スピリタスかくし芸大会 後編
歌い終わった〈スピリタスちびっ子合唱団〉の子供たちは観客から温かい拍手を受け、やり遂げた顔で舞台を降りる。微笑ましい様子に会場の空気も和んだ。
司会のカレッタは自身も笑顔で拍手をしながら、次の出演者を紹介した。
「ちびっ子のみんなありがと〜! さぁ! お次は《放浪の騎士》ドニックの登場です! その達人技にご刮目ください!」
子供たちと入れ替わりで舞台裏から出てきたのは、剣を携えたドニックである。
弟子たちを指導する際に着ている道場着を身につけ、まるでこれから決闘でもするかのような真剣な面持ちである。
舞台上にはさらに、会場スタッフたちによって、テーブルの上に固定されたネーロの羽根が置かれた。
ドニックは無言で羽根の前に立ち、剣を正眼に構える。
「……」
ドニックは精神を集中している。微動だにしない彼の身体から恐ろしいほどの闘気が放たれ、一呼吸ごとにそれは練り上げられていった。
ドニックの気に呑まれたのか、会場は静寂に包まれる。
1分か2分か、シンと静まり返る会場に、ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が響いた。
「スウゥゥゥ……。――ハァッ!!」
ガコンッ!
テーブルが倒れる音が会場に響く。
ドニックは気合一閃、テーブルごとネーロの羽根を見事両断した。
「「「ワアァァァーーー!」」」
観客たちがワッと湧き上がる。
特に、ネーロの羽根の強靭さを知っている傭兵や騎士たちは、雄叫びを上げながら夢中で手を叩いていた。
同じく知っているレミーリアやバルドも大興奮で拍手しているが、イルドたち伯爵家は会場の興奮についていけていない。ポカンとした顔で周りの熱狂に驚いている。
「彼が何か凄いことをしたのは伝わってきましたが、イマイチよく分かりません。あの羽根は噂のスコルトの特異個体のニワトリのものですか?」
イルドはまたもやトリスに問いかけ、トリスはまたもや困った顔をした。
ネーロが剣や槍をものともせず弾き飛ばしている光景は以前見たことがある。羽が防刃素材として売れているのも知っている。
だが、それを断ち切る事がどれほど凄いのかは上手く説明できない。
トリスは今度はバルドに話を振った。
「ええ、そのニワトリの羽根です。今の技がどれほど凄いのかですが……。う〜む、私も武人ではないのでハッキリとは分かりません。バルド、どうなんだい?」
父親に助けを求められ、バルドは興奮冷めやらぬ様子で解説をした。
「凄まじいの一言です。今のマーティンで同じことが出来るのは5人もいないでしょう。ファーネス商会で販売している防刃服はご存知ですか? あれの材料です」
「ああ、あの服か! それは凄い!」
防刃服と聞いてイルドも得心がいったようである。
ファーネス商会は防刃服のデモンストレーションとして、あちこちの都市で「この服が切れたら金一封」というイベントを開き、挑戦者をことごとく打ち破っている。
もちろんドロットでも開かれたことがあり、イベント後に伯爵家へと数着献上されたのでイルドもその頑丈さはよく知っている。
興味本位で家臣にあれこれ試させたこともあるので、個人の技量のみで断ち切ったドニックの凄さがよく理解できた。
「……?」
ココナの頭には尚も疑問符が浮いている。彼女には理解できない世界だ。
「ココナ嬢、あの大きな羽根の持ち主であるニワトリがこの後に登場しますよ」
バルドはココナが興味を惹かれそうな話題を振る。
この大会の趣旨は二人の親睦だ。父親と話すのも大切だが、彼女を置いてけぼりにはできない。
「まぁ! 楽しみですわ!」
ココナもそちらはピンと来た。
スコルトに特異個体の大ニワトリがいるのは有名だ。それが見れるとあってココナはワクワクしているようだ。
バルドはその様子を微笑ましげに見つめていた。
給仕たちがトリスたちに新しいワインを注ぐ。バルドやイルドはビールに変えるようだ。おつまみやフルーツも追加された。
観客たちも手にジョッキを持っていて、子供たちはお菓子だ。屋台は大儲けである。
「皆様お待たせいたしました! お次は《曲剣士》ヴァニ様のご登場です! 華麗なソードジャグリングをお楽しみください!」
きらびやかな衣装を見に纏い、レクティの下の兄であるヴァニが舞台裏から出てきた。
その後に続くように、剣と斧を抱えたイングも出てくる。
「助手は《百投百中》のイング! さあ、どうぞ!」
カレッタの声を開始の合図に、イングは抜き身のショートソードをヴァニに投げ渡す。刃引きなどしていない真剣だ。
ヴァニは剣を片手で受け取ると、その剣を回転をかけて頭上に放り投げ、ジャグリングをし始めた。
クルクルと回転しながら宙を舞うショートソード。ヴァニは正確に持ち手を掴んで再度投げているが、少しでもミスをすれば宙を舞うのは指の方になるだろう。
見ている方がヒヤヒヤするスリリングな芸である。
1本でも恐ろしいのに、そこへイングはもう1本剣を投げ渡す。
