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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第五章 運命の姫

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因果が帰結する場所

 意を決したハワーズは滔々と隠し通路について語り出す。

 エルディン二世は顔を伏せていて、その表情を伺い知ることはできない。


「帝城には、玉座の間を始めとして複数の場所に、緊急時に城内から脱出するための隠し通路が設けられています。本来この事を知るのは代々の皇帝陛下と皇太子殿下、そして近衛騎士団長のみの筈ですが、幼き頃の先帝陛下をお守りするためにイゼルタ様に伝えられ、そこからビィーム侯爵家に漏れた可能性があります」


 ハワーズはテーブルに準備されていた帝都の地図上に指を滑らせる。部屋中の視線がその指先に集中した。


「隠し通路は地下を通り、帝都でも安全性が高いと推測される2箇所まで続いています。一つは、帝城に次いで厳重に警護されている場所であるエタノル大聖堂内の教皇猊下専用の礼拝堂に。そしてもう一つは、帝都で最も人がいない場所である国立公園内の『許されざる者の墓地』にある無銘の墓につながってます」

「『許されざる者の墓地』?」


 帝都に詳しくないレミーリアが首を傾げたので、ハワーズが気まずそうに説明を加える。


「その……国家にとっての重罪人、つまり反逆罪などを犯した者などは教会の墓地に埋葬が許されません。そういった者たちを埋める為、国立公園の奥まった場所に墓地があるのです……。重罪人の墓です。例え身内といえども墓前に参る者はいません。それ故に脱出路としては有用なのです」

「私はお参りしたけどね」


 ハイネが肩を竦めながらサラッと言うと、ハワーズはその言葉にますます顔を曇らせた。


「あっ!」


 レミーリアは二人の言葉に合点がいった。

 そう、『許されざる者の墓地』は彼女にとって、いや、スコルト男爵家にとって無縁の場所ではない。


(反逆者……つまり高祖父様たちもそこに……)


 レミーリアが察した通り、ミーリア以外のセントール伯爵家の人間は反逆者としてそこに埋葬されている。


「……お察しの通りです」


 ハワーズの重苦しい一言がやけに大きく部屋に響いた。


「……何にせよ、両方とも押さえておく必要があるわ」


 ハイネは鞘ごと剣を掴み、勇ましく立ち上がる。顔には焦りの感情が見え隠れしていた。僅かな時間も惜しいと言わんばかりである。

 事実、ノブリクに逃げられなどしたら面倒な事になる。最悪自領に逃げ込まれ、もう一戦する羽目になるのだ。


「私はエタノル大聖堂に行きます。ウチの家は各地の教会に多額の寄進をしているお得意様ですので、向こうも無下にはできません。でも、さすがにキルト人を連れて行くのは問題ね……。〈山の光〉やウチの従業員から人を見繕いましょう」

「スコルト男爵の娘よ、しばし待て。――ジェムソン、此れへ」

「ははっ!」


 エルディン二世がゆっくりと顔を上げ、後ろに控えていた現在の近衛騎士団長のジェムソンを呼び寄せる。エルディン二世の顔色は悪く、まるで苦痛を耐え忍んでいるかのようであった。


「ジェムソン、これを持って大聖堂について行け」


 エルディン二世は自分の指から帝室の紋章が刻印された指輪を外し、ジェムソンに手渡す。


「それは!? ――ははぁ、御意に!」


 ジェムソンは驚愕の表情を浮かべ、慌てて片膝を着き、両手で押し頂くようにして指輪を受け取った。

 エルディン二世はハイネの方を向いてこの指輪について説明する。


「この指輪は代々の皇帝が受け継いでいるものだ。ジェムソンがこれを見せて事情を説明すれば大聖堂の者も納得するだろう」


 言わばマーティン皇帝のあかしである。代替わりするまで決して肌身から離さない物を託すと言うのだ。歴史上類を見ない出来事である。ジェムソンを筆頭に、その場にいた全員が仰天していた。

