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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第二章 天命の出会い

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海上の絆

 今日、『エミール』に久しぶりの貸切予約が入った。

 予約したのは『海上航路連絡協議会』というスコルト出身の船長たちがつくる団体である。年に数度の会合があり、今回の懇親会は『エミール』でということになったらしい。


 希望されたメニューに合わせて、昼から『エミール』ではレミーリアたちがひたすら食材の仕込みをしていた。気前よく大金を支払ってくれる大口の客だ、出す料理も普段より豪華なものを作る予定である。

 そして何より大事なのは、客が海の男であるということである。酒も大量に飲むため、既にビール樽がテーブルに置かれていた。もちろんその他の酒も準備済み、特にラム酒は大量に仕入れた。


 小気味良い包丁の音が鳴り響く店内で、イングとレミーリアは手際良く食材を切りながら雑談をしていた。

 イングは、「そう言えば」とレミーリアに気になっていた事を尋ねる。


「ねえレミィ、今日は船長さんたちが来るって聞いて思い出したんだけど、前にハイラム先生が言ってた大砲ってどんなのだった?」


 兵器の常識を塗り替える発明と聞いたレミーリアは居ても立っても居られず、ハイラムから大砲の話を聞いた次の日には、実物を見る為、港に停泊している〈シーガル海賊団〉のところまで行ったのである。

 レミーリアは楽しげにその時の話をした。


「ハイラム先生の言ってた通り、荷台に乗った鉄の筒だったわ。人が入れそうなくらい大きくて、中に鉄の球を入れて撃つと、すっごい音がして遠くまで球が飛んでいくんですって。もちろん港で撃つわけにもいかないから聞いた話だけど。でも、お父様に資料を見せてもらったら、かなりの飛距離だったわ」


 イングは「へ〜」と興味深そうに相槌を打った。


「なんだか強そうだね。バリスタより威力があるのかな?」


 イングは戦術に詳しい訳ではないが、飛距離がある兵器の利点は理解できる。対人戦も遠くから攻撃できた方が有利なのだ、大砲というのもそうなのだろうと考えた。

 レミーリアは兵器の話が好きなので、どんどんテンションが上がってくる。包丁の音も軽やかだ。


「一度でもいいから撃ってるところをみたいわね。陸上でも使えるみたいだから発射訓練とかしないかしら? イングも撃ってみたくない?」

「んー、僕はいいかな。あんまりそういうの得意じゃないし」


 彼は物を投げるのは得意だが、弓の腕前は人並みであるので、大砲を撃つことにも興味は無い様子である。


「そう? でも見てはみたいでしょ? 今度演習とかあったら一緒にいきましょう」


 レミーリアの提案にイングは「うん」と賛成した。それは確かに興味があった。

 そばで聞いていたスミカは内心、


(この子たち、なんて色気の無いデートを計画しているのかしら)


 と呆れていたりする。




 夜になり、予約通り『エミール』に海上航路連絡協議会の面々が来店した。いかにも海の男らしく、全員が日に焼けていて、やたらと喧しい一団だ。5軒も隣から近づいてくる声が聞こえたくらいである。


 彼らはそれぞれマーティンの海で名の通った船団の長である。

 商船護衛の最大手〈ウミネコの友〉、海賊討伐で名を馳せる〈蒼の大海〉、レフ大陸との貿易をしている武装貿易船団〈スタードロップ〉、海戦専門の傭兵団〈高波隊〉など、マーティンの海の平和を日々守っている船長たちである。

 しかし、協議会のメンバーは彼らのような表向き真っ当な船長ばかりではない。

 西方の海をナワバリにする〈シーガル海賊団〉、東方をナワバリにする〈リーガ海賊団〉、国から依頼を受け他国の沿岸を襲撃する私掠免状持ちの〈ブラザ海賊団〉など、悪名高いれっきとした海賊たちも協議会メンバーとしてこの場にいた。


 彼らは敵対するでもなく、談笑しながら肩を組んで『エミール』に入ってくる。

 つまり海上航路連絡協議会とは、何のことはない、海の上でスコルトの船同士が不幸な同士討ちを避け、協力してトラブルから逃れるために設立されたものなのである。

  

