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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第三章 戦史にスコルトの名を刻め

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スピリタスかくし芸大会 前編

 バルドとココナのお見合い翌日。今日は住民たちが待ちに待った収穫祭である。

 ちょうど天気も晴れ、絶好のお祭り日和。

 レミーリアたちは昼食を取ったあと、伯爵一家を伴って「スピリタスかくし芸大会」の会場に向かった。

 道中では、町の住人たちがすでに酔っ払い、そこらかしこで歌って踊っている。これだけならば各地の収穫祭と大差ない。伯爵一家に見られても何の問題もなかった。

 もちろん目撃されるとマズイ部分はちゃんと隠している。土着宗教の儀式は午前中に終わらせ、賭博等の乱痴気騒ぎはスピリタス集会所か他の村でやるようにと通達済みだ。


 それだけではない。その他の用心もバッチリと考えられている。

 例えば、今回の伯爵来訪が決まった時からスコルト中に、

『一、伯爵家の皆様にむやみに近づかない。

 二、伯爵家の皆様を無遠慮に見つめない。

 三、伯爵家の皆様のそばで行儀悪く騒がない。

 四、伯爵家の皆様の悪口を言わない。

 五、伯爵家の皆様に変な物を渡さない。

 以上のことを注意してください。最悪死刑になります』

 という高札が立てられ注意喚起がされていたりする。

 内容がほぼ猿に対する注意だが、貴族は平民を結構簡単に死刑にできるので、これくらいの注意が必要なのである。

 さすがに、よっぽど非道で悪辣な貴族でも無い限り無闇矢鱈に死刑にはしないが、それでもするに越したことはないのだ。


 立て札の効果もあって、馬車での移動中、普段であれば気さくに挨拶してくる住民たちが男爵たちに声一つ掛けようとしない。

 おかげで一行はトラブルなく無事に会場に到着した。


 会場の中は、初めての催しという物珍しさもあって、既に観客や出演者で満杯になっている。

 レミーリアたちは、バルドとココナを中心として貴賓席に座った。

 主賓が席についたことにより、早速大会が開始される。




 舞台上にはキルト人の若い女性が立った。ウルフカットの愛嬌ある顔立ちをした、背の低い人物である。

 女性はテンション高く、会場中に聞こえるように大きく声を張り上げた。滑舌良く聴き取り易いので、やや早口ぎみなのにしっかりと内容が理解できる司会向きの声だ。

 彼女の名前はカレッタ。スコルトでこの手の行事がある度、趣味で司会をしている女性だ。


「会場にお越しの皆様〜! お待たせいたしました、ただいまより『スピリタスかくし芸大会』を開催いたします! 司会進行は毎度お馴染みこの私、《聞く耳持たず》のカレッタがお送りいたします! まず初めに本大会の主催者であらせられます、トリス男爵様よりお言葉を頂戴いたします! 会場の皆様、どうかご静粛にお願いいたします!」


 トリスは立ち上がり伯爵家の紹介や開催の趣旨を説明しながら開会宣言を述べた。いよいよかくし芸大会の始まりである。

 最後に出演者を激励して開会の挨拶が終わり、拍手喝采の中、カレッタの声が再度会場に響いた。


「トリス男爵様、誠にありがとうございました! では、早速出演者の皆様に芸を披露していただきましょう! 一番のかたどうぞ〜」


 鳴り続ける拍手の中、舞台裏から、弓と矢筒を装備したスラを含めた狩人が5人と、ピエロのように派手な格好をした元食い逃げ犯のオーヘンが出てきた。

 芸に必要なのか、その他にも大道具として舞台上に縦2メートル横5メートルほどの木の板も一緒に運ばれてくる。


「さぁ最初から飛ばしていきましょう! 一番手はフクラ村狩人隊と《無銭遁走》のオーヘンによる的当てです! 狩人隊が狙う的はオーヘン。果たして狩人隊は見事射抜けるのか? 乞うご期待!」


