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北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第一章 スコルトの人々

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二人の名誉

 今話で一章本編は終了します。次回に本編を補足する昔話を一話挟んで、二章に入ります。

 別隊に分かれていた〈赤銅の大熊〉の団員たちが合流したことで、いよいよ特異個体討伐戦も最終局面となる。

 総員約100名、捜索隊総出での大立ち回りである。

 この頃になると山や街道から騒ぎを聞きつけた武芸者たちが姿を見せ始めたが、捜索隊の面々に“邪魔したら殺す”と言わんばかりの目で睨まれ誰も近づけず、遠巻きに眺めていることしか出来なかった。

 他所の武芸者で参戦しているのは、1番早く現れバルドから助力を頼まれたバーンとスティラのみである。


 レミーリアたちはトカゲの周囲に陣取り、順調に作戦を進めていた。

 今行われているのは、トカゲの動きを封じる為、四肢にロープを巻きつける作業である。危険な作業だが、トカゲの注意をスティラたち前衛が交代で引いている間にロープを結ぶつもりであった。


「槍使いの姉ちゃん、交代だ」

「分かった。一旦下がる」


 普段から連携することに慣れているメンバーなので、危なげの無い立ち回りだ。また、スティラも思いの外素直に彼らの指示に従うので、全く問題は起きなかった。


「コンテ、こっちだ! ロープの端を寄越せ!」

「あいよ! 兄貴」

「結べたな? あと残りは前足一本、急ぐぞ!」


 トカゲの足元では〈赤銅の大熊〉の《三羽烏》が手際よくトカゲの足にロープを結んでいた。

 元々はネーロを縛り上げる為に作られた猛獣用ロープは、通常の物より高密度で太く編まれていて相応の重量があるが、3兄弟による息のあった連携により素早く作業が進んでいく。

 あっという間に足3本にロープが括られた。


「どっせいッ!」


 バーンは自慢の大槌でロープが結ばれた足に打撃を与えている。少しでも抵抗する力を削ごうとしているのだ。

 フルスイングされた大槌がウロコに当たる度にガキン! ガキン! と大きな音が鳴り、その都度トカゲは苦痛の鳴き声を上げた。


「ハッハー、見たかこの《大槌》のバーン様の剛力を!」

「やるじゃねえか! だが俺の大戦斧も負けてねえぞ! 《三ツ胴断ち》モルトガットの名、覚えておくんだな!」


 バーンに対抗するようにモルトガットも攻撃に加わった。鳴り響く打撃音はますます大きくなる。




 《三羽烏》の手により全ての足にロープが結ばれると、すかさずバルドは号令を掛けた。


「総員配置につけ! 作戦開始!」

「「「了解!」」」


 前衛にいた騎士と傭兵たちが素早く散り、周囲の捜索隊と合流して4組に分かれ、それぞれトカゲの足から伸びるロープを掴んだ。


「「「いくぞ! せーのッ!」」」

「ギュウッ!?」


 四肢が一斉に引っ張られ、トカゲは体勢を崩し、ズドンと音を立てて腹這いとなった。

 トカゲは驚いて、訳も分からずキョロキョロと顔を動かしている。手足は伸ばされビクとも動かせず、どうにかもがけるのは頭部と胴体のみだ。まるで磔にされた罪人のようである。