 〈ウミネコの友〉が護衛している船は襲わないようにする。

 〈蒼の大海〉が傭兵として参加する帝国海軍による海賊討伐作戦の情報をスコルトの海賊団に事前リークする。

 海賊同士の繋がりで、〈スタードロップ〉を狙うスコルトとは無関係の海賊団の情報を得たならば提供する。

 〈高波隊〉の戦力が足りない時には船や団員の所属を偽装して加勢する。

 等々、スコルトの船団はそれぞれ海上航路連絡協議会を通じて助け合っているのである。

 要は表と裏がズブズブということだ。仲間意識の強いスコルト出身者の間ではよくある話である。




 男たちがイスに座ると、レミーリアとスミカは急いでエールを配る。乾杯の発声は〈シーガル海賊団〉船長ネグロが行った。


「今回も実りある会合となった。これからも我ら海上航路連絡協議会は一致団結して、海の上で大いに栄えようではないか! 我々の更なる躍進を祈願して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 乾杯するや否や大いに飲み始める男たち。あらかじめテーブルに配膳されていた料理やおつまみがみるみる間に食い散らかされていく。

 船乗りに「のんびり」などという言葉は存在しない。食って飲んで笑ってと、忙しなく手と口を動かしている。

 ブルーとイングは急ピッチで肉を焼いていく。レミーリアとスミカはあらかじめ厨房で盛っておいた追加の大皿を各テーブルに置いていった。まさに戦場のような慌ただしさである。


 船乗りは話題も豊富だ。最近の国際情勢、とある港にある酒場の看板娘、他国の貿易港の仕切り役が代替わりしたなどという話が出た後、話題は先程レミーリアとイングが話していた大砲のことになった。


 話題の口火を切ったのは〈リーガ海賊団〉船長グレーだ。

 彼はネグロの肩をバンバンと力強く叩きながら大砲を大いに誉めそやした。


「ネグロ、お前のとこが手に入れた大砲ってやつはスゲェな! ウチの船にも積んだが早速役に立ったぜ! 俺たちに絡んできた海賊どもがあっという間に海の藻屑だ!」


 ハイラム博士が設計し、海賊島の技師により量産された大砲は、実戦で試すために海賊団が先に搭載している。極秘裏に対人性能のテストをするなら、裏稼業の人間の方が都合が良いのである。


 諸手を上げて絶賛するグレーの様子に、他の船長たちも興味を惹かれたようだ。席から立ってグレーとネグロの周りに集まり、自分のところにも欲しいと言い出した。


「そんなに良いものなのか? であれば我々〈ウミネコの友〉も欲しいな」

「まて、武器だったら〈高波隊〉を優先してもらうぞ。西との戦争がいよいよ加熱してきてな、来年くらいには決戦が起こりそうなんだ」

「いやいや、その前に私たち〈スタードロップ〉にお願いします。最近レフ大陸をレゼル氏族が再統一したでしょう? 彼らはどうやら更なる領土を狙っているらしく、北方の海が急速にピリピリしているのですよ」


 ネグロは熱が入り始めた話を「まあまあ」と宥めた。


「大丈夫だ焦るな。今、海賊島とスコルトで大砲を全力で量産している。真夏のあたりには十分な数ができるだろう。そしたら各船団で集まって、使い方や戦術の演習をしようじゃねえか」

「なるほど」

「確かに全員でやれば効率は良い」

「集団演習も出来るな」


 ネグロの提案に船長たちも納得したようで、議論は少し落ち着いた。

 各船団の船は現在、甲板を大砲が置けるように改造している最中なので、今すぐに欲しいわけでもないのだ。


「で? ネグロ、帝国にはいつ大砲を売るんだ?」


 ある船長がそう尋ねるた。

 戦艦の標準装備になるような有用な武器であるならば、いつまでもスコルトで独占することは不可能である。

 遅かれ早かれ帝国海軍から情報と現物の提供を半強制的に求められ、下手をすればありったけの大砲を徴収されてしまうだろう。そうなる前に可能な限り平和的に、そしてできる限り高値で公権力へ売り払うのが得策であると思われた。

