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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第五章 運命の姫

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帝都到着

 帝都近郊で最大の貿易港であるケルグ港。この港は通称「帝都の玄関口」とも呼ばれている。

 前王国時代からある古い港ではあるが、帝国の発展と共にさらなる開発が進められ、今では海路で帝都を目指す者は必ずと言ってもいいほど寄港する交通の要所となっている。

 マーティン帝国の首都である帝都ジョージは、その港から馬車で2日の距離にある。

 もちろん両者を結ぶ街道も整備されており、ケルグ〜ジョージ間は年中人通りの絶えない、マーティンで最も混雑している道路である。




 ケルグ港に到着し、極めて安全で物々しい船旅を終えたレミーリアたちは、久しぶりの地面を懐かしく思いながら船から降りた。

 ワクワクと胸を踊らせながら下船した彼女たちだが、港は異様な雰囲気に包まれていた。

 どこかピリピリとした、何かを警戒するような空気。言うまでもなく原因はレミーリアたちと一緒に入港した武装船団のせいである。

 旅の高揚など一気に吹き飛び、レミーリアたちは、無闇に世間を騒がせた申し訳なさで穴があったら入りたい心境になった。


「……周りが騒がしいけど、やっぱり私たちのせいよね……?」

「……だと思うよ。みんな僕たちの方を指差しているし……」

「父様のバカ……」


 港は大いにざわついている。

 海戦すら行える戦力が現れるなど、どう見ても只事ではない。湾口にいた誰も彼もが、いったい何事かと、不安そうにこちらを見ている。

 そして、その船団に護衛される形で入港してきたレミーリアたちは港内の注目の的である。ヒソヒソと指を刺されながら何事かを囁かれ、とても恥ずかしい。

 なお、ファーネス商会が先に話を通していたので、港の警備兵が出てくることはなかった。もしも警備兵がいたら、「すわ、戦争か、襲撃か」と誤解されて、港は大パニックになったであろう。

 騎士に周囲を固められながら降りたトリスには特に視線が集中し、実に居心地が悪そうである。

 主因であるレクティなど、気恥ずかしさから顔を真っ赤にして俯いていた。もう景色を楽しむ余裕などない。いち早くこの場から逃げ出したいほどだった。

 だが、最後にベッセン夫妻が姿を現すと、その場の雰囲気が一変した。

 ファーネス商会商会長の顔はこの港では有名なのだろう。周りの視線も訝しげなものから、「またファーネス商会が大商いをしているぞ」といった野次馬的なものに変わった。

 ……どのみちジロジロ見られるが、好意的な分だけマシである。レミーリアたちはちょっとホッとした。




「さあ、こっちだ。人が多いから、はぐれないようにね」


 一行はベッセンに先導され、迎えの馬車が停めてある馬繋場まで歩いている。

 港の人間は、財界の大物であるベッセンに遠慮して道を空けているが、それでも行き交う人の多さはスコルトの比ではない。慣れていないレミーリアたちは人混みに酔いそうであった。


「うわぁ、これが都会なんだね! あっちもこっちも人が一杯で、ホントに迷子になりそう……。カール兄ぃ、手、離さないでね……」

「はい、はい」


 特に、旅行初体験のレクティは既に半分目を回していた。離れたら大変とばかりに、必死な面持ちでカールの手を握りしめている。

 カールも内心で人混みに圧倒されているが、恋人の手前なさけない姿は見せられず、余裕ある風を装い苦笑を浮かべていた。


「『帝都の玄関口』の名に相応しい賑わいね!」

「有名なケルグ灯台ってあれかな?」

「あれ? 誰か喧嘩してるよ。……どっちも素人だ」

「あっちの屋台で売ってるのって何だろう? 珍しいものかな?」


 何度もケルグ港に来たことのあるトリス夫妻や元は帝都住みであったハイラム親子が平然としているのに比べて、レミーリア、イング、レクティ、カールのお上りさん4人組は、見るもの全てが珍しいらしく、キョロキョロと辺りを見回していた。


「ドロット伯爵領のドゥリア港と違ってクルス人ばかりね。あっちは色んな大陸の人がいたわ」


 レミーリアは前回の旅行を思い出し、ふと呟いた。


「レミーリアちゃん、よく気付いたね。ドゥリア港は他国との貿易が盛んだけど、このケルグ港はマーティン帝国内の物流の中心地なんだ。ここを利用するのは、ほとんどがこの国の船だよ」