 ハイネはその場に拝跪し恭しく言上した。


「陛下の御助力を賜り、小臣は感謝の念に打ち震えております。ご期待に背かぬよう、最善を尽くします」


 エルディン二世は小さく頷いた。


「これでも渋る坊主がいれば金でも握らすがよい。それでもダメなら、朕の名の下に押し通れ。見たところ、そなたはその両方とも得手であろう?」

「いかにも!」


 ハイネはニヤリと口の端を吊り上げると、立ち上がって敬礼し、


「それでは御前を失礼いたします。ジェムソン殿、参りましょう」


 と言って、足早に部屋を出て行った。


「承知! 陛下、私も失礼いたします」


 ジェムソンもエルディン二世に素早く敬礼し、ハイネの後に続いて駆け足で部屋を出た。

 二人が部屋を出ると、レミーリアは決意のこもった顔つきで、やおら立ち上がる。


「それならば私は『許されざる者の墓地』に〈花と月〉と〈青の罪人〉と共に参ります! もし、恥知らずにも高祖父様たちが眠る場所にノブリクが現れるなら、墓前にその首を供え、手向けといたしたいのです!」


 エルディン二世はレミーリアのことを複雑そうな表情で見つめた。


「もし、ノブリクめが隠し通路を使えば、決着をつけるのはスコルトの息女となるのだな。……これが“報い”というものなのだろうか……」


 そうポツリと呟き、エルディン二世の肩がガックリと落ちる。

 もしもレミーリアかハイネの前にノブリクが姿を表したならば、彼の祖母であるイゼルダが王家の機密を漏らしたという事になる。

 反逆者となった侯爵を、かつて反逆者の汚名を着せた伯爵の子孫が討つ。

 エルディン2世は逃れようもない宿命的なものを感じ、レミーリアへと声を掛けた。


「……朕にはそなたを止めることなどできない。その資格など無いのだ。……許す、そなたの望むようにせよ。――ハワーズ、彼女について行け。朕の代わりに見届けよ」


 諦念がこもった声だった。

 ハワーズは痛ましげにエルディン二世を見つめながら「御意!」と敬礼した。


「ありがとう存じます」


 レミーリアも敬礼すると、ハワーズを連れて部屋を飛び出していった。

 二人が退出した後、エルディン二世は出口の扉を、まるで懺悔するかのような表情でジッと見つめていた。


「……全ては70年前に決まっていたのかもしれない。今日この日、あの時の過ちがどのような結末を迎えるのかも……」

「陛下……」


 その時、陣営の外から「わあぁぁぁっ!」という大歓声が聞こえてきた。

 直後、部屋に明るい表情をした伝令が飛び込んで来る。


「失礼します! ラディアル様が大広間を取り返しました! 人質は無事! 皇太子殿下を始め、全員無事です!」


 部屋から「よしっ!」という声と共に喝采が上がった。

 エルディン二世も息子たちの無事にホッと胸を撫で下ろし、イスからスッと立ち上がった。もう彼は苦しみに満ちた顔ではない。大帝国を背負って立つ皇帝として威厳に満ちた顔であった。


「スコルトの傭兵たちは帝国を救ってくれた。今こそ朕も、このマーティンの皇帝として勅を下そう」


 そう宣言すると、彼は近衛を引き連れ陣営の外へ向かい歩き出す。


(これで決着がついたなら、どれほど喜ばしいことか。……お祖母様、あなたはいくつの罪を重ねたのでしょうか?)


