達人の晩秋
収穫祭の日が近づき、スピリタスを始めとしたスコルト各地の村では祭りの準備が着々と進められていた。
町は住人たちの手により各所に装飾が施され、一躍お祭りムードである。
この時期は教会にも飾り付けが行われる。もちろんスコルトに限った話ではなく、収穫祭の時はどこの土地の教会も同じだ。宗教的側面が大きい行事なので気合いの入れようも大きい。各地で競い合うように豪勢な飾り付けがされている。
普通はアルコー教由来のモチーフが採用されるが、スコルトの伝統装飾は、初期マーティン帝国時代で流行した文様に前統一時代のレフ文様を混ぜた他には無い独特の柄である。
異文化のごった煮といった風情であるが、その柄を躊躇なく住人たちは教会に飾り付けていく。アルコー教の教会が一転、宗旨のよくわからない施設へと変貌した。
だが、この町の住人は誰もそれに違和感を感じていない。そもそもオリヴァ神父も何も文句を言わない。それどころか飾り付けを手伝ってまでいる。ならばきっと何も問題はないのだろう。
その頃レミーリアは、スピリタス中央広場で開催される、「スピリタスかくし芸大会」会場の設営現場で働いていた。
レミーリア自身も作業しているが、彼女の一番の仕事はネーロへの指示出しである。
なにせ牛や馬より足が速くて力持ちな鶏だ。ネーロは今回に限らず、たびたび急ぎの公共工事に駆り出されているのである。
「ネーロ、これをあっちまで運んでちょうだい」
「コケッ」
ネーロは荷台に山積みした材木をレミーリアに指示された場所に運んでいる。
人間にはとても動かせないような重量もネーロにとっては朝飯前だ。
朝から働き通しでもうすぐ昼になるが、まだまだ余裕シャクシャクといった様子で元気に荷台を引いていた。
「これが終わったら製材所に追加分を貰いに行くわよ」
「コケッ」
会場といっても広場に大きなテントを張るだけなのだが、ドロット伯爵一家が来るので、それなりの格式のものを用意しなければならない。よって、最低限、舞台と貴賓席が必要であると判断された。
会場の構造としては、横長で大人の肩くらいの高さの舞台を作り、観客はその手前で見てもらうという形である。
舞台裏には控え室が作られており、更衣室も併設されている。
男爵家と伯爵家の面々は特別に用意された貴賓席に座ることになっている。
広場ではレミーリアの他に、雇われた大工や騎士たちが額に汗して設営をしている。
しかし、まさか招待される伯爵家も、男爵令嬢が工事に参加しているとは夢にも思わないであろう。
因みに、他の男爵家の面々が何をしているかと言うと、バルドは今回のお見合いに際してトミン支店長に協力を依頼し、ファーネス商会を通じてココナの好みなどをリサーチして対策を練っている。
カールはそんな忙しい兄に代わり父の領主業務の補佐をしており、トリスもアンネも来る当日に向けやるべき事をしていた。
そんな中、適材適所でレミーリアにこの会場設営の仕事が回ってきたのである。一家で一番肉体労働が向いている(ネーロ込みで)レミーリアなのであった。
正午の鐘が鳴り、休憩時間となった。
作業員たちはそれぞれ思い思いの場所で昼飯を食べに行く。
ネーロも一度食事をするために牧場へと戻った。
そしてレミーリアは、そこら辺の木材に腰掛けると、今朝作ったサンドイッチを取り出し食べ始める。
広場を見れば、レミーリアと同じように自前の昼食を持ってきた者や、屋台で買ったものを食べている者がいた。
天気は穏やかで澄み渡り、すっかり秋の空である。外で食べるには絶好の日和であった。
食後、レミーリアは水筒の紅茶を飲みながらのんびりと午後の作業開始を待っていた。するとレミーリアのもとに初老の男性がやって来た。
「レミーリア様、お隣をよろしいでしょうか?」
