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一生かけて責任取ります

高校生の幼馴染男女のラブコメです

 幼馴染の蓮見(はすみ)柚子(ゆず)は、おれにとって世界で一番大事な女の子である。


 おれには柚子の笑顔以上に優先すべきものはなく、柚子の心の平穏を脅かすものは、何を置いても全力で排除する所存だ。実の弟と柚子が同時に溺れていたとしたら、迷わず柚子を先に助ける(そもそも、おれの弟は水泳部だし溺れ死ぬ心配はないのだが)。

 考えたくもないことだが、もし目の前で柚子が死にかけているとして、おれの命を引き換えに柚子を助けられるとするならば――おれはおそらく、自分の命を差し出すのだろうな、と思う。

 柚子のお願いならなんだって叶えてやりたいし、柚子のためなら何でもする。もちろんおれの出来る限りで、だが。


(さく)ちゃん、わたしね。好きな人がいるの」


 おれのベッドの上にちょこんと腰掛けた柚子は、やけに思い詰めたような表情で言った。長い前髪に隠されていてよく見えないが、きっと眉間には深い皺が刻まれているのだろう。分厚いカーテンのような前髪の向こうには、今も消えない傷跡が残っていることをおれは知っている。

 柚子は制服のスカートの上に乗せたガラスのコップを、まるで大事な宝物でも守るかのように、両手でしっかりと握りしめている。中に入っているアイスのストレートティーは、とっくにぬるくなっているだろう。テーブルの上に置かれたケーキを食べているのはおればかりで、柚子は一度も手をつけていなかった。甘いものには目のない彼女なのに、珍しいことだ。

 おれはしばらく柚子の言葉の意味を咀嚼してから――ようやく理解が追いついて、愕然とした。

 柚子の発言は、おれにとって青天の霹靂だった。おれは心のどこかで、「柚子に恋愛なんてまだ早い」という気持ちでいたのだ。おれも柚子も、この四月に晴れて高校生になったばかりだ。柚子は同級生と比べてもどこか幼い雰囲気があるし、どちらかと言えばおっとりぼんやりしている。ややませている周囲の友人が、彼氏ができただの別れただのと騒いでいるのを、どこか他人事のような視線で眺めていた。

 静かに衝撃を受けているおれを、柚子はまっすぐに見つめている。おれは床に敷かれたカーペットの上で胡座をかいているので、ベッドの上にいる柚子を自然と見上げる形になる。

 いつも俯きがちで小柄だから目立たないけれど、実は柚子はかなりの美少女である。癖のあるセミロングの髪はふわふわと柔らかそうで、黒々としたアーモンド型の瞳はぱっちりと大きく、ふっくらとした頰は抜けるように白い。やや「へ」の字型に曲がった唇は、きれいなピンク色をしている。まるで陶器でできた人形のようだ。もちろん性格だって、やや引っ込み思案だが優しくて、素直な良い子だ。

 幼馴染の贔屓目を差し引いても、柚子みたいな可愛い女の子に好かれて、嫌な気持ちになる男などいるものか。もしいたら、おれが一発ぶん殴って目を覚まさせてやる。


「朔ちゃんは、わたしのこと応援してくれる?」


 柚子はやけに不安げに、おれに問いかけてきた。応援してくれるか、と訊かれたならば、おれの答えはひとつしかない。もし世界中の人間が柚子の敵に回ったとしても、おれだけは柚子の味方だ。それだけは絶対に揺るがない事実である。


「わかった」


 おれが頷くと、柚子の表情は何故だか泣き出しそうに歪んだ。柚子にそんな表情をさせている男はどこのどいつだ。おれは無性に腹立たしくなってきて、コップに半量ほど残ったアイスティーをごくごくと飲み干した。



 おれが何故ここまで柚子を大事にしているのか。それを説明するためには、八年ほど前に遡らなければならない。

 当時八歳だったおれは、手のつけられないほどやんちゃな悪ガキだった。両親は二歳下の弟の世話にかまけていて、おれはそんな両親へのあてつけのように悪戯ばかりを繰り返していた。柚子はそんなおれの後ろをチョロチョロとついてまわって、勝手に一人でひっくり返ってはピーピー泣いていた。

