の皮膚を浅く斬り裂く程度のダメージしか与えられないが、リシャールは決して諦めることなく、武器を振るい続けた。


 ベキンッ。


「くっ……」


 リシャールは爪を弾いたことでひしゃげた盾と斧を同時に白狼へ投げつけ、距離を取った。


(何か――)


 リシャールは手近に落ちていた弓を拾い、死体が背負っていた矢筒から矢を拝借して、流れるように連射した。


 トスッ、トスッ、トスッ。


 矢が白狼に命中しても、1ミリか2ミリ刺さって落ちてしまう。


(効果はほぼ無い。だが諦めるわけにはいかない)


 白狼の飛びかかりを回避し、その胴体に握りしめた矢を直接突き刺す。そして弓を捨てて、今度は誰かの斧と盾を拾った。


「おおぉぉぉッ!!」


 リシャールは斧を振り上げ、今度は自分から飛びかかった。

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