 ベッセンが肝心したように解説すると、レミーリアは「そうなのですね」と納得して頷いた。


「ほら、見てごらん。馬繋場もすごいよ」


 ベッセンは目の前に広がる馬繋場を指差した。


「うわぁ!」


 そこには数えきれないほどの荷馬車が広大な馬繋場に所狭しとひしめき合っていた。

 100台やそこらでは済まないであろう。少し離れているレミーリアたちにも、けたたましい馬の嘶きと、強烈な馬糞のニオイが届くほど、その規模は大きい。


「このケルグ港に荷上げされた物資は、これらの馬車に積まれて帝都やその周辺に届けられるんだ。この馬の数だけでも、帝都の人口がいかに多いか察せられるだろう?」


 馬繋場の凄まじい規模に圧倒されているレミーリアたち4人組は、コクコクと無言で何度も頷いている。

 ベッセンもこの素直な反応には笑顔が溢れた。


「ふふっ、驚いたようだね」


 馬繋場に入り、少し歩いた所でベッセンは「ああ、ここだ」と言って、3台の豪華な馬車の前で立ち止まった。

 馬車の側で待機していたそれぞれの御者は、ベッセンの姿が見えると一斉に頭を深々と下げた。


「「「旦那様、お待ちしておりました」」」


 ベッセンは「ご苦労」と一言かけると、レミーリアたちに馬車に乗るように促した。


「さあ、乗って。今日の夕方には帝都手前の町に着きたいから、早く出発しよう」


 一行はそれぞれの馬車に乗り、帝都を目指して出発した。

 その前後を傭兵団が警護しているのは、もはや言うまでもないであろう。




 帝都までの道中は何のトラブルも無く、スムーズに進んだ。

 ……まあ、当たり前であろう。スコルトの傭兵たちが頻繁に街道や町中を巡回しているので、問題を起こす方が難しかった。

 宿場町につきもののヤクザ者でさえ傭兵たちの異様な警戒っぷりに身の危険を感じ、喧嘩一つ起こさないように大人しくしていたほどである。

 そのおかげでレミーリアたちは快適な道中を楽しむことができたのであった。

 そして一行は予定通りの日程で昼過ぎに帝都の正門前に到着する。


「おお、正門が見えてきた! さあ、到着だ! あれが帝都ジョージ! 我らが皇帝陛下がおわす、マーティンの首都だよ!」


 馬車の窓を開け、ベッセンが帝都を指差した。どこまでも続いているような高い城壁に囲まれた見渡す限りの大都市である。

 その正門には帝都に入るための審査待ちで長蛇の列が作られている。このまま馬車を進めれば、その列の最後尾にぶつかるであろう。

 だが、ベッセンは直ぐに列に並ばず、道の脇に馬車を停めさせた。レミーリアのように初めて帝都に来た者もいるので、まずは帝都の外観を観光することにしたのだ。

 馬車から降りて城壁を見上げるレミーリアたち初帝都組は大はしゃぎだ。


「凄い……! あそこに並んでいる人だけでスピリタスの人口くらいいそう!」

「城壁も凄いわ! スピリタスの外壁とは比べ物にならないわね!」


 レクティとレミーリアは、どれを見ても「凄い凄い」と連呼する。

 ベッセンたち大人組は、そんな彼女たちを微笑ましく眺めていた。ハイラムとディアンは、懐かしの帝都に思うところがあったのか、親子揃って感慨深げである。

 帝都は、帝城を中心として広がる巨大都市である。50万を超える人口を抱えており、その外周は見上げるほどの高さの堅牢な城壁で囲まれている。

 今、レミーリアたちが到着した正門は、四方にある門の中でも特に強固に造られている。開かれた門の内外には、威圧的な意匠の初代皇帝ジョージ帝の肖像が彫られていて、見る者に帝国の強大さを印象付けていた。