落ち着いた声で話しかけてきたのは、スラリと背が高く、髪を撫でつけ、丁寧に髭を整えたクルス人である。目元には笑い皺があり、好々爺然とした男性だ。
レミーリアは男性を見上げ、親しげに微笑んだ。
「あら、ドニック先生。どうぞお座りになってください」
「恐縮です」
ドニックと呼ばれた男性はレミーリアに丁寧にお辞儀し、静かに彼女の隣に座った。
何気なく動作であるが、その立ち居振る舞いに一部の隙もないことから、ドニックが相当な武芸者であることが伺えた。
レミーリアの態度も、達人であるドニックへの敬意が見て取れる。いつも以上に丁寧な口調を心がけていた。
「広場にいらっしゃるなんて珍しいですわね。どうですか最近道場の方は?」
「おかげさまで充実しております。門下生たちも熱心に剣を学んでおり、私も教えがいがあります」
レミーリアは「それは何よりですわ」と微笑んだ。
ドニックはリシャールの弟子である。現在は独り立ちし、マーティン流騎士剣術の道場を開いて、師範として多くの弟子を育てている人物だ。
ドニックがリシャールの高弟であることもあって彼の道場の門を叩くキルト人は多い。事実、彼の門下生はキルト人が大半を占めていた。
キルト人は伝統的に斧を好んでいるが、スコルトではリシャールに憧れて剣を使う者が少なからずいた。
また、戦場では手持ちの武器が壊れたらその辺の武器を拾って使わなければならない。なので斧使いであっても、マーティンの戦場で一番手に入りやすいという理由で剣を習っている者もいる。
「今日はレミーリア様にお尋ねしたいことがあってここに来ました。――ハワーズのことです。レミーリア様は彼に会われたそうですね」
ドニックはレミーリアに声をかけた訳を告げる。
レミーリアはドニックからその名前が出たことに一瞬驚いたが、直ぐに二人の年齢が近いことに思い当たった。
その頃はドニックもリシャールの下で修行に励んでいた時期だ。それならば、かつてハワーズがスコルトを訪れたという時に知己を得ていてもおかしくない。
「ええ。トルマンでお会いしました。お元気そうでしたよ。ハワーズさんとお知り合いだったのですね」
ドニックは目を細めて頷いた。
「それは良かった。私と彼は同い年なのです。師の下で修行していた時に知り合いました。……その時の話はお聞きになりましたか?」
「はい、なんでもリシャール様に挑みに来られたそうですね」
レミーリアはクスクスと笑った。今の老成したハワーズからは想像もつかない、ヤンチャなエピソードに、つい可笑しくなってしまったようだ。
ドニックもまた、口端を上げ愉快そうに「クックック」と笑い声を漏らした。
「そうです。アイツは無謀にも単身でこのスコルトに殴り込んできました。なんとも命知らずな男です」
ひとしきり笑うと、ドニックは昔を懐かしむような遠い目をして思い出を語り始める。
「生意気なやつでした。アイツは一週間ほどスコルトにいましたが、その間に私とも何度も手合わせをしたものです。憎たらしいことに実力は全くの互角でしたが……そのことです、お尋ねしたいのは。今のアイツの実力はレミーリア様の目から見てどれ程でしょう? ――私とは?」
ドニックは真剣な表情でレミーリアを見た。心なしか身体にも力が入っているようである。
レミーリアもドニックをじっと見つめたあと、記憶の中のハワーズを思い出す。
歩いているときの足捌き、料理大会での電光石火の動き、見惚れるような抜剣、そして何より、会場を包んだ凄まじい闘気。その全てがハワーズが超一流の実力者であることを証明していた。
レミーリアはしばし目を閉じて黙考し、確信を持って口を開いた。
「私はハワーズさんの動きを一部しか見ておりませんが、お二人の腕前はほぼ同等であると思いますわ」
その言葉を聴くと、ドニックは「フゥ」と息を吐き、体から力を抜いた。