 その答えは彼にはまだわからない。




 エルディン二世は両脇に近衛騎士を従え陣営の外に出た。

 辺りではあるじが救出されたことを知った騎士たちが歓声をあげている。

 その中の一人、陣営近くで雄叫びを上げていた騎士がエルディン二世の姿を見つけて凍りついた。遠目に見るのも畏れ多い天上人が、気づけば自分の直ぐそばに立っていたのだ。


「皇帝陛下!? ――ッ、御無礼仕りました!」


 ピタリと歓声が止み、騎士たちは一斉に平伏した。

 エルディン二世は威厳に満ちた声で彼らに語りかける。


「諸君、どうか顔を上げてほしい! ――我が精強なるマーティンの騎士たちよ。思えば、朕は今日ほど怒り、そして悲しんだ日はなかった。何故かっ! それは、このマーティン帝国が今日こんにちまで築き上げてきたものが! 朕の、そして諸君らの、父母が! 先達が! 懸命に築き上げてきたものが、瓦礫の如く崩され、泥にまみれたからである! それは何か! それは、マーティンの歴史であり、主従の信頼であり、そして何より、我らの誇りである!」


 エルディン二世はグルッと騎士たちの顔を見回す。誰もが悔しさに満ちた顔でエルディン2世の言葉に耳を傾けていた。


「今、諸君らを縛る枷は解かれた! 勇猛果敢にして忠実なるマーティン騎士である諸君らに命ずる! 朕の名の下に、否、我らがマーティン帝国の名の下に、逆賊ノブリク・ビィームを討ち、我らの誇りを取り戻すのだ!」


 騎士たちは一斉に立ち上がって抜剣し、眼前に剣を捧げて敬礼した。


「「「御意! 栄光ある、我らがマーティン帝国の名に懸けて!」」」


 天を震わすような気勢を上げ、騎士たちは玉座の間に向かって駆け出す。

 エルディン二世の勅は、近衛騎士たちにより帝城周囲の騎士にも伝わり、彼らもこれに従って城内に乗り込んだ。

 これにより攻め手は質も人数も玉座の間を守護する反乱兵を大きく上回ることになったのである。


 いよいよ、この反乱劇も最終局面。

 あの日、二人の姫が街角で出会ったことで動き出した運命が結末を迎えようとしていた。

おまけ


 ーー時は少し戻る。


 ラディアルらが人質となっている貴族を解放するため大広間に突入したところ、そこには大勢の反乱兵が待ち構えていた。200人近くはいるであろうか、かなり兵力が割かれていた。

 それでも、この場で最も人数が多いのは貴族である。

 マーティン帝国はマース大陸一の大国である。抱える貴族家の数は300を少し超えていた。その9割近くの当主一家がこの大広間に集まっているのである。人数にしておよそ800人ばかりが人質として軟禁されていた。

 人質はまとめて出口の無い壁際に押し込められている。貴族と反乱兵でちょうど部屋を二分する構図だ。先程までは円を作って周り取り囲んでいたようだが、ラディアルたちの接近を知り、陣形を整えたらしい。




 初手、反乱兵は案の定、てきとうな貴族を脅迫材料としてきた。

 人質集団の一番外側にいた40代くらいの肥満体の貴族男性に剣を突きつけ脅し、最前列まで連れ出したのだ。

 貴族男性は、反乱兵に首筋に剣を当てられ涙目だ。先程まで見苦しく騒いでいたが、兵士に「黙れ!」と命令され、鼻を啜りながらしゃくり上げている。

 この場の指揮官と見られるビィーム騎士は腰高にラディアルらを恫喝した。


「薄汚い野蛮人どもめ! キルト人風情が何を血迷ってこの帝城に足を踏み入れた! 誰に雇われて人質を救出しに来たか知らんが、大人しく尻尾を巻いて帰るがいい! こちらが人質を殺せないと思ったら大間違いだぞ!」


 ラディアルは鼻で笑って答える。あからさまに騎士を小馬鹿にした態度だ。


「ハッ、なにを的外れなことを言ってんだ、このノータリン騎士! 俺らがそんな脅しに従う訳ないだろうが。いいか? 俺らは人質一人連れ帰るだけでも、そいつの家族から金貨が山程貰えるんだぞ。こんだけいる内の一人二人減っても誤差だ誤差。特にそのデブなんかノロくて荷物になりそうだし、テメェが殺してくれるってんだったら、むしろ連れ帰る手間が省けて助かるぜ」