ヴァニは空いている手でそれを受け取り、それも投げ始める。
2本の剣が空を舞い、会場からは拍手が鳴った。
「ここからが本番だ! この《曲剣士》ヴァニの妙技をご覧あれ!」
ヴァニが力強く宣言する。
信じられないことに、イングはさらに斧を2本追加でヴァニに投げ渡した。
「よっ! ほっ!」
ヴァニはそれら2本の斧も加えてジャグリングを続ける。計4本の回転する武器をジャグリングするヴァニに、会場はさらに盛り上がった。
ヴァニが危なげなくジャグリングをしている間に、イングは舞台上に人間の頭くらいの大きさの木材を4つ置く。
それを見てヴァニは少しずつ体を横に向け、木材に相対した。
「フィニッシュ!」
ヴァニはジャグリングをしながら武器を1本づつ木材に向かって投げ放つ。
狙い過たず、全ての木材に武器が突き立ち、ヴァニとイングは並んで一礼する。会場は拍手喝采に包まれた。
貴賓席の面々も拍手している。
「すごいです! 手が滑らないか心配で、とってもハラハラしました!」
ココナも今の芸に興奮したようだ。顔が上気して赤くなっている。
「彼は変幻自在の剣の使い手です。実際に戦っても強いですよ」
バルドは優しく微笑みながら解説する。ココナも微笑み返すが、ふとレミーリアの姿が無いことに気がついた。
「あら? レミーリアさんは?」
「ああ、次が出番ですから、舞台裏でしょう」
ココナは「え?」と驚いて舞台を見た。
「さて、お次は引き続き《百投百中》のイングと、我らが《看板姫》レミーリア様、《黒き鳳》ネーロのご登場です! レミーリア様のご勇姿にご注目ください!」
舞台裏から乗馬服に着替えたレミーリアと、爪カバーと手綱をつけたネーロが出てきた。
レミーリアは貴賓席に向かって一礼すると、ネーロの手綱を握り、その背中にヒラリと飛び乗った。
イングがレミーリアにレイピアを投げ渡し、演目が始まる。
「いくよ、レミィ! ネーロ!」
「いつでもいいわ!」
「コケッ!」
イングは懐からカードの束を取り出し、レミーリアに向かって上下左右に回転をかけながら一枚ずつ投げる。
レミーリアは巧みにネーロを操りながら、一枚たりとも落とさずに次々とカードをレイピアで突き刺していく。
イングはどんどんスピードを上げていくが、レミーリアは手綱を支えにネーロの背をアクロバティックに動きながらカードを捉え続けた。
常人ではこうはいかない。レミーリアの優れた技量と卓越したバランス感覚のなせるわざである。
「ラスト!」
「飛んで、ネーロ!」
「コケッ!」
イングは最後のカードを高く投げる。
ネーロが駆け足で飛び上がり、レミーリアは落ちてくるカードを空中で見事突き刺す。
そのままレミーリアはレイピアをネーロにパスするように放り投げ舞台に着地した。
レミーリアはイングと互いの腰に手を回してポーズを決める。
ネーロは落ちてきたレイピアを口で咥えて翼を広げた。
会場に歓声と拍手の音が響く。
「レミーリアさん、カッコいいですわ〜!」
ココナも大興奮、この日一番の拍手でレミーリアたちを称えた。
その後も、ティオとシェリのマジックや、ミルストのファイヤーダンスなどが演じられたが、優勝はココナと観客が一番熱狂した「ランジェ&レクティのラヴソングwithダッキー」の3人に決定した。
こうして「スピリタスかくし芸大会」は大盛況の内に終了し、スコルト男爵家とドロット伯爵家の縁談は無事にまとまる。
両家の関係は強固に結ばれ、今後も様々な交流がなされることになった。
――そして、いよいよその時が来た。
補足
帝国軍について
マーティン帝国では軍に所属する貴族とその部下の騎士が指揮官となります。兵士はそれらの貴族の領民、皇帝直轄領、戦地付近の領の平民を徴兵して集めます。
軍内の階級は抱えている兵士の数、軍に提供した資金額、かつての戦功、政治力などにより上下します。
帝国初期の頃は全貴族が軍に兵を出していましたが、マース大陸で覇権を握り、大規模な戦争をすることがなくなった際に予算削減の為に軍縮が進められていました。
現在は西のクリーク王国とレフ連合の二面作戦に対応させるため、再度軍拡が進められていますが、文官と折り合いが悪くて難航してます。
ドロット伯爵は軍に所属していますが、次男の事件で処分保留の停職中です。なので帝国軍将軍としての他領への徴兵権や指揮権はありません。
ですがドロット伯爵家自体が保持するドロット騎士団の兵権は依然として認められております。
また、停職中のこの場合でも、貴族が基本的な権利として有している「自領を侵略してきた外敵への交戦権」は有効です。もちろんスコルト男爵家もこの権利を有しているので、軍と協力せず単独(今回はドロット伯爵家と共同)でレフ連合と戦争することはマーティン帝国の法律では合法です。
故にスコルト男爵家が個人でレフ連合からの戦線布告を受け取り、戦争を始めても法律上は問題ありません。ただし、その場合は自己責任なので、帝国からの支援はありません。




