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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第五章 運命の姫

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サミラの目的

「ボルモス族長、皆さんも、本日はご足労いただき申し訳ない」

「事が事だ。詫びないでくれトリス男爵」


 サミラが『エミール』に現れたその翌日、男爵邸の会議室には、男爵一家とリシャール以外の氏族長一家全員、それと当のサミラが集まって緊急の会談が行われていた。

 それというのも、サミラにスコルト来訪の理由(本人曰く“嫁入り”らしいが)について質すためである。

 振る舞いはともかく、サミラは紛うことなきレフ連合王国の王妹。その彼女がスコルトに嫁入りするとなれば一大事である。スコルト男爵家やスピリタス氏族どころか、マーティン帝国の国政にも関わる重大な出来事になる。

 領主であるトリスとしては昨日の内にでも事情を尋ねたかったが、サミラの長旅の疲れを考慮して(あと、サミラがたらふく酒を飲んで出来上がってしまったため)今日となったのだ。


「さて、サミラ姫、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」

「おかげさまでね」


 会談の始め、トリスが親しげに挨拶すると、サミラはニッと口端をあげて快活に笑った。

 昨晩、サミラは町の宿に泊まったので、トリスとは今日、久しぶりに顔を合わせたのである。


「去年の件では、ベイアール王や他のスルガ氏族の方々からも感謝のお手紙を頂いたよ。どれも心がこもった手紙だった。サミラ姫は氏族の皆さんに愛されているんだね」

「まあな。自分で言うのも何だが、みんなとは仲良くやってるぜ! ホント気のいい奴らなんだ。アタシが地元に帰った時には涙を流して喜んでくれたしな!」


 照れくさそうに言うサミラ。緩んだ頬に彼女の郷里への想いが見て取れた。

 トリスたちはそんな彼女の様子に目を細める。


「スルガ氏族の皆さんも、サミラ姫が生きていてさぞかしビックリしただろうね」

「ダチに聞いたら、アタシの葬儀は、そりゃあもう盛大に営まれたらしいぜ。墓も立派なのが建てられたらしいんだけど、残念ながらアタシが見に行った時にはもう撤去されてて見れなかったよ。まっ、心配かけたのは確かだしな。あちこち詫びをいれてきた」


 愉快そうに語るサミラだったが、一転、「ただなぁ……」と語気を落とし、遠い目をして悄気返った。


「墓の中にさ、アタシの遺体は無いだろ? だから代わりにアタシの愛用品が全部埋められたんだよ。お気に入りの服とかさ。他にも化粧品、アクセサリー、武器、思い出の品。もちろん掘り返されて洗われてたけど、いくつかダメになっててなぁ……。あれは泣いたよ……」


 サミラも、せめてもの手向けにできる限りの事をしようとした周りの気持ちが分かるから、何とも言えないらしい。


「それは……その……残念だったね」


 トリスは気の毒そうにその一言を絞り出すと、後は言葉が続かなくなってしまった。

 この件は誰が悪いというわけではない。善意が裏目に出ただけなのだ。そしてサミラもその事は重々承知している。


「「「……」」」


 他の面子も掛ける言葉が見つからず、会議室に気まずい沈黙が流れた。

 サミラはフゥと息を一つ吐いて、


「仕方ないさ、普通はそうするのが当たり前なんだから。これから心機一転してここでやっていくんだし、いつまでも引き摺ってはいられないよ」


 とカラっとした口調で断じた。しんみりとした空気は自分のガラではないと言いたげである。

 が、問題はその「これからはここでやっていく」という発言である。


「ねぇ、サミラ」


 話を本題へと移すべく、レミーリアが小さく挙手してサミラに問いかけた。


「昨日も言っていたけど、“嫁入り”ってどういう事なの? 誰と結婚するの? スコルトで恋人ができたなんて聞いてないわよ?」


 他の面々も同じ意見らしく、レミーリアの言葉に同意してウンウンと何度も頷いている。


(いったいサミラ姫はいつの間に将来を誓うような恋人を? というか、大国であるレフ連合の姫を娶ろうなどという度胸のある男は誰だ?)


 というのが、この場にいるサミラ以外の人間の共通の疑念である。

 サミラの滞在期間は長くはなかった。その間にどのような大恋愛があったのか、各々の脳裏に様々な憶測(妄想)が駆け巡っている。

 特に女性陣は興味津々だ。聞き逃すまいと身を乗り出すようにしてサミラの答えを待っている。

 しかし、一同の予想とは裏腹にサミラは実に平然とした態度で、


「ん? まだ恋人はいないぞ。これから探すんだ。じゃないと結婚できないしな」


 と当たり前の事のように言った。


「「「へっ?」」」


 至極当然といえば当然なこの言葉に、レミーリアたちは揃ってポカンと口を開けた。




 詳しく事情を聴くと、サミラも最初はレフ大陸で嫁ぎ先を探していたそうだが、どうも困ったことになったらしい。


「いや〜、アタシも今度こそマトモな結婚をしたかったんだけどな。やっぱ、初夜でやらかしたから悪名が広まってんだ。《玉潰し》って酷い二つ名まで付いたんだぜ。いや……確かに潰したけどさ……」