「頭が下がったぞ! バリスタ前へ!」

「了解です、お兄様!」


 バルドの声に、後方で待機していたレミーリアとレクティ、そして射手の3人はバリスタを持ち上げると、トカゲの顔前に走り寄った。


「口をこじ開けろ!」


 その間、モルトガットを筆頭とした力自慢たちがトカゲの頭に取り付き、その口をこじ開けようとする。

 しかし、これにトカゲは野生の勘で命の危機を感じたのか、無我夢中で暴れ出した。トカゲの胴体がジタバタと動くので、ロープを引っ張る男たちは全力でそれに抵抗している。


「バーン殿頼んだ!」

「任せろ!」


 バルドの言葉にバーンはニヤリと笑うと、全力で大槌をトカゲの鼻先に振り下ろした。


「どうぉりゃ!」


 ガッキン! と凄まじい音が鳴り、衝撃でトカゲが目から星が飛んだ。大岩ですら砕くであろう一撃だ。さすがのトカゲも怯み、体から力が抜けた。


「今だ! バーン殿も!」


 モルトガットとバーン、さらにはバルドたちも加わり、トカゲの口を掴んで、その口を渾身の力を込めてこじ開けた。


「お兄様、バリスタ設置完了です!」

「装填も出来てる、いつでも撃てるよ!」

「お嬢、ちょっと待ってくだせえ! 口が開いてねえ!」


 バリスタが設置され、装填も完了する。

 しかしそこで、我に返ったトカゲが最後の抵抗とばかりに顎に力をいれた。

 バルドたちも必死に抵抗するが、口が半開きで止まったので、これでは射線が通らない。

 レミーリアはスティラに鋭い声で指示を出した。


「スティラさん! コイツの口内を槍で刺して!」

「う、うむ!」


 レミーリアの言葉にスティラは反射的にセイッと槍を突き出した。唇の隙間を通り、槍は上顎に突き刺さる。


「―――ッ!」


 その痛みでトカゲの顎の力が抜けた。バルドたちは最後の力を振り絞る。


「「「うおぉぉぉっ!」」」


 遂にトカゲの口は大きく開かれた。バリスタの照準が口内を捉える。


「発射!」


 レクティの指示に、射手はバリスタを射った。矢は至近距離からトカゲの口内に勢いよく飛び込む。バルドたちの手に凄まじい衝撃が伝わってきた。


「―――――ッ!」


 トカゲは夥しい血を吐きながら激しく身を捩り出す。もがき苦しむ末期の絶叫だ。前面にいた者はモロに血を浴び、真っ赤に塗れる。


「総員退避!」


 バルドたちは口から手を離し、巻き込まれないよう距離をとった。

 トカゲは命尽きるまでその場で暴れ、最後にビクンと体を震わせると、二度と起き上がらなかった。

 血染めのバルドは、トカゲが死んだのを確かめると、晴れ晴れとした顔つきで声を張り上げた。


「我らの勝利だ! 勝ち鬨を上げるぞ!」


 デリウム火山のふもとに戦士たちの声が響き渡った。




 戦闘が終わり、その場で勝利の宴が行われた。

 レミーリアとイングは持ってきた食材で料理を作り、傭兵たちは持参している酒を提供した。当然、体に付いた血は洗い流している。

 捜索隊の面々は料理に舌鼓を打ち、久しぶりの酒に喉を鳴らした。長い山狩りから解放され、誰も彼もが大いに浮かれている。


「バーン殿、スティラ殿、お二方のおかげで無事勝利できた。スピリタスに戻ったら男爵家から感状と礼金を送ろう。期待してくれていいぞ。だが今は、まず酒を飲んでくれ」


 バルドは満面の笑みを浮かべ、バーンとスティラを労う。


「いいってことよ! ……しっかし、ここの酒は美味いな」

「有り難き幸せ。末代までの誉れとなりましょう。バルド様のご厚情に感謝申し上げます。……これ程の酒があるとは」


 バーンとスティラは得意げな表情を浮かべ、スコルトの酒を楽しんでいた。当初の目的通りにドラゴン討伐を達成したので、二人はかなり上機嫌である。

 

「お料理の追加ができました。バルドお兄様も、お二人もどうぞ」


 レミーリアは3人に出来上がったばかりの肉野菜炒めを手渡す。

 食欲を誘う肉の香りにバーンとスティラは喉を鳴らすが、ふとレミーリアの顔を見て、不思議そうに首を捻った。


「あれ? アンタどっかで見たような?」


 バーンは訝しげな顔で無遠慮にレミーリアの顔を眺めるが、彼女はニコッと笑って、


「あら、そうですか? 気のせいでは?」


 とシラを切った。

 スティラも気になったが、レミーリアがバルドの妹と聞いて、聞くに聞けなくなってしまった。このマーティン帝国で貴族への無礼は御法度である。




 モルトガットはレクティに平身低頭で懇願していた。彼の口調には悲壮感すら漂っている。


「お嬢、族長には何卒うまい具合にお伝えください。『モルトガットは決してお嬢に危ない橋を渡らせなかった』と。そうだ! お嬢、お怪我はありませんよね? あったら帰るまでに治して下さい。俺が殺されます」


 なまじレクティが強く、普通に戦力になっていたので、モルトガットは戦闘中失念していたが、ボルモス族長の過保護っぷりを終わってから思い出したのだ。

 レクティはケラケラと笑っている。多少怪我をすることがそこまでの大事であるとは思えないのだ。


「大丈夫大丈夫、怪我一つ無いよ。それにしても大袈裟だなぁ。いくら父様でも殺しはしないでしょ」

「……」


 モルトガットは黙っている。万一殺されることも、あり得なくは無いのである。


「でも、私も武勇伝語りしたいんだけど、それもダメかな? レミーから注意を逸らすために後ろ足に斧を叩きつけたこととか、みんなと交代でトカゲの攻撃を捌いたこととか、バリスタを持って正面に立ったこととか」


 レクティが首を傾げて尋ねると、モルトガットの顔がサーっと青褪めた。モルトガットは再度、地に頭を叩きつける。


「どうかご内密にお願いします。もしお話されるのであれば族長に話が届かないようにお願いします」


 まるで命乞いをするかのような態度で土下座までするモルトガットに、レクティは困惑しつつも了承した。


「わかったよ。そこまで言うなら気をつけるよ。父様の耳には入らないようにする」

「ありがとうございます」


 モルトガットはあからさまにホッとしている。首の皮一枚繋がったような心地であった。


(カール兄ぃにはお話をしよっと!)