 見下しているキルト人、しかも傭兵などという卑賤(だと思っている)な輩に侮辱され、騎士は青筋を立てた。

 一方、顔面蒼白なのは人質の貴族である。このままだとついでに殺されかねないと思い、必死になって喚き始めた。


「き、貴様らぁ! わ、私を誰だと思っている! 我がラネッサン男爵家は建国以来代々皇帝家に仕えてきた由緒ある名家だ! この私が死んだら、貴様らもタダでは済まんぞ! 必ずや皇帝陛下が貴様らに死罪を言い渡す! 私が死んだら必ず〜〜ッ!」


 だから殺さないで、と言っているらしい。

 しかしラネッサン男爵家はど田舎の取るに足らない木っ端貴族家だ。正直、エルディン二世が彼の顔を覚えているかも怪しい。

 煩そうに顔を顰めていた〈赤銅の大熊〉団長モルトガットは、突如、いい事を思いついたと笑みを浮かべた。


「ラディアル様、今の言葉を聞きましたか? あの貴族サマ、『こやつらの言うことなど聞くな、キルトの勇士たちよ。私の事は気にせず諸共もろともに切れ! マーティン貴族は逆賊に屈する膝など持ち合わせていないのだ!』ですってよ! いやぁ、流石は誇り高いマーティン貴族サマ! 俺ぁ、感動しましたぜ」


 裏返った声でラネッサン男爵が「言ってない!」と叫んだが、誰も聞いていない。反乱兵も、モルトガットのあんまりな捏造に呆然としていた。

 ラディアルはニンマリと意地悪く笑いながら、うんうんと感心した風を装って何度も深く頷いた。


「大した忠臣じゃあねえか。俺も、マーティン貴族ってやつを見直したぜ。ここで俺らの腰が引けたら、あの……オネーチャン男爵? の覚悟に泥を塗っちまう。ーーよしっ、モルトガット、せめて男爵が苦しまねえようにお前の大斧で二人まとめて首を刎ねてやれ」

「あいよ、ラディアル様!」


 モルトガットは楽しそうに大斧を構え、意気揚々とラネッサン男爵と彼を拘束する兵士の元へ歩みを進める。


「「正気か貴様らぁ!」」


 図らずもラネッサン男爵とビィーム騎士のセリフが被る。ラディアルは大笑いして答えた。


「正気に決まっているだろうが。俺らは野蛮なキルト人様だぞ?」


 十分に間合いを詰めたモルトガットは「よーし」と言って斧を構えた。ラネッサン男爵は既に失禁し、半分気を失っている。

 モルトガットはニッコリと兵士の顔を見て言った。


「ズレると楽に死ねねぇから動くなよ?」

「ひ、ひぃぃぃっーーー!」


 兵士はラネッサン男爵を突き飛ばし踵を返して逃げようとする。だが、その動きをモルトガットは織り込み済みであった。


「よいしょっとぉ!」


 モルトガットはラネッサン男爵を避け、片手で柄を握り、凄まじい膂力で大斧を振った。刃は逃げようとした兵士の首を捉え刎ね飛ばす。

 その瞬間、雷鳴のようなラディアルの下知が飛んだ。


「今だ、全員突撃っ! ビィームのクズどもを皆殺しにしろっ!」

「「「応っ!」」」


 号令一下、傭兵たちは一糸乱れぬ動きで反乱兵に襲い掛かる。格調高い大広間は血と狂騒に満ちた戦場へとその姿を変えた。

 モルトガットは、腰が抜けて床に這いつくばり動けなくなったラネッサン男爵の襟首を掴んで持ち上げた。


「ぐえっ」

「命拾いしたな、お貴族サマ。運が良いじゃねえか」

「キルト人め……許さん……ぞ……」

「悪態つけるなら大丈夫そうだ。ほれ、ここは危ないから安全な場所まで連れて行ってやる。感謝しろよ?」


 ここに転がしていたら誰かに踏み殺されるかもしれない。モルトガットはラネッサン男爵を引き摺って一旦後方へ下がるのであった。

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