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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第二章 天命の出会い

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今年の流行はサイコロで決めました

 段々と日が長くなってきたと感じる夏の日の今日この頃。

 男爵邸にてレミーリアたちが朝食を食べ終わると、トリスがおもむろに懐から手紙を取り出した。なんでも、帝都に嫁に行った男爵家長女のハイネから便りが届いたらしい。

 トリスは手紙を広げて家族の前で内容を伝えた。


「昨日の夜にハイネから手紙が届いたよ。来週ベッセンさんとアイリさんがスコルトに来るそうだ」


 ハイネはコレンという男性と結婚してスコルトを出た。

 そしてベッセンとアイリとは、それぞれハイネの夫コレンの両親の名前、つまり嫁ぎ先の義父母のことである。

 要は手紙には「来週、義父母の二人がスコルトに行く」と書いてあったということである。

 

「あら?」


 アンネは夫の言い方に疑問を感じた。

 ベッセンとアイリが訪れるのはともかく、その内容だとハイネとコレン、娘とその夫が一緒には来ないように受け取れた。


「あなた、ハイネは? あの子とコレンさんは来ないの?」


 アンネが確認すると、トリスはコクリと頷き、嬉しそうにその理由を告げる。


「ああ、どうやらつい先日ハイネが3人目を妊娠したことが分かったらしい。大事をとって二人は長旅を控えるそうだ」


 それなら遠出を控えるのは当然である。

 レミーリアは姉の慶事に目を輝かせ、手のひらを合わせて喜んだ。


「まあ、ハイネお姉様にまた子供が! おめでたいですね!」


 アンネもとりあえずホッと息を漏らした。

 怪我や病気のような理由でなくて安心したようである。


「それなら仕方ないわね。コレンさんとも夫婦仲良くやっている様で安心しました」


 バルドとカールもそれに同意した。心なしか嬉しそうな口調である。


「あの(がさつな)姉様が帝都に嫁に行った時は非常に心配しましたが、今となっては失礼な話でしたな」

「そうですね。コレン義兄さんとも相変わらずお熱いみたいですし、周りの評判も良いらしいですね。よほどうまく(猫をかぶって)やっているんでしょう」


 男二人はうんうんと頷いて、そう言い放った。

 姉が来ないとわかってから何故だか上機嫌である。もしかしたら二人とも長女には頭が上がらないのかもしれない。苦手なイベントが中止になった時のような、実に晴れ晴れとした表情であった。

 アンネは息子二人の内心が透けて見えたのか、二人に冷めた目線を向けている。

 そんな母子の様子にトリスは苦笑いを浮かべ、気分を変えるようにパンッと手を叩いて歓迎の準備に取り掛かろうとした。


「二人が来れないのは残念だが、ベッセンご夫妻は今年もいらっしゃる。早速準備をしようじゃないか。リンウッド、二人が泊まる部屋を……」


 トリスが家令のリンウッドに指示を出そうとして彼の方を向くと、リンウッドはハンカチを手に涙ぐんでいた。トリスはビックリして思わず言葉を詰まらせてしまう。


「男爵様、も、申し訳……ございません。少々……涙腺が。グズッ。ハイネお嬢様が、ご立派になられたと……思ったら。あんなに……やんちゃでいらしたのに。うう……」


 リンウッドは長年にわたり男爵家に仕えている老人である。そんな彼にとってハイネは孫娘同然。しかもひどく手を焼いた孫娘であった。そんなハイネの吉報を聞いたので、つい感極まってしまったらしい。

 トリスはリンウッドがオヨヨと泣き崩れるのを見て、「あー」と困ったように宙を仰ぎ、


「うん、来週の話だ! そこまで急ぐことはないね。ぼちぼちやろう。あっそうだレミーリア。ご夫妻は今回も『エミール』に顔を出すと思うから、ブルーさんにはレミーリアから伝えてくれ」


 と、今すぐ準備を始めることを諦めた。




 その後、レミーリアは『エミール』の開店準備をしながら、ブルーたちに今朝の出来事を話した。

 