 その問いかけにネグロは億劫そうに肩を竦めて「知らねえ」と答えた。


「それは男爵とファーネス商会に任せようぜ。帝国軍にこっちから売りに行くのも面倒くせえ。俺たちはそれまでにアドバンテージってやつを確立しようや」


 他の船長たちも「確かに」と頷いた。


「アイツら上から目線でくるから、慣れてる人間に任せた方がいいな。俺だったら途中で殴っちまう」

「だな。まぁ俺らができることといえば戦争で使って、大砲が高値で売れる様に協力することぐらいか」

「ちげえねぇ」

「じゃあ、男爵が金を踏んだくれるように頑張るか!」

「何だったら俺たちで海軍の船を何隻か沈めるぞ? 泡食って大砲を買い求めるだろうさ!」

「いいな、それ!」


 店内がどっと沸いた。

 海軍への悪口はスコルトに限らず、どの国の船乗りも盛り上がる酒場のテッパンネタなのである。




「大砲ってどんな威力なんですか?」


 少し手が空いたので、レミーリアはグレーに気になっていたことを尋ねた。

 グレーは切ったハムを口に入れてウイスキーで流し込むと、ケラケラ笑いながらレミーリアに答えた。すっかり酔っ払って赤ら顔であり、ツルツルに剃った頭も相まってゆでダコのようである。


「ヒック、そりゃーあれだレミーリアちゃん。ドーンでバーンだ! いいか? 玉をドーンと撃つだろ? そしたら敵船がバーンってなるんだ!」

「……そうなんですね」


 全く要領を得ない説明である。すっかり出来上がってしまっているようだ。これでは何を聞いても無駄であろう。


「ありゃすごいぞ! なにせドーンでバーンだ!」

「わー……すごいですねー……」


 酒臭い息を吐きながら一人で大盛り上がりするグレー。バシバシとレミーリアの肩を叩き、上機嫌で「ドーン、バーン」と叫んでいる。

 レミーリアは苦笑いを浮かべ、もっと早く質問するべきだったと後悔した。


 仕方ないのでレミーリアはネグロに質問することにした。

 店内を見回すと、ネグロは他の船長と度胸試しでタコと海藻のマリネを食べているところであった。意外と美味しかったらしく、頬の向こう傷を大きく歪ませて笑っていた。

 レミーリアはそそくさとネグロに近づき、先程と同じ質問をぶつけた。


「ネグロさん、大砲ってどんな威力なんですか?」

「ん? 大砲の威力?」


 ネグロはレミーリアの後ろで「ドーン! バーン!」と言っているグレーを見て苦笑した。


「アイツの言っていることも当たってるぞレミーリアちゃん。大砲はとにかくすげぇ音がする。そして威力だが……俺たちが敵船に撃った時は上手いことマストに当たったんだが、一発でへし折ったな」


 レミーリアは目を丸くして驚いた。


「そんなに凄いんですか!」


 ネグロは手元のグラスをじっと見る。何故だか複雑そうな表情だ。口調もどこか寂しそうである。


「……ああ、とんでもない代物さ。ハイラム先生の言う通り戦争のやり方が変わっちまうのかもな。陸の上でも大砲は使える。剣と弓の時代ではなくなるのかもしれねえぞ……」

「それ程ですか……」


 レミーリアは少し物悲しい気持ちになる。今までの鍛錬が無意味になるような気がしたのだ。


「おいおい、そんな悲しそうな顔をするもんじゃねぇよ。何も明日からそうなるわけでもないんだ。それに、どうやったって生まれる時代は選べねぇんだ。だったら今この瞬間を楽しもうぜ」


 気落ちしたレミーリアを励ますかのようにそう言ったネグロは、彼女の後ろを指さす。そこではグレーが「ドーンでバーン!」と言いながらウイスキーを呷っていた。

 

「なっ?」


 ネグロはニヤッとニヒルに片頬を吊り上げた。


「……そうですね!」


 レミーリアも微笑む。今夜の『エミール』は陽気な海の男たちで賑わっていた。

補足


ネグロの二つ名

《海の猟犬》


 由来は狙った船を逃さないから。



グレーの二つ名

《海上一番槍》


 由来は素早い突撃戦法を得意とするから。

 今回はテンションが上がりすぎてつい飲み過ぎた。

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