【第八節】 見えない刃
・この物語は自分の理想とする〝侍〟の姿を拙いながらも描いています。
目を通していただく読者の皆様とは主人公のイメージを共有できればと思っています。それでは本編をお楽しみ下さい。
「ダメですっ、サイチ様‼」
ステラは光の壁を隔てた場所で声を上げていた。
「何を慌てておるのだ?」
「お願いします、棄権してください。あの方と戦ってはいけませんっ」
息を継ぐ時間さえ惜しむように彼女は言葉を繋げる。
「彼は特魔三等の魔道騎士で団長直属の精鋭部隊に属しています。人格はともかく実力は団長が認めるほどです。今回ばかりはサイチ様でも相手が悪過ぎますっ‼ それにお兄様の指を切断した術式の正体も分かりませんし」
左一は戦いの舞台に上がってきた敵に目を向ける。
対峙した瞬間に直感した。
この緑髪の騎士が凄まじい闘気を身に纏っていることを。
あの山男のように簡単に下せる相手ではない、と。
「それにサイチ様は致命傷を与えることはできないんですよ。そんな不利な条件で戦うなんて……」
今にも泣き出しそうなステラ。
しかし、結界が邪魔をして慰めてやることは叶わない。
それでも、言葉くらいなら掛けることはできる。
「案ずることはない。どの道、白旗を上げたところで助かるかどうか分からぬ。ならば尋常に刃を交えるのみ。ステラ殿はそこで戦いを見守ってくれ」
「か、必ず帰って来てくださいね。どんな傷でも治してみせますからっ」
「忝い。そのときはまた世話になる」
必死に笑顔を作るステラに左一は頷いてみせる。
(某に課せられた使命は死ぬ覚悟でここを出ることか。さて、こやつに某の剣がどこまで通じるか)
「なんだぁ、今生の別れとやらでも惜しんでいやがったのか、異邦人?」
「話す道理は皆無。お主こそ生きたまま醜態を晒す覚悟はできておろうな?」
「イイねイイねぇっ‼ イイ感じに敵意をアオってくるトコなんか俺好みのクソ野郎だぁ。おい何してやがる、さっさと合図を出せよ。それともテメェから刻んでやろうかぁ?」
「は、始めっ」
同じ〝特魔〟の称号を冠しているにも関わらずこれほどの格差。カリル=エイブラハムの様子から察するにかなりの実力者であることは明白だ。
前触れもなく指を切り飛ばした魔術のこともある。
まずは出方を窺うべく攻めにも守りにも適した正眼の位置に剣を構える。
対する魔道騎士は直剣を鞘から抜いただけの棒立ち、構える素振りもない。
「掛かって来んのか?」
「あぁん? 逆に聞くがよぉ、どうして三下相手に俺が動かなきゃなんねぇんだ? テメェみたいなクソ野郎、ここから一歩も動かず始末してやるよぉ」
余裕を滲ませたガズ=セントラーダは剣の切先で床を削り、肩幅程度の小円を描いた。どうやら自ら制約を課すつもりらしい。
「後悔せぬことだ」
左一は刀身を下げて右後方に構え直すと、魔道騎士に向けて風を切るように疾駆する。
「はあぁぁ」
下段からの鋭い切り上げ。
しかし、初撃は無造作に振るわれた直剣に容易く弾かれる。
やはりただ者ではないと一合交えて実感する。
続けて二撃、三撃、四撃と息を吐かせる間もなく叩き込んでいく。
「「「…………っ」」」
響き渡る金属音に観衆たちは声を出すこともできず圧倒されるばかり。
時間さえ跳躍しているかのような剣戟の最中、ガズ=セントラーダは不意を突くように高々と剣を上段に構えてみせた。
(小賢しい真似を)
狙いはガラ空きの胴に打ち込む瞬間に生じるわずかな隙。
頭上から振り下ろす速く鋭い一撃を脳天に叩き込もうと誘っているのだ。
(ならば好都合。わざわざ隙を作って待ち受けているというのなら、こちらは奴の想定よりも速く斬り結べばよいだけのことっ)
ふっ、と左一は息を吐き出すと同時に両足に溜めた筋力を解放して加速。
彼我の距離は約四メートル。
鳴無なら一瞬で詰まる。
だがその時、視界にあり得ないものを捉えた。
こちらが間合いに入るよりも先にガズ=セントラーダが刃を振り下ろす動作に入っていたのだ。
(こやつ、何を考えておる?)