「なるほど、研鑽は怠っていないようですな。レミーリア様の技量を見抜く目は確かです。そのあなた様の見立てなら間違いはないでしょう。安心しました。……悔しくもありますが」
ドニックはニヤッと歯を剥き出して笑い、闘志に溢れた声で宣言する。
「やはり、今度帝都に行ってアイツに会うとしましょう。お互い体が動くうちに決着をつけなければなりません」
優しそうな雰囲気が一転、まるで血気盛んな少年の様な表情だ。若かりし頃、ライバルと出会ったあの日の熱情がドニックの心の奥底から顔を覗かしていた。
レミーリアは「まぁ」と声を弾ませた。
「達人同士の決闘ですわね! 素晴らしいですわ!」
仮にどちらかが命を落とす事になろうとも、尋常な立合いとは神聖にして誇り高いものだ。決して余人が妨げてよいものではない。
ましてやそれが老境に至った達人同士とならば尚更だ。
「もし機会があればレミーリア様が立会人となりますか?」
「ぜひ!」
レミーリアの目が輝いた。
実現すれば後々まで語られるであろう二人の決闘。その立会人に選ばれたことはレミーリアにとってこの上ない名誉である。
例え千金を積まれようとも他の人には譲ることはないと断言できるほどだ。
「ですが……」
ドニックはふと寂しそうな顔をした。声にも悔恨の念が混じる。
「……本当であればもっと若い時に決着をつけたかった」
ドニックもハワーズも肉体の全盛期は既に過ぎてしまった。もう再び戻ることはない。……身体も、心も。
「……実は、私はかつて帝都でアイツに会ったことがあるのです。しかし、それはアイツがちょうどミーリア様の過去を知った時でした。……近衛の仕事で知ったのでしょう、『ミーリア様とリシャール殿に合わせる顔が無い』と私にしきりに後悔を述べていました。結局、その時は手合わせもせずに別れました。以来アイツとは会っていません。……レミーリア様、近衛騎士としてのアイツはどうでしたか?」
何かを確かめるかのような問いかけであった。
ドニックが覚えているハワーズの最後の姿は、悩み苦しみ道を見失いかけている姿である。
しかし、ハワーズなら自力で乗り越えたと信じているのかもしれない。
「そうですわね……」
レミーリアはハワーズのエストラへのまなざしを思い出す。それは敬愛の念に満ちたものであった。
「誇りをもって皇女殿下にお仕えされてましたわ」
「……そうですか」
ドニックはしばし瞑目する。
「どこかで迷いを振り払ったのでしょうな。……強い男です」
ドニックはどこか晴れ晴れとした表情で立ち上がり、レミーリアに頭を下げ礼を述べた。
「ご休憩中失礼いたしました。私は道場に戻ります。ありがとうございました」
そう言って立ち去るドニック。
入れ違いでネーロが戻ってきた。昼食を食べに行った他の作業員も集まってくる。
昼後の鐘が鳴り、作業が再開された。明日には会場の設営は終わるであろう。
収穫祭はいよいよ間近に迫っていた。
補足
ドニックの二つ名
《放浪の騎士》
リシャールの弟子として10年修行し、その後10年傭兵として活動した。二つ名は傭兵時代につけられたもので、正統派騎士剣術を使うのに傭兵として各地を巡っていたので。
余談ではあるが、スコルト出身のキルト人は荒々しい斧使いであっても剣を手にすると実直な騎士剣術を使い始めるのでマーティンの騎士たちに不気味がられている。
収穫祭当日のオリヴァ神父
収穫祭では集会所にて山の神と海の神に祈りを捧げる式典が初めに行われます。その進行はキルト人の宗教関係者が中心となって行われますが、オリヴァ神父も一緒に手伝っております。
その後は一人分の食べ物を受け取ると、教会で一人、今度はアルコー教の神に祈りを捧げてます。
因みにそれぞれの神像に供物を捧げる儀式は近くの村が担当しております。