「――というわけで、来週にはベッセンさんとアイリさんが来るみたいです」


 レミーリアの話を聞いて、ブルーは腕を組み、感慨深そうに何度も頷いた。


「そうか、ハイネ様も来年には3児の母親か。時が経つのは早いね」


 男爵家第一子であるハイネは、レミーリアに負けず劣らずスコルトで()()()名前を轟かせた人物だ。

 本人とはレミーリアとイングを介しての間接的な付き合いしかないが、ブルーにすれば生まれた時から知っている馴染み深い名前である。

 思わずしみじみとしたブルーだが、


「急に年寄りじみたことを言わないでちょうだい。私まで老けた気分になるわ。あなたと違って私はまだまだ若いのよ」


 と強い口調でスミカに睨みつけられてしまった。

 妻の剣幕にブルーは呆れた様子を見せ、ついうっかり口を滑らせてしまう。


「それこそ年寄りじみたセリフじゃないか?」

「何ですって?」


 スミカは眉をひそめ、ギロッと夫を睨みつける。

 パートナーに老けたと言われ腹を立てない女性は居ない。まるで射殺すかのような怒気が放たれた。

 ブルーはスミカの冷たい視線にビクッとすると、「んんっ」と咳払いして話題を変える。


「何にせよ、来週お二人がいらっしゃるなら、近いうちにトミンさんが来るな」

「あの人マメだから今日にでも来るんじゃない?」


 イングも父の話に乗っかった。母の目つきが恐ろしいのである。


「……あなた?」

「――さあ仕事だ仕事。今日も忙しくなるぞ!」

「だね、仕込みを始めようか」


 スミカの詰問から逃げるように二人はそそくさと厨房に入っていった。本当に恐ろしいのである。

 レミーリアはこのやり取りに「……ハハハ」と苦笑いし、自分も仕事を始めた。

 本日も『エミール』の朝は忙しい。




 その日の午後、イングが予想していた通り、『エミール』にトミンが訪れた。


「いらっしゃいませ。あら、トミン支店長」


 レミーリアの挨拶を受け、トミンはいつも通りの満面の笑みで恭しく頭を下げた。

 

「いつもお世話になっております。ファーネス商会スピリタス支店のトミンでございます。本日はお店の予約に参りました」


 スミカもにこやかに応対する。

 毎年夏に欠かさず来店してくれる大切な客だ。朝、レミーリアから話を聞いた時から予約の件は承知している。


「ベッセン商会長の件ですね。承知しております」

「ありがとうございます。詳しい日時についてですが――」


 トミンが予約を取りに来たのは、ハイネが嫁いだ先がファーネス商会の商会長一家だからである。義父であるベッセンはそのファーネス商会の現商会長、トミンの雇用主である。


 帝国一の大商会であるファーネス商会を取り仕切り、今でこそ帝国経済界の重鎮であるベッセンだが、若い頃は恐ろしくフットワークの軽い人物であった。

 帝国中を巡る中、新しい商機を求めてスコルトを訪れて以来すっかりこの土地を気に入り、毎年夏に夫婦でバカンスに来るようになったのである。

 因みに、息子のコレンとハイネの馴れ初めもこのバカンスで訪れた時である。


「――このようにお願いいたします。長旅ですので多少日程がずれるかもしれません。その時はご迷惑をお掛けしますが、どうかよろしくお願いいたします」

「ご予約承りました。無事のご到着を祈っておりますわ」


 ベッセン夫妻の予約はすんなりと済んだ。

 あとは無事にスコルトに到着することを祈るだけであるが、トミンはその点に関しては全く心配していないようだ。


「ありがとうございます。道中はいつもの通り、〈馬のともがら〉や〈ウミネコの友〉の皆様に護衛を依頼しておりますので、私共も安心しております」


 〈ウミネコの友〉は海上専門の、〈馬のともがら〉は陸上での護衛を主活動とする、スコルト出身のクルス人の護衛団である。ファーネス商会はスコルト出身の傭兵を身内価格で雇用できるので、行商の護衛として多用しているのである。

 スコルトの傭兵にとって、ファーネス商会は以前からのお得意様であったが、ベッセン商会長の息子であるコレンが男爵家長女ハイネと結婚して以来、すっかり身内扱いになったのである。


「それでは、私はこれで失礼します」


 トミンはそう言って頭を深々と下げると、忙しなく店から出て行った。彼は最後まで、外の夏の日差し同様の眩しい笑顔であった。




「えーっ! 今年はハイネ姉来ないの!? 帝都の流行のお洋服とかお化粧とか聞きたかったのにー」


 夜に『エミール』を訪れたレクティは、レミーリアから話を聞くと、エール片手にガックリとテーブルに突っ伏した。今年はハイネが来ない事に、すっかりしょげてしまっている。