 一国の姫が口にするには品性の無い発言である。さすがにサミラもはしたないと思ったようで、誤魔化すように「ンンッ」と咳払いをした。


「……まあ、それで誰もアタシと結婚したがらないんだ。なまじ王妹ってのもあって下手なところには嫁げないし、氏族内の良さげな家には独り身で歳近いのがいなくてな。すっかり困り果てて兄貴に相談したら、『スコルトはどうだ?』って言われたんだ」


 ベイアール王としては、妹との幸せと国益を両立するためにスコルトに嫁ぐことを勧めたのであろう。そしてサミラもその提案にいたく乗り気のようだ。


「ここは暖かくて、メシも酒も美味い。それに良い奴ばっかだし、アタシもここなら最高だと思った。――で、来たんだ。さあ、誰かアタシと政略結婚しないか? こう見えて意外と良い奥さんになると思うぞ」


 そう言ってサミラは無邪気に笑った。

 最後の一言はいったい何の根拠があっての発言であろうか。確か以前、「レフに帰ったら花嫁修行をする」と言っていたはずである。まだそれからさほど月日は経っていない。


「サミラ姫、その……」


 困惑顔のトリスがおずおずと手を挙げる。


「ベイアール王からウチにそんな話は来てないんだけど……? いや、本当の話なのは疑ってないんだ。ただ、お見合いの段取りとか、そのあたりのことはどうしたらいいのかな? って」


 トリスは歯切れ悪く、そう言った。

 話は理解できたが、これだけは確認しておかなければならない。もし本当に王の許可があってスコルトに来たのであれば然るべき人員も随行しているはずである。だが、どう見てもサミラは一人でこの場に来ていた。

 サミラは気まずそうに「あ〜」と視線を彷徨わせ、


「いや、兄貴も段取りだの使者だの言ってたんだけど、時間かかるじゃん? だから、『アタシが話つけてくる』って言って、飛び出してきたんだ。多分明日くらいには氏族の誰かが来ると思う。……その、突然来てゴメンナサイ」


 と頭を下げた。

 もう一度述べるが、サミラは紛うことなきレフ連合の王妹である。

 曲がり間違っても単身で、しかも約束も取り付けずに他国に渡ってよい人物ではない。下手をすれば(下手をしなくても)国際問題に発展しかねない行動である。

 トリスたちはベイアール王の日頃の苦労が垣間見え、「ハハハ……」と苦笑した。




「ま、まあ、とりあえず考えてみようか。……と、言っても……」


 そう言ってトリスは息子たちに視線を向けるが……。


「すまんな、サミラ姫。俺にはもう婚約者がいる」


 バルドは胸を張って堂々と答えた。兄に続いてカールも、


「サミラ姫も知っての通り、僕にもレクティという恋人がいるんだ」


 とサラッと答える。

 嬉しそうな表情でレクティが頷いていた。


「おいっ、俺はまだ――」


 ギロリとボルモスのまなじりが吊り上がり、何かを言おうと口を開きかけた。だが、


「あなた?」


 すかさず、ボルモスの隣に座っていたルシャがガシッと彼の肩を掴んで、無言で首を振った。


「ちっ」


 ボルモスは舌打ちをして、顰めっ面で腕を組んで黙った。ここでサミラを無視してその件について騒ぐのは、あまりにも場をわきまえてない行動だ。ひとまず矛を収めたようである。

 そんな夫婦のやりとりを横目に、サミラはカラカラと笑って手を振り、二人は元から候補外だと告げる。


「まさか! 誰も他人の恋人を奪おうだなんて考えてないよ」

「そうだよね! ああ、よかった……」


 サミラがそのような性格ではないと知っていたが、万が一にも泥沼な展開にならなかったことにトリスはホッとした。


「それじゃあ、そうなると――」


 その場の全員の視線がコフィとヴァニに集中した。政略結婚となれば残る選択肢はこの二人しかいない。


「ボルモス族長、どうだろう?」


 親として、また族長としての意見をトリスが尋ねると、ボルモスは組んでいた腕を解いて、真剣な表情で体を前のめりにした。


「最終的には当人同士の気持ち次第だが、俺は“有り”だと考えてる。以前のスコルト滞在中、サミラ姫はあの短い間でここの住人とすっかり打ち解けていた。政治的にも意義はあるが、それ以上に姫の人柄は好感が持てる。嫁に来るならスピリタス氏族はサミラ姫を歓迎するぜ」