 レクティはウキウキとそんなことを考えていた。




 レミーリアとイングは一通り料理を配り終わると、自分たちも食事を始めた。


「結局、投げ槍をだいぶ使っちゃったね」


 イングはそう言って残った槍の本数を指折り数える。

 牽制のためにちょくちょく投げていたので、ほとんど使ってしまったのである。


「あら、命あってよ。別に良いじゃない」

「うん、そうなんだけどね。……最近ネーロが稼いだお金を使ってもいいと思う?」


 ネーロは二人のペットなので、ネーロが稼いだお金は山分けすることになっている。イングとしては一言レミーリアに相談すべきだと考えた。


「いいんじゃない? 罰金を払った人たちはお金を出す形で特異個体討伐に貢献したってことで」

「本人たちには伝わらないけどね、それ……」


 仮に伝わったとしても罰金を払わされた者たちは喜ばないであろう。イングは「ハハハ……」と乾いた笑いをした。

 お金の件は結論が出たが、レミーリアにはもっと危惧している事柄がある。


「そんなことより、もっと重要なことがあるわ!」


 レミーリアは突然大声を出した。


「な、何?」


 イングはレミーリアの剣幕に狼狽える。


「私たちの二つ名よ! このままだと、《トラブルメーカー》とか《特異個体ホイホイ》とか付けられるわよ!」

「あーそうなりそうだね」


 二つ名は偉業を成した時にも付けられる。

 特異個体討伐は十分それに値するので、普通は《竜狩り》などと呼ばれるのであろうが、レミーリアのこれまでの行いがそれを許さない。色々とやらかしているのである。

 あとレミーリアは忘れているが、到着時にモルトガットが言った《幸運の女神》も確定しそうである。


「《お転婆姫》だってちょっとした事だったのに付けられたし。《ニワトリの飼い主》は……しかたないし。《看板姫》は、まあ……いい感じだから構わないけど」


 レミーリアは幼い頃、いっつもイングを遊びに連れ出していた。

 そんなある日、レミーリアが嫌がるイングと一緒に牧場の牛に乗っかり、それに怒った牛が走り出して牧場を何周もするという事件を起こした。《お転婆姫》はその時につけられた二つ名だ。

 因みに《ロデオガール》という候補があったが、レミーリアが本気で泣いたので取りやめになったのである。


(あれがちょっとしたことなら、間違いなくお転婆では?)


 イングは心の中でそう思ったが、決して口には出さない。彼の表情はレミーリアを気遣うような優しい微笑みである。


「でも今回のはあくまでも偶然なんだから、そんな不名誉な二つ名はゴメンだわ」


 レミーリアはスッと立ち上がり、イングに手を伸ばした。


「イング、みんなに念押しに行くわよ! 私たちの名誉のために!」

「はいはい、お付き合いしますよ」


 イングはギュッとレミーリアの手を握り立ち上がる。

 そしてレミーリアに手を引かれながら、みんなのもとへ一緒に駆け出すのであった。

おまけ


 特異個体討伐から一週間後、レミーリアが町を歩いていると偶然、バーンとスティラに出会った。


「あら? バーンさんにスティラさんも、まだこの町にいらしたのね」


 二人は会話をしていたが、レミーリアに声を掛けられて彼女の方を向いた。


「おう、レミーリアの嬢ちゃんか。いやーなんだかこの町は居心地が良くってよ。しばらくここで厄介になることにしたんだ。仕事なら港で荷運びをすればいいからな」


「私も同じくこの町に住まわせていただくことにしました。仕事もルーチェという方の護身術教室の臨時講師として採用されました。何でも妊娠されたらしく、代理を探していたようなので運が良かったです」


 レミーリアはニッコリと笑った。


「あら、そうだったの。これからよろしくね」


 バーンとスティラも笑顔である。


「長くいると思うからよろしく頼むぜ。やっぱ暮らすなら酒と飯が美味い所が一番だしな」


「レミーリア様、どうかよろしくお願いいたします。コヤツに同意するのはシャクですが、食事のことはその通りです。私も色々な店に行ってみるつもりです。……あそこ以外は」


「……お前もか」


 バーンとスティラは急にトーンダウンした。レミーリアは二人の様子の変化を不審に思い問いかける。


「どうかしたの?」


 レミーリアの問いに二人はバツが悪そうに答えた。


「いや、前に入った店なんだがな。味は良かったんだが、その時コイツと揉めてよ、誰かにはっ倒されたんだ」


「今でもその店員? のことが恐ろしく、謝罪にも行けない情けない有り様です」


「……」


 レミーリアは口をつぐんだ。


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