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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第三章 戦史にスコルトの名を刻め

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レフの英雄譚

 残暑いささか厳しい中、スコルトは実りの秋を迎えた。住民たちは長い冬に備え、畑に、山に、海にと、忙しく収穫に勤しんでいる。

 戦争も間近に迫っているともっぱらの噂だ。今のうちに少しでも蓄えを増やそうと例年より忙しない様子である。

 空は青く晴れ渡り、海は波静かに穏やかだが、街の空気はどこか慌ただしかった。




 レミーリアは今日も今日とて『エミール』で働いている。

 最近、この業界はとても忙しい。その理由は単純にスコルト男爵領の人口が倍増しているからだ。


 増えているのは、普段はマーティン全土に散らばって活動しているスコルト出身の人間が帰郷しているからである。

 今回のレフ侵攻はスコルトが戦場になる可能性が高い。対抗するには騎士団だけでは数が足りないので、戦える兵力をかき集める必要があった。

 なので、男爵と氏族長の両名により表稼業裏稼業問わず召集がかけられ、彼らが戻ってきたことによりスコルトは人が溢れている状態なのである。

 街を歩けば名のある賞金稼ぎが奥さんに頼まれておつかいしているし、逆に畑では手配書が出回るような悪党が実家の両親にせっつかれ収穫を手伝っていたりする。

 どこもこんな感じなので、スコルト領全体がカオスな様相を呈していた。


「いらっしゃいませ。あっ、ダッキーさんお久しぶりです!」


 その日、昼間の『エミール』に来店したのは、20代後半くらいのクルス人の優男であった。甘く整った耽美的な顔立ちをしており、スラリとした身体付きで、美しい手をした男性である。

 ダッキーと呼ばれたその男は、丈の長いマントを羽織った旅装姿で、その手にリュートを持っていた。


「お久しぶりです、レミーリア様。海を渡り、旅をする吟遊詩人。人呼んで《波の調べ》ダッキー、ただいまスピリタスに帰り着きました」


 ダッキーはレミーリアにキザったらしく微笑むと、大袈裟なお辞儀をし、柔らかな美声で返事をした。騒がしい店内でもハッキリと聞き取れる、よく通る声である。

 芝居がかった物言いをしたこの男は、主にレフ大陸で活躍する吟遊詩人である。

 10年ほど前にスコルトに流れ着いたかと思えば、いつの間にかレフ大陸に渡り、以来双方を行ったり来たりしている男であった。

 ダッキーという名前も本人曰く芸名らしく、本名は誰も知らない謎多き男である。

 そしてクルス人であるのに、スコルトで誰かに付けてもらったという二つ名を好んで名乗り続けている変わり者である。


「お元気そうで何よりです。どうぞこちらのお席にお座りください」


 ダッキーがこの調子なのは10年前から変わらないので、レミーリアもすっかり慣れた様子である。いつも通りのスマイルで席へと案内した。

 だが、レミーリアに普通の応対をされようと、ダッキーは芝居めいた所作を止めようとはしない。流れるような動きで座ったかと思うと、レミーリアの目を真っ直ぐにジッと見つめ、いかにも苦しそうな表情で注文を告げてきた。


「ありがとうございます。さっそくですがシチューと白パン、それとエールをお願いできますか? 長旅でもう耐え難いほど空腹なのです」


 まるで物乞いがお恵みを求めるような口調である。

 レミーリアは苦笑しながら「かしこまりました」と言って厨房に向かい、ブルーに注文を伝える。そしてジョッキにエールを注いで、ダッキーが座るテーブルに戻ってきた。

 レミーリアがダッキーにエールを渡すと、待ってましたとばかりに彼はグラスを傾ける。こればかりは演技ではなく、心底幸せそうなそぶりであった。


「ああ、やはりスコルトのお酒が一番です。フフッ、酒場でよその土地の酒は褒められませんからね。こればかりはレフでは歌にできません」


 ダッキーはしみじみと噛み締めるように言った。




 しばらくすると、店内ではダッキーと周りの客たちが談笑していた。

 話題は春にスコルトに現れた特異個体についてである。


「スコルトに現れたドラゴンの話は遠くレフ大陸にまで届きましたよ。私も〈スタードロップ〉の皆さまからお話を聞いて、あちこちで歌わせてもらいました。いや〜大盛り上がりでしたよ」