 柚子の両親は柚子が産まれてすぐ、おれの隣の家に越してきたらしい。同じ歳の子どもを持つ親同士が打ち解けて仲良くなるのに、それほど時間はかからなかったのだろう。赤ん坊の頃からおれと柚子は並んで寝かされており、少し成長すると一緒に遊ぶようになった。

 おれは柚子の大事なぬいぐるみを逆さ吊りにして泣かせたり、柚子の背中にダンゴムシを入れて泣かせたり、柚子のお菓子を奪い取って泣かせたりしたけれど、柚子は何故だかおれのそばから離れなかった。キャッチボールすらマトモにできない、トロくさい柚子の存在は、ときおり鬱陶しくもあったけれど、おれは柚子のことを可愛い子分のように思っていたのだ。


「ゆず! ひみつきち見つけたから、ついてこいよ!」


 その日おれは、柚子の手をぐいぐいと引っ張って、家の近くにある神社につれて行った。柚子は戸惑いながらも、明るい黄色のワンピースを揺らしながら黙ってついてきた。

 神社の奥に、フェンスに囲まれた小さな祠があった。フェンスにはでかでかと「立ち入り禁止」と書かれた看板が掛けられていたけれど、悪ガキのおれにとってそんなものは何の抑制にもならなかった。古ぼけた祠は、まるでゲームに出てくるダンジョンの入り口のようでわくわくした。

 おれはフェンスによじ登ると、軽々と乗り越えて向こう側へと着地した。取り残された柚子の顔が青ざめる。


「さ、さくちゃん。だめだよ」

「来たくないなら、来なくていいよ。おれ一人で行くから」

「それはやだ……」


 柚子はふるふるとかぶりを振る。恐る恐るフェンスを掴んで、ワンピースの裾を気にしながら、ゆっくりと登り始めた。フェンスの高さはそれほどでもなかったけれど、七歳の女の子にとってはきっとものすごく高く感じたのだろう。てっぺんまで来たところで、柚子はぴたりと動きを止めてしまった。


「ゆず、がんばれ。ここまで来たら、あとは降りるだけだろ」

「こ、こわいよう」


 柚子はしばらくそう言ってぐずぐずしていたけれど、やがて意を決したように唇を引き結んだ。地面を確認しようと振り向いたところで――フェンスを掴んでいた、柚子の両手が離れた。

 そのときの光景を、おれは一生忘れないだろう。まるでスローモーションのように柚子は落下して、そのまま顔面から地に叩きつけられた。慌てて抱き起こした柚子の額からは、ダラダラと真っ赤な血が流れていた。柚子は気を失っていたのか、おれの腕の中でぴくりとも動かなかった。


 ――どうしよう、おれのせいだ。柚子がしんじゃったらどうしよう。


 パニックになったおれは、どうすることもできず大泣きした。ほどなくして、おれの泣き声を聞きつけた神主さんが駆けつけてきて、柚子は病院に運ばれた。

 おれの母さんは顔面蒼白になって、柚子の母さんに何度も頭を下げていた。おれはいつまでたっても泣き止まなかった。しばらくして病室から出てきた柚子は、額に包帯を巻いていた。

 白衣を着た医師が、脳に異常はありません、縫合処置をしました、跡は残るでしょうね、みたいなことを言っていたのをぼんやり覚えている。瞳に涙をいっぱいに溜めた柚子は、おれのことをじっと見つめていた。


「ゆず、ごめん。ごめんな」


 泣きじゃくりながら謝るおれに、柚子はぶんぶんと首を横に振った。


「さくちゃん、泣かないで。ゆず、全然いたくないよ」

「でも、アトが残るって」

「だいじょうぶだよ。ママ、ごめんなさい。ゆずが勝手にさくちゃんについていったの。さくちゃんは悪くないの……」


 真っ黒い柚子の瞳から、堪えきれなかった涙が零れ落ちた。


「ゆず、さくちゃんとあそべなくなるのやだよう。さくちゃん、これからもゆずといっしょにいてくれる?」


 ふっくらとした頬に、はらはらと涙が流れている。おれはこれまでに幾度となく柚子を泣かせてきたけれど、こんなに綺麗な涙を見たのは初めてだった。縋りつくように伸びてきた手は、小さくて柔らかくて温かかった。


 彼女の手を握りしめた瞬間おれは、これから一生かけてこの女の子のことを守ってやる、と心に誓ったのだった。

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