 オーヘンは、舞台上に設置された板を背に立ち、スラたちはそんな彼に向かって弓を構えた。

 矢の先端には本物のやじりが付いている。つまりは何の変哲もない普通の弓矢である。

 当然、人体に命中すれば刺さるだろう。当たった箇所によっては死ぬこともあり得る。

 それを今、スラたちはオーヘンに向けて引き絞っているのである。


「それでは初めていただきましょう! 構え……うてぇー!」


 カレッタの号令でスラたちが一斉に矢を放つ。全員狙いはオーヘンの顔面だ。

 さほど両者の距離は離れていない。普通であれば回避などできず、舞台上に真っ赤な花が咲くところだが、オーヘンならできる。

 彼は持ち前の反射神経と機敏さで大人数相手の乱闘を逃げ切った男。

 オーヘンには見える所で放たれた物なら何でも躱せる自信があった。


「あらよっと!」


 真っ直ぐに飛んでくる矢をオーヘンは機敏に避け、後ろの板に矢が突き立った。

 観客席からはどよめきが起こり、ココナを始めとした繊細な女性陣は一歩間違えば死人が出る過激な芸に息を呑んだ。


「次、どんどんいくよ」

「撃て撃てッ!」

「せめて一発くらいはカスらせよう!」

「全射避けられたら我々の立つ瀬がないぞ!」

「オーヘン、一本くらいなら多分死なん! 当たれ!」

「ちょっ、嫌ですよ!?」


 スラたちは手を止めず矢を放ち続け、オーヘンはそれら全てを躱し続けた。

 やがて矢筒が空になると、スラたちは手を止め、無傷のオーヘンと並んで一礼をした。狩人隊は少し悔しそうな顔をしている。

 会場からは歓声と拍手が沸いた。


「どうもありがとうございました〜! 皆様いかがでしたでしょうか? オーヘンさんは優勝賞金を借金返済に充てられるのでしょうか? 結果はまだ分かりません!」


 貴賓席ではトリスたちがワインを飲みながら大会を見ている。こちらも今の演目に大盛り上がり、掴みは上々のようだ。

 特にイルド伯爵はオーヘンの避けっぷりに目を丸くし、興奮気味にトリスへと話しかけている。


「すごい動きでしたね。あの矢も本物でしたし、彼も危なかったのでは?」


 そう尋ねられ、トリスは困った顔をした。

 あれだけの大騒動を起こした犯人なので名前くらいは覚えているが、正直、オーヘンのことはよく知らないのだ。

 そこでトリスは、大捕物の際に彼を最前線で追っかけ回していた娘に説明してもらうことにした。


「ちゃんと打ち合わせはしていると思いますが……レミーリア、どうかな?」


 話を振られたレミーリアは、迷わず首を横に振った。


「していてもいなくても同じ結果だと思いますわ。真正面から打っても、動体視力と反射神経に優れたオーヘンさんには当たりません。死角から狙わないと当たらないんですわよね、困ったことに」


 イングでさえも、オーヘンに当てるには背後などの死角からか、不意を突くような曲投げじゃないとムリだと言っているそうだ。

 逃げに徹されると限りなく面倒な相手であるオーヘン。

 レミーリアはとっ捕まえた時の苦労を思い出し、草臥れたようにため息をついた。

 イルドはますます驚いた様子だ。


「素晴らしいではないですか! 彼はスコルトの戦士なのですか?」

「いえ、食い逃げ犯ですわ」

「食い逃げ犯……?」


 レミーリアは即座に否定する。オーヘンが戦士などとは、とんでもない話だ。

 思わぬ返答にイルドは困惑した。




 次に出てきたのは上半身裸のバーンと、手に槍を携え、煌びやかな衣装に身を包んだスティラの二人組であった。


「続きましては《竜砕》バーンと、《竜穿》スティラのドラゴンキラーコンビによる槍折りパフォーマンスです! 鋼のようなバーンの筋肉に皆様ご注目ください!」


 カレッタの言葉が終わると、スティラは槍を一度くるりと大きく回してから、バーンに向けて構えた。先端はピタリとバーンの胸の中央に定められている。


「いくぞ、バーン!」

「おうよ!」


 バーンは「ハァ!」と気合いを入れ、上半身に力を込めた。分厚く硬い、まるで巨岩のような大胸筋が盛り上がってくる。

 そこにスティラの槍がゆっくりと当てられる。穂先がバーンの胸筋に止められるが、スティラはなおも槍を押し込んだ。

 観客たちが息を呑んで見守る中、やがて槍がしなり始め、柄からミシミシという音が聞こえてきた。

 バーンは歯を噛み締め、顔を真っ赤にして耐えている。


「セイッ!」


 スティラがさらに槍を突き出すと、ついに柄が限界をむかえ、ベキっと大きな音を立てて折れた。

 カランと舞台に落ちる穂先。

 バーンは「ウオッシャアアァァッ!」と雄叫びをあげ、両手を振り上げる。その体には傷一つ無かった。


「「「ウオオオォォォーーー!!」」」


 観客から大歓声が飛んだ。

 万雷の拍手の中、バーンとスティラは舞台を下りる。

 カレッタは次の出演者を紹介した。


「ありがとうございました! 素晴らしい筋肉でしたね! お次はガラッと変わって、可愛らしい皆さんのご登場です! それではお願いします!」


 次に舞台に登ったのは、4〜6歳くらいの幼い子供たちであった。

 ゾロゾロと舞台裏から出てきて、総勢30人ばかりの子供が舞台上にズラッと並ぶ。その中にはカナの姿もある。

 最後にオリヴァ神父がリュートを手に姿を現し、出演者全員が揃った。


「〈スピリタスちびっ子合唱団〉の登場です! 演奏は《話の分かる》オリヴァ神父様が担当されます。曲は童謡『秋のコマドリ』です。どうぞ!」


 オリヴァのリュート演奏に合わせて子供たちがのびのびと歌う。

 大人たちは微笑ましげにニッコリと聴いていた。一部、デレデレした顔で孫娘を見ている大人もいたが……。

 ココナも可愛い子供たちに笑顔である。歌が終わると観客と一緒に温かい拍手を送っていた。

補足


カレッタの二つ名

《聞く耳持たず》


 由来はあまりの彼女のマシンガントークに話相手が一言も喋れないから。速度も長さもルシャ以上である。

 スコルトでお祭りがあると、いつも司会をやりたがる。

 19歳、普段の仕事は床屋。

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