 ダッキーはにこやかに酒を飲んでいる。

 各地の噂は吟遊詩人の飯のタネだ。ダッキーもツテを使ってしっかりと情報を収集している。しかもドラゴンは特にキャッチーなネタだ。これを逃す手はない。

 登場人物もほとんど知り合いなので人伝てに聞いた話でも容易に状況が想像でき、ダッキーなりに真に迫った歌を作れたようだ。

 実際レフ各地での評判も上々であったらしい。


「あん時は大変だったぜ。トカゲは見つからねぇし、ヨソ者は町で暴れるしでよ」

「そうそう。他にも、勘違いしたやつがネーロに襲いかかったりもしてたな。まったく無謀なやつらだったよ」

「俺もあん時は馴染みの飲み屋に頼まれて用心棒みたいな事をしてたぜ。毎日毎日バカを叩きのめしたな」

「……僕なんか、ヨソ者にしょっちゅう絡まれたよ。一日一回はカツアゲされそうになったし。見た目的に舐められやすいのかなぁ?」

「いや……アンタ、全員返り討ちにしてただろ……」

「そう言えば、お嬢にいちゃもんつけようとした奴もいたな。すぐに周りの連中が引き摺っていったが、アレはどうなったんだ?」

「知らね。海の底じゃなきゃどっかで生きてるだろ?」


 春の騒動を思い出し、客たちは呆れたように肩をすくめた。

 大なり小なり、みな物騒なエピソードがあるようだ。


「フフフ、そんなこともあったのですね。特異個体討伐の物語は今でも大評判ですよ。特に討伐に加わった方がいるペイス氏族の町で人気です」


 ダッキーは「結構なお金を貰えました」と笑う。

 客の一人が、今その人物が何をしているのかダッキーに教えた。


「ペイス氏族? ああ、バーンのことか。アイツだったら港で働いてるぞ」

「なんと、スコルトにまだいらっしゃったんですか! ぜひお話をお聞きしたいですね」


 ダッキーは折を見てバーンに会いに行くことを心に決める。

 本人を詳しく知れば更にペイス氏族のニーズに合う歌を作れる。インタビューできるなら望むところであった。

 会う気満々の様子を見て、親切な客たちはダッキーに追加でアドバイスを送った。


「ディンの港で働いてるぜ。凄え筋肉ついてて目立つから、会いに行けばすぐ分かると思う」

「だな。因みに『エミール』で待ってても無駄だぜ。アイツはここには絶対来ないからよ」

「? 何故でしょう、こんなに良い店ですのに?」


 その忠告にダッキーは首を傾げた。本気で理解できないといった風である。

 レミーリアは聞こえないフリをした。




「なんと! レミーリア様やイング君はそのような大活躍を! 皇女殿下を巡る陰謀劇、なんと素晴らしい!」


 話題は最近の事となったらしい。ダッキーが他の客と話していのはドロット料理大会での顛末だ。

 レミーリアは耳ざとくそれ聞きつけ、ダッキーに釘を刺しに行った。


「ダッキーさん、変なことを歌にしないでくださいね」


 ダッキーのテーブルに追加のエールを置きながらレミーリアはそう注意した。

 吟遊詩人に自由に語らせればどんな尾鰭を付けられるか分かったものではない。面白おかしく誇張され、あちこちで歌われては堪ったものではないのだ。

 それを聞いたダッキーは額に手を当て、大仰に天を仰いで嘆いている。


「レミーリア様、つれないことをおっしゃっらないでくださいませ。我々はこの世に散らばる輝かしい物語を拾い集め、あちらこちらで歌うことを命の糧としているのです。美しき姫様の物語は多くの人々の心に響くことでしょう。私はそれに少しばかりの彩りを添えるだけでございます。どうかお許しを」