 初めて正門を見たイングは、ポカンと口を開けて、


「凄い! ディアン先生の絵で見たのとまったく同じだ……!」


 と感嘆した。レミーリアたちも同意するように頷いたので、彼らの側にいたディアンは思わず苦笑してしまった。

 帝都も帝城も、ディアンが自身の幼いころの記憶を頼りにして絵を描いていた。レミーリアたちは以前その絵を見る機会があったようだ。


「それじゃあ、そろそろ帝都に入ろうか」


 放っておいたらレミーリアたちはいつまでも正門を眺めていただろう。トリスは、彼女たちに馬車に乗るようにと指示を出した。

 3台の馬車は連なって進み、正門の列をわき目に、少し離れた箇所にある小さめの門へと向かった。


「どこに向かっているの? 正門はあっちでしょ?」


 馬車の中でレクティはレミーリアに質問した。


「貴族用の特別な入り口があるのよ」

「そっちの方が審査も簡単なんだ。もちろん、本物の貴族かどうかの審査だけは厳重だけれどね」


 イングの質問にレミーリアが答え、それをカールが補足した。


「なるほどね。考えてみれば、あって当然だね」


 レクティが得心いったと頷いた。この帝国で、貴族が平民より優先されるのは当たり前である。平民と一緒に気が遠くなりそうな列に並ぶなど、あり得ない話であった。

 カールの言った通り、一行は身元以外は簡単なチェックだけで帝都に入れた。今日は観光などせず、このままベッセンの屋敷に向かう予定である。




 レミーリアたちは、帝都の中でも一等地にあるベッセンの屋敷に到着する。

 門をくぐって馬車から降りると、そこには大勢の使用人がずらっと並んでいた。


「「「いらっしゃいませ、お客様。お待ちしておりました」」」

「出迎えご苦労。何か問題は無かったか?」


 ベッセンが鷹揚にそう言うと、使用人たちの中から年嵩の老人が進み出た。白くなった髪をきっちりと撫でつけ、ピシッと執事服を着こなした、かくしゃくとした男性である。


「旦那様、お帰りなさいませ。何やら各地でトラブルが多発しているようで、帝国軍があたふたしておりますが、商会には影響はございません。詳しいお話は後ほど。中でコレン様とハイネ様が、皆様のご到着を今か今かとお待ちです」

「分かった、後にしよう」


 ベッセンは老人に頷くと、トリスたちに向き直り、


「さあ皆さん、お入りください」


 と笑顔で屋敷の中に招待した。

 トリスは「ありがとう」と言って、屋敷の中に入る。レミーリアたちも男爵の後ろに続いた。




 ギィ……。


 使用人の手によって、ベッセン邸の重厚な玄関扉が開かれた。

 屋敷の玄関には、若い夫婦と、彼らの3人の子供たちが待っていた。


「いらっしゃいませ、お義父様、お義母様。お待ちしておりました。無事にご到着なされたようで何よりです」


 恭しく一礼をしながらトリスたちにそう挨拶したのは、ベッセンの息子であるコレンである。

 線が細く長身で、丁寧に髪を整え、優しげな微笑みをたたえた男性だ。オシャレな服を嫌味なく着こなした、品の良さを感じさせる立ち姿である。

 彼は両手に二人の子供の手を繋いでいた。子供たちは、どちらもコレン似の愛らしい顔立ちをしている。兄妹ともにまだ幼く、それぞれ5歳と3歳であった。


「「こんにちはー!」」


 兄妹は元気一杯に挨拶をした。孫の挨拶にトリスとアンネの表情が、デレっと崩れる。


「おおっ、ティーチにクラン! 大っきくなったね!」

「あなた、当たり前よ。一年ぶりですもの。二人とも久しぶりね〜、お祖母ちゃんのこと覚えてる?」


 そして最後に、


「いらっしゃい。みんな久しぶりね。元気そうで良かったわ」


 とレミーリアと同じ金髪碧眼の長髪の女性――ハイネが凛とした声で挨拶をした。

 顔立ちはレミーリアと似ているが、その身長はレミーリアより頭一つ低く、やや目つきがレミーリアよりキツい女性だ。意思の強い眼差しをしており、見るからに気が強そうである。

 長身のコレンと並ぶと、彼女の背の低さが一層際立ち、下手をすると子供のようにすら見えた。

 服装だけは大人しく、仕立ては良いが飾り気の無い動きやすい服を着ている。

 ハイネは腕には大事そうに赤ん坊を抱いているが、足を肩幅に開いて胸を張り、実に威風堂々とした立ち方をしていた。大商会の若奥様というより、妹の世話をしながら無理して偉ぶる子供といった見た目である。


(2年ぶりだけど、ハイネお姉様は何一つ変わらないわね。……なんだか私より若い気がするわ)


 レミーリアは、今年で23歳になるはずの、そんな姉の姿に内心驚愕していた。

補足


ハイネの二つ名

《金閃》《捕食者》《小魔王》

 

 由来は、《金閃》が卓越した剣技と髪色から。《捕食者》は牧場に行くと牛や馬が悲鳴をあげて逃げ出すから。《小魔王》は乱暴な性格と、よく力任せに物事解決しようとするから。バルドやカール、コフィやヴァニはよく彼女に泣かされていた。

 コレンは彼女と結婚したことで、スコルト住人から《勇者》や《聖人》の二つ名で呼ばれることになった。

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