特殊な歩法を警戒しての策だろうが、充分に引き付けなければ意味を成さない。
仮に斬撃に身を晒したとしても、この間合いからなら回避は造作もないことだ。
「ひひっ」
どこまでも不快な笑みを浮かべる魔道騎士。
左一は直剣が完全に空を切った瞬間を見計らい、一息に間合いを詰めに掛かろうとした寸前、全身に悪寒が走った。
原因は凪ぎの静けさを体現するはずの結界内に生じた一陣の風だった。
かと思えば、正体不明の風切り音が迫りくるかのように音量を増していく。
このまま突っ込むのはまずい、そう直感した。
「くっ」
咄嗟の判断で床を蹴り出す方向を強引に制動し、音の射線上から外れて地面に転がった。周囲の人間から見れば、互いにふざけているようにしか見えない光景。
一人は相手に届かない距離で剣を振り下ろし、もう一人はその周囲を意味もなく飛び回っているのだから。
だが、その認識には大きな齟齬がある。
事実、左一の頬には一筋の斬撃痕が薄く刻まれていた。
「よく躱したモンだ。初見で〝空隙刃〟を見切ったのは団長に次いでテメェで二人目。だがそれだけだ、テメェじゃあ俺には勝てねぇぜ」
「……魔術か、何時の間に」
憎々しげに呟きながら頬を伝う鮮血を手の甲で拭う。
読み合いに神経を削がれて気づくのが遅れたが、鋼鉄の甲冑越しに薄っすら刻印が浮かび上がっている。すでに例の術式は発動していたのだ。
加えて、システナやダフコンのように魔力の色調はまったく見られなかった。
対処が後手に回ってしまったのもそのためだ。
「さぁどうした、怖くて立ち向かうこともできねぇか? 今なら見逃してやってもいいぜぇ。ボクはゴミムシですって泣きながら降伏すればなぁ、ひゃっはっは」
「笑止、お主に頭を下げるくらいなら自ら腹を切るっ!」
敵の挑発にまんまと乗せられ、左一は突破口もなく突っ込んでいく。
ひひっ、とあまりの御しやすさに邪悪な笑みを浮かべたガズ=セントラーダは素早く剣を振り抜いた。
またしても刃の届かない距離――空振り。だが、
「がっ⁉」
今度は盛大に血飛沫が舞い、体勢を崩して激しく転倒してしまう。
弾けたのは背中だった。
右肩から左腰にかけて対角に線が刻まれている。
出血量から傷はかなり深いはずだが、痛みを堪えてどうにか立ち上がった。
そして、目に見えない攻防はここからさらに苛烈さを増していくことになる。
斬撃のスピードはそこまで速くない。
それは初撃を躱したことが証明していた。
ただし、それが複数同時に迫ってくるのであれば話は別だ。
見えないことも含め左一を精神的に追い込み、焦燥と苛立ちに気が乱れる。
風の音を頼りに回避に徹するも防戦一方。少しずつ、確実に削られていく。
「ひゃははっ、いい眺めだぜぇ。やっぱ最高だねぇ、正義ぶったクソ野郎を一方的にいたぶるのはよぉ。報酬まで出るってんだから役得だよなぁ‼」
「……その捻じ曲がった性根、某が正してくれるっ」
高笑いするガズを余所に、左一は鳴無による移動を開始するべく地面を蹴った。
が、力を溜めた一瞬の隙に、バシュッと左肩に痛みが走り、間欠泉のように赤い液体が飛び散る。
「ぐぬっ⁉」
「だから言ってんだろ。テメェじゃあ俺には勝てねぇってよぉ」
死神の足音が背後からゆっくりと近づいてくるのが分かる。
それは戦場で幾度となく感じた気配だった。
そして、こう囁き掛けてくるのだ。
命を落とせば、そこで何もかもが終わりなのだと。
「お父様、彼を止めてくださいっ! このままではサイチ様がっ⁉」
しかし、止める術を持たないルドルフは苦い表情で俯くばかり。
王妃であるサリエルも不満げな表情を浮かべているものの利害が一致している以上、止めに入ることはないだろう。
助け船は来ない。
左一が救われるにはこの窮地を自分の力で乗り切るしかないのだ。
「それじゃあ飽きてきたし、そろそろ終わりにすっかねぇ‼」
猟奇的な笑みを浮かべた魔道騎士が大きく大気を切り裂いた。
それも流れる動作の内に五度。
「……」
敵の挑発に気を乱していた左一だったが、死の淵まで追い込まれたことで逆に冷静さを取り戻していた。
全神経を研ぎ澄まし、迫りくる風切り音の位置を的確に捕捉する。
音は五つ。
方位はてんでバラバラだが、程なくすべての刃が一点に交わる。
自らの死に様を想像するのは簡単だった。
(まだ、死ぬわけにはいかぬのだっ)
左一はすうと空気を取り込み、目の前の敵を見据えたその時、
ドクン、と心臓が大きく脈動した。
「ようやく分かってきたぞ……」
光明を見出した左一に容赦なく〝見えない刃〟が迫っていく。
「今更なにやっても遅せぇんだよぉ、ダボがぁぁ‼」
次の瞬間、時間差なしの同時攻撃が逃げ道を塞ぐように殺到した。
「サイチ様ぁぁぁぁぁ」
風の音に混じる少女の悲痛な叫び声が痛いくらいに響いた気がした。
【後書き】
・第八節を読了いただき、ありがとうございます。
剣術と魔術が織り成す〝見えない刃〟の猛攻。
予期せぬ強敵に苦戦を強いられる左一。
果たして極限状態の中で彼が掴んだものとは……?
次回は【幕間】となります。
更新は本日22時台を予定しています。
ぞれでは次回の更新もよろしくお願いします。