 要するに脚色して持ち歌にしたいそうである。

 当の本人に許可を求めるだけ良心的である。


「ダメです」


 レミーリアはすげなく断った。ダッキーは涙を流さんばかりの表情だ。


「ああ、どうかお情けを。可憐なる皇女殿下と凛々しく美しい男爵令嬢の友情物語。今、わたくしの胸中にはお二人を彩らんとす千と万の言葉が溢れているのです」


 それでもレミーリアは静かに首を横に振る。ここで彼に許可を与えれば海の向こうまで語り継がれてしまう。

 するとダッキーはガラリと表情を変え、まるでやり手の商人のような雰囲気で交渉を持ち掛けてきた。


「……後ほど男爵様に私が見聞きしたレフ大陸の情勢をご報告いたしましょう。レフを再統一したレゼル氏族の都でも活動しておりましたので色々と詳しいですよ」

「ゔっ……」


 レミーリアは言葉に詰まった。ダッキーの取引は自らの羞恥心と引き換えにしても魅力的なものであったのだ。

 レミーリアは逡巡したのち、嫌々首を縦に振った。


「……あんまり変に話を盛らないでくださいね」


 切望していた許可を得たダッキーは満面の笑みである。


「ご安心ください。このダッキーは麗しき乙女を悲しませたりなどいたしません。レミーリア様にご満足いただける素敵な物語をお約束いたします」


 レミーリアはダッキーと話が噛み合っていないような気がしたが、もう諦めることにした。ダッキーの技量が高いのは確かなのだから。




「ダッキー、こっちも色々ドタバタがあったけどよ。最近はレフ大陸の方が派手だったろ」


 常連客がダッキーと相席して酒を飲んでいる。今度はダッキーに話を聞く番らしい。


「ええ。歴史に刻まれる大きな戦いが幾つもありました。現地でそれを体験し、名高き勇士と交流して、それらを歌にする。吟遊詩人冥利に尽きる経験ができました」


 ダッキーは感慨深そうに言った。

 彼もまた、海向こうの大陸で多くの体験、それこそ後世に歴史として語られるような物語をあまた目撃してきたようだ。


「ダッキー、ちょいとどんなもんか聞かせてくれよ」

「そうねぇ、私も興味があるわ」


 客たちはダッキーに演奏を求める。テレビも新聞も無いこの時代、彼ら吟遊詩人の歌こそが遠くの出来事を知るツールにして娯楽だ。

 もちろんダッキーはにこやかに笑ってこれに応えようとしたが、それにはちょっと問題がある事に気がついた。


「フフッ、私も皆さまに演奏いたしたいのですが、今からでは昼の営業時間が終わってしまいます。夜営業が始まったら演奏いたしますので、どうかその時に。今はあらすじだけ歌いましょう」


 ダッキーはそう言うとリュートを弾いた。激しいメロディに合わせ、彼は歌い出す。


「レフに名高きテルヌ王。レゼル氏族の英雄。人々は彼を《統一王》と呼び讃えた。王の力は大陸を覆い、栄誉は彼の頭上に輝いた。さりとて悲しきは人の世。大陸を制した氏族も王亡きあとは力を失い、レフは再び群雄割拠。王冠は瞬く間に消え失せて、誰の頭にも輝かない」

「いよっ!」


 客が合いの手を入れる。

 語られたのはスピリタス氏族にとっても因縁の相手。史上初めてレフ大陸を統一したテルヌ王である。

 しかし、彼の栄華は一時のもの。歌はすぐさま現代に飛んだ。


「時は流れに流れて90年。今の世に再び英雄は誕生する。誉れ高きその名はガヴィ王。レゼルの希望、力強き赤色の王。見上げるほどの体躯に燃えるような赤髪。クマを絞め殺し、人を引きちぎる怪力の持ち主。誰よりも戦場で先頭に立ち、誰よりも多く手に持った斧で敵の首を刎ねた男」

「待ってました!」


 敵とは言えども、英雄は讃えるのがキルト人の流儀である。しっかりと合いの手が飛んだ。


「20歳でレゼル氏族を率い、戦い続けて40年。そのどれもが血湧き肉躍る物語。乱世に輝く英雄は星の数。ガヴィ王は友を失い、子を失い、それでもなお戦い抜いた。全てはかつての栄光を再びと、レゼルに再度の王冠をと」

「いいぞ!」


 早引きで語られるガヴィ王の物語。

 聴衆のテンションも上がってきた。


「齢60にして遂に夢は叶う。ガヴィ王は再びレフ大陸を統一した。《再統一王》、その名誉ある二つ名はガヴィ王のものに、そして輝かしい王冠はガヴィ王の頭上に」

「スゲェ!」


 そう、ガヴィ王。それがスコルト、もといマース大陸に攻めてくるレフ大陸の覇者の名前である。

 残念ながらもう時間が無い。ダッキーの演奏は締めの一言により終わりを告げた。


「ガヴィ王と彼の3人の若き王子たち。王に仕える勇士、賢人たち。その栄光の物語はまた今度」


 ダッキーはリュートを弾き終わるとその場で一礼した。店内には拍手が鳴り響く。


「とまあ、こういう流れの物語です。夜には詳しいお話を演奏いたしますので、どうかお楽しみに」


 店にいた奥様たちはうっとりしている。


「久しぶりに聞いたけど、やっぱりいい声ね〜」

「心に沁みるわ〜」


 ダッキーは奥様たちの方を向いて「ありがとうございます」とウインクした。奥様たちは黄色い声をあげる。

 どうやら今日の『エミール』の夜営業は、いつもより忙しくなりそうである。

補足


ダッキー(芸名)の二つ名

《波の調べ》《マダムキラー》 


 吟遊詩人として旅するマーティン人。スコルトのことは第二の故郷のように思っている。レフがマーティン帝国に戦争を仕掛けるつもりだと聞いて自分が知っている情報をスコルト男爵に伝えるためにマース大陸に戻ってきた。

 レミーリアとの取り引きが失敗しても、何かしらの理由をつけて男爵には報告した。結果的に持ち歌が増えたので儲けものである。



レフの国名について


 レフ大陸のキルト人は多数の氏族に分かれているため、それぞれの氏族ごとに国がある。

 レゼル氏族は宗主国として従属国である他氏族を支配しているので、レフ大陸にはいまだ多数の国が存在する。故に全体を表す名称として「レフ連合王国」というものが用いられている。

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