 ボルモスの言葉に同意するように、隣でルシャも優しく微笑んで頷いている。


「なんだか恥ずかしいな……」


 自分で思っていた以上の高評価に驚き、サミラは照れ臭そうに顔を赤くした。気恥ずかしさからか、ちょっと目線を下げ、ぽりぽりと頬を掻いている。


「うん。その点は僕も同意するよ」


 ボルモスと同意見らしいトリスもニコニコと笑っている。

 そして、改めてコフィとヴァニの二人を見つめた。


「じゃあ、あとは二人の気持ちなんだけど――」

「あっ、ごめん」


 トリスの言葉を遮り、申し訳なさそうにヴァニが手を挙げた。


「俺にも恋人がいるからさ、この話は遠慮させてもらうよ」


 ヴァニが辞退したので必然的に全員の意識がコフィに集中する。ラストチャンスとなったサミラも、じっと祈るようにコフィを見つめた。

 注目を受け、コフィはやや緊張した面持ちで口を開く。


「うむ、では俺の気持ちだが……。サミラ姫、俺は貴女のことを――ちょっと待て! ヴァニ、お前、今なんて言った!?」


 ハッと何かに気づいたコフィが、弾かれたように隣に座るヴァニを見た。


「「「……あっ!?」」」


 他の面子も気づいたようで、各々驚愕の表情を浮かべている。

 だが、当のヴァニは一人キョトンとした顔をして首を傾げていた。


「? 何かおかしなこと言ったっけ、俺?」


 バン! 


 血相を変えたルシャがテーブルを勢いよく叩いて立ち上がり、大声で叫んだ。


「恋人よ、コ、イ、ビ、ト! お母さん聞いてないわよ! あなた知ってた?」

「知らん知らん!」


 ルシャに睨まれ、ボルモスはブンブンと首を横に振った。彼にとっても寝耳に水である。

 ルシャは次にギロッとレクティを睨む。


「し、知らなかったよ! ほ、本当に!」


 レクティも慌てて否定した。男爵一家も知らなかったらしく、揃って唖然としていた。

 今の今までヴァニの浮いた話など誰も聞いたことが無い。まさに驚天動地の事実であった。


「あれ? 言ってなかった? 結構長く交際してるし、てっきりみんな知ってるもんだとばかり……」


 おかしいな、とヴァニは首を捻っている。


「知らないよ、兄様! 誰なの? 私の知って……知ってる人だろうけど……教えてよ!」


 レクティの言葉にルシャも勢いよく頷いている。隠していたならともかく、そうでなければ一言くらい言っておいてほしかった。


「いやーごめんごめん」


 あくまでもマイペースなヴァニは、周りの混乱をよそに悪びれもなく、


「ランジェだよ」


 とあっさり恋人の名前を告げた。


「「「えーっ!?」」」


 予想だにしていなかった名前が出たため、ヴァニの周りはサミラ以外ほぼパニック状態だ。

 マーティンの歌姫、まさかの熱愛発覚である。この事が公になれば、帝国中の男がショックで涙を流すだろう。社交界にすら激震が走るビッグニュースだ。

 イマイチ事の重大さを理解していないサミラだけが、冷静にポンと手を叩いて、「ああ、あの歌の上手い」と独りごちていた。


「あわわ、ウチの子とランジェさんが……?」


 この中で一番オタオタしているのがルシャだ。彼女は狼狽えながらレクティを指差してランジェを呼んでくるよう指示を出した。もうサミラの事は頭から吹っ飛んでいる様子である。


「ちょ、ちょっとランジェさんにも話を聞かないと。レクティ、呼んできて」

「う、うん!」


 レクティがランジェを探すため、イスから立ち上がりかけた。

 しかし、レミーリアがそれに待ったをかける。


「待って、レク! ランジェさんは出稼ぎに行ったから今はスコルトにはいないわ!」

「えっ!? そうなの?」


 レクティはストンと腰を落とした。

 誰もがどうしていいか分からない中、ヴァニが落ち着いた声で周りを宥めようとしてきた。


「まあまあ、みんな落ち着いて。俺とランジェの話は後でいいじゃないか。それよりも今はサミラ姫と兄様の話の方が大事だろ?」

「それは……そうだけど……」


 ヴァニが言っている事はもっともだが、ルシャは釈然としなかった。誰のせいでこんな騒ぎに、と言いたげである。


「「「…………」」」


 なんだか微妙な空気となってしまい、沈黙が会議室を包みこむ。


「……もしかして、この空気で続けるのか……?」


 コフィは珍しく頬を引き攣らせた。




 結局、サミラとコフィは結婚を前提に交際を始めた。

 正式な婚約と結婚式の段取りは、今後、両家にスコルト男爵を交えて詰めていくことになるであろう。

 こうしてサミラはスコルトの一員となった。コフィとの結婚は満更でもないらしく、彼女は幸せそうに微笑んでいた。

補足


サミラの二つ名

《狂狼》《玉潰し》《雪山冷海》《国跨ぎ》

 スコルトで《玉潰し》と言えばルーチェの二つ名である。後にそのことを知ったサミラは、ホッとすると同時に、ルーチェに親近感を覚えた。

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