「私がアイリおばさんに聞いておくわよ。おばさん、そつないから若者の流行も把握しているでしょうし。そしたらレクにも教えるわね」


 レミーリアがそう言うと、レクティが息を吹き返した様にガバッと起き上がる。


「お願いねレミー!」


 目が爛々と輝いている。

 ドが付く田舎であるスコルト男爵領は最先端の流行から一回りも二回りも遅れがちだ。こういう時にリサーチしておかないと世間から取り残されてしまう。

 また、友人の多いレクティは、同年代の女性陣からその手の情報を期待されていたりするのである。

 レミーリアはクスクスと笑った。


「それにトミン支店長は商売上手ですから、アイリおばさんが来たら直ぐに帝都から最新の流行の品を仕入れて売り出すと思うわよ」


 事実、例年そうなっていたりする。

 広告塔が来たなら、それを利用しない手はないのだ。


「……そうなりそうだね。でも今年はトカゲの分け前があるから懐が暖かくて助かるよ〜」


 二人は特異個体討伐に直接参加しているので、かなりの額の報酬を貰っていたりする。浪費するような趣味も無いので、まだまだ沢山残っているのだ。

 レクティはニコニコ笑いながら新しい洋服と小物を夢想していた。


「そうね。……それにしても、分け前は治安維持をしていた人たちにも支払われたはずだったけど結構な金額だったわね。ベッセンおじさんったらいくらで売ったのかしら……? お父様はトミン支店長から報告を受けて知ってるはずだけど……」


 あの一件でスコルトは天から金が降ってきたかのように潤った。

 日々『エミール』で働くレミーリアも、客の財布の緩み具合や、漏れ聞いた話でそれは実感できた。だが、全体からみればそれはごく一部のはずだ。総額ていくらになるのか想像もつかない。


「……きっと私たちには一生縁のない金額だよ。トミン支店長の様子はどうだったの?」


 レクティにそう尋ねられ、レミーリアは一つ思い出した事があった。


「……お父様に報告に来た時に会ったけど、そういえばいつも以上の笑顔と揉み手だったわ。……やっぱり知らなくてもいいわね」

「あれ以上があるんだ……凄いね」


 四六時中えびす顔をしていそうなトミンの、それ以上の笑顔など、もはや恐怖すら覚える。

 二人は自分たちが討伐したトカゲの莫大な価値に呆然とした。


「でもレミー、もし今年の流行がヘビ柄とかだったらどうしよう? トカゲ退治のお金でヘビの皮を買うのなんか複雑だよ……」


 話題を変えようと思ったのだろう、レクティが急にそんな事を言い出した。

 ウロコ繋がりで連想したのだろうが、彼女としては微妙に気になるらしい。

 普通であればそこまで気にする様な事ではないのだろうが、誰かに言われると何となく自分も気になり出すものである。レミーリアは嫌そうな顔をした。


「レク、そうゆうことを言わないでちょうだい。私まで気になってきたわ」

「ごめんごめん。でも、やっぱり蛇は嫌だし、今年の流行が違うことを祈っとくよ」


 親友に文句を言われ謝罪するレクティ。彼女はエールをテーブルに置くと、祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。

 しかし、祈るとは誰に祈るのだろうか? 

 レミーリアは首を傾げて尋ねた。


「祈るって何に祈るつもり?」


 やり出したのは彼女なのに、レクティも首を傾げた。


「何にだろう? 流行をつくりそうな帝都の偉い貴族とか、強い影響力を持った女性とか?」

「それってアイリおばさんのことじゃない?」


 帝国一の商会であるファーネス商会。その商会長夫人は帝国内でかなりの影響力を持っている。


「……だね」

「……祈りましょうか」

「……うん」


 二人は顔を知らない偉い貴族より、知っている女性に対して祈ることを決めた。

 二人は手を組み、静かに祈るのであった。

補足


 二人の祈りが届き、今年の流行は暖色系の落ち着いた装いでした。


 サイコロを振って六の目がでたら今年の流行はヘビ柄の予定でした。その他には毛皮、暖色/寒色の派手/落ち着いた、を割り当てていました。

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