【幕間Ⅰ】 在りし日の追憶
・この物語は自分の理想とする〝侍〟の姿を拙いながらも描いています。
目を通していただく読者の皆様とは主人公のイメージを共有できればと思っています。それでは本編をお楽しみ下さい。
よく晴れた昼下がりだった。
季節は夏。油蝉の合唱が暑さにより拍車を掛ける。
屋敷の中庭。照りつける太陽の下、硬いものが打ちつけられる鈍い音が鳴った。
「痛っ⁉」
「がっはっは、まだまだ甘いのぉ。そんなことでは儂の小姓など務まらんぞ」
手にした木刀で肩を叩きながら、鮮やかというよりもド派手な色彩の着物に袖を通した屋敷の主が尊大に笑ってみせる。
「ほれ、蘭丸を見てみろ。お前さんとは比べ物にならん」
示された先には同じく木刀を交えるもう一組の姿があった。
色白で小柄、いかにも貧弱そうな同い年くらいの少年。
対峙しているのは重装武者を彷彿とさせる屈強な男だったが、少年は洗練された剣技と小柄な体を活かした軽快な立ち回りで互角以上に渡り合っている。
聞きしに勝る五条大橋の攻防を再現しているかのようだ。
「……」
強打された頭を擦りながら拗ねるように俯く目付きの鋭い少年。
彼には天性とも呼べる剣の才能があった。
十代そこそこにして並みの剣客を凌ぎ得る腕前、いずれ世に名を馳せる逸材。
しかし、その一握りの中でもさらに一握りである神童の前では、すべてがお世辞のように聞こえてならなかった。
日々鍛錬を重ね、数多くの戦場を渡り歩いてきたというのに、半日干しただけで枯れてしまいそうな少年から一本たりとも取ることができない。
「ならお前さんに一つ助言をくれてやろう。心の眼を養うことだ」
主の真意を読み解けず、ついつい首をもたげてしまう。
「お前さんは目で見てから動く帰来がある。並みの手合いなら通用するかもしれんが、虚を突く相手にはもろい。蘭丸のような変幻自在の剣の使い手なら尚更だ」
「……」
「ならばどうする、大人しく斬られてやるか?」
「そ、そのような最期は死んでも願い下げですっ」
少年は慌てて木刀を正中線に沿って構え直した。
勝利に飢えた未熟な獣を前に主は再び高らかに哄笑すると、
「よき目じゃ、気概もよし。まずは蘭丸と肩を並べてみせろ、話はそれからだ」
・幕間Ⅰを読了いただき、ありがとうございます。
今回は左一の過去について少しだけ触れてみました。
第一節の本能寺での鬼気迫る雰囲気とは対照的に、
彼らの中でいうところの〝穏やかな日々〟を剣術修行という風景の中に描いてみました。
痛みが伴うのに穏やかだなんて……本当に過酷な世界ですね(他人事)。
次回は本編に戻って【第九節】の更新となります。
こちらはいつも通り明日の10時台を予定しています。
〝幕間〟については文章量が少ないので不定期ではありますが、
22時台に更新していこうと考えています。
引き続き、お付き合いいただけると幸いです。
ぞれでは次回の更新もお楽しみに!